23年8月10日

 昨日は埼玉県前玉神社、千勝神社、鷲宮神社、神明社、多気比売神社、宮内氷川神社、笠原久伊豆神社、鴻神社他を参拝して来ました。一番のメインは鷲宮神社であって。古社ですが何故か式内社ではありません。どうやら久喜や鴻巣の周辺はかつて武蔵国造笠原氏の勢力地であったようですが、笠原氏関連の神社は古社のはずですがあまり式内社に入っていないような印象を受けます。武蔵国造家といえば、氷川神社を奉祭した一族として有名ですが、まずは前玉比売とか多気比売とか、女神信仰がけっこうある印象を受けて。で、前玉比売とかは、どうみても賀茂系の玉依姫を変形させたものでは? と思われるのですが、名前を変えている意味はなんだろう? と思う。多気比売は「滝」に通じる言葉ですので水神かと思う。で、氷川神社といえば出雲系の神々を祀っているので、国造家は出雲系? と思えば、そう単純な話でもなくて、神明社の大宮売神は秦氏系の神と思われますし、建御雷神も本来は秦氏系の神と思われます。雷電神社がたまにあって賀茂系の別雷も祀られていますし、要は笠原氏は賀茂系の氏族の匂いはするわけですが、出雲と秦氏との混血組であるように思われるわけです。諏訪大社上社と似た印象を受けます。鷲宮神社は一応「出雲系」とはなっていますが、鷲は「麻を植える神」であること、境内内に玉依姫が祀られていること、後戸が淡島であって、これは本来少彦名命という常世系の神であることから、「賀茂系」と言う方が正しいように思う。というか、鷲宮は以前にも行ったことがあるわけですが、改めて参拝して、「後戸(真の祭神、というか裏の祭神)が淡島かい!」というのが今回の大きな発見でした。女神を祀る神社が多いのは縄文系の女神信仰に対する保護政策を伺わせ、この精神も上社と同じなのだけれども、鷲宮神社を見るにカモカモカモのお偉いさんたちにがっつりにらまれてもいたんだなあ、とそんな感じでした-;。笠原氏が有力な古代豪族であるにも関わらず、式内社が少ないのはそれが原因かもー、と思ってみたりしました。

 そして昨日の埼玉はかなりの荒天であって。予定したところは全部回れませんでした。それでも頑張ったほうかと-;。

 本日は姉を小谷医院へ連れていって。どうも、父親も私と同様肝機能の値がやや高くなっているらしくて。やっぱりコンニャクゼリーの甘味料?? と思ったり。最近食べ始めたものといえば他に思い当たることもないわけで。

 で、昨日行くときに佐久のPAで休んで、少しウトウトしたら夢を見て。なんだかSAの駐車場に自転車がたくさん停めてあって、駐車した車が出せなくて。で、怒った姉がものすごい勢いで自転車をどかし始めたわけですが、出るのに必要のない自転車まで移動させたりして、しまいには怒られていて。たぶん、姉が余計なことをする、というお知らせの夢かなあ、と思います。通行券を捨てたのもたぶん姉ではないかと思う。(でも、始末書は自分の名前で書く羽目に・・・。そういうところが姉らしいわけですが-;。)どうもわざと車酔いしてゲロ吐いたりとか。私に迷惑をかけたくてやっているらしいです。だから、こちらがあれこれ対策を立てると文句ばっかりなわけで。やれやれ-;。

23年8月8日

 昨日は親を小谷医院へ連れて行って。今日は買い物でした。昨日は特に対向車とか車が多く出ていて。そのせいか、姉が1週間以上も残りがあるにもかかわらず、「自分の薬が飲み終わって切れてしまう。」と大騒ぎしていました-;。

 今日は太陽の周囲に虹が出ていて。台風6号の影響かも、と思いました。そしてとても暑かったです。

 本日も昨日も、外作業は母親が土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉が土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 一昨日の夜なんだか夢を見て。夢の中まー君が出てきて、「二人で東京で暮らそう。」と言われるシンプルな夢で。昨日はまた別の夢を見て。私が何だか悪い人?に追いかけられていて、杉の木の兄さんに助けて貰ってホテルに泊めて貰う、というような夢で。同じ部屋に女の人が泊まっている、という夢でした。目が覚めて、「一緒に寝るのが女の人の夢なのね。」と思いましたが-;。なんだか、色々と気を遣わせているみたいで申し訳ないなあ、という気が少しします-;。あとは、神奈川とか「十州」以外も少々食っているので、その「代償」を支払え、と言われて少々お高いソフトを買ったりとか、そんな感じです。そして、「群馬はもう行かなくても良い。」と言われる気がするので。ひとまず締めたいと思います。

 今日の昼は昨夜の「News Zero」の録画を見ました。

23年8月6日

 昨日は神奈川大石神社、王子神社、神鳥前川神社、西八朔杉山神社、茅ヶ崎杉山神社、大棚中川杉山神社を参拝してきました。大石神社は在原業平が祭神という珍しい神社であって。なんでも昔、在原業平が東国に下向したときに、賊に取り囲まれて火を放たれ、後に石が残っていて、その石がご神体である、という由緒があるそうで。業平の逸話というよりは、日本武尊の逸話を業平に置き換えただけでは? という気がしました。実際近くに神鳥前川神社という日本武尊と弟橘媛を祀る(おそらく)古社があるので、元々日本武尊の伝説があった地なのではないか、と思いました。ただし本日のメインは武蔵六の宮である杉山神社であって。主たる祭神は五十猛神であって、「杉の木を植える神」ですから、神社の名前が「杉山」とあるのもぴったりだと思う。杉山神社は論者が多いので、主たるものを含めて回れるだけ回ってきました。場所は神奈川だけれども、東京都の県境に近い地域は、かつては相模国ではなくて武蔵国に属していた地域もあるようです。で、近くに「麻生」という麻に関連する地名がありますし、杉の木の神五十猛が祀られていますし、太田命という「田に関連する神?」みたいな神もいますし、要は「杉(建材)と麻(麻薬)と米(主食)」という弥生からの賀茂系、特に多氏系と思われる氏族の独占事業が三拍子揃ってる~、と思う。この3つに関する事業と祭祀を独占することで、彼らは支配権を確率してきたわけです。反対する者は、日本武尊の東征伝説が示す通り殺してきたのだと思う。で、特に五十猛は古い神と思われ、奥飛騨とか長野とかいかにも「田舎」というところに部分的に残っているだけなので、「横浜も昔は田舎だったんだなー。」と思ってみたりしました。

 おそらく一番最初は須佐之男・五十猛の伝説が持ち込まれ、杉の木の植林などが「神の子たち(多氏系氏族)」の事業とされ、その次に日本武尊の東征伝説が持ち込まれて「天皇家の支配権」が正当化され、最後に須佐之男・八王子の伝説が持ち込まれて八王子とかの地名の由来になっていますし、八王子に対する信仰は祇園信仰と関連しますから、仏教と修験道の正当化のための伝説なのだと思う。そして、そうやって「東征伝説」をその時の時代の都合に合わせて書き換えていってるので、最初に入植した弥生人が渡来人でもある賀茂系の多氏である、という事実がかき消されて薄められている効果も伴っていると思われます。なぜ、政治的な支配権を天皇家に移したのか、といえばそれは麻薬と宗教の独占事業に専念するためだったんじゃないのーーー、と祖父の代まで麻でもうけていた家系のあたくしはそう思うわけですが。

 で、後は帰りの高速の通行券が無くなってしまってー;。どこかですられたのではないか、と思います。いつもかばんの決まった場所に入れてきちんと管理しているし、それで無くなったことなんかないので-;。それ以外では指定されたレンズを買ったり。

 本日は外作業のみ。外作業は母親が土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉が土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 今日の昼は「二ノさん」の録画を見ました。

23年8月4日

 本日は外作業と買い物。外作業は母親が土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉が土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 今日の昼は「いただきハイジャンプ」と「VS魂」の録画を見ました。昨夜は「VS魂」の録画を見ました。

23年8月3日

 昨日は埼玉井椋神社・満福寺、聖天山歓喜院、大我井神社、摩多利神社、奈良神社、東別府神社、雷電神社・上之村神社、高城神社、赤城久伊豆神社、大雷神社、瀧宮神社を参拝してきました。神社巡りもそろそろ佳境、ということで、ラストスパートがかかっていますが、オカルトも大全開です-;。

 そもそも、2,3日前から兄さん達に、「埼玉北部が甘い。」と言われる気がするわけで、熊谷とや深谷の辺りは、昨年の秋頃からもっと東の方を回っていて、年末にかかって順当なら冬の初め頃に回るはずだったのが、父親が入院したりして予定が狂って一時中断して、もっと重要なところを先行して回っていて。相模湖の周辺も先日回りましたが、ようやく元の予定のところを回れるようになってきたわけです。で、聖天山歓喜院とかはずっと「行かねば」と気になっていて。

 で、そもそも予定では群馬に行くはずだったのですが、こちらはよくよく最終形態で予定している神社も少ないので、「時間に余裕があったら埼玉も回るように。だから埼玉の地図も持って行くように。」と言われた気がして、埼玉の地図を持って行っていたわけです。で、ノコノコと出かけて、上田の道の駅で休憩して、地図をチェックしようとしたら、群馬の詳細な地図を忘れていて-;。で、スマホもなんとなくチェックしたくなってチェックしていて。最近では無料で安全なwi-fiが増えてきたらしいので、フリーwi-fiのアプリをスマホに入れてみたわけです。タブレットに至ってはwi-fiオンリーの格安品ですし。なので、SNSをチェックしたらTwitter改めXに米米CLUBのマチコ姉さんの新しい投稿があって。米米は現在ツアー中だし、トリビュートアルバムの発売とかあって、SNS関連が盛んに更新されているわけですが、マチコ姉さんは米米のコーラスのお姉さんである。でも元は米米の事務所のスタッフだった方で、コーラスになった経緯もちょっと面白いわけですが、私がファンになった時にはもうコーラスだった方で、今までずっと米米と関わられていたわけだ。で、ツアー中なのでてっぺいちゃんと小野田さんの写真が投稿されていて。「地図を忘れてどうしようか?」と思ったら「埼玉を回るように。」と言われる気がするので、そうすることにして。というか、2,3日前から埼玉のことが気になっていたし、地図も持って行けって言われていたし、兄さん達の方は、今日は埼玉を回らせる予定だったんじゃあ? あたくし、何かはめられてませんか?? と思う-;。

 で、埼玉に行くと「歓喜院はなんでもあり、のカオスだから。」と言われる気がするわけで。歓喜院はその名の通り、神社ではなくてお寺なわけで、江戸時代に庶民が寄進して建てたお寺というので有名らしい。本堂の周囲に当時の技術の粋を集めた彫刻が施されており、それも有名らし。江戸中期といえば平和な時代になって文化的なことが発展した時期である。でも、歓喜院はもともとイザナギ・イザナミなんかも祀っていて、夫婦円満とか夫婦和合のお寺でもあったらしいです。そもそもお寺でそんな御利益自体がカオスな気がするわけですがー;。で、利根川流域には摩多利神という神を祀っているところがいくつかあって、この神は仏教の神で女神なそうなのですが、名前が「マダラ」と似ているので、摩多羅神と習合して同一視される傾向があり、そもそもその辺りが混沌とカオスなのである-;。で、歓喜院は利根川中流域の摩多利神信仰の中心の寺でもあったらしいです。で、近くに摩多利神社もある。で、歓喜院は綺麗に整備されていますが、摩多利神社はボロボロである-;。で、同じく歓喜院から別れた大我井神社は富士山なんかを祀っていて、富士山に関する火祭りも有名であるらしい。熊谷といえば、あたくしにとっては微妙に因縁にある地なのですが。「熊谷で火に関連した名前を持つ者は誰か?」と聞かれる気がするわけで。昔、そーゆー知り合いがいたわけですよ。石井のファンクラブ絡みで、ということで。「それがコノハナサクヤヒメでしょ。」と言われる気がするわけで@@。「へーへーへー。」みたいに思う。

 で、歓喜院では客が多かったのか、予定の時間よりも早く、彫刻の解説のテープを聞かせて頂いたりして。で、彫刻というのがだねえ? 七副神が神苑で碁を打って優雅に遊んでいる図、がメインなわけで。神々がのんびりしている間に、子供達が神々の道具で遊んでいたり、邪気の鬼が神々の侍女にちょっかい出している、という図である。・・・そもそも七副神というのは、仏教系の神も含まれているけれども、必ずしも仏教の神じゃあないじゃん?? と思う。しかも、神々がなまけて、その隙に子供達が好き勝手したり、邪気が好き勝手するようでは、そのような平和は「好き勝手やる者だけに都合の良い平和」であって、真の平和ではないんじゃん? と思う。しかも神ではない子供達が神々の道具を勝手に使って神のふりをしているわけで、まさに宮崎映画のオームかインコか、という風情である。これでは、仏教系の寺院の壁画というよりは、「そのように神々を油断させておいて、その子供達が好き勝手に神の仕事を采配している世の中であれ。」という呪いの寺院では、という気がするわけで-;。「神のふりをして好き勝手やってる子供たち」とは、啓君とその子孫のうっとこの一族郎党のこと~、と思う-;。どうりで「来い」って言われるわけだー、と思う。で、一応正規の神と思われるボロボロの摩多利神も参拝する。その他に利根川の中流域には、地元で大人気の怨霊である鎌倉五郎関連とか、深谷の英雄である畠山重忠関連の寺社を参拝したり。やっぱり、他の地域に比べて幽霊が多いよねえ? と思うような濃い旅でした。

 本日は外作業のみ。外作業は母親が土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉が土の清掃、石片付けなど、私は土掘りでした。

 今日の昼は「ブンブブーン」の録画を見ました。