22年10月30日

 本日は外作業のみ。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等、私は土の清掃、土掘りでした。

 裁縫は、引き続きお休み中。

 今日の昼は「ニノさん」の録画を見ました。

22年10月29日

 本日は静岡は久能山東照宮、草薙神社、首塚稲荷、浅間・神部・大歳御親周辺、東雲神社、若宮八幡宮を参拝する。高速のサービスエリアでどうみてもジャパニーズ・ヤクザなお人がこれみよがしにうろついていたり、交差点でくっきーみたな怖そうな人ににらまれたり、「アンタッチャブル」な感じがまだまだ続く旅・・・-;。

で、大歳御親・・・稲荷っていったら秦氏? となる。神紋が松尾大社のに似た左右対称の「双葉葵」であって。個人的にそういうのを「葵十字」って呼んでいるあたくしである。「バテレンだ、カトリックだーー。火にくべても本当に燃えないかどうか、そいつらこそを火に放り込んでみるべき。」って、思わず「いつの時代の暴君なのか?」ということを思ってしまうあたくしである-;。

というか、三河からこっち駿河まで。大国主命に雷神系の祟り神の性質を持たせて、事実上「須佐之男命と同じ神」として扱ってますよねえ? と思う。大歳御親は昔、奈吾屋(なごや)大明神と呼ばれていたそうで、これは「柳」のことであると思う。柳の枝を祭祀に使うそうだし。カモカモさん達の祖神の柳花夫人でも良いのだけれども、この場合は「相柳」の方だと思う。由緒正しい「破壊神」である。つまり

大歳御親=相柳=九頭竜=此花昨夜姫

と「同じ神」としてつながっていくのであり、特に「富士山と火山の女神」を割り振られているのが此花昨夜姫なのだと思う。起こって爆発したら破壊性は抜群である。で、こういう日本における「とんでも女神群」の創造に「葵十字」の秦氏が大きく関わっているのではないか、と思う。で、旦那の方は

須佐之男命=共工=ニニギ

となる。静岡市は登呂遺跡があって、弥生の人々は洪水と戦いながら田を維持していた。田を破壊する洪水を起こす破壊性の高い水神が共工と相柳である。彼らは明確に人身御供を求める。『カモカモカモ強盗団の先祖の黄帝というのが、治水のために炎帝を人身御供に捧げて治水を成功させた』、とそういうことになっているからである。日本の人身御供譚にはだいたい共通点があって、人身御供には「旅人」を用いる。だけど、現代と違って縄文や弥生の人々がそんな安易に旅行なんてする? と思う。庶民があちこち動き回るようになるのは鎌倉時代以降である。では、古代における「旅人」とは何か? 「旅人」というのが「よそ者」という意味でもあるのであれば、答えは一つしかない。先住民の縄文系の人々を人身御供に使ったのである。そうして、恐怖と人口抑制で支配して反抗できないようにする。薩摩が江戸時代に琉球を支配したのと同じことをやったろう? と思う。殺して安倍川に流してしまえば遺跡から人身御供の形跡なんか出てくるもんか、と思う。

ということで、こういうろくでもない祭祀の神々がゴロゴロしていて、その「象徴」が富士山である。「山が怒って爆発しないため」と称してどういう殺戮をやってたのかね? ん? と思う。

で、若宮八幡宮。昔は、大国主とワカヒルメを祀っていたらしい。だからこの場合の「若宮」は須佐之男命の子神である大国主のことであって、須佐之男命のことも同然である。ワカヒルメは「太陽女神」でもあるけれども須佐之男命に殺される織女のことでもある。彼らを祀っていたのは浅間の神職であって磯城氏らしい。わざわざ「殺される織女」を(おそらく)祖神に持ってくるところに人間性の「センス」が現れるわけで。同じく織女を祖神にしていても、「殺されていない織女」を祖神にしている尾張真清田の人々と比べれば、根性の悪さがよくよくでているように思う-;。

磯城氏とは何者? と思うけれども、資料があまりなくて正体不明らしい。欠史八代に多くの妃を出している、とされている家系のようだけれども、欠史八代がそもそも実在性の薄い天皇群である。ただ、欠史八代は母方に賀茂系の氏族を持つことが強調されている。で、この人々は純潔主義であって、同族以外と結婚するのを嫌う傾向があるので、磯城氏も賀茂の関係者? と思う。

で、調べてみると、大阪に志貴県主神社という神社があって、祭神は先祖?の神八井耳命らしい。・・・神八井耳命? それは金刺とか阿蘇とか、カモカモさん達の中でも「最上位」に来るエリート祭祀集団の先祖ですぞ? と思う。ということは、磯城氏も祭祀階級のエリート賀茂の一派なのではないの? と思う。

ということで、旅はまだまだ続けなければなりません。

22年10月28日

 本日は外作業と買い物。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等、私は土の清掃でした。

 裁縫は、引き続きお休み中。「美女と野獣」について纏めてHPにアップするはずがニムロドとか、資料がごくわずかなものについて勉強する羽目に-;。ともかく、色々な旅が東国に近くなってきているわけですが、東国は関東武士団の本拠地なわけで。

 ニムロドというのは、古代の中東の伝説的な人物であるらしくて。神に逆らう暴君みたいな感じで描かれるらしい。で、天に向かって矢を放ったら、それが返ってきて自分の胸を射貫いた、という逸話があるらしいのですが、この「逸話」の文献がどこにもないんだが? ということで-;。でも、こういう系の説話はけっこう各地にあって「ニムロド型説話」と言うらしい。「天に唾を吐く」とか、そういうことわざの起源にもなっているらしいのですが。そして、天に矢を放って、天を射貫いたと思ったら、単に鳥が落ちてきただけだった、という話もあるらしい。

 ・・・鳥? 蛙の間違いなんじゃないの? と突っ込むあたりで、そろそろ冷や汗が出てくる気がするわけで-;。ともかく、東国の荒くれ者共からは、「天とは何か? 烏のことか?」と言われる気がするわけで。なんというかですねえ、一方では炎帝式人身御供の祭祀の再現というわけで、「親を焼き殺す祭祀」を延々と続けている「天」があるわけだ。そうやって太陽を焼き殺そうとしている。そして、もう一方では「本物の太陽を食い殺そうとする偽物の天を射落とせ」といって蛙とか三足烏を射殺す祭祀を延々と続けているニムロド達がいるわけだ。

 隣同士で、お互いの対抗・妨害呪術を千年以上もやり続けるってどういう執念深さなのか? と思う-;。山梨で、武蔵国造家と非常に縁の深い氷川神社の分社を参拝したら、東国がものすごく近くなってきている気がするわけで。埼玉の大宮はあたくしの再生の地であって、氷川神社はあたくしにとって非常に大きな存在である。そして、今になって、ニムロド達が「単に三足烏を射落とすため」だけに天に弓を放ち続けていることを知る。三足烏は太陽に取り憑いてその生気を奪う化物だからである。・・・古事記にそれは賀茂の族長のことだって書いてあっても関係ないよねえ? ということで-;。自分とこの族長のことを鬼とか化物って公然と罵る強者達の住処が東国である。彼らが我を呼ぶのである。

 昨夜は「いただきハイジャンプ」、今日の昼は先週の「夜会」の録画を見ました。

22年10月27日

 本日は外作業のみ。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等、私は土の清掃、土掘りでした。

 裁縫は、引き続きお休み中。ともかく、あれこれ「お勉強」で忙しいわけです。

 今日の昼は「ブンブブーン」の録画を見ました。

22年10月27日

 オカルトな旅は続く。どうも、家の近所にうちの車の合鍵を持っている悪霊がいるらしくて、車にセットしてあるドラレコの向きが前を向いていなくて、上を向いたり、下を向いたりしているわけです。歩ルターガイストな悪霊のしわざ、ということで-;。で、昨日もあらぬ方向を向いていたわけです。なので、直して出かけたわけですが、トラックによる追い越し、幅寄せ、歩行者の当たりや的飛び出し多数、ということで。ドラレコの位置を直してなかったら、本気で交通事故を起こされていただろう、と思う。悪霊との戦いじゃなくて、アル・カポネならぬアル・カモネとアル・ハタネとの戦いでは・・・、と思ってしまうわけですが-;。あたくしのことは「エリオット・ネス」と呼ぶのが相応しいというか、文字どおり「アンタッチャブル(不可触、さわるな、ということ)」かよ;;、と思うわけで。酒のマフィア神ですな-;。

 というわけで、酒まみれ、ワインまみれの甲州街道の旅。猿橋・日吉神社、稲荷神社、三島神社x2,氷川神社、勝沼浅間神社、大宮神社、牛飼神社、日当神社、大亀神社と駆け回る。収穫は非常に大きく、カモカモさん達の古社にいくつも立ち寄れて嬉しかったわけですが。で、「何がまずかったですかね?」と思うわけですが。

猿橋、大宮、牛飼

・・・自分でも分かってるでしょ? と言われる気がするわけで。猿橋は久米寺橋と同様「人身御供」伝説のあるところで。猿の名前がついているところからして、山の猿神を鎮めるための生贄を捧げてたこともあったのだと思う。橋を建てるのが難工事だったので、工人夫婦が人柱になったと言われています。で、橋を建てたのは、白癬(しらはた)という人だったとも言われているらしい。・・・秦氏の関係者ですな-;。

大宮神社:三枝氏の先祖である「守国将軍」を祀る。これがまた「国のために働いたのに罰せられた」という、中部日本の各県に一人は必ずいる、という八面大王系の伝承なので。カモカモさんの親戚発見ーー、ということで参拝して神様にご挨拶できてうれしく思う。本当だったら大宮神社が一宮になっていてもおかしくないくらいの古社だと思うわけです。

牛飼神社:由緒書きには「ニニギが天孫降臨して笠狭崎に来たとき、波打ち際に八尋殿を建ててその中で機を織っている此花昨夜姫と出会い、妃に迎える。八尋殿とは海に突き出した「棚作り」であり、したがって此花昨夜姫は「棚機之女」である。よって、祭神のニニギを男棚機(牛飼)と呼ぶ。」というようなことが書いてあって。・・・要は

「富士山の女神はわけのわからない女ではなくて、栲幡千千姫命(ホアカリの母神の織女)のような織姫なんだよ。それがうちの祖神(お母さん)で、お父さんは牽牛なんだよ。」

と言いたい「由緒書き」だと思うわけで、これもどうみても尾張カモカモさん達の親戚の神社発見ーー、とうれしく思う。そして、色んな意味で微妙に思う。此花昨夜姫は織女でもいいし、塗山氏女でもいいのだけれども、どっちにしても元は「嫦娥」という女神であって、多くの賀茂系氏族の「母」である。・・・というか、賀茂というよりも高辛氏って言ってしまえば? 朝鮮ではそう名乗ってたはず、と思うくらいなわけで。だけど、「父神」を誰とするかで常に、常に、大紛糾する。7000年前の先祖のことなのに? と今当主は正直思うわけですが-;。

「父神」を「牛飼い」にすると、これは「動物を扱うのが得意であった」という「黄帝」のことを指します。「父親」を「ニニギ」にすると、これは植物神なので「炎帝」のことになります。一族郎党は、朝鮮にいた時代から、常に「どちらを選ぶのか」という問題を突きつけられて、悩み苦しんできた。なぜなら頂点のアル・カモネは「炎帝一択」を押しつけてくるからで、下手に「黄帝がお父さん」って言ったら粛正の対象になるからだと思われる-;。人殺しを正当化するようなろくでなしなんか誰が「神サマ」と呼びたいと思うのか? と思うわけですが-;。でもアル・カモネ様は、自分が好き勝手に人殺しをしたいから、それを認めてくれる神サマを「正当な神」としたくて、下に押しつけてくるわけです。牛飼神社も例に漏れず、「黄帝の子孫だーー」と言いたいけれども、アル・カモネが怖いので、「黄帝(牛飼)と炎帝(ニニギ)」は同じ者、っていってなんとか、うまく、「黄帝の子孫」であることを主張しようとしているように見えるわけで-;。弱気だけれども頑張っているけなげさに胸を打たれる。振り返ると富士山の頂上だけが山の上に見えて、小さな社殿と向き合っているところが、「羿(黄帝)と嫦娥こそが正しい夫婦なんだよ。」と言っているようでやはり胸を打たれる。・・・そういや一宮浅間神社はこっちにケツを向けているような・・・・いやがらせカモカモ、と思うわけで-;。富士山信仰は三島の「父神」と富士山の「娘神」に対する信仰といっても過言ではないわけで、例によって「婿」の影は非常に薄くなっているわけで。

牛飼神社では、「娘は父のものか、それとも夫のものか?」と聞かれる気がするわけで。ほほほ、娘は父のものでもなく、夫のものでもありません。娘は娘自身のものである。7000年前の太陽女神が何を考え、何を望んでいたのかは我は知らず。ただ、今太陽女神が「一族郎党は黄帝の教えに従い、黄帝の道に行くように。」とそう言うのなら、一族郎党はそれに従えばいいだけですわ。それが太陽女神の正しい有りようである。それに逆らう者は謀反人でよろしい、ということで。

こういうことを言うからアル・カモネ団に殺されそうになっている可哀想なあたくしである。「明石の上のように子供たちのために身を張って頑張ってくれるお母さんだ」ってヨイショしてくれても何も出ないから、と思う私でした-;。(そして旅はまだ続く-;)