本日は姉を小谷医院へ連れていきました。健康診断等。他は外作業のみ。母親が土の埋め戻し、石片付け、草むしり等、姉が土の清掃、私が土の清掃、土掘りでした。
お裁縫は、シャツは端の始末、父親のシャツは前身頃と後ろ身頃の縫い合わせ、夏用簡易ブラウスは端の始末でした。
テレビは昨夜は「A studio+」の録画等を見ました。今日の昼は「A studio+」の録画の続きと「News Zero」の録画を見ました。
本日は姉を小谷医院へ連れていきました。健康診断等。他は外作業のみ。母親が土の埋め戻し、石片付け、草むしり等、姉が土の清掃、私が土の清掃、土掘りでした。
お裁縫は、シャツは端の始末、父親のシャツは前身頃と後ろ身頃の縫い合わせ、夏用簡易ブラウスは端の始末でした。
テレビは昨夜は「A studio+」の録画等を見ました。今日の昼は「A studio+」の録画の続きと「News Zero」の録画を見ました。
本日は父親を市民病院に連れていきました。だいたい容態はいつもと変わりなし。他は買い物と外作業のみ。母親が土の埋め戻し、石片付け、草むしり等、姉が土の清掃、私が土の清掃でした。そろそろ梅雨明けなのか、とても暑かったです。
先週はかなり連続してあちこち参拝に出歩いたのですが、ようやく疲れが取れて来ました。
テレビは昨夜は「ニノさん」の録画の続き、「食宝」の録画を見ました。今日の昼は先々週と先週の「夜会」の録画を見ました。
本日は軽い外出と外作業の日でした。野沢温泉に行って、名立神社、赤瀧神社、八幡神社、湯沢神社を参拝して来ました。小菅神社が近いだけあって、修験道的な神社が多かった気がします。
外作業は母親が土の埋め戻し、土掘り、姉が土の清掃、私が土掘りでした。
テレビは昼は「夜会」の録画を見ました。
本日は「嘘つきは泥棒の始まり」の巻-;。例によって、遠出をして、飛騨丹生川の善久寺、丹生川神社、高山の加茂神社(盗人神社)、朝日地区の金峰神社、白山神社、八幡神社、高根地区の一位之森八幡神社を回ってきました。飛騨は秋葉山よりも近くていいなー、と思うけれども、高山は秋葉信仰の盛んなところなので、秋葉山まで引きずられたのは、三河遠州のカモ様達だけのせいではない、飛騨のカモの子供達もミタゾノの預言どおり「親」を振り回すカモ様のはずーー、と思う。
で、例によって安房峠を越えて丹生川を下っていくと、初めて「丹生川神社」という立派な神社に気がついて、参拝させて頂く。で、加茂神社に行く。で、ここのところ、五十猛と武五百建命とアジスキタカヒコネのことをずっと考えていたわけです。でイソタケは射楯神(いたてのかみ)とも呼ばれるそうで。長野市近辺には「安達」とか「名立」という神社でイソタケを祀っているわけです。木曽にもめったにいないイソタケがなんで長野市に? とも思いますし、「安達」とか「名立」が「射楯」と同じものであるなら、「あ」とか「な」という音が「い」音と交錯する接頭語であって、接頭語だからなくても構わなくて「楯」という言葉だけでも構わないはずですよねえ? と思う。で、接頭語がつくと、「あだち」とか「なだち」とか「た」の音が濁点になります。だから、「いそたけ」が木の神とすると「いそ」は「五十」のことだから、「たち(たけ)」だけが「木」の意味で、「50本の木」とかそのままだとそういう意味になるのかと思うのです。だから「たくさんの木の神」という意味だし、「いお(五百)」の「たけ」となったら「もっとたくさんの木」という意味かと思う。でも、アジスキタカヒコネとの関連は? と思ったら、
「もっとたくさんの木」の「イオタケ」は須々木水神社の祭神です。要は「須々木」の神、ということで、木の種類が特定されています。「須々木」とは古語で「まっすぐ延びる木」という意味で「進木(すすき)」と呼ばれていた杉のことです。アジスキタカヒコネって、ア(接頭語)+ススキ(杉)が高い神という意味で、接頭語がつくと直後にくる「ススキ」の最初の文字に濁点がついて「ジスキ」に変化してるのです。「タチ」が「アダチ」に変化するのと同じ事、と言われる気がするわけで@@。だから、「須々木水(杉水)」神社の祭神が「もっとたくさんの木の神(イオタケ)」だったら、その「たくさんの木」の神とは杉の木の神=アジスキタカヒコネって事なんだ? と思う。じゃあ、なんで「井」がつくの? と思う。そうしたら、それは木の神に水神の要素を付加したことを強調したもので、つけなくても、水神の意味は暗黙的に含まれると見るべき。五十猛は「井」をつけなくても丹生川の神的扱いでしょ、几帳面に最後に「井」とか「水」をつけるのは、長野県人の几帳面な性質かも、と言われる気がするわけで@@。で、木が「ケヤキ」の場合は「槻井泉」でしょ? と言われる@@。
加茂の玉依姫は川を流れてきた「赤い矢」に感応して子供を生んだ。「赤い矢」とは火雷神のことである。「丹生」とは「丹羽」でも良く、「赤い羽根」すなわち、「赤い矢羽根」のことである。よって、加茂の神アジスキタカヒコネとは、杉の木の神であって、父は火雷神、母は玉依姫である。玉依姫は水神の時は「水玉の霊」、天空にあるときは「火の玉(太陽)の霊」、「火事の玉(太陽)」の霊の時は、天御梶媛であって、太陽女神と火雷神の子が加茂の祖先アジスキタカヒコネという意味だし、天照大神の所有物(夫)である「赤い矢」を授けられたものか「勝つ」のが「女神と矢羽根」の伝承でしょ。神武とか、八面大王とか、と言われる気がするわけで@@。で、火雷神が軍事に関わる「赤い矢」であるときは戦神である建御雷神になるらしい@@。「木(たて)」の「雷神」という意味でしょ。と言われる気がするわけで@@。だから、丹生川神社の神は「赤い矢」である火雷神で、それを奉斎する氏族は「尾羽(尾張)氏」でしょ。イソタケは彼らの子神の名前だし、普通の「ラケ」の井、すなわち「武居」とか「武井」って親戚に大勢いるのではないのですかね? すなわち、本家筋が「五百タケイ」、分家筋はただの「タケイ」ってことですよ。「五百タケイ」が「金刺氏」のことでもあるし、雷神と太陽女神を奉斎する直系の「尾羽(尾張)氏」のことでもあるのでしょ? と言われる気がするわけで@@。あれ? ってことは、丹生川の人々は遠い親戚の「尾羽さん」でもあるし「加茂さん」のことでもあるということ?? と思う@@。で、雷神には「怨霊」と組み合わされた「祟り神(死霊)」としての性質もあって。須佐之男は、根の国の住人だし、猿田彦は死んだ神であるので、彼らは「死霊の雷神」であって、「祟り神(死霊)」である、と言われる気がするわけで@@。「死んでいる雷神(木の神)」であるので、死んだ木、とか雷で燃えた木のことでしょ、と言われる気がするわけで@@。死んだ木とか燃えた木(灰)とかは床下にたくさん埋まってる。これらは要は「須佐之男(死んだ木)」のことでもありますねえ? と思う。
で、最近キンプリの「ichiban」という曲をテレビで何度か見て。「No.1」とか「一番」が歌詞に出てくる曲で。どうも、それを聴くと「首席になりたい」と言っていた人物を思い出して、あんまり面白くなかったわけですが。一位之森八幡神社は参拝すると「一位(神木のイチイにひっかけている)」になるという神社らしくて。そして木曽義仲が建立した神社でもある。やっぱり昔のことを思い出して、「首席になりたい」というのはここのヒントだった? 30年も前から来るように促されてた? と思う。そして、微妙な気分でホームグランドに帰ってきたら、「これでここが一番の八幡だから」と言われる気がするわけで@@。「なんで?」って思ったら「あっちは義仲の八幡で、こちらは賴朝の八幡でしょ。どちらが勝つのか決める丹塗りの矢の主人は太陽女神(丹塗りの矢の主人)でしょ? と言われる気がするわけで@@。私が一位之森八幡神社に気がついたのは「飛騨ぶり街道物語」のおかげである。ナビの兄さん達と、飛騨の人々のおかげでようやく見付けられた神社であって。飛騨のカモ様の皆様には幾重にもお世話になった旅となりました。どうもありがとうございました<(_ _)>。
本日は「来た、見た、勝った!」な秋葉山、又はまた何か増えたような? の巻-;。
予兆は2日くらい前からあって、一昨日くらいに夢を見たわけです。朝方、光一君と剛君が夢に現れて、アレクみたいな男は嫌い、という夢で。アレクって、要はプレイボーイというか、女の人にだらしがない、というかそういうタイプのタレントらしい。光一君も剛君もよくよく真面目そうだから、そういう夢を見たのか?? と思っていて。
で、昨日は南信濃へ出かけて行って、遠山郷まで行き、木沢正八幡宮、熊野神社、諏訪神社を回ってきました。だいたい、霜月祭りそのものが滅亡した遠山氏の御霊を鎮めるためのものであるらしくて。深夜に行う黄泉の国の祭りのように思えるわけですが。で、その後、兵越峠を越えて静岡側のなるべく県境に近い神社を参拝して、足神神社も参拝して、長野県側に戻ってくる予定だったわけです。当初はね。でも、峠を越える直前に竹ちゃんが降臨して、「県境を越えたら迎えが来るから」と言う気がするわけです。(竹ちゃんというのは、飛騨の東照宮で出会った幼名・竹千代という人?だ。「そのうちに日光にも遊びに来てねえ。」と言われる気がするわけで。)で、境を越えたら天狗の面を被った人が降臨してくる気がするわけで。「秋葉山から迎えに来ました。」と言われる気がするわけで@@。「今日は秋葉山まで行く予定はない。」と思ったわけですが、なんだかまずい気がするわけで-;。で、峠を下ると親が「なんだかあの山道を戻りたくない。浜松まで下らない?」と言い出したので。これも「秋葉山まで来い」ということかなー、と思ったので、急遽静岡側での予定を全部キャンセルして、国道152号線を南下して秋葉山に向かうことに。
で、秋葉山の直前になったら、「ともかく雷公と仲が良すぎるので、いずれ外へ出れば男女の仲になることは目に見えている。中途半端なだらしない関係は良くないので、正式に結婚するように。このまま秋葉山を参拝すれば結婚成立になる。だいたい、愛人になりたい、とか訳の分からないこと言うのは一人いても多すぎるでしょ。」とひいじいさんから言われる気がするわけで@@。「ここまで来てからそれを言う?」と思う-;。徳川氏は葵の紋で有名ですが、葵の紋は賀茂の紋でもあるので、徳川は賀茂の一波でもある、とどこかで読んだことがあるのを思い出して。雷神と太陽女神の組み合わせはカモ様達の伝統的な「祖神」であって、それを支持するカモ様達はけっこういる。上越でもけっこうあれこれ言われた気がするし、飛騨でも言われた気がするし、竹ちゃんが降臨してくる、ということは、これは三河遠江のカモ様達の陰謀だーーー、人をこんなところまで呼び出してーーー、と思う-;。そんなことを言われても、秋葉山まで行って参拝しないで帰るのはもったいないし、そんなことをしたら呼んでくれたカモ様達ががっかりするだろうと思うので、心して参拝する。ものすごい霧の中歩いて、本殿で「お賽銭は5円を上げて、後は普通に参拝してくれれば結婚の誓(うけい)は完了です。」と言われる気がするわけで-;。
で、その後は浜松まで南下するのはいいけれども、長野までどうやって帰ろう? ということで、まず地図を買って貰って、清水港まで移動して52号線を北上して帰って来て。各土地の皆様に護衛をして貰って。身延山で「こんにちは、日蓮です。」って誰かに話しかけられた気がするわけで@@。高速は大型のトラックに幅寄せされたりして怖いので、一般道を帰ってきた結果、家にたどり着いたのは朝の4時でした。前の日の4時に出発したのに-;。
本日は「朝帰り」だったので、外作業は私はお休みしました。母親は土の埋め戻し、姉は土の清掃等。
お裁縫は、シャツは端の始末、父親のシャツは後ろ身頃の作成、私のシャツは完成しました。
テレビは、今日の昼は今週の「ブンブブーン」の録画、夜は「いただきハイジャンプ」と「それスノ」の一部の録画を見ました。