23年12月29日

 本日は買い物。外作業は夕方だけで、私のみ。土の清掃をしました。買い物に行った際に、火災共済の相続の確認をしたり、川端天神社に参拝したりしました。川端天神社は川端という地区の産土であって、室町時代には存在したらしいです。というか、看板にもありましたが、かつては川が流れていて、文字通り「川端」であって地域で、田んぼも早くから開けていたけれども、川の被害も多かった、ということで、祀った神社だそうです。その辺りは平安時代には荘園があった地域ですし、田の開発は弥生時代にまで遡るであろう、と想像されるので、神社の起源は平安かそれ以前にまで遡るかもしれない、と思います。で、「天神社」というからには、本来は管公ではなくて、少彦名命を祀っていた可能性が高いように思う。南向古墳のある高田の神社ですし。そして、どちらにしても管公はれっきとした「怨霊」であるので、「行かなければ」と思って行ってきました。行ったら家の周囲が少しだけ静かになった気がします。

 今年の私の重大ニュースの「第1位」は、「どうする、家康」と岡崎(三河地方)でしょうか。信濃国を取り巻く十州の式内社と数字付き神社に「挨拶回り」に行ってくるように、と言われておおよそ2年にわたって各地を巡って、「家康」が始まる前から静岡~三河にかけても時々足を運んでいたわけです。でも、そちら方面は北信濃から出向くには非常に遠い場所であるので、頻繁には行けません。で、挨拶回りも終盤になって、三河国の式内社にあまり参拝していないことに気がついて、行ったわけです。竹ちゃん(とは徳川家康のことですが)とは、静岡に足を踏み入れた時から割と懇意であって、徳川の紋が葵であるからには、賀茂系の氏族の人だと思う。浜松でも岡崎でも秋葉山でもそれなりに歓迎して貰った気がするわけで。でも、最後に奥三河の山奥の国道を、隣に母親を乗せて走っていた時に

「人当たりだけ良い豊臣秀吉」の生まれ変わりが誰なのか

「その息子で太ってたと評判の豊臣秀頼」の生まれ変わりが誰なのか

教えて貰った気がするわけで、もうそれに尽きる-;。しかも、ドラマでは徳川秀忠のことを指して

「源頼朝の生まれ変わりのようだ」

みたいな台詞を言ってますし、もうドン引きしまくりでしょ、と思う-;。色々な騒ぎが起きて、あちこち巡るようになって

「生まれ変わり」

ということを非常に聞くようになった気がするわけで。大抵の人は生まれ変わったりしないし、普通に生まれて死ぬ一生であるらしい。でも、ごくまれに、一部に「生まれ変わる」性質の人がいて、そういう人はちょいちょい生まれ変わって、歴史的に重要な人物になったりする、らしいのですが-;。

 ドラマでは豊臣秀頼は「天下人」であることに執着して家康と戦う。要は、周囲の状況がどうであろうと、「自分が一番」でないと嫌という、キンプリの歌みたいな、そんな人物であったと思うし、ドラマでは「戦国の生んだ最大の化け物」とか言われてるし-;。端的に言えば、あたくしを奥三河まで呼びつけて、秀吉と秀頼の正体をぶっちゃけるためだけのドラマだったんですかね? それねえ? と思う-;。(秀忠はおまけで)視聴率はあまり良くなかったかもしれませんが、三河の実直な衆は大満足の大河だったのではないか、と思います-;。

 そして、「挨拶回り」は、「ともかく家族の誰か一人が欠けても、出歩く場合ではなくなるので、家族4人が揃っているうちは、できるだけ回って欲しい」と言われていたので。4人が揃っていた最後の最後に、三河の「チハヤヒコ」と結縁できたことは、運命でもあったと思うし、むしろ関係者は一安心であったろう、と思います。でも、「誰か一人でも欠けることがあれば行かなくていい。」と言われているので、近場はともかく、しばらく遠くに出かけるつもりはありません。

 昨夜は何か合唱団のような番組を見て。今日の昼は日テレの特番の録画を見ました。