23年11月14日

 本日は外作業のみ。母親は土の埋め戻し、土の清掃、石片付け等、姉は土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 昨夜はかなり前の「それスノ」の録画など、今日の昼は昨夜の「News Zero」の録画を見ました。

23年11月14日

 本日は外作業が少しと父親の病院、買い物でした。

 先週の土曜日は再び岡崎を訪れ、松平東照宮、高月院、若宮八幡宮、謁播神社、和志取神社、市杵島姫神社、酒人神社、大神社、矢作神社他を参拝してきました。矢作川東岸には色々な征服・開拓伝説があって「おやおや」と思う。個人的には

「みな同じもの」

を指していると思います。景行天皇の関係者であることも一致する傾向にあります。要約すれば、

物部氏、阿知族はほぼ「同じもの」かつ、「親王」と呼ばれ得る立場の者を含む氏族であること

謁播神社の知波夜命とあるが、鎮座地の阿知和(あちわ)という地名から、そもそもこの神社が「阿知族」に関連するものと考えます。そして、阿という言葉は接頭辞なので、「知和」という言葉がそもそもの言葉であり、多分長野県に来て、「諏訪」となまったのだと思う。要はこの神社が「上社」の前身では、と思います。軍神としての性質を極力抑え、開拓神を強調しているのも興味深い。

そして、和志取の五十狹城入彦皇子は知波夜命と「同じ人物」と思う。というか、ため息が出るわけですが、この名は「多氏」「金刺氏」に通じる共通の暗号のような「五十」という名なわけですが、その一方で境内には「社宮司神」が祀られていて、和志取を作った人々が、縄文計の人々の神を保護する方向に動いているように思えるわけで、それは上社と共通した傾向である。

要は

物部氏と阿知族はほぼ「王族」であり、特に景行天皇の近縁であり、名字を消してしまう前は和名では「坂戸」という名であった

と思われるわけです。であれば、「下光比売命は建御名方富命の真名を何と呼ぶか?」と問われる気がするわけで。あたくしは「知波夜命」と答えたわけですが。

・・・が、同時に「がゆん?」と思うわけで。「がゆん」というのは「高河ゆん」という漫画家さんのことで、何故かそう呼ばれているのであるー;。「ちやはっていたよね? ローラカイザーだっけ??」と思う。どうも、この作家さんは一時期に連載を4本くらい抱えるくらい漫画を量産していたので、どうもどの作品がどんな話だったか混乱して思い出せないわけでー;。

なんかね、天使が人類を滅ぼすか、滅ぼさないか人類を調査して投票する、みたいな話があったわけですよ。大抵の天使は「滅ぼすべき」と思うわけですが、ちはやは人類を信頼していて、「滅ぼすべきではない」と考えていて奔走するわけです。でも、ちはやは孤児で身分も低いから不利なわけだ。というか「尾張(終わり)」の「天の使い」の中に一人だけ毛色の変わった「天の使い」がいるんかい!!! とはたと気がつく。ということは、ちはやとは、イエス・キリストのことに他ならない。わけの分からない大麻の「十殿」じゃなくて、グノーシス主義者のイエス・キリストなんじゃん?? と思う。縄文系の神を残し、共存することに努めた人々の神である。これってそーゆー漫画だったんだ?? と思う@@。

 そして、系譜の上では賀茂は王族である坂戸に対して皇后を輩出しており、おそらく坂戸の方も賀茂に娘を嫁がせて、この2つは非常に近しい近縁関係を形成していると思われる。そういう組み合わせは少なくとも3つは知っている。一つは天皇家、一つは諏訪上下社、最後の一つは個人情報である@@。田舎に引きこもっても、世界を支配する姻族関係は続けてた? 二千年も? と思うわけで。おかげで近親は遺伝病の宝庫なんじゃん?? と思う-;。

 というわけで、かなり衝撃を受けて家路につく。行きは一般道だけど、帰りは高速である。

 でもって、「ちはやと影艶は「ローラカイザー」じゃなくて「アーシアン」でしょ。」と言われる気がして@@。標識を見たら「豊田」のICだった。でもって更に行くと、「「ローラカイザー」はささめとあかざだから。あかざとはアカゲザルのことだと思ってもらって、おk。猿のことはうちらにお任せ!」って言われる気がして、標識を見たら「猿投」って書いてあった・・・・。っていうか、ささめとあかざって猿田彦とウズメのことだよねえ? とそれで気がつく。ささめに対して凄惨な暴力を繰り返すあかざって猿田彦? と思う@@。

 で、更に進んで、駒ヶ根を通るときに、ただ

「アテーナー、オーディーン」

と悲しそうに言われる気がしたわけで。駒ヶ根は阿知族の本拠地である。アテーナーとオーディーンは印欧語族の「叡智の神」で同じ語源の神々と思われる。イエス・キリストは「叡智の女神」として「ソフィア」という女神を信奉したけれども、それはアテナイの都市女神であったアテーナーを汎用性の高い神に作り替えたものと思われる。要は

知性と論理性と穏やかさを大切にして、軍隊とは攻めるものではなく、守るものであるべし

という思想の女神である。要は、それがイエス・キリストの思想といえる。でも、誰もそれを表で口に出しては言えない。「五十」のつくところが、サウロンよろしく何もかも見張っていて、命令に背く者を決して許さないからである@@。だけど、思うわけですが、みんな

足助街道、飯田街道を通って中京から飯田に抜けて、信濃国にやってきたんだねえ?

と思う。先祖のたどってきた道を遡りつつ、自らをも探し回っているわけです。

 昨夜は「食宝」の録画、今日の昼も「食宝」の録画を見ました。