23年7月7日

 本日は外作業のみ。母親は土の清掃、石片付けなど、姉は土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 テレビは昨夜も今日の昼も「The Music Day」の録画を見ました。

23年7月6日

 本日は外作業のみ。母親は土の清掃、石片付けなど、姉は土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 昨日は埼玉椋神社、小鹿神社、龍頭神社、群馬宇芸神社、中之岳神社を参拝してきました。国道462号線周遊の旅、ということで。群馬と埼玉の県境付近にある両神山、八日見山は秩父では有名な山岳信仰の山らしいです。で、このあたりは群馬、埼玉、長野(佐久穂)の境界地域でもあって、ごくわずかに長野県と埼玉県の県境がある地域でもあります。で、少し前から「小鹿野にも何かある。」と言われる気がして、何か参拝しなければならない神社があるような気はしていたのですが、それが何なのか分からなくて。武蔵御嶽神社の宝物館を見学したときに、小鹿野に龍頭神社があって、「一説では狼信仰は秩父神社よりも古い。」とあったので、「これだ!」と思って。行ってきました。

 で、さっと回って群馬に戻った後は、早めのお昼を食べて、こんにゃくパークに寄って、宇芸神社、中之岳神社を参拝して来ました。中之岳神社は碓氷峠の近くにあるのですが、長野県に近いので逆に今まで回る機会を逃していて。群馬の長野よりはそろそろ佳境ですので、姉の慰労も兼ねて遊びに行ってきました。曇っていましたが、雨がざーざー降ってこなくて良かったです。なので、佐久穂との県境の奥秩父と、碓氷峠との境の神社を回ってきたのでした。

 両神山とほぼ同じ? な八日見山は、日本武尊が常陸から秩父に攻め込んだ時に、この山を八日見続けた、という故事があってそういう名前なんだそうです。でも、小鹿神社は古くは諏訪神社であったそうですし、秩父神社にも諏訪信仰があるし、そもそも秩父を開拓した人達は古代に諏訪から来た、という伝承があるわけだから、諏訪信仰は秩父では最古層に属する信仰と思われます。で、秩父の式内社は阿智系の神々を「祖神」として祀っていますから、諏訪方面から(おそらく)金刺氏系の人々が阿智族を連れて入植した、というのが秩父の始まりではないかと思います。北斗の星辰信仰が好きな人達ね。とすると「八日」というのは、元々日本武尊ではなく、「弥彦」に関する名前だったのではないか、と思います。諏訪発の「弥彦信仰」であり、長野では弥彦神社は中信と南信の境界にありますから、金刺氏・阿智族が持ち込むには妥当な神のように思えます。だから、「両神山」も元は「弥彦」を祀った神で、後に修験道とか熊野信仰が盛んになってイザナミ・イザナギに置き換えられたものなんじゃないのかなあ、と思います。だから、常陸から信濃国に攻め込んだんじゃないよね? 御坂峠→南信→中信(諏訪)→東信(佐久)→群馬・埼玉って攻め込んだんだよねえ? と思う。それを隠すために日本武尊の伝説とか作り出し、意図的に阿智族と秩父氏の繋がりも隠しているのか? と感じます。

 で、その秩父氏は戦国時代に武田信玄に攻められて、壊滅的な打撃を受けるわけです。でもさあ? 武田の諜報部門の真田は東信のものじゃん? でもって、武田勝頼の母親である諏訪御寮人の母親は麻績の出って説があるじゃん? 麻績ってゆったらさあ、古代における金刺氏の本拠地の一つじゃん? しかも地名に「麻」がつくから麻薬の産地だよね、要はねえ? だから、下社金刺は上社に滅ぼされたといえど、その親戚の北信濃の金刺氏が上社の当主の側室になって、勝頼の母親を産んだわけじゃん? ってことは、真田を使えるだけのコネを持ってた、「北信濃の金刺氏」って勝頼とその母方のことじゃん? 勝頼が信玄の後継になったことはけっして偶然ではなく、忍びを通じて北信濃の金刺氏とその上位に来る「終わり」との意思疎通が円滑になるためなのではないかと思う。ということで、「終わり」の犬も同然の信玄は東信と秩父の古代氏族を壊滅状態に追い込む・・・、けれども同族のそういう悲惨な憂き目を余所に見ながら、善光寺周辺の金刺氏と「終わり」はのうのうと生き残ったんじゃないの? 古代氏族の中では「一人勝ち」という状態である。共に東国を開拓して苦労を共にした身内を真田と武田を使って滅ぼして、自分たちだけ麻薬の「上がり」を独占しようとした? 江戸時代の善光寺門前ってゆったら、日本で一番栄えている町というくらい栄えていたと小林一茶がゆってるしねえ? と思う。で、そういうえげつないことをしていることを隠すために、信濃国と群馬・埼玉は「自分たちが入植して開拓した」んじゃなくて、日本武尊がどうのこうの~、って伝説を作ったのですかねえ、と思う。要は最初から、親戚一同は利用した上に、いずれ潰す気で信濃国に来たわけだし、そのためのアイコンが日本武尊なわけだ。狼信仰って言ってもだねえ、東国の人々にとって全てを食い散らかす「狼」とは、まさに「終わり」のことであることよ、と思ったあたくしである。「終わり」とはあたくしの先祖のことと思われる。要はあたくしのことでもある-;。おかげであちこちで先祖の所業について苦情が出た気がするわけですが-;。

23年7月3日

 本日は買い物と外作業、姉の歯医者でした。母親は土の清掃、石片付けなど、姉は土の清掃、石片付けなど、私は土の清掃でした。

 昨日は武蔵御嶽神社、奥氷川神社、桂川神社、入間三輪神社を参拝してきました。武蔵御嶽神社は関東の蔵王信仰の中心地だったらしいです。ともかく、歩いて、歩いて、歩き回って疲れ果てました。武蔵御嶽神社は宝物殿にも寄ったのですが、参道の社家の中に秦氏の末裔らしき名前があったり、胴に「8」のような文様がでかでかと入った具足があったり、奉納された弓の道具の中に「梶の葉?」と思われる紋があって興味深かったです。他に「同じ狼信仰の神社」ということで、静岡の見附天神や山住神社のお札も展示されていて。やはり、どことなく下社の影がちらつく武蔵御嶽神社だったのでした。

23年7月1日

 本日は雨で外作業はお休み。出かけるのもお休みしました。母親のみ土の埋め戻しの作業をしました。

 肝臓の値が微妙に悪いのは、もしかしたら「猫ひっかき病」のごくごく軽いやつの可能性もあると思います。「猫ひっかき病」といえばリンパ節が腫れて熱が出る病気ですが、肝機能に悪化が来ることもあるらしい。だいたい、今回検査を受けたのも、お猫様から何か寄生虫でも貰ってないか心配だったからであってー;。普通は軽度の肝機能異常なんて自覚症状がないので病院にも行かないわけですが、今回はたまたま兼行診断に引っかかったのかも-;。経過観察したいと思います。

 テレビは昨夜は「ラスト万」の録画を見て、今日の昼は「それスノ」の録画を見ました。海上保安官の学校なんて珍しい、と思いました。