本日は石川倶利迦羅神社、倶利迦羅不動尊、倶利迦羅権現、埴生護国八幡宮、日埜宮神社、松尾神社、比叡神社・諏訪社、八幡宮 (砺波市高波)を参拝してきました。倶利迦羅峠は万葉の昔は「刀奈美夜麻(となみやま)」と呼ばれていたらしくて。これが砺波市の起源でもあると思うのですが。・・・それは伊邪那美命のことなんじゃないのですかね? と思う。
ともかく、非常に疲れました-;。今日はずいぶん暖かかったです。そして旅はまだまだ続きます。
本日は石川倶利迦羅神社、倶利迦羅不動尊、倶利迦羅権現、埴生護国八幡宮、日埜宮神社、松尾神社、比叡神社・諏訪社、八幡宮 (砺波市高波)を参拝してきました。倶利迦羅峠は万葉の昔は「刀奈美夜麻(となみやま)」と呼ばれていたらしくて。これが砺波市の起源でもあると思うのですが。・・・それは伊邪那美命のことなんじゃないのですかね? と思う。
ともかく、非常に疲れました-;。今日はずいぶん暖かかったです。そして旅はまだまだ続きます。
本日は外作業と買い物。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等でした。私は土の清掃でした。
裁縫は休業中です。「美女と野獣」の元となっている「神」を模索中です。
テレビは今日の昼は先週の「夜会」の録画等でした。
昨日は身延山久遠寺、笠屋神社を参拝してきました。身延山は本山、というか中心になるお寺があって、山の上に奥の院があって、もっと麓に日蓮聖人の廟があって、ものすごく広くて、坊もたくさんあってすごいな、と思いました。お聖人様には日頃お世話になっているので、そろそろ挨拶に行かねば、と思って。山頂にはロープウエーで行けるのですが、周辺の山々の中には歩いて行かないと池にお堂が散在しているようで、とても全部は回りきれませんでした。修行中のお坊さんとかはせっせと山巡りをするのかなー、すごいなー、と思いました。こちらは山の上と下の標高差による温度差とか気圧の差だけでけっこう疲れました-;。でも、行って良かったと思います。20まで、山梨、静岡、長野在住の参拝者はロープウエーの料金を少し割り引いてもらえるキャンペーン中だそうです。そして旅はまだまだ続きます。
本日は外作業のみ。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等でした。私は土掘りと土の清掃でした。
裁縫も休業中です。
テレビは今日の昼は「ブンブブーン」の録画、今日の夜は「いただきハイジャンプ」の録画等でした。
本日は外作業のみ。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等でした。私は土掘りと土の清掃でした。
裁縫も休業中です。
テレビは昨夜は「CDTV」、今日の昼は「News Zero」の録画でした。
本日は外作業と父親の病院でした。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等でした。私はお休みで。
裁縫も休業中です。
で、ともかくフランスの民話?に「美女と野獣」という物語があるわけです。ええと、若い娘が父親のために野獣の所へ行って、結婚を承知すると野獣が王子に変わる、という話です。割と有名だよねえ? と思う。これはけっこう「神話的」な話であって、ギリシア神話には「アモールとプシケー」という話があります。日本だと、「天若日子と下照媛」の話が、まあまあそれに近い、ということで。ともかく、この群の話の「解説」を書けるようにならないといけないらしい。「美女と野獣」の方は、「若い娘を野獣に生贄に捧げて、人間に再生させる」という話だと思う。もっと古い形式では、絶対的な死と再生を司る太母が野獣を人間に再生させる、という話だったのではないか、と思うわけですが、ともかく、「人身御供」というイメージがつきまとう話である。だから、だいたい大雑把なそういう解説はできるわけですが、「では、彼らの神だった時の名前は何か?」と聞かれる気がするわけで@@。これがメソポタミアの神話だったら簡単で、イナンナとドゥムジとゲシュティアンナであると思う。イナンナは何故か死ぬわけですが、冥界で(おそらく再生のために)地上で遊びほうけている夫のドゥムジの命を要求する。でも、ドゥムジがずっと冥界にいるのか可哀想なので、姉妹のゲシュティアンナが1年の半分は自分が冥界で暮らすことで、半年は弟を地上に戻してくれる、というような話である。野獣がドゥムジで、美女がゲシュティアンナに相当する。で、これは麦の生育と季節の循環に関する神話とされているわけです。ドゥムジというのは要は「麦の精霊」みたいなものである。でも、フランスっていうと?? と思う。ヨーロッパの古代の神話はそれこそローマ式キリスト教の影響で壊滅的な打撃を受けていて、ほとんど断片しか残っていない。ギリシア神話でアモールとプシケーで良くても、フランスでは何て言った? と思う。でもともかくフランスにかつてあったと思われる多神教の神話はローマとかケルトに近いはず? と思う。ローマ神話はギリシア神話と強力に習合してしまっていて、オリジナルの思想がなんなのか非常に分かりにくいのですが、ケルトでは? と思う。そうして、
オェングスとカー
という組み合わせをみつけたわけです。というか、カーってローマのコレー、すなわちギリシャのペルセポネーに相当する冥界の女王のことだよねえ? と思う@@。オェングスの方は、おそらく中国後の「白犬(バイゴウ)」が語源と思われ・・・。ギリシアのアモールに相当します。でもオェンという部分は「天」という中国後に相当すると思うので、本当の意味は「天犬」・・・・。袁珂大先生の辞典には、それは中国式の「天狗」(文字通りの「天の犬」のこと)のことだって書いてあるし?? と思う@@。雌雄同体のやばい夫婦だ、それ、と思う。というか、そういう変な「神」を作り出すうちの先祖の頭の中が「やばい奴」と思う-;。夫は若い女好き、妻は吸血鬼というありがたい組み合わせでござる。たぶん、うちの先祖はそういう手合いばっかりだったんじゃあ・・・・、と悲観的? になるあたくしである-;。
それから話は変わるけど、「立山信仰」というのは「立山」の中に地獄がある、というものらしくて。で、なんだかお地蔵様がいて、地獄の業火の中に人々の身代わりに入って焼かれてくれる、というありがたい? 信仰らしい。え? だって、地蔵菩薩の本地は伊邪那美命なんじゃん? 伊邪那美命に黄泉の国で火に焼かれてろってこと?? と思う。でも、伊邪那美命の身代わりみたいな人がいたとしても、実際に火で焼くことなんて現代社会ではできないよねえ? それこそ殺人になっちゃうじゃん? と思う。そうしたら、「家計が苦しいことを「火の車」って言うでしょ?」と言われる気がするわけで@@。それは伊邪那美命に相当する人に「一生貧乏でいろ」とそういうことでございますかねえ? 大喜利かい! と思う-;。ということで、「立山」には2つの意味があって、一つは天之手力男神を地獄に閉じ込めておけ、という意味、もう一つは「女神を一生貧乏にしとけ」という意味であるらしいー;。・・・地獄のどん底にいた義仲も蹴ってきたし? と思うあたくしである。でも、富山は静岡よりもちょっと楽な気がします? なんで? と思ったら「富山は薬売りの県なので。薬売りの資格を持っていればちょっと楽。」と言われました@@。それは最近取ったばかりの資格・・・。もしかして、富山巡りをするための資格? と聞いたら「他に何の意味があるのか?」と言われる気がします。うーむ-;。
で、ともかく、朝から病院で「美女と野獣」の「美女」を探せ。「コレー」に相当する女神を、と言われていた気がするわけで。なんで病院にいうとこういうことをはっきり言われる気がするのか? と思って、ふと近くに座っている人を見たら、膝にセブンイレブンのクリスマス商品のパンフを持っていて、表紙がキンプリでした@@。兄さん達も若いんだし、自分の将来のことも考えないとだめよ、となんだかそんな風に思うわけで-;。毎日、ともかく、ものすごく忙しいのです-;。