22年10月23日

 本日は外作業のみ。外作業は、母親は土の埋め戻し、土の清掃等、姉は土の清掃、石片付け等、私は土掘りでした。

 裁縫は、引き続きお休み中。

 昨日は、富士市・富士宮市方面へ出かける。愛鷹、六王字、阿字、富知六所浅間、米之宮浅間、曽我八幡宮、富士山本宮浅間大社、二宮浅間神社を参拝してきました。富士山本宮浅間大社は、元々は湧玉池の水神を祀る神社だったと思われるわけで。田子の浦の阿字神社は富士山本宮浅間大社と縁の深い神社であって、かつては富士山本宮浅間大社の大祭に先立ち、阿字神社をお参りしていたとか。水神に対する生贄の女神を祀った神社が阿字神社かと思うわけです。此花昨夜姫は「山の女神」ですから、神田川の「水神」とは? となる。たぶん結論からいうと、神大市比売のことで、天照大御神の地上名というか、そんな位置づけなのだと思う。六王子に祀られているのは、須佐之男命と彼女の「子供達」であると思います。要は

須佐之男命とその子孫だけが繁栄するように。そのために神大市比売(天照大御神)は人身御供になるように、というのが「富士信仰」で、それを応援している「母神」が此花昨夜姫、要は伊邪那美命、ということかと。

神話というのは、大抵よその国、特に中国の神話と比較検討できるものが多いわけですが、地域で独自に発生した歴史的事実などに基づくものは、その地域だけのオリジナルの神話になります。例えば百済の建国神話では

兄の沸流(ふつりゅう、ピリュ)が王にならず、弟の温祚(おんそ)が王となる。

となっています。日本では

兄の海幸彦が王権者の先祖にならず、弟の山幸彦が先祖となった。

兄の神八井耳命が王権者にならず、弟の綏靖天皇が天皇になった。

という神話があります。これらは歴史のどこか、朝鮮半島南部あたりで起こった「歴史的事実」が神話化したものだと思うのです。で、兄の神八井耳命は祭祀を行い、その子孫も善光寺とか諏訪大社下社とか阿蘇とか、とそういう話に繋がっていくわけで-;。海幸彦が神八井耳命であるならば、その子孫はどこにいる? と聞かれる気がする。どこって「ここ?」と思うわけで-;。

ともかく、富士信仰というのは、国家の繁栄とか、国粋主義的な天皇家の繁栄とか、そういうことを願っているのではなくて、海幸彦(神八井耳命かつ饕餮、すなわち須佐之男命)の子孫の繁栄を願う信仰であり、そのための生贄が阿字であるところの天照大御神であるのだと思う。海の神に対する生贄だから、海岸端で祭祀を行っているわけだ。

というわけで、わざわざ太平洋沿岸まで出向いたことと、地元の英雄曾我兄弟を祀る曽我八幡宮を参拝したことはけっこう喜ばれたらしいです。後は、七五三とやらにかこつけて、現代の「不老不死の薬」というか「甘露」というか「千歳飴」をあちこちで見かけたわけで-;。糖分を取り過ぎると糖尿病になりますよ、ということで-;。まだまだ旅は続くわけです。