本日は「嘘つきは泥棒の始まり」の巻-;。例によって、遠出をして、飛騨丹生川の善久寺、丹生川神社、高山の加茂神社(盗人神社)、朝日地区の金峰神社、白山神社、八幡神社、高根地区の一位之森八幡神社を回ってきました。飛騨は秋葉山よりも近くていいなー、と思うけれども、高山は秋葉信仰の盛んなところなので、秋葉山まで引きずられたのは、三河遠州のカモ様達だけのせいではない、飛騨のカモの子供達もミタゾノの預言どおり「親」を振り回すカモ様のはずーー、と思う。
で、例によって安房峠を越えて丹生川を下っていくと、初めて「丹生川神社」という立派な神社に気がついて、参拝させて頂く。で、加茂神社に行く。で、ここのところ、五十猛と武五百建命とアジスキタカヒコネのことをずっと考えていたわけです。でイソタケは射楯神(いたてのかみ)とも呼ばれるそうで。長野市近辺には「安達」とか「名立」という神社でイソタケを祀っているわけです。木曽にもめったにいないイソタケがなんで長野市に? とも思いますし、「安達」とか「名立」が「射楯」と同じものであるなら、「あ」とか「な」という音が「い」音と交錯する接頭語であって、接頭語だからなくても構わなくて「楯」という言葉だけでも構わないはずですよねえ? と思う。で、接頭語がつくと、「あだち」とか「なだち」とか「た」の音が濁点になります。だから、「いそたけ」が木の神とすると「いそ」は「五十」のことだから、「たち(たけ)」だけが「木」の意味で、「50本の木」とかそのままだとそういう意味になるのかと思うのです。だから「たくさんの木の神」という意味だし、「いお(五百)」の「たけ」となったら「もっとたくさんの木」という意味かと思う。でも、アジスキタカヒコネとの関連は? と思ったら、
「もっとたくさんの木」の「イオタケ」は須々木水神社の祭神です。要は「須々木」の神、ということで、木の種類が特定されています。「須々木」とは古語で「まっすぐ延びる木」という意味で「進木(すすき)」と呼ばれていた杉のことです。アジスキタカヒコネって、ア(接頭語)+ススキ(杉)が高い神という意味で、接頭語がつくと直後にくる「ススキ」の最初の文字に濁点がついて「ジスキ」に変化してるのです。「タチ」が「アダチ」に変化するのと同じ事、と言われる気がするわけで@@。だから、「須々木水(杉水)」神社の祭神が「もっとたくさんの木の神(イオタケ)」だったら、その「たくさんの木」の神とは杉の木の神=アジスキタカヒコネって事なんだ? と思う。じゃあ、なんで「井」がつくの? と思う。そうしたら、それは木の神に水神の要素を付加したことを強調したもので、つけなくても、水神の意味は暗黙的に含まれると見るべき。五十猛は「井」をつけなくても丹生川の神的扱いでしょ、几帳面に最後に「井」とか「水」をつけるのは、長野県人の几帳面な性質かも、と言われる気がするわけで@@。で、木が「ケヤキ」の場合は「槻井泉」でしょ? と言われる@@。
加茂の玉依姫は川を流れてきた「赤い矢」に感応して子供を生んだ。「赤い矢」とは火雷神のことである。「丹生」とは「丹羽」でも良く、「赤い羽根」すなわち、「赤い矢羽根」のことである。よって、加茂の神アジスキタカヒコネとは、杉の木の神であって、父は火雷神、母は玉依姫である。玉依姫は水神の時は「水玉の霊」、天空にあるときは「火の玉(太陽)の霊」、「火事の玉(太陽)」の霊の時は、天御梶媛であって、太陽女神と火雷神の子が加茂の祖先アジスキタカヒコネという意味だし、天照大神の所有物(夫)である「赤い矢」を授けられたものか「勝つ」のが「女神と矢羽根」の伝承でしょ。神武とか、八面大王とか、と言われる気がするわけで@@。で、火雷神が軍事に関わる「赤い矢」であるときは戦神である建御雷神になるらしい@@。「木(たて)」の「雷神」という意味でしょ。と言われる気がするわけで@@。だから、丹生川神社の神は「赤い矢」である火雷神で、それを奉斎する氏族は「尾羽(尾張)氏」でしょ。イソタケは彼らの子神の名前だし、普通の「ラケ」の井、すなわち「武居」とか「武井」って親戚に大勢いるのではないのですかね? すなわち、本家筋が「五百タケイ」、分家筋はただの「タケイ」ってことですよ。「五百タケイ」が「金刺氏」のことでもあるし、雷神と太陽女神を奉斎する直系の「尾羽(尾張)氏」のことでもあるのでしょ? と言われる気がするわけで@@。あれ? ってことは、丹生川の人々は遠い親戚の「尾羽さん」でもあるし「加茂さん」のことでもあるということ?? と思う@@。で、雷神には「怨霊」と組み合わされた「祟り神(死霊)」としての性質もあって。須佐之男は、根の国の住人だし、猿田彦は死んだ神であるので、彼らは「死霊の雷神」であって、「祟り神(死霊)」である、と言われる気がするわけで@@。「死んでいる雷神(木の神)」であるので、死んだ木、とか雷で燃えた木のことでしょ、と言われる気がするわけで@@。死んだ木とか燃えた木(灰)とかは床下にたくさん埋まってる。これらは要は「須佐之男(死んだ木)」のことでもありますねえ? と思う。
で、最近キンプリの「ichiban」という曲をテレビで何度か見て。「No.1」とか「一番」が歌詞に出てくる曲で。どうも、それを聴くと「首席になりたい」と言っていた人物を思い出して、あんまり面白くなかったわけですが。一位之森八幡神社は参拝すると「一位(神木のイチイにひっかけている)」になるという神社らしくて。そして木曽義仲が建立した神社でもある。やっぱり昔のことを思い出して、「首席になりたい」というのはここのヒントだった? 30年も前から来るように促されてた? と思う。そして、微妙な気分でホームグランドに帰ってきたら、「これでここが一番の八幡だから」と言われる気がするわけで@@。「なんで?」って思ったら「あっちは義仲の八幡で、こちらは賴朝の八幡でしょ。どちらが勝つのか決める丹塗りの矢の主人は太陽女神(丹塗りの矢の主人)でしょ? と言われる気がするわけで@@。私が一位之森八幡神社に気がついたのは「飛騨ぶり街道物語」のおかげである。ナビの兄さん達と、飛騨の人々のおかげでようやく見付けられた神社であって。飛騨のカモ様の皆様には幾重にもお世話になった旅となりました。どうもありがとうございました<(_ _)>。