3日降り続いた雨が、天気予報の通りに今日の10時頃に上がりましたが、地下水の水位が上昇してきてとてもいつもの作業はできませんでした。久しぶりにポンプを持ち出して坑道から排水しました。
で、空いている時間に信州新町の古い家に荷物を取りに行こうと思いましたが、国道19号線が小松原で通行止めだったので断念して、日用品とか薬とか服を買って、氷飽神社にお参りして帰りました。お盆のせいか、暇な人が多くて、黒い車も多かったし、喪服っぽい黒い服を着て「葬式の帰り?」という出で立ちで買い物をしている人がいたりして、全体に敵意が強かった気がします。特に神社巡りが嫌がられる気がします。しかも、強面でヤの字がつく人っぽい人もいたような・・・。東京に住んでいた時も、アパートの隣の道路に、どう見てもそういう方々が車を停めていたりしてたことがあって。特に危害を加えられる、とか実害がなければ、たまたまそういう人を見かけたというだけでどうこうすることはできませんが、なんだか昔っぽいなー、と思って。まあ、でも、法的にものすごく厳密にいえば「恐喝」とかに当たるのかもしれませんがー;。誰からのか、っていうことを明確にいえないのがなんともはや-;。なにせ広域ストーカーだから-;;。時間があるのだからHPの更新とかもしたかったのですが、3日くらい前から更新、更新の連続でメインのPCが重くてできませんでした。
で、お盆といえば、敗戦でもあるわけですが。ネットニュースに「特攻隊員に覚醒剤入りのチョコレートとか酒を食べさせて出撃させた」、という記事があって。さもありなん、と思うし、戦後75年も経ってから、ようやく表に出せた「事実」ですか? とも思う。というか、昔から戦争に関して、そういうことをやってた? とも思う。例えば武家の棟梁として名をはせた源氏は勇猛ではあったけれども、残虐な面も多かった。そして、義仲と頼朝・義経も敵対して争いましたけれども、義仲の父親も甥に殺されており、いくら昔のこととはいえ、肉親の情が非常に薄かったり、ちょっと常軌を逸した点があったような気がするわけです。しかも、武家が台頭するのは平安末期以降ですが、特にそれは東国が著しいわけで。彼らは戦う時には必ず先勝祈願とかするし、勝てばお寺を建てる、とかそういうことを誓うことも多かった。そうすると、そういう祈願の儀式には必ず僧侶とか修験者が祈祷するし、東国の各地の山には奈良時代末期から修験道の行者が入り込んで網の目のように移動して歩いていたわけだから、宗教的な儀式や祈祷には当然彼らも活躍していた、と思われるわけで。(それ以外にもスパイみたいなこともしてたでしょ。後に「忍者」として一つの職業として独立するくらいにさあ? とも思うわけですが。)彼らが、戦闘に際して何か気分が高揚するようなものとか、残虐なことを平気でできるようになるようなものとか配ってたりとかした?? とか思ってしまう。それに加えて、武器とか軍馬とかも供給したら「戦え」と言っているようなものである。修験道の開祖といわれる役小角は賀茂氏の出と言われています。で、ネットニュースを見ていると「こういうことを考えだしたのが誰なのか分かるでしょう」と言われる気がするわけですが。「うーむ」と思う。例えば、古代の殷は生贄を大量に捧げたことで有名ですが、彼らも戦争ではかなり残虐であって、特に初期の頃は捕虜を奴隷にする、とかそういう考えもなくて、どんどん残虐に殺していたらしいので。彼らにも先勝を祈願するシャーマンはいたと思うし、戦闘に際していくらでも残虐になれるように、どういう「祭り」を行っていた? と思うよねえ、と思う。要するに、そういうことはシャーマンとか「宗教関係者」が考えだしたのだと思います。古代においてはね。で、そもそも身分制とか王権の発生を見れば、祭祀者であるシャーマンが王に移行したものなので。戦う若者に薬物を盛るようなことを誰が考えだしたのか、といえば、古代の王達、であると思うわけです。ジャンキーな神農とか? って言ったら言い過ぎ? と思うくらいですが。
で、今日の昼は伊野尾ちゃんと神宮寺君のドラマを見たわけで。「真名とは呪われないために隠すモノ」と古来からの概念を言っていたわけですが。でも、自分の名前を隠すことを何の目的で始めたのかといえば、誰が武器を供給し、誰が軍馬を供給し、誰が薬物を供給し、誰がシャーマン(王)であるのかを隠すためなんじゃないの? シャーマン(王)の立場が脅かされないために、と思う。「呪われないために隠す」というのは方便なのでは? と思うわけです。だって、古代の日本において、武器を扱う人も、供給する人も、軍馬を供給する人も、薬物を供給する人も、全部カモネギなんじゃん? という気が、調べれば調べるほどするわけで。何故、系図をわざわざ書き換えて、同族であることを隠すのか? 呪われたくないからじゃないよね? とそう思うわけです。
ということで、ともかく「特攻隊に覚醒剤を盛ってた」ということが「明るいところ」に、要は「太陽の下」に出せるようになったらしいです。なんで? 隠していた怨霊を祓ったから? とか思うわけで。「怨霊払い」の私って誰かに脅されてたっけ? 脅してるのは怨霊なのかも、お盆なだけに。喪服を着てる人があちこちにいるし。とそうなってしまうわけです-;。
だけど、なんというか、「神」というものは未だに私にもよく分からない。特に「生き神」というものはますますよく分からないわけですが。例えば誰かが、特攻隊の若者に薬物を盛ることを考えついたとして、それに賛成して「太陽女神」として誰がその考えを支えたのか、ということを自分の心の内の中だけでも真剣に考えてみるように、と言われる気がするわけで。・・・それはとっくの昔に死んでいて、なんだか満州に関係のある人のことを指すような気がするわけですが。自分と自分の子供だけ良ければそれでいい、って鬼子母神みたいですな。鬼子母神が好きな宗派もあるね、どっかにね、となんとなくそう思うわけです。