本日も、一日外作業をしました。母親は土の埋め戻し、土の清掃、土掘り、石片付け等、姉は土の清掃、石片付け等、私はハツリ、土の清掃でした。本日はツグミさんがパン屑を食べに来ていました。いつも、怖がって我が家のフェンスの内側には入って来れなかったのですが、今日は少し慣れて、入ってきていました。
裁判関連は新たな動きはなし。医者関連も動きがなくて不審に感じたので、夕方17時半頃、長野市民病院の「地域医療連携室」というところに電話してみました。そうしたら、水曜日に届いているはずのFAXは「届いていません」と言われて、「春日内科さんの方に確認して、FAXを送って頂いたら、こちらから連絡します。」と受付の人(「竹」がつく名前だった)に言われましたが、地域医療連携室が18時半までで、春日内科・糖尿病医院は18時までで、若旦那の方が早く店じまいしてしまいますので、15分待って連絡がなかったので、17時45分頃、春日内科・糖尿病医院に確認の電話をしてみました。そうしたら「身内に不幸があったので、まだ書いてません」と言われました@@。で「今夜書いて、明日送るからいいでしょ。」と言われたので、「その時に、うちにもFAXで紹介状を下さい。」と言ったら、「それはさすがに・・・。郵送するからいいでしょ。」と言われました。なので、「では、取りに行きます。明日の午前中ならいいですよね?(春日内科・糖尿病医院は土曜日は午前中営業してるので)」と言って、こちらには明日渡して貰うことにして。で、市民病院に紹介して貰うメインの目的は、じいさんが糖尿病持ちの上に、腎機能が低下してるので、腎症の正確な評価をするために微量アルブミン尿(定量)を測定して貰う、というものなので。これは別にガイドラインにも載っているような普通の検査で、しかも侵襲性の高い検査でもないわけで。・・・・なにかこの検査をやりたくない事情でも若旦那にあるのかしら? 思うことがあるなら相談にのるし? と思って「先生、大丈夫ですか?」とお尋ねしたら、返事もされずにガチャ切りされました。やっぱり、何か人に言えない事情がありそうです-;。市民病院の「地域医療連携室」は土曜日は休みなので、明日FAXを送っても受付は月曜日になると思うのですが。でも、こちらも早めに資料を欲しいですし。変なことや足りないことが書いてあったら、必要なことは書き足して受診時に持って行かねば、ですし。対策は早めに立てたいので。
で、夜になると微妙にイライラするので、「何か、また動くことがありそう」とかって思う。そういう時に限って、母親もちょっと興奮気味になるし、姉とかは「もう病気は良くなった」みたいなこととか言い出すわけで。「みんなちょっと興奮してるので、これも大きな勝負かも」と母親に言われる。それは、その通りだと思う。微量アルブミン尿の測定ごときで? と思うけれども、そうだと思う。それは良いのだけれども、姉が妙に現実を忘れて昔に戻りたがる、というか、昔の良かったことばかり言うので何でかなー? と思う。そうしたら、母親に「昔の良いこと(好きに買い食いできたり)だけ思い出して、嫌なことや大変だったことは忘れちゃってる。」と言われるわけで。「そっかー」とふに落ちる。というか、それがそもそも敵の洗脳というか、術中にはまってるのだと思う。
あたくしが学生時代のことをあれこれ思い出すと、どうもごく一部には嬉しく思っている人物もいるような気がしてならない-;。どうも、その辺りも、色々と鬱憤が溜まってそうだー、と思うわけですが-;。で、どうも「Oのつくコンビのことを思い出したら、似たような行動パターンの二人組で他に思い出す人達がいるでしょ?」と空耳で言われる気がしてならない。それは、「飲みに誘う人」&「変な粉をかける人」というコンビのことですよねえ? と思う。似たようなって、例えば粂川センセイサマと小山センセイサマみたいな? って書き出すと、同級生200名の名前が全部つるつると出て来そうである-;。というか、この二人の名前を出すと、事態は複雑化する。粂川センセイサマという人は、今どこで何してるかは知らない。でも、民医連の事務所に公然と出入りしていて、要するにK産党関連の方だったと思われる。で、なんでこの人と知り合ったかというと、私は物理で引っ掛かって留年してるので、「下の学年に誰も知り合いがいないと可哀想だから」みたいな感じで、元の同級生に紹介して貰った二人の人の内の一人が粂川センセイサマだったわけだ。で、元の同級生に植田センセイサマという友人がいて、その人が民医連関係者であったので、その繋がりで後輩を紹介して貰った、それが粂川センセイサマだった、という流れ。紹介して貰ったもう一人は北村センセイサマという方で、この人は高校時代、「元の同級生」だった佐藤センセイサマという人の同級生だった(佐藤センセイサマは現役で大学に合格、北村センセイサマは1浪で大学に合格、ということで、大学では学年は1年先輩と後輩になってた。)。だから、留年して学年が変わった後、粂川センセイサマには飲み会とかよくお誘い頂いたし、北村センセイサマもだいたいその場にいた気がするわけで。・・・・だから、ともかく”「飲みに誘う人」&「変な粉をかける人」というコンビ”という定義からいうと、粂川センセイサマは「飲みに誘う人」と言えるし、北村センセイサマはその応援隊みたいな? そんな感じだったと思う。私が後に、あまり数は誘われてないけれども、大塚&尾崎コンビに、なんとなく不信感とか違和感を強く感じたのは、確かに彼らの行動パターンが「飲みに誘う人」&「変な粉をかける人」の行動パターンに当てはまるから、というのは、言われてみればあったかもしれないと思う。
そして、こういう修羅場とかゴタゴタした人間関係とかは、もう25年も前のことなわけで。今の私の人間関係にはほとんど影響しない。まあ、市民病院にいる二人はどうなの? と思うけれども、関わろうとしなくて、必要もなければ、それほど関わる機会もないし。だけど、2番目の子には、別れた後にストーカーみたいな真似されたし、大塚センセイサマには会うたびに「彼とはどうしたの?」みたいなことを言われて不愉快であったし、粂川ファミリー?の一員であった伊藤センセイサマという人は電話をかけてきては2番目の子の話をするし、で、どうも「思い出せ」みたいなこと、というか「忘れるな」みたいなことをずいぶんとやられた気がするわけで。それやこれやでうんざりして、全部切って医学部を逃げ出したら、なんだかエレカシの宮本とか、最近では「夜会」の野田クリスタルとか、ときどきそっち系が視界の端をうろちょろするようになったわけで-;。なんだろう、こういう「忘れるな」というのは、もしかして姉の場合と同じで「嫌なことは忘れて、楽しかったことや、2番目の子の尊敬できることだけ思い出せ」とか、そういうこと?? とふと、今日になって気づく-;。・・・お付き合いしていて「楽しかった」ことはなかったとは言えないけれども(旅行に行く計画を立てたりとか)、「尊敬できること」なんてあったっけ? と思うわけですが-;。・・・ともかく、2番目の子のことは「あなたはあなたのままでいい」「二人のことは二人で話し合って決めよう」って言われたから好きになったのであって、「二人のことは自分がヒスを起こして決める」って言われてたら好きにはならなかっただろうと思うわけですが-;。ともかく、「人の言ったことは額面どおりに信じちゃいけないんだ」ということを、純情な娘時代に学んだわけだ-;。その後の人生に完璧に生かせて来たかどうかは別として-;。普通は、人は楽しかったことも覚えているものだと思うけれども、同じくらい嫌なことも覚えているものなんだ、とばかり思ってたわけですが。どうも、外からの何らかの作用があると、そういうわけでもないんだ? と、親と話していて、今日ふと気づく。でも、私に姉みたいなことを期待されましても、無駄だと思うわけですが。
ともかく、今日はですねえ? インスタでPサマとか岩橋君を見てたわけだ。そうしたら、何となく「何でも一つ一つ自分で確認して、抜け目なくやるように」と言われる気がしたので、市民病院と春日内科・糖尿病医院に確認の電話をしてみたら、発見したことがあったわけで。でも、こちらの予想としては「紹介状を書く、と言った覚えはない」って言ってばっくれられるかも、とすら思ったので、そこまでは酷くなかった、ということで。25年まえに身についた「人間不信」は今も身についているわけですが、だからといって経験して良かった、って言えることでもないのでねえ?? としか言えない-;。市民病院は、どうも行くと「余計なことを言うな」とかって言われる気がするわけですがー;。家族のことは「余計なこと」ではない。こちらが希望することは、温厚な態度で述べさせて頂くつもりです。