本日の日誌

本日は、買い物に出かけたので、お外組も私も、「お仕事」は、それ以外の時間、ということで。でも、ちょっと遅くまで頑張って、ノルマは何とかこなせました。買い物に行くので、半分くらいしか作業できないかと思ってたけど良かったです。でも、インクとか紙を大量に買ったので、お金はけっこう使ってしまいましたー;。

朝、昨日のブンブブーンを見ながらご飯を食べて、うとうとしていたら、7番目の兄さんが夢に現れて、「あなたみたいな人には、自分のような男がそばについていて守っていないと駄目でしょ。」と言われる夢を見て。目が覚めて、「いいこと言うなー、もっと言って。」と思って。で、お昼寝の時には、夢に木村君が現れて、なんだかどこかに電話をかけるような夢で。目が覚めて、木村君の夢なんて珍しいー、と思ったのですが。夜の7時近くになって、そういえば、今日は二宮君と木村君の映画が放送される日だー、と気がついて。昼間の夢はこのことの暗示だったのかー、後輩に優しい木村君だー、と思って。WOWOWだったので、再放送がもう1回あるので、そちらの方を録画予約しておきました。

で、7番目の兄さんには、「漁撈民の神話には、浦島太郎があるでしょ。」と言われる気がするわけで。そもそも、漁撈民の魚の豊穣に関わる「月の太母」とは、トーテムが蛇です。それがウミヘビなのか、島々を泳いで渡る陸の蛇なのかははっきりしません。どうせ、古代の人にはその2つの区別もあまりついてません。で、月は満ちかけするので、細いときは普通の蛇の姿だし、満月の時は獲物を食べてお腹が膨らんでいる蛇の姿、と言われる気がするわけで@@。漁撈民が、海の祭祀で、生け贄を細切れにして海に投げ込むのは、母なる蛇神に餌を与えて、その見返りに海の幸の豊穣を願うものでもあるし、兄弟である魚に餌を与えて、さらなる豊穣を願うものでもある。「竜宮城の乙姫」というのも、「月の女神」の一つです。浦島太郎が、乙姫に婿入りする、というのは、太郎を乙姫の餌に捧げる、ということです。犠牲の祭祀で「初子」を神に捧げる習慣が、かなり拾い範囲であったことが、太郎の名前からもうかがえます。で、昔の人は「個」という概念があまりないので、命は一人に一つずつあって、死んだら、その命は終わる、とは考えませんでした。それに、食べる者と、食べられるものとの区別もあんまりついていません。よって、漁撈民は魚を食べるから、人間は魚でもあり、魚は人間でもあるわけです。太郎を殺して魚の餌にしたら、太郎はそれで終わり、とは考えません。太郎を魚の餌にしたのだから、魚が「浦島太郎」になるのです。婿入りした太郎が、人の世界に戻ってくる、というのは、「魚になって戻ってくる」と、そういうことです。でも、魚は人に食べられるものだから、あっという間に食べられてしまいます。それが「年を取る」ということなのです。魚の肉の一部を食べないで、海に帰して他の魚に食べさせれば、その魚も「浦島太郎」を食べたのだから、「浦島太郎」になります。だから、そうやって魚を増やしていけば、海の中は「浦島太郎」だらけで、何百万匹にも「浦島太郎」が増えることになるよね、と言って、7番目の兄さんが笑う気がするわけで@@。相方の兄さんの方は「ご飯を食べながら、そういう話を笑いながらされたら、気分が悪くなって魚を食べる気が失せるでしょ。」と言う気がするわけでー;。だから、漁撈民の文化が強く残っている丹後半島では、月の女神信仰も、浦島太郎の伝承も強く残っている。そして、漁撈民の最古層の「魚の豊穣」に関する神話と儀礼は、本来は「浦島太郎型」のものであって、それが農耕が始まると、ハイヌウェレ型のものに移行するのです。だから、ハイヌウェレ型神話の祭祀や神話を、「古栽培民の神話」みたいに言ってありがたがってるのが変な話で、漁撈民の神話の形態からいえば、「浦島太郎」の方が更に古い時代の神話を反映しているもの、と言われる気がするわけで。

でも、7番目の兄さんは、なんでそういうことに詳しいのですかね? と思う。そうすると、「それは統治するためでしょ。自分とは異なる人々を円滑に統治していくためには、彼らが何を考えて生きているのかを知らなければならないから。で、そういうノウハウは、大名家でも富の王家でも、独自のものをちゃんと持ってるでしょ。」と言われる気がするわけで@@。兄さんも、そういったことに興味・関心の強い自分は、そうやって「理屈づけ」してるんですよねえ? と思う。兄さんも、そういうところが性格的にやや変なんじゃないの? と思うわけですが。でも、大抵の人には、「妻神が、そういう話を聞いて気分が悪くなったりしない人なら、それで問題ないでしょ。」と言われる気がするわけでー;。幸か不幸か、私もそういう話であんまり気分が悪くなるタイプではありませんー;。でも、浦島太郎みたいな祭祀をやれ、と言われれば、断固反対ーーーって思うけどさ、と思う-;。要するに、古代の人ほど、「個人」という意識が薄いし、「個々の命の一つ一つが大切」とはあんまり考えないで、太郎を殺してばらせばばらすほど、生きた太郎自身が増えていく、って考えてたんですねえ? と思う。でも、これを理解することが、「生け贄を捧げること」というものの根本的な考え方をを理解することであることは分かる。それを止めるとしても、どう説得したら相手が納得するのか、そういうことを知るためにも、本質的な考え方の理解は必要なわけです。

本日の日誌

本日は、家人が歯医者に行ったので、お外組は10時ぐらいで仕事を切り上げて。昨日入れられていた妙な材木とかもバラして、いつでも捨てられるようにして貰って。で、歯医者に行って、帰って来るのに時間がかかって遅くなったので、私の方もけっこうノルマをこなせて、いつもよりちょっと多めに資料の整理ができたのでした。

で、7番目の兄さんには、ハイヌウェレ型の神話は、漁撈民とも大きな関連があって、彼らは元は漁撈民であったものが、農耕を始めて、主に芋を栽培したので、芋の波及と共に、太平洋地域に住む漁撈民の間にハイヌウェレ型の神話と祭祀も広まった、ということで。それが、もっと土地の広い、穀物を栽培する地域に入ったものが、稲作に関するハイヌウェレ型の神話、ということで。河姆渡文化は、稲作文化でしたが、長江の下流域に発達していて、人々は魚もたくさん食べていました。海の生物の繁殖は月の満ち欠けと大きく関係しますので、魚の豊穣を母なる月の女神に祈る、というのが、ハイヌウェレ型神話のそもそもの始まりといえます。人間は魚を食べるし、魚を食べるから人間も魚と同じものなのです。河姆渡では、おそらく何らかの起源を区切って、「魚の初物」とされるものも、「人間の初物」とされるものも神に捧げていました。それが、稲作だと、稲の初物を神に捧げる、となります。要するに「新嘗祭」です。そして、初物は神にも捧げるけれども、仲間内で食べてしまうものでもある。おそらく、最初は魚に見立てた、初子を、自分達でも食べるし、バラバラにして海に投げ込んで魚の餌にする、という祭祀があったはずです。それが、芋を栽培する時代になると、女神をバラバラにして、地面に埋めるようになります。須佐之男もオオゲツヒメを斬り殺しますから、元はバラバラにしたことが暗示されます。

その一方で、食人や殺人が忌避されるようになると、土器を人の代わりにするようになりました。これは、ハイヌウェレ型の残酷な祭祀を嫌った、大陸的な農耕民が考え出した代替措置といえます。日本の国には、縄文中期に、里芋の到来と共にハイヌウェレ型の信仰が入ってきました。今でも、空きの中秋の名月には、月に「月神様の子供」として、里芋の初物をそなえる習慣があります。お団子をそなえるのは、稲作の農耕民の風習ですが、本来はこれは、芋に関連するハイヌウェレ型神話の名残なのです。縄文時代の日本人の多くは、南方系の漁撈民ではなくて、北方系の熊トーテムの人達でしたので、熊は食べたけど食人は嫌いました。そのため、祭祀は最初から、女神に見立てた土偶を壊して地面に埋める、というものでした。要するに、縄文時代の遺跡の祭祀後から壊された形で発掘されるのが、縄文のハイヌウェレであり、オオゲツヒメです。これが、時代が下ると、更に豊受大神へと変化します。だから、あなたも気の毒なハイヌウェレを喰ったことがあるでしょ、と言われる気がするわけで。

何か食べましたっけ? と思う。そうしたら、以前丹後半島で、「かわらけ投げ」をしたでしょ、と言われる気がするわけで。「そういえば」と思う。何かお寺でやったような、と思う。かわらけを崖とかに投げ捨てて、壊すことで「禍福を願う」というのは、ハイヌウェレ神話のなごりですよ、と言われる気がするわけで。縄文時代の、土偶の女神を壊す祭祀が、そういう形で今でも残ってるんだなあ、と思う。だから、「壊れた土器」には意味があるんだよ、と言われる気がするわけで。そもそも、昔の人には、生きているものと死んでいるものとの区別がありません。その2つは、境界が曖昧で連綿としてるものです。人は死んだら土に帰るし、その土から育った者を食べる。だから、土も大根も人参も人も同じもの、となります。大根と人参だけではなく、土そのものも人と同じものなわけ。だから、土で作った土偶は、人そのものなわけです。でも、普通の土器も使っていればいつかは壊れるものだし、土偶は壊すためのものだし、結局、そういうものは、「壊れること」を前提として作るものだから、「死ぬために作った人」といえます。普通の人が、「普通に人生を全うするための人」だとすると、土器は「死ぬための人」なわけ。で、そういう考え方を生け贄というものにも当てはめています。だから、どんな文化でも、初子を犠牲にしたり、奴隷を犠牲にしたり、時には王を犠牲にしたり、とあるわけですが、その根底にはそれらは特別に他の人と区別された「死ぬための人」だし、その死のおかげで残りの人々に過福をもたらす、と考えられていました。土器もそれと同じものだから、必要以上に家に置いといてはいけないのね、と言われる気がするわけで。要するに、じいさんがつまんない焼き物をため込んでたのは、生きてるんだか死んでるんだかもはっきりしないゾンビを、家の中に大量にため込んでたってことですねえ? と思う。そういうものは、使う以上に持っていてはいけないものなのに、と思う。兄さんには、「土器を大量に壊した分だけ、過福があるといいねえ」と言われる気がするわけですが。だから、家の中に、壊れた土管とか、かわらけとかあっちゃいけないわけだ。それらは、「死んだハイヌウェレ」だから、それがあるってことは「黄泉の国」っていうことですねえ? と思う。そして、昔の人が、土で人の首を作ったり、女神を作ったりしてたのは、生きている人の犠牲を防ぐためのものでもあったけれども、そういった人工物も「生きている人に相当するもの、同じもの」と考えていて、「別のもの」とか「代替のもの」とはあんまり考えてなかったんですねえ? と思う。

それにしても、7番目の兄さんは、こういう残虐な祭祀の話とか平然とする人、ということで、その点はあんまり評判がよろしくないようで。剛君とかに、「こんな性格で済みません。」とかって言われる気がするわけで@@。私もそういう話は割と平然としてるタイプな気がするわけですが。私も割と残虐を好むタイプなのですかね? と思う。でも、7番目の兄さんには、「あなたの中では小さいものを愛し育てたい気持ちと、死体をバラバラに解剖することが好きな気持ちと、残虐さを好む気持ちは、それぞれに理屈という仕切りがついて区別されていて、自分でそういう自分に矛盾を感じてないよね。」と言われる気がするわけで。解剖が好きなのは、それが仕事だから、残虐な民話や神話が好きなのは学術的な興味から、赤ん坊が好きなのは生まれつき、という具合に、と言われる気がするわけで。でも、普通の人はそうじゃないんだよ、例えば猟奇的な殺人を好む者は、まず小さい小動物を虐めることから始めて、次第に虐待の対象が大きな動物になり、しまいには人を殺したいという衝動を抑えられなくなる。要するに、残虐を好む者は、最初から小さい者を愛し守り育てたい、という人格を持たないのが普通だから、「太母」たる、その目の矛盾した気性はいったいどこから来るのか? と聞かれる気がするわけで@@。さあ、そういうことは自分では良く分からないんですけれども?? と思う。でも、4番目の子なんかは、そういうところが7番目の兄さんにそっくり、とか言いそうな気がするわけですが。ご当人は、「そうなのかねえ? どうかねえ。」と言ってる気がするわけで。

でも、兄さんと話していて思うに、お月様に里芋を捧げる風習が強い地域というのは、関西圏であるように思います。その辺りは、丹後半島は特に太古からの港で、漁撈民も多かったからだと思うけれども、ハイヌウェレ型の信仰が一番強く残っている地域でもあると思う。要するに、「関西弁」を話す地域の人達は、漁撈民の末裔が多くて、ハイヌウェレ型の信仰、月の女神への信仰が強く残っているし、話す言葉も周囲の「熊人」とちょっと違うってことになるのですかねえ? と思う。7番目の兄さんなんかは、なんとなく、そう考えているように思うわけです。

本日の日誌

本日は、家人が歯医者に行ったので、お外組は10時ぐらいで仕事を切り上げて。昨日入れられていた妙な材木とかもバラして、いつでも捨てられるようにして貰って。で、歯医者に行って、帰って来るのに時間がかかって遅くなったので、私の方もけっこうノルマをこなせて、いつもよりちょっと多めに資料の整理ができたのでした。

で、7番目の兄さんには、ハイヌウェレ型の神話は、漁撈民とも大きな関連があって、彼らは元は漁撈民であったものが、農耕を始めて、主に芋を栽培したので、芋の波及と共に、太平洋地域に住む漁撈民の間にハイヌウェレ型の神話と祭祀も広まった、ということで。それが、もっと土地の広い、穀物を栽培する地域に入ったものが、稲作に関するハイヌウェレ型の神話、ということで。河姆渡文化は、稲作文化でしたが、長江の下流域に発達していて、人々は魚もたくさん食べていました。海の生物の繁殖は月の満ち欠けと大きく関係しますので、魚の豊穣を母なる月の女神に祈る、というのが、ハイヌウェレ型神話のそもそもの始まりといえます。人間は魚を食べるし、魚を食べるから人間も魚と同じものなのです。河姆渡では、おそらく何らかの起源を区切って、「魚の初物」とされるものも、「人間の初物」とされるものも神に捧げていました。それが、稲作だと、稲の初物を神に捧げる、となります。要するに「新嘗祭」です。そして、初物は神にも捧げるけれども、仲間内で食べてしまうものでもある。おそらく、最初は魚に見立てた、初子を、自分達でも食べるし、バラバラにして海に投げ込んで魚の餌にする、という祭祀があったはずです。それが、芋を栽培する時代になると、女神をバラバラにして、地面に埋めるようになります。須佐之男もオオゲツヒメを斬り殺しますから、元はバラバラにしたことが暗示されます。

その一方で、食人や殺人が忌避されるようになると、土器を人の代わりにするようになりました。これは、ハイヌウェレ型の残酷な祭祀を嫌った、大陸的な農耕民が考え出した代替措置といえます。日本の国には、縄文中期に、里芋の到来と共にハイヌウェレ型の信仰が入ってきました。今でも、空きの中秋の名月には、月に「月神様の子供」として、里芋の初物をそなえる習慣があります。お団子をそなえるのは、稲作の農耕民の風習ですが、本来はこれは、芋に関連するハイヌウェレ型神話の名残なのです。縄文時代の日本人の多くは、南方系の漁撈民ではなくて、北方系の熊トーテムの人達でしたので、熊は食べたけど食人は嫌いました。そのため、祭祀は最初から、女神に見立てた土偶を壊して地面に埋める、というものでした。要するに、縄文時代の遺跡の祭祀後から壊された形で発掘されるのが、縄文のハイヌウェレであり、オオゲツヒメです。これが、時代が下ると、更に豊受大神へと変化します。だから、あなたも気の毒なハイヌウェレを喰ったことがあるでしょ、と言われる気がするわけで。

何か食べましたっけ? と思う。そうしたら、以前丹後半島で、「かわらけ投げ」をしたでしょ、と言われる気がするわけで。「そういえば」と思う。何かお寺でやったような、と思う。かわらけを崖とかに投げ捨てて、壊すことで「禍福を願う」というのは、ハイヌウェレ神話のなごりですよ、と言われる気がするわけで。縄文時代の、土偶の女神を壊す祭祀が、そういう形で今でも残ってるんだなあ、と思う。だから、「壊れた土器」には意味があるんだよ、と言われる気がするわけで。そもそも、昔の人には、生きているものと死んでいるものとの区別がありません。その2つは、境界が曖昧で連綿としてるものです。人は死んだら土に帰るし、その土から育った者を食べる。だから、土も大根も人参も人も同じもの、となります。大根と人参だけではなく、土そのものも人と同じものなわけ。だから、土で作った土偶は、人そのものなわけです。でも、普通の土器も使っていればいつかは壊れるものだし、土偶は壊すためのものだし、結局、そういうものは、「壊れること」を前提として作るものだから、「死ぬために作った人」といえます。普通の人が、「普通に人生を全うするための人」だとすると、土器は「死ぬための人」なわけ。で、そういう考え方を生け贄というものにも当てはめています。だから、どんな文化でも、初子を犠牲にしたり、奴隷を犠牲にしたり、時には王を犠牲にしたり、とあるわけですが、その根底にはそれらは特別に他の人と区別された「死ぬための人」だし、その死のおかげで残りの人々に過福をもたらす、と考えられていました。土器もそれと同じものだから、必要以上に家に置いといてはいけないのね、と言われる気がするわけで。要するに、じいさんがつまんない焼き物をため込んでたのは、生きてるんだか死んでるんだかもはっきりしないゾンビを、家の中に大量にため込んでたってことですねえ? と思う。そういうものは、使う以上に持っていてはいけないものなのに、と思う。兄さんには、「土器を大量に壊した分だけ、過福があるといいねえ」と言われる気がするわけですが。だから、家の中に、壊れた土管とか、かわらけとかあっちゃいけないわけだ。それらは、「死んだハイヌウェレ」だから、それがあるってことは「黄泉の国」っていうことですねえ? と思う。そして、昔の人が、土で人の首を作ったり、女神を作ったりしてたのは、生きている人の犠牲を防ぐためのものでもあったけれども、そういった人工物も「生きている人に相当するもの、同じもの」と考えていて、「別のもの」とか「代替のもの」とはあんまり考えてなかったんですねえ? と思う。

それにしても、7番目の兄さんは、こういう残虐な祭祀の話とか平然とする人、ということで、その点はあんまり評判がよろしくないようで。剛君とかに、「こんな性格で済みません。」とかって言われる気がするわけで@@。私もそういう話は割と平然としてるタイプな気がするわけですが。私も割と残虐を好むタイプなのですかね? と思う。でも、7番目の兄さんには、「あなたの中では小さいものを愛し育てたい気持ちと、死体をバラバラに解剖することが好きな気持ちと、残虐さを好む気持ちは、それぞれに理屈という仕切りがついて区別されていて、自分でそういう自分に矛盾を感じてないよね。」と言われる気がするわけで。解剖が好きなのは、それが仕事だから、残虐な民話や神話が好きなのは学術的な興味から、赤ん坊が好きなのは生まれつき、という具合に、と言われる気がするわけで。でも、普通の人はそうじゃないんだよ、例えば猟奇的な殺人を好む者は、まず小さい小動物を虐めることから始めて、次第に虐待の対象が大きな動物になり、しまいには人を殺したいという衝動を抑えられなくなる。要するに、残虐を好む者は、最初から小さい者を愛し守り育てたい、という人格を持たないのが普通だから、「太母」たる、その目の矛盾した気性はいったいどこから来るのか? と聞かれる気がするわけで@@。さあ、そういうことは自分では良く分からないんですけれども?? と思う。でも、4番目の子なんかは、そういうところが7番目の兄さんにそっくり、とか言いそうな気がするわけですが。ご当人は、「そうなのかねえ? どうかねえ。」と言ってる気がするわけで。

でも、兄さんと話していて思うに、お月様に里芋を捧げる風習が強い地域というのは、関西圏であるように思います。その辺りは、丹後半島は特に太古からの港で、漁撈民も多かったからだと思うけれども、ハイヌウェレ型の信仰が一番強く残っている地域でもあると思う。要するに、「関西弁」を話す地域の人達は、漁撈民の末裔が多くて、ハイヌウェレ型の信仰、月の女神への信仰が強く残っているし、話す言葉も周囲の「熊人」とちょっと違うってことになるのですかねえ? と思う。7番目の兄さんなんかは、なんとなく、そう考えているように思うわけです。

本日の日誌

本日も無事にノルマをこなして。兄さん達は、裁判に負けてもあんまりお金に困る状況ではないので、むしろ、「大量の日記を証拠に出せ」って言われたことに私が怒ってそう、と思ってるらしくて-;。朝、7番目の兄さんの動画とか見てると、「怒れ、怒れ」と言われる気がするわけで。「怒れ、って言われてる気がする。」って呟いたら、兄さんに、「やっぱり、目の力が強くて洗脳が効かないね。」と笑われるわけでー;。いろいろと送った文章を見て、兄さん達は、「妻神はけっこう気が強い」と思ったらしいです。だいたい、敵の言ってることがあんまりなんで、日記を出さなくても勝てる案件なんじゃないの? と思うわけですが。「自分達が日記を読みたいから送ってね。」とわざわざ音楽家の兄さんにも言われる気がするわけで。もう、次の予約が入ってるし、と思う。

先週の「しやがれ」で、「ホヤ」の項で、潤ちゃんが答えを知ってるのに、ヒントをわざと出して他の人に教えてあげる、とか。海老の項で、「列を作って歩く」まで言わないと正解じゃない、って言われていて。ちゃんと主張を最後までするように、とか、答えを知ってるのにヒントを出してくれるって、あの二人組のこととか、言いたいことは分かるわけですがー;。裁判官と敵方の弁護士に妙なヒントを出して貰いながらやる裁判ほど、気味が悪いものはない、生理的にそもそも受け付けない、とか思うわけで-;。でも、兄さん達を愛してるから頑張る、とか思うわけで。安達守が何が言いたいのかは分かってるし、一番肝心なことは教えて貰ったことも分かっているわけですが。単に、面白くないだけですー;。でも、日記1日分につき、2万円だと思って頑張れ、と言われるので頑張ります(苦笑)。

お外組は、微妙なお天気の中、晴れている時にけっこう作業をしたらしくて。で、昨日けっこうヘリが飛んだりしていたのですが、今日になって、家の裏手に、今まで見たことのない材木が3本見つかって。一応、写真には撮っておきました。昨日、隣家が騒がしかったのですが、今日になったらこれだー、と思って。今日も少しうるさかったです。

で、そもそも、狩猟民の宗教的思想は、自分達は狩りをする「虎」であって、周辺の部族は「獲物の草食動物」であって、虎が獲物を狩るように、他人の首を狩るのが、一人前のステイタス、というのがそもそもの「宗教」の考え方だと思うわけです。そして、狩りの獲物は自分達で食べたり、神に捧げたりする。これは、宗教と言うより、トーテム信仰といえる。ただし、他人を狩ることは人間の歴史としては、「首狩り」に象徴されるように、次第に「肉を食べる」ことからは離れて「霊を食べて首だけ利用する」みたいな形になっていきます。少なくとも、歴史的にはそんな感じである。でも、これは更に古い時代の食人の名残でもあると思う。そして、これが社会性を帯びれば、階級制の始まりであり、差別の始まりでもある、ということは分かる。

そして、農耕が開始されても、この思想は維持されるわけですが、農耕に重要なのは耕地の豊穣であるので、「天の神様(虎)」の役割は、適切な日照と風雨をもたらすこと、であるけれども、農耕に重要な草食獣の神の重要性も増します。これが、牛がいないところはともかくとして、一般的には牛が重要になっていきます。農作業に必要な牛です。そうすると、「天の神」の夫として重要なのも「牛」になってくる。牛は、草を食べますので、「植物」に相当する「神」は、大地を開墾して統べる神である、牛の神に犠牲として捧げられます。これが、いわゆるタンムーズとかアドニスとかアッティスとかいう神々になります。要するに、「虎>牛>植物」という階層というか、階級ができる。一方、あんまり牛とかいない地域では、「猛獣の神>夫神>植物神」という階級ができますが、「猛獣の神」は唯一の「天の女神」であって、「夫神」はその代理人で、その他大勢、特に女性は植物神(大地の女神)という構造ができます。高位の男性は、「唯一の天の女神の夫」であるが故に、人として権力を持つのです。でも、奥さん以外の女の人は、価値のない普通の女の人、ということになります。少なくとも、「未開」の原始的な男系社会の思想はこんな感じであって、ハイヌウェレの神話はこういう思想の上に成り立っています。そして、あんまり広範な範囲での社会性が必要とされなかった、辺境の島々なんかでは、農耕に移行した後も、食人の長く残りました。女神を殺してバラバラにして(芋にして)食べてしまう、というハイヌウェレの神話は、実際に植物神に見立てた女性を殺して食べてしまう、という祭祀と密接に結びついていたのです。これが、もうちょっと社会性のある地域で、焼き畑を行うところだと、犠牲は焼き殺されることになりました。そして、あんまり男尊女卑の思想が発達しなかったところでは、犠牲にも性差はあまりありませんでした。

というわけで、なんだかんだ言って、他部族との交流が盛んであった人達は、広い範囲での社会性が発達して、狩猟民であっても、食人の習慣は有史以前にはすたれ、首狩りの風習だけが残りました。でも、彼らが農耕民へと移行すると、人の生首ではなく、土器で人の首型のものを作って代替するような習慣も生まれ、時間をかけて首狩りの風習そのものも廃れていくこととなります。一方、こういう「先進的」な農耕民と、「未開な」農耕民が習合した結果、人が人を食べるのではなく、「人の初子を神に捧げる」という習慣が生まれます。地中海周辺地域ではこういう思想が盛んで、初子は神である「牡牛」に捧げられて焼き殺されました。牡牛は、大地に豊穣をもたらす、農耕の神の象徴です。そして、天の女神の夫であって、天と地の媒介者でもある。彼らの一部に、ハイヌウェレ型の伝統を強く残して、「初子を食べてしまう」人達がいました。しかも、その人達は「猿の脳みそ」とかも生で食べてました。「初子を食べる」ということは、「長男を跡取りとする」という男系の文化とは正面から衝突します。

長江文明の内でも、嬰児殺しを行っていた河姆渡の文化は、やがて黄河文明の勢力下に置かれ、母系から父系へと変化します。征服者達は、父系の文化を長江下流域の稲作地帯に持ち込みましたが、その一方で嬰児食いと猿食いの習慣を自分達の側にも取り込みました。その結果、祭祀として行われていた嬰児食いは、祭祀としての意味を失い、支配者の欲を満たすための食事の一種に成り下がってしまった。支配者にとっては、被支配者は家畜の一種に過ぎません。労働力として利用し、食料として利用し、囲い込み、牧場の中に飼ってるだけ、なわけです。なぜなら、黄河文明とは、遊牧民と農耕民の混血の文化であって、農耕民のトーテムは「虎と牛」ですが、遊牧民のトーテムは「狼と羊」だからです。遊牧民が農耕民を支配しているのですから、その最上位のトーテムは狼になります。要するに、長江下流域に発生した男系の「良渚文化」とは、狼を最上位のトーテムとし、虎も牛も羊も「家畜に過ぎない」という文化でした。そして、時代が下ると直接的な食人の習慣は薄れますが、その代わりに、下位のトーテムの人々を「家畜」として囲い込み、利用し、搾取する政治的な手法ばかりが発達することになります。その象徴が、王を守護する「饕餮」、生け贄の肉を煮る鼎の象徴である「饕餮」なのです。饕餮は、王である狼の獲物としての首でもあり、食べ物でもある。でも、多くの狼をトーテムに持たない人々にとっては、神です。饕餮を、「王の奴隷」の象徴とする、ということは、饕餮をトーテムとする人々は「王の奴隷である」と宣言したことと同じです。古代中国の王権は、このようにして「王権の象徴である饕餮」を代々受け継いできました。そして、斉の王家は歴史に分かってるように、かなり時代が下っても嬰児食いを行っていましたし、どうせ猿も食べてたと思います。猿を食べて、凶暴な猿みたいになってるのがうちの一族郎党だって、思われてそうであるー;。

でも、兄さん達は犬を飼ってる人が多いけど、何故? と思う。そうしたら、「羌族なんだから、狼トーテムでしょ。」と7番目の兄さんに言われる気がするわけで。ハイヌウェレ型の文化の人達と交わって、節操なく嬰児食い、猿食いをして、堕落した狂気を発症してる連中が悪い、と7番目の兄さんは思ってそうである。それは、本来は「祭祀」に関わるもので、制限されているものでもあったのに、節操をなくしてしまったのは、いろんな「ご先祖様たち」ということで-;。でも、なんで猫を飼っちゃいけないんですか? と聞いたら、「猫は単独で狩りをするものだから駄目」と言われる気がするわけで。狼は集団で狩りをする、集団で戦うことは単なる「狩り」ではなくて「戦争」の始めでもあるけれども、集団で戦うことは大事なこと、と言われる気がするわけで。要するに、狼トーテムそのものが悪い、ということではなくて、赤ん坊を食べたり、猿の脳みそを生で喰ったりしてるのがよろしくないってことですねえ? と思う。

4番目の子は、私のFAXとか大量に読んで、「思ってた以上に気が強くて、根本的には7番目の兄さんとそっくりな気性だ。3500年くらいの時間を経ただけじゃ、遺伝子なんでそうそう変異するもんじゃない。」と思ったらしいです-;。7番目の兄さんは嬉しいでしょうねえ、と思う-;。面倒くさいことは嫌いだし、どうも主張も下手くそですが-;。愛があるから頑張りたいと思います-;。

本日の日誌

本日も無事にノルマをこなして。兄さん達は、裁判に負けてもあんまりお金に困る状況ではないので、むしろ、「大量の日記を証拠に出せ」って言われたことに私が怒ってそう、と思ってるらしくて-;。朝、7番目の兄さんの動画とか見てると、「怒れ、怒れ」と言われる気がするわけで。「怒れ、って言われてる気がする。」って呟いたら、兄さんに、「やっぱり、目の力が強くて洗脳が効かないね。」と笑われるわけでー;。いろいろと送った文章を見て、兄さん達は、「妻神はけっこう気が強い」と思ったらしいです。だいたい、敵の言ってることがあんまりなんで、日記を出さなくても勝てる案件なんじゃないの? と思うわけですが。「自分達が日記を読みたいから送ってね。」とわざわざ音楽家の兄さんにも言われる気がするわけで。もう、次の予約が入ってるし、と思う。

先週の「しやがれ」で、「ホヤ」の項で、潤ちゃんが答えを知ってるのに、ヒントをわざと出して他の人に教えてあげる、とか。海老の項で、「列を作って歩く」まで言わないと正解じゃない、って言われていて。ちゃんと主張を最後までするように、とか、答えを知ってるのにヒントを出してくれるって、あの二人組のこととか、言いたいことは分かるわけですがー;。裁判官と敵方の弁護士に妙なヒントを出して貰いながらやる裁判ほど、気味が悪いものはない、生理的にそもそも受け付けない、とか思うわけで-;。でも、兄さん達を愛してるから頑張る、とか思うわけで。安達守が何が言いたいのかは分かってるし、一番肝心なことは教えて貰ったことも分かっているわけですが。単に、面白くないだけですー;。でも、日記1日分につき、2万円だと思って頑張れ、と言われるので頑張ります(苦笑)。

お外組は、微妙なお天気の中、晴れている時にけっこう作業をしたらしくて。で、昨日けっこうヘリが飛んだりしていたのですが、今日になって、家の裏手に、今まで見たことのない材木が3本見つかって。一応、写真には撮っておきました。昨日、隣家が騒がしかったのですが、今日になったらこれだー、と思って。今日も少しうるさかったです。

で、そもそも、狩猟民の宗教的思想は、自分達は狩りをする「虎」であって、周辺の部族は「獲物の草食動物」であって、虎が獲物を狩るように、他人の首を狩るのが、一人前のステイタス、というのがそもそもの「宗教」の考え方だと思うわけです。そして、狩りの獲物は自分達で食べたり、神に捧げたりする。これは、宗教と言うより、トーテム信仰といえる。ただし、他人を狩ることは人間の歴史としては、「首狩り」に象徴されるように、次第に「肉を食べる」ことからは離れて「霊を食べて首だけ利用する」みたいな形になっていきます。少なくとも、歴史的にはそんな感じである。でも、これは更に古い時代の食人の名残でもあると思う。そして、これが社会性を帯びれば、階級制の始まりであり、差別の始まりでもある、ということは分かる。

そして、農耕が開始されても、この思想は維持されるわけですが、農耕に重要なのは耕地の豊穣であるので、「天の神様(虎)」の役割は、適切な日照と風雨をもたらすこと、であるけれども、農耕に重要な草食獣の神の重要性も増します。これが、牛がいないところはともかくとして、一般的には牛が重要になっていきます。農作業に必要な牛です。そうすると、「天の神」の夫として重要なのも「牛」になってくる。牛は、草を食べますので、「植物」に相当する「神」は、大地を開墾して統べる神である、牛の神に犠牲として捧げられます。これが、いわゆるタンムーズとかアドニスとかアッティスとかいう神々になります。要するに、「虎>牛>植物」という階層というか、階級ができる。一方、あんまり牛とかいない地域では、「猛獣の神>夫神>植物神」という階級ができますが、「猛獣の神」は唯一の「天の女神」であって、「夫神」はその代理人で、その他大勢、特に女性は植物神(大地の女神)という構造ができます。高位の男性は、「唯一の天の女神の夫」であるが故に、人として権力を持つのです。でも、奥さん以外の女の人は、価値のない普通の女の人、ということになります。少なくとも、「未開」の原始的な男系社会の思想はこんな感じであって、ハイヌウェレの神話はこういう思想の上に成り立っています。そして、あんまり広範な範囲での社会性が必要とされなかった、辺境の島々なんかでは、農耕に移行した後も、食人の長く残りました。女神を殺してバラバラにして(芋にして)食べてしまう、というハイヌウェレの神話は、実際に植物神に見立てた女性を殺して食べてしまう、という祭祀と密接に結びついていたのです。これが、もうちょっと社会性のある地域で、焼き畑を行うところだと、犠牲は焼き殺されることになりました。そして、あんまり男尊女卑の思想が発達しなかったところでは、犠牲にも性差はあまりありませんでした。

というわけで、なんだかんだ言って、他部族との交流が盛んであった人達は、広い範囲での社会性が発達して、狩猟民であっても、食人の習慣は有史以前にはすたれ、首狩りの風習だけが残りました。でも、彼らが農耕民へと移行すると、人の生首ではなく、土器で人の首型のものを作って代替するような習慣も生まれ、時間をかけて首狩りの風習そのものも廃れていくこととなります。一方、こういう「先進的」な農耕民と、「未開な」農耕民が習合した結果、人が人を食べるのではなく、「人の初子を神に捧げる」という習慣が生まれます。地中海周辺地域ではこういう思想が盛んで、初子は神である「牡牛」に捧げられて焼き殺されました。牡牛は、大地に豊穣をもたらす、農耕の神の象徴です。そして、天の女神の夫であって、天と地の媒介者でもある。彼らの一部に、ハイヌウェレ型の伝統を強く残して、「初子を食べてしまう」人達がいました。しかも、その人達は「猿の脳みそ」とかも生で食べてました。「初子を食べる」ということは、「長男を跡取りとする」という男系の文化とは正面から衝突します。

長江文明の内でも、嬰児殺しを行っていた河姆渡の文化は、やがて黄河文明の勢力下に置かれ、母系から父系へと変化します。征服者達は、父系の文化を長江下流域の稲作地帯に持ち込みましたが、その一方で嬰児食いと猿食いの習慣を自分達の側にも取り込みました。その結果、祭祀として行われていた嬰児食いは、祭祀としての意味を失い、支配者の欲を満たすための食事の一種に成り下がってしまった。支配者にとっては、被支配者は家畜の一種に過ぎません。労働力として利用し、食料として利用し、囲い込み、牧場の中に飼ってるだけ、なわけです。なぜなら、黄河文明とは、遊牧民と農耕民の混血の文化であって、農耕民のトーテムは「虎と牛」ですが、遊牧民のトーテムは「狼と羊」だからです。遊牧民が農耕民を支配しているのですから、その最上位のトーテムは狼になります。要するに、長江下流域に発生した男系の「良渚文化」とは、狼を最上位のトーテムとし、虎も牛も羊も「家畜に過ぎない」という文化でした。そして、時代が下ると直接的な食人の習慣は薄れますが、その代わりに、下位のトーテムの人々を「家畜」として囲い込み、利用し、搾取する政治的な手法ばかりが発達することになります。その象徴が、王を守護する「饕餮」、生け贄の肉を煮る鼎の象徴である「饕餮」なのです。饕餮は、王である狼の獲物としての首でもあり、食べ物でもある。でも、多くの狼をトーテムに持たない人々にとっては、神です。饕餮を、「王の奴隷」の象徴とする、ということは、饕餮をトーテムとする人々は「王の奴隷である」と宣言したことと同じです。古代中国の王権は、このようにして「王権の象徴である饕餮」を代々受け継いできました。そして、斉の王家は歴史に分かってるように、かなり時代が下っても嬰児食いを行っていましたし、どうせ猿も食べてたと思います。猿を食べて、凶暴な猿みたいになってるのがうちの一族郎党だって、思われてそうであるー;。

でも、兄さん達は犬を飼ってる人が多いけど、何故? と思う。そうしたら、「羌族なんだから、狼トーテムでしょ。」と7番目の兄さんに言われる気がするわけで。ハイヌウェレ型の文化の人達と交わって、節操なく嬰児食い、猿食いをして、堕落した狂気を発症してる連中が悪い、と7番目の兄さんは思ってそうである。それは、本来は「祭祀」に関わるもので、制限されているものでもあったのに、節操をなくしてしまったのは、いろんな「ご先祖様たち」ということで-;。でも、なんで猫を飼っちゃいけないんですか? と聞いたら、「猫は単独で狩りをするものだから駄目」と言われる気がするわけで。狼は集団で狩りをする、集団で戦うことは単なる「狩り」ではなくて「戦争」の始めでもあるけれども、集団で戦うことは大事なこと、と言われる気がするわけで。要するに、狼トーテムそのものが悪い、ということではなくて、赤ん坊を食べたり、猿の脳みそを生で喰ったりしてるのがよろしくないってことですねえ? と思う。

4番目の子は、私のFAXとか大量に読んで、「思ってた以上に気が強くて、根本的には7番目の兄さんとそっくりな気性だ。3500年くらいの時間を経ただけじゃ、遺伝子なんでそうそう変異するもんじゃない。」と思ったらしいです-;。7番目の兄さんは嬉しいでしょうねえ、と思う-;。面倒くさいことは嫌いだし、どうも主張も下手くそですが-;。愛があるから頑張りたいと思います-;。