昨夜は特に夢も見ず。作業はそこそこであって。やはり、今掘っているところは、石がたくさん出ます。
長江下流域まで水稲耕作が行き渡った頃、北の黄河中流域では仰韶(ぎょうしょう)文化(紀元前5000年から紀元前3000年)が起こりました。黄河文明では古くから豚が家畜化されていましたが、この頃から黄河文明でも長江文明でも、羊が飼われるようになったと思われます。彼らはまだ粟を多く栽培していましたが、麦や米を生産している村もありました。そこから、他の地域との交流もうかがえます。仰韶文化は、基本的には母系制でしたが、社会の階層化の兆しがみられ、父系化の傾向がありました。男性は主に外で働き、女性は家の中で働いたそうです。女性は頭に骨性の簪を飾り、首のない遺体が埋葬されていたそうですから、明らかに「首狩り」の習慣がありました。この時代の集落は環濠で囲まれており、外敵への警戒が常にあったことを伺わせます。
仰韶文化の遺跡から、「彩陶人面魚文鉢」と呼ばれる鉢が出土しています。これは鉢に「人面魚」と「魚」が描かれたものと言われていますが、私から見れば描かれているものは、オタマジャクシと魚であると思う。元々の首狩りの人達の思想からいえば、蛙は農業の豊穣をもたらすときの「太陽女神」の象徴であり、魚は男性の象徴でした。鉢や皿は、土を焼いたものですので、そこに蛙や魚が描かれる、ということは、彼らの属性が、陰陽の陰、天に対する地、生に対する死であったことが分かります。先行していた裴李崗文化 (はいりこうぶんか、紀元前7000年~紀元前5000年)では「父」という概念が登場していますが、ここでは明確に女神の属性が「地」、いわゆる「地母神」かつ「月の女神」に変更されていることが分かります。ですから、少なくとも、母系制の社会であっても、集落の長とか、祭祀長は男性が務める社会になっていたのかもしれないと思います。そして、「長」以外は、女性も男性も「陰」の存在である、となっているように思われます。要するに、階級制が、長江流域のみならず、ここでも萌芽しているのです。
仰韶文化の次の時代に来るのが龍山文化(紀元前3000年頃-紀元前2000年頃)で、これが殷の前身になります。この時代から都市が出現し、青銅器がみられるようになりました。動物の骨を使用した占いが行われるようになり、社会は階層化して父権制に移行した、と思われます。この頃、長江下流域では良渚文化(紀元前3500年ころから紀元前2200年)が出現しました。こちらでも社会の階層化は進み、殉死がみられるようになります。黄河文明よりも更に北の遼河文明の影響を受けた猪竜の玉が発見され、広範囲の人々の移動と交流があったことが分かります。この時代、祭祀に用いられた玉そうに、奇怪な神人の面が登場します。
大きく目を見開いた男性の神人の額に更に小さな人面が見られます。個人的には、これが後の饕餮(とうてつ)と蚩尤(しゆう)なのではないのか、と思うのです。
蚩尤は、炎帝神農の子孫で、黄帝と戦って倒された、と言われています。蚩尤の血で楓は赤くなった、と言われていますから、秋の紅葉は蚩尤の化身といえます。この点は、アッティスが死んで松の木に再生された神話との類似点が認められます。
一方の饕餮(とうてつ)とは、体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ怪物、と言われています。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。一説によると、蚩尤の頭だとされる、とのことです。古代中国では、王は神の意志を人々に伝える存在とされていました。そのための祭祀に使われる道具に、饕餮の面が彫られたのです。何でも貪欲に食べてしまうので、饕餮は鼎(鍋)の文様にされることになったそうです。
饕餮と蚩尤の神話は、これだけでは不完全なものだと思います。おそらく、世界各地の神話と比較するに、殺された蚩尤の体はバラバラにされて、頭は天に、体からは大地や万物が生まれた、とする神話が元にあったのではないか、と思われます。蚩尤は、炎帝神農の子孫、言い換えれば長江文明の神でしたが、それを打ち倒して殺したのは黄河文明の神である黄帝でした。ここから、父権制の黄河文明が、母系制の長江文明を征服支配した歴史があることがうかがえます。黄帝が蚩尤を殺した、ということは、その首を切り落として、蚩尤の首を黄帝のアクセサリーとして利用することができたし、その霊魂は黄帝のものになった、ということになります。饕餮が黄帝のことを指すのであれば、饕餮が蚩尤を食べて、その首を手に入れたことになります。食べられた首は饕餮と共に天に昇って、「天の神」となりました。なぜなら、饕餮は黄河文明の「天の父なる神」だからです。その子孫の皇帝は、先祖の神に生け贄を捧げて、託宣を仰ぐようになりました。殷の釜の神事は、おそらく饕餮の面が彫られた釜に生け贄の肉を捧げて煮て、何らかの音を出して、それを「天の父の意思を現す声」として、皇帝が述べていたのではないのか、と思います。要するに「天の父の意思」と言って、皇帝たちが好き勝手にやっていた、ということになる。皇帝たちは、死ぬと、天に登って父神と習合する、とされました。そうして、子孫達に託宣を与え続けていたのです。人々から何でも貪欲に巻き上げて食べてしまう皇帝とその先祖の神、ということになります。
長江文明は、元々母系の文化ですから、蚩尤は長江文明の「王」、すなわち、その上位にくる妻の「皇」を支える存在でした。母系の文化が、父系の文化に征服されれば、王は殺され、女王も共に殺されるか、強制的に政略結婚の道具とされて、父系の人々に利用されるか、ということになるでしょう。殺されなくても、幽閉のような状態になると推察されます。でも、支配される人々はそれでは納得しないでしょうから、女王は「どこかに隠れた」ことにして、王が女王の意思を人々に伝える、ということにしたと思われます。この新たに立てられた王は、蚩尤の代理、ということで蚩尤の代わりに話すことになります。蚩尤の面は良渚文化の玉に刻まれました。でも、蚩尤を操っているのは、蚩尤を食べた饕餮ですから、蚩尤の顔の上に、もう一つ、饕餮の面が刻まれました。これは、要するに黄河文明の王が、長江文明の王を操って、人々を支配する、ということです。負けた長江文明の王は、女王ではなく、黄帝の子孫の言いなりにならなければならなくなりました。
こうして、切られた蚩尤の頭と饕餮が習合したものが「天の神」、殺された蚩尤の体が「地の神」という奇怪な神話が生まれました。「地の神」から生まれたものは、全てが陰で、穢れたもので、死人です。生者で、陽の存在の者は、饕餮とその子孫の皇帝だけになりました。
最古の陰陽の思想では、天に陽である女性、地に陰である男性がいて、天地が交合して万物が生まれる、となっていました。でも、黄河文明が長江文明を征服したおかげで、天に陽である男性、地に陰である男性、がいることになって、天地の交合神話が成立できなくなってしまいました。男と男が交合しても子孫は生まれないからです。そこで、高位の女性は「月」として、天の神の一部に属するものとされました。黄河文明も元々は母系の社会で女性の地位は高かったのです。ですので、ここから「月の大母」と「黄帝」が君臨する思想が生まれました。一方、黄河文明の古い形式である、「黄帝」と「地母神」の形式を残す部族もあったのでしょう。こういう変化を受けて、西王母の属性も「月の女神」とか「地母神」あるいは「星の神」といったようなものに変更されました。こうして、「太陽女神」というものは存在しなくなったので、生きた人間であるところの太陽女神は、きっと殺されてしまったのだと思いますし、表向き立てられることはなくなりました。
でも、神話では、饕餮は黄帝と同じもの、とは述べられていません。それは何故でしょうか? ということになります。だいたい、「天の父神の託宣」といっても、神様が直接人々に語るわけではありません。そもそも、「天」というものがしゃべるわけでもない。でも、「天」で音を出すものがあります。それは「雷」です。おそらく、皇帝の祭祀の際には、何らかの音を出して、それを「雷」=「饕餮(蚩尤)の託宣」と述べていたのではないか、と思います。でも、黄帝は豊穣の神であって、天全体の神、あるいは太陽神とみなされるべきものです。ですから、豊穣相の時は黄帝、雷神相の時は饕餮、とされたものが、後には全く別々のものとされることになったのではないでしょうか。でも、饕餮が起源と思われる、西方の雷神系主神は、みな豊穣の神でもあり、主神でもあり、雷神でもあるわけですから、そこから見ると、饕餮と黄帝は同じもの、となるのです。古代日本では、恨みを持って亡くなった人は、蚩尤になぞらえて、「祟り神である雷神」となる、と考えられていました。
そして、黄河文明も長江文明も、起源は「虎と水牛」が組み合わさった神を奉じていた人々ですから、彼らの「男神」とは、どちらの側も元は「水牛の神」であって、同じものなのです。それが、いったん、母系制と父系制に分かれて、後に再編成された結果、天にも地にも男神しかいない、という歪んだ文化が生まれてしまったのでした。男は元々は陰の存在であって、陽である女王が殺されてしまいましたから、以来、太陽は隠れて、この世は暗闇の世界になってしまったのです。でも、夜の世界にも月の女神は存在していたのでした。そして、元々女王を支える「二人の王」の代わりに、「頭だけの饕餮、と、体だけの蚩尤」が君臨する鬼神の世界ができあがったのです。
話を急いで進めれば、殷の王家はこの「饕餮と蚩尤」を神として祀っていました。殷は滅ぼされましたが、「封神演義」と言われるように、後の王朝は殷の王家を「神」として、その祭祀を否定せずに受け継ぎました。だから、後の王朝も全て「黄帝の子孫」とされているのです。要するに斉の王家も鬼神を信仰していました。でも、彼らは元々女王を擁する首狩り族の末裔だから、一族の中に「太陽女神」の素質がある女の子が生まれることもあります。そういうときは隠しておいて、王の都合の良いように一生利用するか、利用できなきゃ文字通り「隠す=殺す」ということに決めたらしくて。要するに、山の中の連中の本当の神は「饕餮と蚩尤」で、もっと突き詰めていえば「饕餮」だけなのだと思う。でも、古代の皇帝たちがそうであったように、饕餮も託宣の神として利用されているだけ、といえます。だから、王達は饕餮を首しか無い化け物の存在にしているのだといえます。五体が満足に揃ったら、王達が饕餮に支配されてしまうかもしれないからです。
「もののけ姫」という映画があります。その中でシシ神という、鹿の化け物のような神が登場します。シシ神は生と死を司る神であって、他者の支配を受けません。シシ神の首を跳ねると、神は万物を飲み込む悪鬼へと変貌します。主人公のアシタカとサンは、神に切り落とされた首を戻して、万事を元に戻そうとします。神に首を戻すと、神の怒りは収まり静まります。世界は平穏を取り戻しますが、元のようには戻りません。シシ神、というのは、結局、蚩尤のことですよねえ? と思う。頭を切り落とされると彼は、何でも飲み込んでしまう饕餮に変化する。頭を戻すと、シシ神は消えてしまいます。
また、「千と千尋の神隠し」という映画があります。千尋という少女は、黄泉の国へ迷い込んで、そこでこき使われます。現世が黄泉の国であるとしたら、その中でも更に「黄泉の国」といえるのは、死者と病人が溢れる「病院」のことなのだと思う。千尋はそこで、カオナシというものと出会います。このカオナシは、普段はおとなしくて、ろくに言葉をしゃべりません。でも、いったん物を食べ出すと、貪欲にどんどん食べ出して、しまいには千尋まで食べる、と言い出します。そして、千尋を食べるのと引き換えに「望みの物を言え」と言いますが、千尋はもはや「病院」の世界で望むものは何もなかったので、食べられずにすみました。そして、カオナシが食べたものを吐き出させて、彼を銭婆のところへ連れていきます。「千と千尋」は、公開当時の状況からみても、内容からも、今でも涙なくして見れません。しかし、今にして思うに、「カオナシ」もまた、「蚩尤と饕餮」であると思う。蚩尤の時は、おとなしくて何を考えているのかよく分からないし、ろくにしゃべれません。なぜなら彼には、ものを考えたり話をする「頭」がないからです。頭がないから「カオナシ」なのだと思う。でも、饕餮に変貌すると、凶暴になって何でも食べるようになり、人を食い殺すこともする。そして、「頭」という存在であるので言葉を話すようになる。でも、それと引き換えに吐き出すのは、土塊のようななんの価値もないものばかり、ということで。
そして、黄河文明では、鶴と亀が特別な存在、とされましたが、それは鳥は「天と地という別々の世界を行き来する物」であるし、亀は冬眠するので「地と地の底とを行き来するもの」とされるから、と言われる気がするわけで。古い時代には、亀は女神の象徴であったと思うのです。でも、黄河文明が長江文明を支配して以後は、亀は蚩尤の象徴、ということで男神の象徴に変更されました。要するに「鶴と亀」とは「饕餮(黄帝)と蚩尤」ということになります。江戸時代あたりに作られた、と思われる童歌に「かごめかごめ」というものがあります。「かごめ」とは「鹿児女」のことだと思う。要するに鹿の太陽女神のことです。「かごの中の鳥」とは「太陽」のことだと思う。その鳥が「いつ出てくるのか」とは、「いつ夜が明けて昼間が来るのか」ということなのだと思う。黄河文明が長江文明を征服して以来、太陽女神は殺されてしまって、「昼」が来ない世界になってしまったからです。「夜明けの晩」とは、夜明けと晩が一緒にある状態、すなわち早朝と夕方が一時にきてるから、やはり「昼間が存在しない状態」であると思う。そういう時に、「鶴と亀が滑って」、いきなり「うしろの正面だあれ?」となるわけで。これはどういう意味なのだろう? と思う。そうすると、「鶴と亀が滑る」というのは、彼らが何かを「し損じる」ということです。「饕餮と蚩尤が太陽女神を食い殺しそこねて、卒業になったときに、卒業写真で女神の『うしろの正面』にいたのは誰と誰か?」と7番目の兄さんに言われる気がするわけで@@。一方は、おとなしいのだけれども、頭がついていて自分の考えがちゃんとあるのかどうかも分からないような唐変木、もう一方は意味不明なことを怒鳴るだけで話もまともにできない見栄っ張りだけれども、五体が不満足であるかのように、まともなHもできない変な人。要するに、その二人が「蚩尤と饕餮」なんだ? 二人を一つにしないと、まるでまともな人間にならないかのようになってる、と始めて気がつくわけで。
それで、始めて「呪い」とか「神話」というものを気味悪く思うようになるわけで。まるで、古代の神話の中から出てきたかのようなその二人は、私の知っている現実の生きた人間だから。どうしたら、人がそんな風になるのだろう? と思う。2番目の子の人格障害的な傾向は、私も気がついていて、昔はアルコールの影響をものすごく強く疑ってた。でも、今にして思えば、彼の人格は、元々の気性に加えて躾とか、教育とか、そういう成長過程の間に人工的に手を加えて、意図的に作り出したものだとしか思えない。二人共がそうなのであれば、いったいどうやったらそんな人造人間みたいなのができるんだろう? と思う。蛙の王家は、そういうことのノウハウをものすごく心得ていて、実践を伴った経験の蓄積があるのだと思う。中国における母系文化の征服後の5000年の歴史の中にそういうノウハウが蓄積されてきたのか、と思うと、それが非常に気味悪く感じるわけで。(でも、要するに2番目の子が首席になりそこねたのは、「主神」になりそこねた、ってことなんだよねえ? と思うわけですが@@。)
そして、卒業後は彼に一度も会ってない、というか、そもそも国試の際にも向こうはみんなと違う会場で受けていたわけで。それもなんで? と思う。そうすると、それは私に負けたから、向こうが「隠れた」ということ、と言われる気がするわけで@@。でも、そういうことなら、「もののけ姫」は死んだシシ神は諦めて、新たな五体満足の男神を立てなさい、ってそういうことですねえ、と思う。「千と千尋」はもっと複雑であるけれども、カオナシは最後に銭婆に預けられる。銭婆とは、私の銭ゲバな精神科の師匠のことであるらしいので。要するに、その二人には何かしてやれることがあるなら、まともな精神科領域の治療を受けさせることぐらいしかない、とそういう宣告であると思うし、師匠や心ある人達はみんなそう思ってるのだと思う;。でも、饕餮とは結局は鍋や釜の神、なので、歴代の皇帝たちが穢れた供物で煮て穢してきたその鍋で、私はちゃんとした肉を煮て食べなさい、そうして、「饕餮を正しく支配しているのは自分である」と示しなさい、と言われる気がするわけで。
そしてそして、赤ずきんちゃん自身は、狼の腹の中を掘り返してカルシファー(石)と、ハウル(土)を分離中、ということで。宮崎監督は、あの二人だって、まともに育てたら、普通に社会の役に立つ大人に育っただろうに、子供をあんな風に育てる、ということそのものが、そもそも正しいことなのだろうか、「罪を憎んで、人を憎まず」ということを考えて欲しい、とたぶん私にそう言われるであろう、と思う。でも、なにかの損害をどこかに問うとしたら、それは「罪とか罰」とかそういう概念ではなくて、具体的に生きた人間に求めなきゃならないんで、ということになるわけでー;。そこの兼ね合いが難しい気がするのですが-;。