本日の日誌

本日も天気は晴れで、お外組は外で作業していたのでした。でも、午後は天気予報の通り雨が降っていて。

私の方は、書証のまとめに入って。あとは、設計関連のものをいくつか出す予定であって。今日は、A3に印刷しなくてはならなくて、大変なものを纏めていて。なんだか、日記の印刷ばっかりで、書証の纏め方とか忘れちゃったし、と思うので、思い出しながらのんびり作業して。

で、朝方はなんだか夢を見て、なんだか蛇の兄さんと二人で仲良くご飯を食べている夢で。で、目が覚めて、なんとなく6番目の子のことを思うわけですが。7番目の兄さんには、「須佐之男と大国主の神話ではないけれども、舅である自分の反対を押し切ってでも大事な娘と正式に結婚したいというのであれば、それ相応に働ける男であることを見せて貰わなければ。」と言う気がするわけで@@。どうも、なんだか、「ワイルドスワン」の中に、中国の農村で、婿をこき使って意地悪して自殺に追い込んだ舅の話があった気がするわけですが、どうも、それを思い出すわけでー;。もうちょっと丸いやり方はないのだろうか? と思うわけですが-;。

で、昼寝している時にも夢を見て。なんだか人が大勢いるところをうろうろしていて。うろうろしていたら、ソファーみたいな所に、JUMPの有岡君が座っていて、その隣が空いていたので座らせて貰って。で、有岡君が何か食べていて、「これ、食べる? カレーがおいしいよ。」と言って、食べているものを渡してくれたのですが、それがカレーじゃなくて、ラーメンであって。私の隣に座っていた知らないお姉さんが、それを横取りしておいしそうに食べていたわけですが、「言っていることと実際と違う??」と思って。目が覚めたら、ふっと、「いろいろと思ってもいないことを言っても、一番妻神のことを狂おしい思いで思っているのは、7番目の兄さんです。」と言われる気がするわけで。

で、午後作業をしながら、嵐の宮城でのライブのDVDを見ていたら、6番目の子に同情している人達が多い気がして。大野君とかには、「目の力が強いというだけで、何をしても許されると思うのか?」と言われる気がするわけでー;。4番目の子には「失敗からなに一つ学べない者は、同じ失敗を何度でも繰り返す。」と言われる気がするわけでー;。それが、4番目の子が、7番目の兄さんと組まない理由なんだろうなあ、と思う。大名家の関係者は「高師直の失敗」に対して批判的な人が多いから。実際、7番目の兄さんの考え方は、中国人が伝統的に「婿を取る」ときに考える考え方なんじゃないか、と心配になるわけですが、「7番目の兄さんが中国人的な考え方をしているわけではない。多くの伝統的な中国の文化が、その人の思想を基盤にして成り立っているだけ。」って言われるだけだから、手もつけられない気がするわけでー;。

で、今日の「うたコン」には、キスマイの兄さん達が出ていて。最後に玉ちゃんに「結局、政治的な丁々発止の駆け引きができる者は7番目の兄さんと、4番目の子しかいないので、最後には何でもその二人が協議して決めることになるでしょ。そして、4番目の子は、決して6番目の子のことを見捨てないでしょうから、あまりいろんなことで気に病みすぎないように。」と言われる気がするわけで。まあね、私は結局無力だ;、と思うわけで。

で、印刷作業が多かったので、印刷しながらパプア・ニューギニアの民話を真面目に読む。で、どこを読んでも割と人が死ぬばっかりでちょっと辟易とするわけですが、中に「祭祀の時には、昔は、兄弟でも妻でも、当たり前のように殺して食べた。」とあって、その平易さに戦慄するわけで。でも、いろいろと調べて分かったことですが、彼らはたぶん一番古い時代には、魚を神としていたと思う。それが、蛇へと変わり、一部では亀とか水性の生物にも変わるけれども、更に「ウナギ」へと変わっているわけで。ウナギを食べると大津波が来る、という話がバヌアツにある。フィリピンには、ウナギが地震を起こす、とある。また、ハイヌウェレ神話では、ウナギとハイヌウェレが同じものである、ともされているという。また、インドの神話では、大洪水の際に人を助けるものは魚の神である。古代メソポタミアでも人類を大洪水から救うのは、半人半魚の神エンキである。台湾では、大洪水を逃れた人類から最初に生まれたのは蛇や蛙であった、とされている。要するにあれだ、魚や蛇やウナギは漁業の豊穣に関するだけでなく、地震と大津波を起こす神でもあるわけだ。怒らせると、大洪水を起こすけれども、そこから人類を救うことができる「神」でもある。でも、これが内陸の話になると、「大洪水」の原因は、地震ではなくて大雨ということになる。だから、大雨をもたらすものが、大洪水をもたらす神となる。だから、海の洪水をもたらす神が、そのまま内陸に適用されて、魚や蛇やウナギが洪水をもたらす「天候神」とされている。だから、もう分かると思うけど、富の王家が「セグロウミヘビ」を祖神としているのは、それがそのまま彼らの「大洪水を起こし、かつ人類を大洪水から救う神」と同じものだって知ってるからでしょ。「神聖四字」の正体は「ウナギ」でしょ、と7番目の兄さんに言われる気がするわけで@@。(古代の日本人はウナギのことはウミヘビだと考えていたわけで)

で、日本の民話を見てみても、ウナギを食べようとしたら祟りがあった、とか、ウナギを食べようとして腹をさばいたら、そこから赤飯が出てきた、とかそういう話があるわけで。赤飯を産み出すハイヌウェレがウナギなんだ?? と思うわけで-;。だから、ウナギを聖なるものとみなして、食べてはいけない、とする地方もいくつかはあるわけです。そういうところでは、だいたいウナギは「水神様の使い」とされているわけで。ウナギをせいぜい、「水神様の使い」としておくのと、「天なる父神」とするのとでは、どちらが正気だと思うか、と7番目の兄さんに言われる気がするわけで-;。だいたい、こういう思想が変だと思うから、その「狂気」を正すために人々は研究を重ねてきた。そして、「生と死」の区別もつかず、親兄弟でも平然と食べ物としかみなさない「狂気」が一番著しいのは、「ウナギ」と「芋類」と「タケノコ」と「人肉」を食べる地域、と言われる気がするわけで@@。ヨーロッパの民話集もいくつか手に入れたわけですが、特に「生と死」の区別がつかず幻想的なものはフランスに多い気がする。また、イタリアは、生け贄の儀式が「人道的ではない」という理由で、生け贄用の奴隷を互いに殺し合わせて見世物にしていたわけで。生け贄というのは、本来は聖なる儀式のはずで、生者の豊穣を得るために、死にゆく者に敬意が払われなければならないものであるのに、それを娯楽にするということは正気の沙汰ではない。古代ローマの享楽と退廃の狂気の様子は、あなたも知っているはず、と言われる気がするわけで。人が、最低限他者に持つような敬意を失ってしまい、欲望にのみ貪欲になり、生と死の見境もなくなるような状態になる狂気、そういう地域は「ウナギ」を食べる、と言われる気がするわけで@@。食べれば食べるほど、欲望に貪欲になり、他のことを顧みられなくなる「食物」というものがある。「ウナギ」も危険だし、芋類は、ヤムイモ、タロイモ(サトイモ)、サツマイモ、キャッサバの順に危険、と言われる気がするわけで@@。それで、そういうものを食べちゃいけないんだ?? と思う。

で、夜に、ふっとDVDを見ようと思ってテレビをつけたら、ちょうど「NEWS ZERO」をやっていて、有働さんに呼び止められて。とある人の訃報のニュースが流れてた。どうも、最近ちょっと気になっていたわけですが、ジャニー喜多川氏が亡くなったら、事務所はどうなるんだろう? と思って。若くて、新社長の下で働いている人達はそのまま残るかもしれないけれども、古くからの人で新社長にあまり義理のない人達は独立してしまうかもしれない、と言われているし。嵐の5人は、「新社長の子飼い」と表向きには言われているから辞めたりはしないと思う。でも、ジャニーさんに直接指導を受けて、今の地位を築いたKinKi-Kidsはどうなる? 特に剛君は健康状態も心配であって、社長が替われば、事務所に強く義理立てしてまでバリバリ働く必要がない、と言えば言えるかもしれないし、と思う。ニュースにちらっと、東山さんが出て「もし、7番目の兄さんが事務所を離脱することになれば、自分の命と引き換えにしてやっているような危険な仕事からは手を引くことができます。」と、本当にふっと言われる気がするわけで。まあ、私には先のことは分からないわけですが。でも、6番目の子のことで、7番目の兄さんに対して、あまり強いことを言いたくない、言えない気持ちの中には、7番目の兄さんこそが、妻神の再側近の地位を得るために、誰よりも命の危険が高い仕事を日々当たり前のように引き受けているからだって、目の当たりにして知ってるからですよ? と思う。それは、やる方も、見る方も、正気の沙汰の話ではないと、個人的には思う。7番目の兄さんには、「そう思うのであれば、鈍感と飽食の狂気を誰がもたらしているのか考えるように。そもそも、タピオカ(キャッサバから作るもの)なんて、日本人には食べる必要がないものなのに、わざわざ流行らせて、人々を意図的に狂気に陥るように裏で糸を引いているものは誰なのか?」と言われる気がするわけで。我が家もまだまだ石だらけで、正気を保つには厳しいわけですがー;。とっといた方がいいものだけとっといて、出しちゃおうかな-;。まあ、土建屋の従兄弟がなんて言うかですが-;。

本日の日誌

本日も天気は晴れで、お外組は外で作業していたのでした。でも、午後は天気予報の通り雨が降っていて。

私の方は、書証のまとめに入って。あとは、設計関連のものをいくつか出す予定であって。今日は、A3に印刷しなくてはならなくて、大変なものを纏めていて。なんだか、日記の印刷ばっかりで、書証の纏め方とか忘れちゃったし、と思うので、思い出しながらのんびり作業して。

で、朝方はなんだか夢を見て、なんだか蛇の兄さんと二人で仲良くご飯を食べている夢で。で、目が覚めて、なんとなく6番目の子のことを思うわけですが。7番目の兄さんには、「須佐之男と大国主の神話ではないけれども、舅である自分の反対を押し切ってでも大事な娘と正式に結婚したいというのであれば、それ相応に働ける男であることを見せて貰わなければ。」と言う気がするわけで@@。どうも、なんだか、「ワイルドスワン」の中に、中国の農村で、婿をこき使って意地悪して自殺に追い込んだ舅の話があった気がするわけですが、どうも、それを思い出すわけでー;。もうちょっと丸いやり方はないのだろうか? と思うわけですが-;。

で、昼寝している時にも夢を見て。なんだか人が大勢いるところをうろうろしていて。うろうろしていたら、ソファーみたいな所に、JUMPの有岡君が座っていて、その隣が空いていたので座らせて貰って。で、有岡君が何か食べていて、「これ、食べる? カレーがおいしいよ。」と言って、食べているものを渡してくれたのですが、それがカレーじゃなくて、ラーメンであって。私の隣に座っていた知らないお姉さんが、それを横取りしておいしそうに食べていたわけですが、「言っていることと実際と違う??」と思って。目が覚めたら、ふっと、「いろいろと思ってもいないことを言っても、一番妻神のことを狂おしい思いで思っているのは、7番目の兄さんです。」と言われる気がするわけで。

で、午後作業をしながら、嵐の宮城でのライブのDVDを見ていたら、6番目の子に同情している人達が多い気がして。大野君とかには、「目の力が強いというだけで、何をしても許されると思うのか?」と言われる気がするわけでー;。4番目の子には「失敗からなに一つ学べない者は、同じ失敗を何度でも繰り返す。」と言われる気がするわけでー;。それが、4番目の子が、7番目の兄さんと組まない理由なんだろうなあ、と思う。大名家の関係者は「高師直の失敗」に対して批判的な人が多いから。実際、7番目の兄さんの考え方は、中国人が伝統的に「婿を取る」ときに考える考え方なんじゃないか、と心配になるわけですが、「7番目の兄さんが中国人的な考え方をしているわけではない。多くの伝統的な中国の文化が、その人の思想を基盤にして成り立っているだけ。」って言われるだけだから、手もつけられない気がするわけでー;。

で、今日の「うたコン」には、キスマイの兄さん達が出ていて。最後に玉ちゃんに「結局、政治的な丁々発止の駆け引きができる者は7番目の兄さんと、4番目の子しかいないので、最後には何でもその二人が協議して決めることになるでしょ。そして、4番目の子は、決して6番目の子のことを見捨てないでしょうから、あまりいろんなことで気に病みすぎないように。」と言われる気がするわけで。まあね、私は結局無力だ;、と思うわけで。

で、印刷作業が多かったので、印刷しながらパプア・ニューギニアの民話を真面目に読む。で、どこを読んでも割と人が死ぬばっかりでちょっと辟易とするわけですが、中に「祭祀の時には、昔は、兄弟でも妻でも、当たり前のように殺して食べた。」とあって、その平易さに戦慄するわけで。でも、いろいろと調べて分かったことですが、彼らはたぶん一番古い時代には、魚を神としていたと思う。それが、蛇へと変わり、一部では亀とか水性の生物にも変わるけれども、更に「ウナギ」へと変わっているわけで。ウナギを食べると大津波が来る、という話がバヌアツにある。フィリピンには、ウナギが地震を起こす、とある。また、ハイヌウェレ神話では、ウナギとハイヌウェレが同じものである、ともされているという。また、インドの神話では、大洪水の際に人を助けるものは魚の神である。古代メソポタミアでも人類を大洪水から救うのは、半人半魚の神エンキである。台湾では、大洪水を逃れた人類から最初に生まれたのは蛇や蛙であった、とされている。要するにあれだ、魚や蛇やウナギは漁業の豊穣に関するだけでなく、地震と大津波を起こす神でもあるわけだ。怒らせると、大洪水を起こすけれども、そこから人類を救うことができる「神」でもある。でも、これが内陸の話になると、「大洪水」の原因は、地震ではなくて大雨ということになる。だから、大雨をもたらすものが、大洪水をもたらす神となる。だから、海の洪水をもたらす神が、そのまま内陸に適用されて、魚や蛇やウナギが洪水をもたらす「天候神」とされている。だから、もう分かると思うけど、富の王家が「セグロウミヘビ」を祖神としているのは、それがそのまま彼らの「大洪水を起こし、かつ人類を大洪水から救う神」と同じものだって知ってるからでしょ。「神聖四字」の正体は「ウナギ」でしょ、と7番目の兄さんに言われる気がするわけで@@。(古代の日本人はウナギのことはウミヘビだと考えていたわけで)

で、日本の民話を見てみても、ウナギを食べようとしたら祟りがあった、とか、ウナギを食べようとして腹をさばいたら、そこから赤飯が出てきた、とかそういう話があるわけで。赤飯を産み出すハイヌウェレがウナギなんだ?? と思うわけで-;。だから、ウナギを聖なるものとみなして、食べてはいけない、とする地方もいくつかはあるわけです。そういうところでは、だいたいウナギは「水神様の使い」とされているわけで。ウナギをせいぜい、「水神様の使い」としておくのと、「天なる父神」とするのとでは、どちらが正気だと思うか、と7番目の兄さんに言われる気がするわけで-;。だいたい、こういう思想が変だと思うから、その「狂気」を正すために人々は研究を重ねてきた。そして、「生と死」の区別もつかず、親兄弟でも平然と食べ物としかみなさない「狂気」が一番著しいのは、「ウナギ」と「芋類」と「タケノコ」と「人肉」を食べる地域、と言われる気がするわけで@@。ヨーロッパの民話集もいくつか手に入れたわけですが、特に「生と死」の区別がつかず幻想的なものはフランスに多い気がする。また、イタリアは、生け贄の儀式が「人道的ではない」という理由で、生け贄用の奴隷を互いに殺し合わせて見世物にしていたわけで。生け贄というのは、本来は聖なる儀式のはずで、生者の豊穣を得るために、死にゆく者に敬意が払われなければならないものであるのに、それを娯楽にするということは正気の沙汰ではない。古代ローマの享楽と退廃の狂気の様子は、あなたも知っているはず、と言われる気がするわけで。人が、最低限他者に持つような敬意を失ってしまい、欲望にのみ貪欲になり、生と死の見境もなくなるような状態になる狂気、そういう地域は「ウナギ」を食べる、と言われる気がするわけで@@。食べれば食べるほど、欲望に貪欲になり、他のことを顧みられなくなる「食物」というものがある。「ウナギ」も危険だし、芋類は、ヤムイモ、タロイモ(サトイモ)、サツマイモ、キャッサバの順に危険、と言われる気がするわけで@@。それで、そういうものを食べちゃいけないんだ?? と思う。

で、夜に、ふっとDVDを見ようと思ってテレビをつけたら、ちょうど「NEWS ZERO」をやっていて、有働さんに呼び止められて。とある人の訃報のニュースが流れてた。どうも、最近ちょっと気になっていたわけですが、ジャニー喜多川氏が亡くなったら、事務所はどうなるんだろう? と思って。若くて、新社長の下で働いている人達はそのまま残るかもしれないけれども、古くからの人で新社長にあまり義理のない人達は独立してしまうかもしれない、と言われているし。嵐の5人は、「新社長の子飼い」と表向きには言われているから辞めたりはしないと思う。でも、ジャニーさんに直接指導を受けて、今の地位を築いたKinKi-Kidsはどうなる? 特に剛君は健康状態も心配であって、社長が替われば、事務所に強く義理立てしてまでバリバリ働く必要がない、と言えば言えるかもしれないし、と思う。ニュースにちらっと、東山さんが出て「もし、7番目の兄さんが事務所を離脱することになれば、自分の命と引き換えにしてやっているような危険な仕事からは手を引くことができます。」と、本当にふっと言われる気がするわけで。まあ、私には先のことは分からないわけですが。でも、6番目の子のことで、7番目の兄さんに対して、あまり強いことを言いたくない、言えない気持ちの中には、7番目の兄さんこそが、妻神の再側近の地位を得るために、誰よりも命の危険が高い仕事を日々当たり前のように引き受けているからだって、目の当たりにして知ってるからですよ? と思う。それは、やる方も、見る方も、正気の沙汰の話ではないと、個人的には思う。7番目の兄さんには、「そう思うのであれば、鈍感と飽食の狂気を誰がもたらしているのか考えるように。そもそも、タピオカ(キャッサバから作るもの)なんて、日本人には食べる必要がないものなのに、わざわざ流行らせて、人々を意図的に狂気に陥るように裏で糸を引いているものは誰なのか?」と言われる気がするわけで。我が家もまだまだ石だらけで、正気を保つには厳しいわけですがー;。とっといた方がいいものだけとっといて、出しちゃおうかな-;。まあ、土建屋の従兄弟がなんて言うかですが-;。

本日の日誌

本日も天気は晴れで、お外組は外で作業していたのでした。昼間、家の近くでアスファルトの工事をしていて、ちょっとうるさかったのでした。

私の方は、日記関連のまとめが終わって、他の証拠なんかを確認して、整理して。今日はのんびりと作業していました。

で、「高校の時に持っていた本、持っているべきだった本を、早急に買い戻すように。」と言われる気がするので、あちこちの中古の本を買って。で、古栽培民であるところの、オーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、太平洋)の神話や民話をちょっとずつ読んで、「ウナギ」がけっこう重要な存在であることを発見する。そして、「ウナギ」が神になる以前は蛇が重要であったらしくて。そして、ニューギニアの民話の中に、「尻尾を切られた蛇が、女性器の中に潜り込んで、月経が始まった」という話があって。月経というのは、女性の生殖の豊穣と関係があって、これがあって「一人前の大人」といえます。これもないのに、結婚しても、子供はできない、というか、そういう点では月経が来ないうちに性交しても、意味がないといえる。だから、普通は肉体的にも「一人前の大人」になってから結婚するわけですが、でも「蛇」というのは男性器の暗喩でもありますから、「蛇」が潜り込んで、女として一人前になる、ということは、そうなってから結婚する、ということ。すなわち、「婚前交渉」の存在が暗喩されますよねえ? と思う。要するに、夫以外の「特定できない相手」との関係が示唆されるし、この場合、その正体は「神」とされて、人間の個人としては特定されないことを現すのだと思う。「人間の夫」は、それとは別に存在するわけだから。そして、この場合の「婚前交渉」とは、「女性が一人前になるためのもの」とみなされるから、一般的な浮気というよりは、儀式的なものとみなされますよねえ? と思う。ハイヌウェレ型の神話とは、単に「若い娘を芋の豊穣のために生け贄にする」だけの話ではないですよねえ? その儀式には性的な側面が必ずあるはず。若い娘は、「一人前の大人」になってから殺されるのでなければ、豊穣をもたらす存在とはなり得ないはず、と思う。そうしたら、7番目の兄さんに「だから、西日本には「夜這い」の風習が強いんでしょ。」と言われる気がするわけで@@。漁撈民の文化が強いところでは、婚前交渉は、風俗として当たり前、というよりも、神話的に「なくてはならないもの」なのですかねえ?? と思う。それで、日本霊異記に「若い娘が桑の木に登っているときに、蛇に犯されて、蛇の子供を身ごもり死んでしまった」という話があることを思い出して。桑の木が出てくる、ということは、桑と蚕の豊穣の神話のなごりであることが示唆されますが、生け贄の娘は殺される前に神(蛇)と交わらないと、桑や蚕の豊穣はもたらされない、と、そういう話の崩れですよねえ、これ、と思う。(霊異記そのものは、仏教説話集だから、生け贄を肯定するような生臭さの極みの物語からは遠く内容が改変されてはいるわけですが-;。)これは、そのまま黄河文明での、馬と娘の物語の「馬頭娘」につながる話であると思う。本来の「蛇の神」が「馬」に置き換わったのみで、「馬の皮」が大活躍するのは、「蛇の脱皮」を意味してるのだと思う。だから、「馬頭娘」もれっきとした「ハイヌウェレ」ですよねえ? と思う。

昨夜もなんだか夢を見て。蛇の兄さんが結婚の申込みに来る、とかで挨拶に来て。それで、なんだかうちの親にひっぱたかれていて@@。「あれー」と思ったのですが、なんとか無事に挨拶が済んだら、最後に7番目の兄さんが登場してニコニコしながら「結婚おめでとう」と言うわけで。6番目の子の姿が見えないので。「6番目の子は?」と聞いたら、「その人には外回りの仕事をして貰ってるから。」と7番目の兄さんに言われる、という夢で。「これはもう、妻神のそばから徹底して6番目の子を排除する気だー。」と思ったわけですが。7番目の兄さんは「身分違いの結婚をしたいと言い出さないだけ、4番目の子の方がまだマシ。」と言う気がするわけで-;。「NEWS ZERO」を見たら、嵐が出ていて、潤ちゃんがなんだか、とても悲しそうな顔をしている気がして。「ごめんーー」と思うわけですが、7番目の兄さんに首根っこをつかまれて「絶対に逃がさへん」と言われる気がするわけで@@。4番目の子と「その人、妻神のそばから徹底して6番目の子を排除する気だー。」と言い合ったわけですが-;。

本日の日誌

本日も天気は晴れで、お外組は外で作業していたのでした。昼間、家の近くでアスファルトの工事をしていて、ちょっとうるさかったのでした。

私の方は、日記関連のまとめが終わって、他の証拠なんかを確認して、整理して。今日はのんびりと作業していました。

で、「高校の時に持っていた本、持っているべきだった本を、早急に買い戻すように。」と言われる気がするので、あちこちの中古の本を買って。で、古栽培民であるところの、オーストロネシア語族(台湾、フィリピン、インドネシア、太平洋)の神話や民話をちょっとずつ読んで、「ウナギ」がけっこう重要な存在であることを発見する。そして、「ウナギ」が神になる以前は蛇が重要であったらしくて。そして、ニューギニアの民話の中に、「尻尾を切られた蛇が、女性器の中に潜り込んで、月経が始まった」という話があって。月経というのは、女性の生殖の豊穣と関係があって、これがあって「一人前の大人」といえます。これもないのに、結婚しても、子供はできない、というか、そういう点では月経が来ないうちに性交しても、意味がないといえる。だから、普通は肉体的にも「一人前の大人」になってから結婚するわけですが、でも「蛇」というのは男性器の暗喩でもありますから、「蛇」が潜り込んで、女として一人前になる、ということは、そうなってから結婚する、ということ。すなわち、「婚前交渉」の存在が暗喩されますよねえ? と思う。要するに、夫以外の「特定できない相手」との関係が示唆されるし、この場合、その正体は「神」とされて、人間の個人としては特定されないことを現すのだと思う。「人間の夫」は、それとは別に存在するわけだから。そして、この場合の「婚前交渉」とは、「女性が一人前になるためのもの」とみなされるから、一般的な浮気というよりは、儀式的なものとみなされますよねえ? と思う。ハイヌウェレ型の神話とは、単に「若い娘を芋の豊穣のために生け贄にする」だけの話ではないですよねえ? その儀式には性的な側面が必ずあるはず。若い娘は、「一人前の大人」になってから殺されるのでなければ、豊穣をもたらす存在とはなり得ないはず、と思う。そうしたら、7番目の兄さんに「だから、西日本には「夜這い」の風習が強いんでしょ。」と言われる気がするわけで@@。漁撈民の文化が強いところでは、婚前交渉は、風俗として当たり前、というよりも、神話的に「なくてはならないもの」なのですかねえ?? と思う。それで、日本霊異記に「若い娘が桑の木に登っているときに、蛇に犯されて、蛇の子供を身ごもり死んでしまった」という話があることを思い出して。桑の木が出てくる、ということは、桑と蚕の豊穣の神話のなごりであることが示唆されますが、生け贄の娘は殺される前に神(蛇)と交わらないと、桑や蚕の豊穣はもたらされない、と、そういう話の崩れですよねえ、これ、と思う。(霊異記そのものは、仏教説話集だから、生け贄を肯定するような生臭さの極みの物語からは遠く内容が改変されてはいるわけですが-;。)これは、そのまま黄河文明での、馬と娘の物語の「馬頭娘」につながる話であると思う。本来の「蛇の神」が「馬」に置き換わったのみで、「馬の皮」が大活躍するのは、「蛇の脱皮」を意味してるのだと思う。だから、「馬頭娘」もれっきとした「ハイヌウェレ」ですよねえ? と思う。

昨夜もなんだか夢を見て。蛇の兄さんが結婚の申込みに来る、とかで挨拶に来て。それで、なんだかうちの親にひっぱたかれていて@@。「あれー」と思ったのですが、なんとか無事に挨拶が済んだら、最後に7番目の兄さんが登場してニコニコしながら「結婚おめでとう」と言うわけで。6番目の子の姿が見えないので。「6番目の子は?」と聞いたら、「その人には外回りの仕事をして貰ってるから。」と7番目の兄さんに言われる、という夢で。「これはもう、妻神のそばから徹底して6番目の子を排除する気だー。」と思ったわけですが。7番目の兄さんは「身分違いの結婚をしたいと言い出さないだけ、4番目の子の方がまだマシ。」と言う気がするわけで-;。「NEWS ZERO」を見たら、嵐が出ていて、潤ちゃんがなんだか、とても悲しそうな顔をしている気がして。「ごめんーー」と思うわけですが、7番目の兄さんに首根っこをつかまれて「絶対に逃がさへん」と言われる気がするわけで@@。4番目の子と「その人、妻神のそばから徹底して6番目の子を排除する気だー。」と言い合ったわけですが-;。

本日の日誌

本日も天気は晴れで、お外組は外で作業していたのでした。親は今日も砕石の整理をしていて。最近はオナガがちょくちょく姿を見せるようになりました。

私の方は、あんまり作業が進まなかったかも-;。でも、資料の整理も、あと少しです。で、設計関連をもう少し足せば、残りは主張書面を書くだけ、となります。

昨夜は、寝ようとしてウトウトしたら夢を見て。なんだか、4番目の子と、薄暗い部屋で、2人きりで仲良くHする、という夢で。目が覚めて、「今日9時間も生放送で、翔君を見たしなー。」と思う。4番目の子とだったら、お互いにあんまりうるさいことを言わないで、のほほんとした夫婦になれる気がするわけですが。後の人達は、いい人達だけれど、個性的過ぎて、気性が激しすぎる気がするわけで-;。で、なんだかだるいような一日であったので、作業はあまり進まず。夕ご飯の時に「アオハルTV」見ていたら、勝利君にふっと「七夕に良い夢見たでしょ?」と言われた気がして。そう言えば、7月7日かー、1年に1度、離ればなれになった夫婦が再開して睦まじく暮らす日ですねえ、と思う。それで、みんなで気を遣って、4番目の子と仲良くする夢を送ってくれたのかな、と思う。なんだかんだ言って、みんな、私が4番目の子のことを一番好きだと思ってるのですねえ、と思う。なんだか、嬉しかったです。どうも、ありがとうー、と思う。

で、寝る前に、もうちょっと買い足しておいた方が良い民話とかの本がある、と言われてチェックしていて。そうしたら、いつの間にか「デカメロン」とかチェックしている自分がいるわけでー;。蛇の兄さんには、「そういうのを読んで、もうちょっと頭を柔らかくした方がいいよ。」と言われる気がするわけで。デカメロンかー、ちょっと創作が入りすぎていて、「民話」とは言い難い気がするわけですが-;。暇があったらね、と思うわけです。