昨夜は特に夢も見ず。本日はお手紙を出しに行ったりする。作業の方は、ぼちぼちであって。まだ、ときどきあちこちでシロアリが歩いているのを見かけます-;。
現代では、日本において「鹿の神様」といえば、鹿島神宮の建御雷神の代名詞のように扱われています。そして、三作の伝承にもありますが、建御雷神に関する鹿は、とても大切にされていて、生け贄にされる対象ではありません。しかも、建御雷神は軍神ですから、稲作の豊穣の祭祀に直接関わる立場ではありません。
建御雷神と鹿の関係については、鹿島神宮に伝わる「白鹿に乗って現れる神」の他にも、古事記にも記述があります。『古事記』にける葦原中国平定の段に、天穂日命(あめのほひ)・天稚彦(あめわかひこ)に次ぐ三番目に葦原中国に派遣する神を選定する際に、伊都之尾羽張神(いつのおはばりしん)もしくは、その神の子の建御雷之男神が推薦されることになります。 天尾羽張神は天安河の水を逆にせき上げて道を塞いでおり、他の神はそこへ行くことができないので、天迦久神が使者として遣わされた、とあります。伊都之尾羽張神は「この御使いには私よりも、私の子供の建御雷之男神を遣わすのがよろしいでしょう」と答えたため、建御雷之男神は天鳥船神と共に葦原中国へ派遣されることになった、とのことです。伊都之尾羽張神とは、剣の神であり、これは、イザナギが所有する神剣(十束剣)の別名とされています。この剣で、イザナギは妻イザナミが黄泉へ行く原因となったカグツチを斬り殺したのです。この時に、剣の根元についた血が岩に飛び散って生まれた三神の一柱が建御雷神とされています。そして、彼らが地上を支配するための使者に立った天迦久神(アメノカクシン)の迦久は鹿児(かこ)の意味で、鹿の神といわれています。 鹿児島という地名がありますから、「鹿児(かこ)」という言葉はその次に何か言葉が続くときが、「こ」の音が濁音になることが分かります。
男性、特に武人にとって、「剣」という自分の武器は、自分と一心同体のものでもあると言えると思います。要するに、剣神・伊都之尾羽張神はイザナギの分身ともいえる。イザナギが軻遇突智(カグツチ)を斬り殺した血から建御雷神が生まれたのですから、建御雷神はカグツチの生まれ変わりの一つ、といえます。一方、焼死したイザナミは黄泉の国へと下ります。イザナギは妻が恋しくて黄泉の国を尋ねますが、そこで妻の体に蛆が沸き、体に八雷神が生じているのを見て、イザナギは逃げ出してしまいます。ところで、「鹿児(かこ)」が鹿のことなら、カグツチの「カグ」はどうなんでしょうか? と思うわけです。鹿児島の桜島は、かつて鹿児島と言ったそうです。それが、県名の由来なのでしょう。ということは、「鹿」には暗に「火山」という意味が神話的に込められていると思われます。カグツチは「火の神」です。そして、カグツチを祀る神社を「秋葉神社」といいます。「秋の葉」とは、紅葉のことなのではないでしょうか? 紅葉の色は火の色に通じるからです。要するに、紅葉に象徴される鹿とは、カグツチのことなんじゃないの? その転生体が建御雷神、ということで、建御雷神が鹿も同然、ということになっているのではないのか、と思うわけです。秋葉神社は、火の神転じて、火防の神とされています。赤い色をした消防車は、まさに秋葉神社のカグツチの化身といえます。(だから、「消防」が味方なのですかね? 私がカグツチだから? と、ようやくここで思うわけです。ここまでたどり着くのが長かったわけです。)