本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。今日は、土の片付けが一段落したので、再び土中に潜る。白ありが入っている板の周辺は、気の枝やとっこが大量に入っていて、周囲がタール土で固めてあるし、上に大きな石が詰められているし、で、けっこう掘るのが大変な気がする。でも、その巨大な板が真打ちだと思うのです。敵は、それを掘られまいとして必死です。でも、7番目の兄さんは、木だけ掘り出しても敵の圧力が強いので、周囲の炭や石も掘り出すように、と言う気がします。

で、穴掘り担当は守達神と7番目の兄さんなわけですが、そこにPrinceの岩橋君と神宮司君も加わったらしくて。その二人は若いだけに手加減というものがなくて、どんどん穴を掘らせるんですけど?? と思う。でも、その二人と7番目の兄さんと、どういうつながりがあるの? と思う。そうしたら、とあるネットニュースで、Princeの岸君はかつて「SHOCK」に出演していたことがある、とあって。それはけっこう危険なわざとかがたくさんあるミュージカルなので、出演している人は、7番目の兄さんと「目の力」が合って、彼をちゃんと補佐できる人、と言われる気がするわけで。「ふぉーゆー」の4人とか、屋良君とか内君とか、普段はテレビの表舞台にあまり出てこないけれども、「目の力」の強い人達が、7番目の兄さんの周囲には配置されている気がする。ということで、Princeの3人は岸君を介して、割と7番目の兄さんと密に連絡を取れる立場にいるんだねえ? と思う。それで「穴掘り隊」に抜擢かーー、と思う。でも、そういえば、6番目の子のあだ名は「King」だったと思うので。Kingの廉君と高橋君は6番目の子の配下、Princeの3人は7番目の兄さんの配下、ということなんだ?? と思う。でも、廉君は「デビューしても、好きな人に『おめでとう』と手紙を書いてもらえる立場ではないし。」ということで、少し傷心らしい。ドラマで菜々緒姉さんとの掛け合いが楽しい勝利君は、今週はさわやかな若者らしい恋愛シーンがあったわけですが、それも「好きな人に焼き餅を焼いてもらえなくてつまらない。」らしい@@。若者らしい色気の少ない爽やかなラブシーン? を見て、私にいったいどういう焼き餅を焼けと??? と思うわけですが、蛇の兄さんは、「二人とも男の気持ちが分からない冷血蛙女の洗礼を受けるべきーー」と言って喜んでいる気がするわけでー;。誰が冷血蛙なのーー、というか、私が男嫌いだって言いふらしている張本人は蛇の兄さんな気がするわけでー;。

昼寝をしている時に夢を見て。自分が何か用事があって、ものすごく大きなホテルに泊まっていて。で、用事の一つに誰かの結婚式に出る、とかっていうのがあって。そこに何故か我が家の家族も出席することになっていて、家族は後からホテルの別の部屋に泊まることになっていて。で、ホテルの近くで福山君がコンサートをする、とかで、福山君もそのホテルに泊まっているので、どこかですれ違うかも? という感じで、夢の中でもどこかに出てきていて。で、自分の部屋を確認しようと思って行ってみたら、ものすごく狭くて汚い部屋で、何とか寝ることだけはできるかも? という感じだった、という夢で。きっと今の私たちの状態が、「汚いところだけれども、何とか暮らせている」という感じなんだなあ、と思う。それにしても、最近の蛇の兄さんの送ってくる夢は、家族全員をどこかへ連れ出す、という夢が多いので。兄さんとしては、最終的には家族全員をまとめてどこかに引き出すつもりなんだと思う。でも、それまでにどれだけかかるか分からないので、家をちゃんと安全に住めるように整えるのは当たり前のことなのだけれども。テレビの方は、菜々緒姉さんのドラマとCDTVを見たのでした。

本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。今日は、土の片付けが一段落したので、再び土中に潜る。白ありが入っている板の周辺は、気の枝やとっこが大量に入っていて、周囲がタール土で固めてあるし、上に大きな石が詰められているし、で、けっこう掘るのが大変な気がする。でも、その巨大な板が真打ちだと思うのです。敵は、それを掘られまいとして必死です。でも、7番目の兄さんは、木だけ掘り出しても敵の圧力が強いので、周囲の炭や石も掘り出すように、と言う気がします。

で、穴掘り担当は守達神と7番目の兄さんなわけですが、そこにPrinceの岩橋君と神宮司君も加わったらしくて。その二人は若いだけに手加減というものがなくて、どんどん穴を掘らせるんですけど?? と思う。でも、その二人と7番目の兄さんと、どういうつながりがあるの? と思う。そうしたら、とあるネットニュースで、Princeの岸君はかつて「SHOCK」に出演していたことがある、とあって。それはけっこう危険なわざとかがたくさんあるミュージカルなので、出演している人は、7番目の兄さんと「目の力」が合って、彼をちゃんと補佐できる人、と言われる気がするわけで。「ふぉーゆー」の4人とか、屋良君とか内君とか、普段はテレビの表舞台にあまり出てこないけれども、「目の力」の強い人達が、7番目の兄さんの周囲には配置されている気がする。ということで、Princeの3人は岸君を介して、割と7番目の兄さんと密に連絡を取れる立場にいるんだねえ? と思う。それで「穴掘り隊」に抜擢かーー、と思う。でも、そういえば、6番目の子のあだ名は「King」だったと思うので。Kingの廉君と高橋君は6番目の子の配下、Princeの3人は7番目の兄さんの配下、ということなんだ?? と思う。でも、廉君は「デビューしても、好きな人に『おめでとう』と手紙を書いてもらえる立場ではないし。」ということで、少し傷心らしい。ドラマで菜々緒姉さんとの掛け合いが楽しい勝利君は、今週はさわやかな若者らしい恋愛シーンがあったわけですが、それも「好きな人に焼き餅を焼いてもらえなくてつまらない。」らしい@@。若者らしい色気の少ない爽やかなラブシーン? を見て、私にいったいどういう焼き餅を焼けと??? と思うわけですが、蛇の兄さんは、「二人とも男の気持ちが分からない冷血蛙女の洗礼を受けるべきーー」と言って喜んでいる気がするわけでー;。誰が冷血蛙なのーー、というか、私が男嫌いだって言いふらしている張本人は蛇の兄さんな気がするわけでー;。

昼寝をしている時に夢を見て。自分が何か用事があって、ものすごく大きなホテルに泊まっていて。で、用事の一つに誰かの結婚式に出る、とかっていうのがあって。そこに何故か我が家の家族も出席することになっていて、家族は後からホテルの別の部屋に泊まることになっていて。で、ホテルの近くで福山君がコンサートをする、とかで、福山君もそのホテルに泊まっているので、どこかですれ違うかも? という感じで、夢の中でもどこかに出てきていて。で、自分の部屋を確認しようと思って行ってみたら、ものすごく狭くて汚い部屋で、何とか寝ることだけはできるかも? という感じだった、という夢で。きっと今の私たちの状態が、「汚いところだけれども、何とか暮らせている」という感じなんだなあ、と思う。それにしても、最近の蛇の兄さんの送ってくる夢は、家族全員をどこかへ連れ出す、という夢が多いので。兄さんとしては、最終的には家族全員をまとめてどこかに引き出すつもりなんだと思う。でも、それまでにどれだけかかるか分からないので、家をちゃんと安全に住めるように整えるのは当たり前のことなのだけれども。テレビの方は、菜々緒姉さんのドラマとCDTVを見たのでした。

本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。今日も土の片付けをして、駐車場の整備をする。一日かけて、なんとか形になったのでした。

で、警察にしか見えない人達が、路側帯を「駐車禁止」と大騒ぎしてくれて、かつ「通報してくれればいつでも指導に来る」とかって言ってくれたからには、それこそある程度は実践する権利があるように感じるので、路側帯に停める車を撮影してみる。ついでに、我が家に入る私道に停めてある車も撮ってみる。

私道の方から述べると、この道は権利的には、我が家の側が1/2、隣家の側が1/2というもので明確に権利は分かれているわけですが、事実上は2件が共同で使用している道路で、必要に応じて2世帯が融通を効かせて使用する、という約束で購入したものである。なぜなら、どちらも自分たちの側だけでは出入りしにくいから。だから、工事とかの際には業者の車も出入りするし、お互いに融通し合わなければならないことになっているわけで、それ以外にも事情があれば常識の範囲内で、ある程度は駐車も互いに認めるべき、と個人的には思う。でも、例えば電気屋の車にしか見えない車が、一晩中停めてあったりした場合には、それは隣家に来た車なの? 一晩中停めておく意味はあるの? 一晩中電気工事してたの? しかも、そんなに意味も無く、長時間停めておくなら、そちらの敷地内にも停めるスペースはあるよね? という思考回路は、常識の範囲内であると思う。だから、訳の分からない車が、私道に停めてあって、かつ運転手が中でぼーっとしているだけであるなら、「不審な車」として記録するくらいは許されてしかるべきだよね? 隣家に用があるのなら、用を足せばいいし、一言が必要だと思うなら「これこれの用で停めさせて頂きます」と説明すれば良いじゃん、と思う。ただ停めてあるだけなら、隣家に用があるのかないのかも私たちには分からない。こちらも使用する道路なのだから、隣家の側に停めてあることを理由にして黙っていなければならない、ということにはならない。隣家だって、我が家の用で、我が家の側に停めてある車を必要に応じてどかせてるし、それこそそんなことは「お互い様」である。だいたい、工務店と組んでいやがらせを繰り返しているようにしか見えない隣家なのに、必要以上に気をきかせてやる気持ちになんかならないわけで、なんで、親がそんな連中の顔色を伺うのかも私には良く分からない。相手と同じ程度のことをしてやって、それで対等ってもんなんじゃないの? と思う。だから、結論からいえば、うちに来た業者の車は我が家の側の私道に停めれば良い。そして、隣家の通行の必要に応じて動いてもらえばいい、と思う、というか今までだってそんな感じでやってきてたし? と思う。でも、業者が勝手に路側帯に車を停めても、誰も文句は言いません。なぜなら、文句を言ってきたのは、家人の目の届かないところに車を移動させること、という目的があったからで、そういう目的のないものに文句は言っても意味がないから。それに、それでも言ってくるなら、公園でもどこでも停めれば、ということになるわけで。

でもって、路側帯の方には、某エホバアにしか見えない人達が車を停めて、これみよがしにドアをバタバタさせていたので、こちらも記録しておく。そうしたら、「すみません、すみません。ここは駐車禁止ですか?」とかって騒ぐので、「警察に問い合わせたらどうですか?」と言ったら「すいません、動かします。」と言って、どこかへ車を移動させてしまって。私たちの目の前で警察に問い合わせたら、「駐車禁止の場所ではないです。」と言ってくれたと思うので、なんで、問い合わせしてくれなかったのか、と思うわけですが。だいたい、私は「宗教の自由」が真に尊重されるのであれば、「布教の自由」というものは徹底して禁ずるべき。他人の宗教に余計な口出しをする者は、「宗教の自由」を守れない者である、というくらいにしか思っていないので。どう見ても不審者でしょ、その人達。不審者として通報するのは市民の義務なんじゃないの? くらいにしか思えない。停めたければ、警察にしか見えない人達お勧めの、公園の駐車場にでも停めれば?、くらいにしか思わないわけです。

ということで、テレビの方は「少年倶楽部」を見て、「ニノさん」を見て、丁度食事の時間だったので、リアルタイムに「嵐にしやがれ」を見る。某A君を見ると「夢窓疎石?」と思うわけですが-;。だいたい、歴史的には高師直という人は、尊氏の権威を傘にきてやりたい放題やった人、すなわちどちらかというと「悪人」みたいな評価な気がするのですが。でも、足利宗家の側近であった高氏が存続していれば室町幕府はもっと安定して長続きしていたかもしれない、ということを考えると、長期的に幕府弱体の種を蒔いたのは、師直を追い落とした夢窓疎石と小坂円忠であるといえる。幕府が弱体化した結果、動乱の下克上と戦国時代を経て、政権が安定する江戸幕府が誕生するまで、政治は混乱し続けたわけで。富の王家と大名家が評価するのは、誰が政権を安定させようと努力していたか、ということなんだなあ、と思う。それはともかく、7番目の兄さんは、某A君のことを「前世もだいたいあんなような性格だったと思う。」と言っている気がするわけで。でも、前世のことをあまり語りたがらない理由としては、「今の日常だって、いつ何が起こったのかなんて、全てのことを正確に覚えていられるわけではないのに、自分でも夢のように思えることで、『いつ何があったのか』って根掘り葉掘り詮索されても、正確に答えられないことはいくらでもあるし、聞かれても困ることに適当に答えたくない。」と言う気がするわけで。詮索好きの富の王家のおっちゃんと大名家のおっちゃんは、「7番目の兄さんには自分の役目に集中して貰わないと困るので、前世のことを詮索しないように。」と遂に6番目の子からダメ出しをされてしまって。二人ともけっこう落ち込んでいるらしいですー;。(でも、その代わりということで某A君の情報が開示されたらしい。そっちの方は、6番目の子の邪魔にならない範囲で、詮索可ということになっているらしいのですが。大抵の人は某A君のことを、「前世も坊主で、今も(神に仕える)坊主だなんて、よっぽどその仕事が好きなんだね」と言う気がするわけですー;。)

本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。今日も土の片付けをして、駐車場の整備をする。一日かけて、なんとか形になったのでした。

で、警察にしか見えない人達が、路側帯を「駐車禁止」と大騒ぎしてくれて、かつ「通報してくれればいつでも指導に来る」とかって言ってくれたからには、それこそある程度は実践する権利があるように感じるので、路側帯に停める車を撮影してみる。ついでに、我が家に入る私道に停めてある車も撮ってみる。

私道の方から述べると、この道は権利的には、我が家の側が1/2、隣家の側が1/2というもので明確に権利は分かれているわけですが、事実上は2件が共同で使用している道路で、必要に応じて2世帯が融通を効かせて使用する、という約束で購入したものである。なぜなら、どちらも自分たちの側だけでは出入りしにくいから。だから、工事とかの際には業者の車も出入りするし、お互いに融通し合わなければならないことになっているわけで、それ以外にも事情があれば常識の範囲内で、ある程度は駐車も互いに認めるべき、と個人的には思う。でも、例えば電気屋の車にしか見えない車が、一晩中停めてあったりした場合には、それは隣家に来た車なの? 一晩中停めておく意味はあるの? 一晩中電気工事してたの? しかも、そんなに意味も無く、長時間停めておくなら、そちらの敷地内にも停めるスペースはあるよね? という思考回路は、常識の範囲内であると思う。だから、訳の分からない車が、私道に停めてあって、かつ運転手が中でぼーっとしているだけであるなら、「不審な車」として記録するくらいは許されてしかるべきだよね? 隣家に用があるのなら、用を足せばいいし、一言が必要だと思うなら「これこれの用で停めさせて頂きます」と説明すれば良いじゃん、と思う。ただ停めてあるだけなら、隣家に用があるのかないのかも私たちには分からない。こちらも使用する道路なのだから、隣家の側に停めてあることを理由にして黙っていなければならない、ということにはならない。隣家だって、我が家の用で、我が家の側に停めてある車を必要に応じてどかせてるし、それこそそんなことは「お互い様」である。だいたい、工務店と組んでいやがらせを繰り返しているようにしか見えない隣家なのに、必要以上に気をきかせてやる気持ちになんかならないわけで、なんで、親がそんな連中の顔色を伺うのかも私には良く分からない。相手と同じ程度のことをしてやって、それで対等ってもんなんじゃないの? と思う。だから、結論からいえば、うちに来た業者の車は我が家の側の私道に停めれば良い。そして、隣家の通行の必要に応じて動いてもらえばいい、と思う、というか今までだってそんな感じでやってきてたし? と思う。でも、業者が勝手に路側帯に車を停めても、誰も文句は言いません。なぜなら、文句を言ってきたのは、家人の目の届かないところに車を移動させること、という目的があったからで、そういう目的のないものに文句は言っても意味がないから。それに、それでも言ってくるなら、公園でもどこでも停めれば、ということになるわけで。

でもって、路側帯の方には、某エホバアにしか見えない人達が車を停めて、これみよがしにドアをバタバタさせていたので、こちらも記録しておく。そうしたら、「すみません、すみません。ここは駐車禁止ですか?」とかって騒ぐので、「警察に問い合わせたらどうですか?」と言ったら「すいません、動かします。」と言って、どこかへ車を移動させてしまって。私たちの目の前で警察に問い合わせたら、「駐車禁止の場所ではないです。」と言ってくれたと思うので、なんで、問い合わせしてくれなかったのか、と思うわけですが。だいたい、私は「宗教の自由」が真に尊重されるのであれば、「布教の自由」というものは徹底して禁ずるべき。他人の宗教に余計な口出しをする者は、「宗教の自由」を守れない者である、というくらいにしか思っていないので。どう見ても不審者でしょ、その人達。不審者として通報するのは市民の義務なんじゃないの? くらいにしか思えない。停めたければ、警察にしか見えない人達お勧めの、公園の駐車場にでも停めれば?、くらいにしか思わないわけです。

ということで、テレビの方は「少年倶楽部」を見て、「ニノさん」を見て、丁度食事の時間だったので、リアルタイムに「嵐にしやがれ」を見る。某A君を見ると「夢窓疎石?」と思うわけですが-;。だいたい、歴史的には高師直という人は、尊氏の権威を傘にきてやりたい放題やった人、すなわちどちらかというと「悪人」みたいな評価な気がするのですが。でも、足利宗家の側近であった高氏が存続していれば室町幕府はもっと安定して長続きしていたかもしれない、ということを考えると、長期的に幕府弱体の種を蒔いたのは、師直を追い落とした夢窓疎石と小坂円忠であるといえる。幕府が弱体化した結果、動乱の下克上と戦国時代を経て、政権が安定する江戸幕府が誕生するまで、政治は混乱し続けたわけで。富の王家と大名家が評価するのは、誰が政権を安定させようと努力していたか、ということなんだなあ、と思う。それはともかく、7番目の兄さんは、某A君のことを「前世もだいたいあんなような性格だったと思う。」と言っている気がするわけで。でも、前世のことをあまり語りたがらない理由としては、「今の日常だって、いつ何が起こったのかなんて、全てのことを正確に覚えていられるわけではないのに、自分でも夢のように思えることで、『いつ何があったのか』って根掘り葉掘り詮索されても、正確に答えられないことはいくらでもあるし、聞かれても困ることに適当に答えたくない。」と言う気がするわけで。詮索好きの富の王家のおっちゃんと大名家のおっちゃんは、「7番目の兄さんには自分の役目に集中して貰わないと困るので、前世のことを詮索しないように。」と遂に6番目の子からダメ出しをされてしまって。二人ともけっこう落ち込んでいるらしいですー;。(でも、その代わりということで某A君の情報が開示されたらしい。そっちの方は、6番目の子の邪魔にならない範囲で、詮索可ということになっているらしいのですが。大抵の人は某A君のことを、「前世も坊主で、今も(神に仕える)坊主だなんて、よっぽどその仕事が好きなんだね」と言う気がするわけですー;。)

本日の日誌

昨夜は特に夢も見ず。昨日は夕立が降ったので、本日は早朝の作業はお休みにする。家人が用があって出かけたので、10時くらいになって、地面がそこそこ乾いてから少し作業をする。坑道に潜ってみたら、天井がもう崩れそうもないのに、無理矢理削って崩そうとした形跡があり、少しだけ削れた粘土が崩れていた。どこまでも穴掘りを邪魔したいんだなー、と思う。

午後は自分が所用があって出かけたのだけれど、ともかく車を2台、家の敷地の中に格納した方が安全そうなので、家人が土を片付けてくれていて。家に帰って、土片付けを私も少し手伝って、ようやく門の内側に車が格納できて、門扉が閉められるようになって。これで、車に直接嫌がらせをされる機会も減ったし、少し安心かな、と思う。

昨夜は「VS嵐」を見て、今日のお昼は「夜会」を見る。

それから、ネットニュースでジャスコがイオンに改名したわけ、みたいな記事が載っていて。で、イオンという言葉はラテン語で「永遠」を意味するので、そういう名前をつけた、みたいに書いてあって。「ん?」と思うわけで。「aeon」という言葉は、元は古代ギリシャ語で「時間」とか「永遠」という意味であって。で、観念的なことが大好きなギリシャ人は、「グノーシス主義」という宗教的思想を作り出して、そこでは、アイオーンという言葉は、時間や永世だけでなく、神そのものを指す言葉でもあるのである。「グノーシス主義」を簡単に説明することは難しいわけですが、特定の宗教、といえるほど固定した概念ではなくて、おおまかに非キリスト教系のものと、キリスト教系のものに分かれる、広い概念である。その思想の根底にあるのは、「人の世界は不完全なものである」ということである。世の中に完璧な人はいないし、人の人生は喜びよりも悲しみや苦しみの方が多いような、不完全なものである。一方、こういう世界を創造した神は、というと、だいたいどこの地域でも似たような神話があって、そこで語られる神々は不老不死で完全無欠な存在である。完璧なはずの彼らが創造した世界が、なぜこうも不完全なのか、というのがグノーシス主義のテーマである。だから、彼らは、この世界を創造した神が、そもそも下位の神で、不完全な神であった、と述べるわけで。その神が観念的なものなのか、それとも実態が伴っているものなのか、という点などでさまざまな派閥が存在する。だから、一つの「宗教概念」といえるほどまとまった思想ではないわけ。これがキリスト教系のものになると、イエスも世界を創造した神の一つであるとか、その存在も実は観念的なもので肉体は存在しなかった、とかそういう説が出てくるわけで。でも、グノーシス主義そのものは、「人の世は不完全なものだから、完全なものを目指して、人は慎ましく真面目に生きなければいけない。」という考えになるわけです。ただ、現世に対して否定的な概念も含むので、結婚という制度とかには割と否定的であって、子供を作るのは子孫を残すためであって、基本的には人はあくまでも来世をめざすもの、という主義でもある。要するに、そういう人々の「神の名」とされるものを、たかだかごく現実的なスーパーの名前なんかにして良いの? というか、そんな感じであると思うのですが。なんで、わざわざ「元はラテン語」なんて言うんだろう? とそんな気がしたわけで。

で、夜は「MUSIC STATION」を見る。本日のジャニーズのゲストはV6の兄さん達だったのですが。准ちゃんに「必ず会えると信じて頑張って下さい。」と言われた気がするわけで。准ちゃんも兄さん達の優しいな、と思うわけですが。でも、3代目の兄さん達には、私は男を見ると「ぎゃー、男がいるーー」と言って怒るタイプだと思われている気がするわけで-;。そして、大抵の人からは、「子供さえいれば、男なんかどうでもいい」と思うタイプだと思われていそうな気がするわけでー;。そこまでひどくないし、と思うわけですが。