本日の日誌

本日も工事があるので出かけて。そして、兄さん達は出来るだけ医者の世界から私を遠ざけておきたいんだなあ、と思って。

で、工事の人が来たわけですが、今日はなんだか、土曜日にもたもたと作業していたのに比べれば、急いで仕事をしているなあ、と感じていたわけです。それでも、午前中は普通だった気がして、家の東側の境界の沓石を掘ったり、境界ブロックを敷いたりしていて。で、家の北側の土を掘ると、なんだか石がたくさん出てくるので、ちょっとヘンだとは思っていたわけです。それで、午後になって、せめて見えているところの石だけでも拾おう、と思って掘られた穴から石を拾っていたら、北から2番目くらいの穴から石が割と出て来て。ちょっと掘らなければ駄目だな、と思って掘っていたら、その下から太いワイヤーみたいなものが顔を覗かせていて、「何これ?」と思って。普通、そんなものが土中に埋まっているはずがないので、親も呼んできてせっせと掘ったら、意外と長くて、しかも途中で一重に縛ったみたいな形で入っていて。そして、そういうものを土の中に埋めると、普通は納まりが悪くて土が浮いてきたりするものだと思うので、例によって周囲に大量の石を重ねて埋め込んで押さえ込んであるわけで。家の北東の「鬼門」によりにもよって、こういうものが埋められているんだ? と思って。で、私たちがそれを掘っていると、職人さん達はそこに沓石を置けないので、家の北側の沓石の穴を急遽掘り出して、しかもものすごく急いで掘るわけです。だから、何かヘンだな-、と思っていたら、わざわざ虐められないように囲って大事にしていたマシュマロウを3本もわざと切られて倒されてしまって。しかも、途中で、ビニールのゴザみたいなものが土中から出て来て、それを穴の分だけ切り落として、他を埋め戻そうとしているので、それも「切らないで」とお願いして止めたりして。なんだか、ゴタゴタして大変だった一日で。マシュマロウの件はけっこう腹がたったのですが、結局ワイヤーを女手では掘りきれなくて、重機で掘ってもらったので、あまり文句を言わないことにして。2m以上もあるような長いワイヤーで、途中で結んで「×」を作ってあって、まるで蛇のように見えるわけで、兄さん達は「ユーピテルの偽物のシェンリングだ。」っていう気がするわけで。親からは「よく見つけられた。」って言われたのですが。それはやっぱり、兄さん達と結縁することを心がけて、いろいろとやっているから、普段はぼーっとしていても、大切な場面で「気をつけるように」って言って貰えるからだと思うわけで。これで、家に送り込まれてくる悪夢とかがまた減れば良いなあ、と思うのです。

で、ワイヤーを掘ってしまったら、職人さんたちは急に休憩して、それで急遽明日の作業はお休みになって。きっと敵は、大事なアイテムが掘られてしまったので、作戦会議なのではないかと思うわけですが。兄さん達からは、「この世のあらゆる物は、呪術と魔法でできている。」って言われる気がするわけで。だから、自分の力を強めるものは家に入れなければいけないし、弱めるものは入れてはいけないわけで。学校の授業で「闇の魔術の防衛術」だけ教えて貰えなくて、それを独学で勉強しなければならなかったハリー・ポッターのように、我が家はそれが全然できていなかったので、結局兄さん達に教わりながら、独学で勉強中、ということで-;。職人が来なければ、一日かけてゆっくり石を片付けられるわけですから、それは良いのですが、今日はとても疲れた一日だったのでした。

本日の日誌

昨日は「お仕事」があって、年寄りのじいさんの職人さんたちが来て、一日もたもたと仕事をして、遅くになって暗くなってから帰ったわけで。

で、なんだか医学部時代のことが、ものすごく思い出されて気になるわけで。あったことを、ありのままに日記に書いたら、親に怒られるわけで。で、しかも「お前は親を恨んでいる。」とか「姉の方は構ってやれなくてかわいそうな子だけど、お前はそうでなかったのに。」とか言われたわけで。ありのままのことを書いて「恨んでる」って言われても、困るわけですが、だいたい自分だって自分の親のことを嫌っているくせに、なんで自分が親にやられたことを、自分の子供にやっていい、って思うのですかね? 子供の将来を勝手に決めるような親を恨んでいるなら、自分は親と同じことをして、親に対する復讐を子供に果たしていただけなんじゃないの? って思う。私が、自分の将来に対して、破綻しか見えなくて、穏やかに真面目に話し合おうとしていた10年の間に、私が言ったこと、私にとっては100回も1000回も言ったように思えることを「何も覚えていない」って言われて、恨むとかっていうよりもただただ「虚しい」10年だったな、って思うわけで。そういうのを「無視」と言わずして、なんて言うの? と思うわけで。そうして、10年の間、無視され続けて、しまいに自殺願望が出て、もはや穏やかなやり方では破綻しかない、って分かったから「辞める」って、それこそ妥当な「医者」の判断でそうしたわけですが、そういう当たり前のことを言える自分でいるために医師免許を持っていて良かった、自分を助けるために医師免許を持っていることが役にたって良かった、なんて思ったことはないです。だから、応援って、何を応援? っていうか、助けてくれたことは「ありがたいこと」と思うべきなのかもしれないけれども、それでその前の10年にあったことは、何もかも「なかったこと」でいいんだ? 自分が覚えていないから、ってそれだけで済ませるの? って、それが釈然としないだけで。そんな10年は、できうればなかった方が、どちらにとっても良かったのだと思うだけだ。

あとは、もう姉のことは、私にとっては、その人は「手のかかる子供」だったので。結婚する時も、別れる時も、私は巻き込まれて、振り回されて、家族のために尽くしすぎて、体を壊して勉強にも集中できず、結局留年してしまった。その時も「留年して良かった」みたいなことしか言われなかったし、家族のためにボロボロになるまで尽くしてくれて、ありがとう、とかそんなこと言われたこともなかったし。それに、当時は「家族とはそうやって尽くしあうもの」って思っていたし、自分が家族を守らなきゃ、って思っていたので、家族とは、死ぬまで相手に尽くしても感謝なんかひとかけらもしなくて良いもの、だってそう思っていたし、それを実行して生きていた。いつも、何をやっても、感謝なんかされたこともなかったし、そういうものだと思っていた。居候していた叔母のこともそうだし、追い出すために母親にずいぶん協力は私なりにしてきたつもりだったんだけど、なんだかそれもいつの間にか親が一人でやったことになっていそうだし、っていう気がするわけで。だいたい、家の駐車場に断りもなく車を止めていた図々しい従姉妹をクラクション一発で追い出したのは誰だと思ってるの? そういうことの積み重ねで、あの疫病神を追い出せたんじゃないの? って、まあ、そのことももう覚えていないか、自分がやったことだと思ってるのかもしれないけれどもさ? と思うわけで。別に感謝なんかしてくれなくていいです、どんなに常識の範囲を超えて家族に尽くしても、お礼なんか言われることは期待しないのなんか当たり前のことだし、「頭がおかしいと思った」って言って済ませればそれでいい、ってそういうのが常識な「家」で自分は育ってきたのだと思うわけで。普通、姉の結婚の問題で、なんで妹が自分の体を壊すまで心身疲弊するまで尽くすのが当たり前、なんて一般常識的に誰も思わないと思うし、そういうことは子供も同然の年齢の者に押しつけるような問題であってはむしろいけない問題だと思うわけで。歪んだ家の歪んだ価値観で、自分が死ぬまで家族に尽くして感謝されないのが当たり前、だと思っていたころは、確かにその点では「頭がおかしかった」のかもしれませんが。そんな様をたけておいて、姉のことは「構ってやれなかった」って言うんだ? 私には体を壊すまで「構わせてた」あげくに感謝の言葉の一つもなかったくせに? と思うわけで。

で、こういうことは過去のことなので、自分でも普段は気にしていないし、木にもしていないわけですが、なぜか一昨日、昨日あたりはものすごく気になっていて。工事が再開されそうなので、敵が「目の力」を使って、家の中をひっかき回そうとしてるから、気になるのかなあ? と思っていて。で、2,3日前に、母親の同級生、とかって名乗る人から家に電話がかかってきたそうで、しかもこちらが邪険にしているのに、2回もかけてきたそうで。で、母親の方が「○○さんかも。」みたいなことを言っていて、それがなんだか懐かしそうな口ぶりだったのが、なんだか引っかかっていて。この時期に唐突に接触をはかってくる相手なんて警戒しなければいけないのが当然なのに、なんだか懐かしそうな口ぶりであって。なんで? って思っていて。だから、親が昔のことをいろいろと言うことも理不尽だと思うけれども、昔のことが気になりすぎる自分自身も理不尽だと思うわけで。何もかも理不尽過ぎて、釈然としない気がして。でも、今日は「お休み」だから、録りためた録画を見ていて。昨日「しやがれ」も見ないで済ませてしまったし、と思うわけで。兄さんたちから、ピリピリしすぎるのは「マリッジブルー」ってやつなんじゃないの? って慰めてもらったわけで、「マリッジブルー?」っていうか、言いたいことはそれだけ?? と思って-;。で、その後に涼介君主演の「カインとアベル」を見ていて。基本的に、ドラマというものは結縁の流しているだけで、内容はあんまり見ないわけです。だいたい、タイトルからいって明るい内容のドラマでもなさげですし。でも、途中で「私の大学の同級生と同じ名前の登場人物」が出てきて、そこのところだけ「えっ?」って思ったわけで。偶然なわけがないよねえ? ということで。それで分かった、というか、電話の相手が本物なのか、偽物なのか、ということはどうでも良くて、敵は親に対して、その世界のことを思い出させるように、仕掛けてくるし、親にとっては悪いことだけではなかった世界であって、「行って、役に立って良かったと思っている」世界のことだから、まず親にその世界のことを思い出させて、「良いところもある」みたいなことでも良いから、何か巻き込もうと、敵が必死になっているんだな、と気がついて。そうやって、しまいには私を呼び戻そうとあからさまに画策しているから、そこでどんな風に殺されそうになったのか絶対に忘れないように、という強い警告が味方からも来てるんだな、と気がついて。これが、自分でも釈然としない「理不尽さ」の原因だ、と分かったわけです。医師免許があるんだから、それに相応しい「医者としての良心」はあると思う。そこから逃げだすために、そこで得た知識は最大限に利用したわけだから、別にそこで得た知識が自分の人生の役に立っていない、とも思わない。でも、そんな程度のことではおつりにも間に合わないくらい「行って、自分の首を絞めるのに役に立ちすぎて、相手が今でも首を絞めたくて追いかけ回してくれているところ」なわけだから、現実的には「行って、役に立って良かったと思っている」って言われることすらも私は苦痛だし、それだけでも味方から見れば警告が出るくらい危険な状況であるのだな、と気がついて。でも、兄さんたちの「警告」はけっこう荒療治でこちらも振り回されちゃうからなー、と思うわけで-;。私にとっては、そこは「行って、役に立って良かったと思っている」と、言えるような場所には一生ならないので、それも言わないでいてもらいたい、ってそれだけのことなんだなあ、と思って。だいたい、医療を「仕事」とするから資格が必要なのであって、知識が欲しいと思えば、資格とは関係なく自分が勉強すれば良いだけであるので、そこは「知識が得られて良かった」などと言える場所ではない、と言われる気がするわけで。なんだか知らないけれども、親にはそういう場所に「良い印象」を与えるように、ってそういう印象操作も念を入れて、何十年もやられてきたんだなあ、と思うわけで。だから、「子供を産婆に」とか云々っていう話も「敵が吹き込んだ」ものなんだなー、とようやく今更ながらに気がつくわけで。なんで、敵が「医者に」って吹き込まなかったのかが、今になって分かるわけで。だいたい、母親の実家がどんなに貧乏であろうが、大学に行くには学費が必要で看護学校にはそれがないから、とか、女の子だから、とかそういう理由があろうが、実の親にその気があって、当人にその気があったら、医者にだってなれたんじゃないのか? と言われる気がするわけで。でも、敵はそういう風には吹き込まなかったし、物事をそういう風には運ばなかった。なぜなら、母親を医者にしてしまえば、その世界のことを詳しく知ることになるだろうし、直接いろいろな業界内の人物に「コネ」ができるから、そういう状況では私を医学部に引き込んでも、追い込みをかけることが難しくなるから、ということで。だから、そういう「状況」は作らない。作れば医学部に行ってしまいそうだから。でも、その代わりに、「看護婦」にすることで、その世界に好意とか憧れとか持たせて、なおかつ直接関われないようにすることができたわけで。なにもかもが「罠」だったんだなー、と思って。

で、「しやがれ」の方ですが、二宮君のコーナーで、「子供」がどしどし出てきた気がするわけで。なんだか、最近、やけに兄さんたちと「子供」が絡むことが多くないですか? と思って。引っ越しをした先に、何があるのかは、私にも本当は良く分かっていないわけですが。でも、それとは関係なく、兄さんたちは、「手紙読んでる」とかそういうアプローチをせっせとしてくるわけで。「マリッジブルー」って言われればそうかも? というか、何それ? というか、そんな感じなわけですが。でも、涼介君のドラマから、敵の「必死さ」を感じ取って、「うーむ」と思った一日だったのでした。

でも、「しやがれ」の方はどうかなー? と思う。ゲストが高畑充希ちゃんであったわけですが、なんだか「外へ出れば最大の名前はウェスタ」って言われる気がするわけで。金のウェスタと銀のディアーヌはローマの双璧をなす女神なわけですが、そういう女神群を従えて押さえて、ユーピテルは神々の頂点に君臨し、世界に大きな影響を与えている、ということで。だいたい、ウェスタというのは、他の地域ではどういう神なの? と思うわけですが、それは下エジプトのウアジェト、メソポタミアのウットゥって言われる気がするわけで。確かに、それは古くて権威ある「太陽女神」の名前だ-、と思って。ローマ人は、だいたい「ローマは一日してならず」とかしか言わないわけで、出雲神族がどんなに頑張って敵と対抗しても、それは世界的に見れば一地方の一勢力にすぎないところがあるわけですが、ウェスタの人々、ディアーヌの人たちは、世界中のどこにでも根を張って広がっている、って言われる気がするわけで。ウェスタの巫女集団の本体がこちらに合流すれば、最大の支持勢力は誰がどう見ても、「ウェスタ」って言われる気がするわけで。

で、親には「薬学部に行った方が良かったのか?」と言われるわけで。それを兄さんたちに聞いてみたら、その点については、「仮定の話には答えは出せない。結局そこへ行くことで、どれだけ敵に振り回されるか、どこまで自分自身を守れるのか、ってそれだけのことだから、評価は後からでなければできない。」って言われる気がするわけで。でも、医学部については、医学部に行って、家庭はグチャグチャ、私の身の回りはゴダゴタ続きで、一番弱いところにしわ寄せがいって、現実に「自殺企図」が出るまで追い込まれて、しかもそうなった点について、未だに「そこまで追い込んで悪かった」っていう言葉が一言もでてきていないのに、それを「良い結果」って客観的に言えると思うか? って言われる気がするわけで。なんというか、そのとき家が「どういう気持ちであったか」「どういう状況であったか」ということはものすごく言われた気がするけれども、その結果一番弱いところに、家の中のごたごたの解決とかが非常に大きく押しつけられたあげくに、「頭のおかしい人」呼ばわりだけされたというか、されてることは、少なくとも私にとって全部纏めて、「良いこと」とは言えないと言うしかないわけで。別に言葉に出して謝ってくれなくてもいいのだけれども、「医者をやれ」とか「その世界に行って役にたって良かった」とか、そういう私にとっては、途方もないことを何かにつけて言わないでいてくれればいいだけなのに、って個人的にはそれだけのことなわけですが。なんで、それを未だに言われ続けるのだろう? とは思うわけです。それはとても不思議なわけで。でも、こちらが思い切り振り回されてしまうような、「強力」な警告を出してくる人、出せる人は一人しかいない、という気がするわけで。その人は、兄さんたちの中で、誰よりも「精神医学」というものに精通している人、って言われる気がするわけで。異常な状況、奇妙な現象があったら、それが「何」であるのかを徹底して追求しなければならない、というのは、それは精神医学だけでなく、普通の医学でも同じことなわけですが、特に精神医学は一人一人が抱えている環境とか状況が、それこそ千差万別なので、そういう分析が非常に重要とされる分野であって。医者としてのそういう手法は、その人に教わった気がする、というか、だいたい「知識のみが欲しければ自分で勉強すればそれで済むこと」ってばっさりと言うような気性の人は一人しかいませんやん、と思うわけで。だいたい、KinKi-Kidsというのは、CDデビューする前から、割と露出の多い場所に出まくっていて、当然歌番組にも出ていたから、割とデビュー前から知っていた、といえば言える、と思うわけで。彼らのプロモーションは1996年から盛んになって、CDデビューは1997年かー、だいたいその頃はいろんな歌番組だけは見てたよねえ? と思うわけで。だいたい、親なんか何を言おうが、利用できるだけ利用して、蹴飛ばして出てこい、だいたい、自分自身が自殺企図を起こすようなところまで追い込まれているのに、躊躇するような要素が何か一つでもあるのか? 穏やかな物言いで10年も心身を削って、助けて欲しいと伝えようと努力してきたのに、何の成果もでなかったのに? ってそこまでのことを強力に言ってくる激しい気性の人も、一人しかいないでしょ? と思うわけで。それでも、それだけの「目の力」を持っている人でも、石井と手を切らせるのには、何年もかかったし、苦戦してましたねえ? と思うわけで。意外なところで、意外な人が深く関わっていてびっくり、というか、でも、そういうことができる人は今にして思えば、一人しかいないわけですし。多くの若手の兄さんたちから「尊敬する人」と言われるのが分かる人ですが。でも、その人は人の「弱さ」に対して厳しい人であるので、本気出されると私も相当振り回される気がするのですが-;。

本日の日誌

昨夜はなんだか夢を見て。なんだか、誰かに家みたいなところに閉じ込められそうになっていたのですが、そこをなんとか逃げ出したわけです。で、外を歩いていたら、駅のようなところで階段があるところで、潤君とたまたま会って。で、まだ本当は外に出られる状態ではないので、お互いに知らんぷりしていなければならないらしいのですが、でもせっかく会ったんだし、役得だ-、と思って、「ファンです。握手して下さい。」って言って、握手して貰って。で、快く握手して貰って、別れて潤君は階段を昇って行ったわけですが、知らんぷりしようとしていても、こちらを意識しすぎていて、階段でコケたりしていて。私はそれを見て、思わず笑ってしまった、という夢で。目が覚めて、またまたヘンな夢を見たぞ、と思ったのですが@@。

で、今日は週刊誌の発売日であったので、週刊誌を買ったら、潤君が新しい紙おむつのCMの撮影をした、という記事が載っていて。わりと、6番目の子がそこから「目の力」を送ってくるので、なんとなくその記事ばかり見てしまって。「お仕事」の方は、職人さんがやっと来たのですが、午後から雨が降る予定だったので、午前中だけ仕事をする予定だったらしくて。コンクリの穴埋めをして、お隣との境界を重機で掘って整えて、そこまでの仕事をゆっくりとやって、それでとっととお帰りになってしまって。こちらはその合間にせっせと石掘りをしていたのですが、だいたい家の中央に当たる土台の下から、かなり大きめの石が出て来て、苦労して掘り出したわけです。そういう石の周りには細かい石がたくさん入っていますし、くさびのように中くらいの石もけっこう入っていて。しかも、粘土のようにねっとりとした田んぼの土が、そこだけまわりにこびりついていて、石を固定するように作用していて、わざとそうやって石を人力で組んで積み上げたことは明白であって。土台の間際はそうやって、総ざらえする必要がある、特に玄関の周辺を中心に、って思ったわけですが。親もやっとその決心をしたらしくて。

家に帰ってきてから、昨日の「夜会」と「Mステ」を見て。夜会の方は、ローラちゃんが船橋で第九(「歓喜の歌」)をトランペットで吹いて、何かパフォーマンスをした、というようなことをやっていて。なんでわざわざ千葉で? と思って。クラシックは、歌詞のある「お歌」とは、ちょっと違うけれども、曲だけで気持ちを表せるものでもあるよなあ、と思って。スタジオでのローラちゃん、翔君、知念君の服装も悪くありませんでしたし、わざわざ第九をやるということにも意味があって、それもローラちゃんの気持ちなのかなあ、と思って見ていたのですが。見ていたら、船橋(下総)の神は誰か? と聞かれた気がして。それは香取の神、と思って。で、テレビの下を見たら、偶然香取君が表紙の雑誌が置いてあって、香取君がこちらを見ている気がして。そっかー、この曲とパフォーマンスは香取の神の気持ちでもあるんだ、ってふいに気が付いて。思わず涙がこぼれたのですが。

でもって、MステはJUMPの兄さん達が今週のゲストと言うことで。兄さん達も負けず嫌いですけれども、筆頭の子も微妙に焼きもち焼きだしなー、と思うわけで-;。で、今回は1996年のランキング特集みたいなことをやっていて。小室が全盛の時代で、小林武史とランキングを争っていた、みたいな内容で。4月には小室の曲がランキングの上位5曲を占めたという「音楽界にとって驚愕の事実があった」みたいに言われていたわけですが。4位がDOSで、3位がglobeで、2位が朋ちゃんの曲であって。朋ちゃんと別れた後結婚したDOSのボーカルのASAMIが小室の2番目の妻、その人とも別れて再婚したglobeのボーカルのKIEKOが3番目の妻なんだから、小室の女癖の悪さに今更ながら驚愕しそうなランキングだ-、と思ったわけでー;。だいたい、当時の小室の映像も出ていましたけれども、いかにもギラギラした野心家、という感じであって、そういう男が好きな女の人からは確かにもてそうな風貌だったかも? と思うわけで。なんで、今更ながら、あんな枯れ果てたじいさんみたいになっちゃんだろう? というか、若い頃に遊びすぎて本当に枯れ果ててしまったんだろうか?? とか、むしろそういう気持ちになってしまうわけでー;。もう一方の小林武史も女癖の悪さでは定評のある人な気がするわけで、世間ではバブルが崩壊した後でしたけれども、音楽界はまだまだバブリーな時代だったかも? と思うわけで。でも、いろんな人達からは「暗い時代の始まった年」って言われるわけで。その年は私が大学を卒業した年なので。今なら分かるけれども、みんな私に早稲田の文学部に行って欲しくて、エジプト考古学の吉村先生、ヒッタイト考古学の大村先生を取りそろえて、私が辿って行きやすいように、準備万端を整えて待っていてくれたんだと思う。でも、現実はそれどころではなくて、そこからどんどん引き離されるばかりで、どんどんそれが実現不可能な方向に行くばかりであって、4年も近くにいた1番目の子と2番目の子も、そういう事態になんの有効な手も打てなかったわけだから、絶望感に打ちひしがれている人達もけっこう多かったのだと思う。音楽界で小室バブルが全盛だった年に、前年までヒット曲を連発していた福山君は、遂に心身ともの疲れ果ててしまって、2年間の休業状態に追い込まれていたわけだし。兄さんは、当時のことは、腸の煮えくりかえる思いで、1番目の子のことも、2番目の子の事も絶対に許さないだろう、と思うわけですが。

で、結局、この年に味方も大きな方向転換を余儀なくされて、早稲田に行かせて、学術的にしっかりと現実を勉強させることは、放棄せざるを得なかった。そして、その代わりに、もっと私に「合ったやり方」を模索することになったわけで、「良いモノ、とか悪いモノ」とか言っていないで、私が得意なもの、例えばコンピューターとかを使って、「答え」に私がたどり着けるようにすること、そして居てはいけないところから、できるだけ速やかに引き出すことが最大の目標になったということで。だいたい、インターネットというものが、ものすごく一般にも普及し出したのはこの年からで、それまではインターネットというものはものすごくマニアックな部類のものだったわけです。パソコン通信みたいなものは、パソコンとか機械とかに詳しい一部のマニアックな人達の趣味の集まりの手段であったり、でなければ学術的な文献を集めて検索する場であったり、会社の内部での連絡網の構築の一部であったり、とかってそういうものであって、一般の普通の個人が気軽に利用するようなものではなかったわけで。「誰でもHPが作れる」とか、そういうことはこの頃に始まったわけです。だから、私が最初に就職した頃は、職場内での連絡手段は、まだ職場内メールとかLANとかそういうものでもなくて、ポケベルであって、コンピューターもあっても、1台ずつ個別に使っているような状態であって。学生時代の連絡網も、電話(しかも当然固定電話)しか手段がなくて。それが、私が卒業して2年後には、みんなPCのメールで連絡を取り合うようになっていたわけだから、その間の変化というものはすごくて。私がインターネットを始めた頃は、接続するのに「夜間だけ定額」というサービスしかなくて、今みたいに「繋ぎ放題」ということもなかったわけです。でも、2年くらいの間に「世の中」はあっという間に変わっていって。

で、もう一方の方は、当時のヒットランキングを見ていて気が付いたわけですが、ミスチルの「花」とか、B’zの「見えない力」とか、朋ちゃんの「save your dream」とか、ともかく「負けないで」とか「諦めないで」という趣旨の歌ばかりで、もうそういう追い詰められて「自殺するしか無い」という状況だったことを、みんなは分かっていて、できるだけのことをしてくれていたんだなあ、と思うと泣けてくるわけで。親は「そのままそこで働き続けろ(すなわち「自殺しろ」)」としか言わなかったのにねえ、と思うわけで。最近も親と話していて、「父親がいなければ、家に引き取りたかった」と言われて、更に文字通り「ぞっ」としたわけです。誰が家に引き取って欲しいって言った? って思って、本当に何を考えているのかが分からない、というか、未だに当時の狂ったとしか思えない思考回路が続いている気がして、本当にどうしようもなく気持ち悪く感じたわけで。あの時に家に引きこもっていたら、丹後半島にも伊勢神宮にも行くこと無く、インターネットも続けさせて貰えていたか分からないのだし、「卒業したらなんでも好きにしていい」って言ったくせに、文学部に行くことだけは執拗に、かつ絶対に阻止しようとしていた人物を頼って、なんで私が実家に帰ってくるって思うんだろう? というか、そこのところがどうしても理解できなくて、気味が悪く、おぞましい感じしか持てないわけで。人の「言っていること」に全く耳を貸していなかったよね? なんで、そんなことができるの? できたの? って今でも思うわけですが。さすがに、今は当時よりはずっとましなわけです。まあ、あれだけ石が詰め込まれているところを見れば、大抵の人はある程度、感じるモノも思うところもあるとは思うのですけれども。ということで、1996年の「お味方」のヒット曲もさることながら、当時の私の中にはB’zの「孤独のRunaway」という曲が流れ続けていた気がするわけで。これは、そのまま、「現状から着の身、着のままで逃げ出せ」という歌だったわけですし。しかも、丁度自殺願望が顕著になり出した頃、たまたま美容院で読んだ週刊誌に「過労によるうつと自殺」の記事が載っていて、そこには、そういう兆候が出たら、「仕事は辞めた方が良い」とあって。そして、「理解ある人のフォローも必要だ」みたいに書いてあって。でも、うちの親は、当時は「私はいくら過労でもノイローゼになったりしない。そういうものは、そういう素質がある人だけがなるもの。」って言い張っていて、はっきり言って、「無知も良いところ」という状態であったので。そんな自分勝手な出鱈目を言い張るばかりで、話にもならないようなところを頼っても、殺されるだけ、って思っていたし、親は今でも言動からして、そういう方向を目論んでいた気がするので-;。とてもではないけれども、実家を頼れるような状態ではなかった、というかさすがに持っていた資格から言って、私自身がそれほど無知でも非常識でもなかったわけで-;。それで着の身、着のままで関東に逃げ出したわけです。出鱈目な職場と、殺人も同然のことばかりを目論む親から逃げ出すために。そこで、敵に翻弄されて多くの時間を費やしたけれども、味方の声にも応じて、丹後半島や伊勢神宮へ、貴重な時間を費やして出かけることができたわけで。それが、大学を辞めた後の、最大の良いことであり、現在に通じる最大の良い収穫であった、と思えるようでないと駄目でしょ、とそう思うだけなわけですが。そんなんだから、1996年は、味方にとっては、「暗い時代の始まった年」と呟かれるわけですが、敵からは「そんなこと言ったって3年後には、そこから逃げ出していたくせに。」って言われるわけで。3年後には私は松本にはいなかったし、福山君は再び活動を再開し出したし。そして、1996年頃からすでに「言いたい放題」だった、ともっぱらの噂の「筆頭」が世に出たのも3年後の1999年ということで。だいたい、誰が1996年の時点で、大きな方向転換を進言して、一つ一つできることから実現させて行ったのか? と問われる気がするわけで。だいたい、その時点で、ものすごく話が長引くかも、ということで、名乗りを上げたい人も含めて大規模に人材を集めた結果、婿の数が20人にもなる勢いで増えた、って言われる気がするわけでですねえ?? 増えた結果、言い出した人が一番焼きもち焼きだった、という20年後になっている気がするわけでー;。その頃から、先のことばっかり管上げる癖がついているのですねえ? と思うわけで。でもって、後はJUJU姐さんが、明菜ちゃんの「DESIRE」をカバーして歌っていて。1986年の曲ということで、30年も昔の歌か-、というか、もはや敵でも味方でもあからさまな「懐メロ」という気がするわけで。当時の明菜ちゃんの映像も流れましたが、まだ声も良い声をしているし、「目の力」はともかくとして、やっぱり歌は上手かったのにな-、と思うわけで。でも、ふっと気がついていたわけですが、30年も前だと、そこに座っているJUMPの兄さん達とか、まだ生まれてもいないのでは?? と思って@@。兄さん達からは、「こういう構成にすること自体が筆頭の嫌がらせ」って言われる気がするわけで@@。なんだか、毎週微妙な修羅場が繰り広げられている気がしてならないわけですがー;。でも、来週のゲストはKinKi-Kidsなので、修羅場の広げようがないかも、と思って-;。今日はなんだか、そんな一日だったわけです。

本日の日誌

今日も「お仕事」の予定はなかったのですが、現場に石掘りに出かけて。朝のうちに、工務店の人がやってきて、「明日、工事の人が入る。」とようやく言ってきて。(でも、明日の天気予報は午後から雨らしいのですがー;。)

で、その後はせっせと石掘りをしていたのですが、私の掘っていたところは、ともかく小砂利が多くて、大きな石はないのですが、掘っても掘っても小石が詰まっている感じで。そして、親がついに、土台の近くを掘り始めたのですが、土台の敷石のけっこう下側に食い込む感じで、石やゴミが詰め込まれていて。古い家には、土台の下全体に、トタンの切れ端のようなものが敷き詰められていたのですが、今回はそういう悪さをさせないように見張っていたので、そういうゴミが後から丸め込まれて埋められたようになっていて。呆れもしたわけですが、最近いろんな兄さんが「ヒゲ」を生やしてメディアに登場するので、きっとこのことをさしていて、家の土台とか(そして庭も)汚れているよ、っていうことなんだろうな、と思って。石やゴミをせっせと拾って、車を運転して家に帰ってくるまでは何とか気力も保つわけですが、ご飯を食べるとどっと疲れてしまって。

でも、木曜日だったので、「VS嵐」を楽しく見て。明日もまた気をつけて頑張らなければな、と思ったのです。

本日の日誌

昨夜、福山君のHPが更新されていて、でかいミットを左手にはめた写真が、福山君が眉を描いている写真に変えられていたわけです。1日で写真が変わるのも珍しいな、と思って。「何かあるのかな?」と思って。

で、今日の午前中は、電話線の工事があるということで、出かけたわけです。そして、工務店さんの方の工事は、被るといやなので、この時間帯だけ「入れないで下さい」とあらかじめ連絡しておいたら、「午前中だけやる」と言って、この時間帯だけ押しかけてきて。しかも、「月曜日と火曜日は駄目と言われた」とかって言っていて。こちらはそんなこと一言も言っていないのに。それで、何か邪魔をする気なんだな、とは思って。で、借り物の電話線の工事なので、あらかじめ資材の打ち合わせを断られていて、せめて引き込み金具で、使えそうなものを用意して使って貰おうと思っていたのですが、本当に使うかどうかもあやふやなものなので2個しか用意していなくて。で、その他も従前の通り、細かい部品は印を入れさせて貰っていて。たいていは、朝のうちに入れさせてもらって、「さあ工事」ということになっていたのですが、いざ本番、というときに、急に黒い引き込み金具を持ち出されて、「1個足りないから、これを使いたい。」と言われて。それで、ふいに兄さんから「黒いモノに注意」って言われて。そっかー、これのことかー、と思って。眉を描くペンも黒いし、と思って。それで、「金具はこちらで用意しますので。」と言って、いったん工事を中止してお帰り願ったわけで。そういうところは、みんな承知しているみたいに粘ったりしないわけですが。事前に打ち合わせをさせて貰っていたら、こんなことにはならなかったわけで。これも引き延ばし耕作の嫌がらせの一環なんだな、と思ったのです。