本日の日誌

本日はあちこちの「お役所」に行く必要があったので、出かけてきて。で、「現場」に行ってきたら、あちこちに赤いかわらけのかけらがたくさん埋まっていて。

昨日、鼎ってなんで3本足なんだろう? と思っていろいろと調べてみたのですが、西欧のグンデストルップの大釜(おそらく、祭祀用の大釜)なんかには足はついていないわけで、そしてなにがしかの儀式に使用して、壊したり修理したり? という形跡があるわけで。どうも、釜に足が3本ついているのは、陰陽思想で偶数が陰数(不吉な数)ということらしいのですが。でも、足がついていることには意味があると思うわけで。で、遊牧民の古い時代の鍋を調べてみますと、それは鍑(ふく)というもので、足はあったりなかったりするのですが、腹部に獣の文様が彫ってあったり、縁に鹿がついていたりして。要するに、それは肉を煮たり焼いたりするものでもあるし、中から食べられる肉が出てくるものなのだから、そもそも「獣」を模したものでもあるし、祭祀用のものは「太陽」を模している(太陽は火の塊であり、先祖の獣であり、食物の象徴だから)のだと思うわけで。古い時代の遊牧民の象徴は「豚」ですので、結局東洋の「黄帝」として、一番相応しいのは、「三本足の豚」なんだろうな、と思うわけで。それで、家の敷地の中に大量に埋まっている「赤いかわらけ」は、大国主命を焼き殺した「赤い猪」(元は土器であった鼎)のことなんだろうな、と思うわけで。要は私に「死んでしまえ」ということなのね、と思って。

で、何故か隣との境界のフェンスをやり直すのに、基礎だけ残しておけ、という電話が朝からあって。で、そのことを証書に残したい、とかって言われて。なんで、そんなことしなきゃいけないのさ? と思ったわけですが、私の方はそんな馬鹿なことをするわけない、と思っていたら、親がそうは言わずに「相談してみる」とかって言ってびっくりしてしまって@@。しかも、工務店の方からは、隣と話し合って決めろ、みたいに言われてしまって。だいたい、工事のお願いに行った時には、何も文句を言われなかったし、条件もつけられなかったのに、急にそんなことを言われると言うのは、非常に奇妙だと感じるわけで。こちらと、どういう工事をするのかの打ち合わせもできていない内から、隣に勝手にいろいろとしゃべっておいて、相手の文句を伝言みたいに言ってくるなんて、いったい誰から金を貰うつもりなのか、と思って、それもびっくりしたわけで。

で、最初相手の真意が分からず、親といろいろと話したのですが、要するに「土留め」の問題だということに気が付いて。でも、元々は土留めなんかもなかった土地ですし、段差と言ってもたいした差はないわけで(ほんの2,3cm)。軽くコンクリートの障壁みたいなものを置けばそれでいいよねえ? と思ったら、親が何を考えたのか、その上にフェンスを置けばいい、って言い出して。そんな簡単な土留めの上に、フェンスを立てても保つのか? って聞いたら、保つわけがないし、簡単な土留めでは傾くから駄目、とかって言い出して。だって、段差なんてたいしたことないわけですし、なんで家の基礎を作るような大げさな土留めを作ってわざわざ東側を重くして鉄筋なんかを入れなければいけないのか、さっぱり分からないわけで。どうも、親は土留めと、フェンスの基礎をあくまでも一緒にしなければ、と思っていて、フェンスは沓石で、土留めは土留めで別にやる、ということが頭に浮かばなかったようで。だって、東側にそんな重いものを入れては駄目でしょうに、って思うわけで。お墓でもどこでも、今まで散々痛い思いをしてきたのに、なんで? って思って。けっこうショックだったのですが。でも、結局最後には境界にフェンスを建てて、こちら側に土留めを作ったら、修復も簡単だろうし、ということになって。ともかく、敵と打ち合わせをするというのは良いのですが、こちらの方針を決めておかないと、どこで足下をすくわれるのか分からないわけですし。そして、昼寝をしていたら、土留めとフェンスは十字にしないように、って言われて。こんなに速攻で、声や夢が届くと言うことも珍しいぞ、と思ったのですが@@。これも、新大陸から来た豚さんの効力なのだろうか、と思ったのですが。新大陸というのは、他の大陸と長い間隔絶されていたので、人の生贄の習慣が非常に後世まで残されていたところであって。今もカトリックの影響が強い土地ではあるのですが、先住民の文化も色濃く残されているわけで。

で、家に帰ってきてから、「THE MUSIC DAY」の録画を少し見て。渡辺美里ちゃんの「My Revolution」を見て、そういえばこの日の主役は7番目の子だけではなくて、美里ちゃんも言われてたことを思いだして-;。だいたい、話は朋ちゃんが活動を再開した際に、あちこちの音楽の特番で小室を従えて、かつての自分のヒット曲を披露したことに遡るわけで。というか、その話にはもっと昔に遡る因縁があるわけで。朋ちゃんが体調不良で活動休止していた際に、小室が妻のKEIKOと歌番組に出て、「自分が作った曲」ということで、朋ちゃんの持ち歌をこれみよがしにKEIKOに唄わせて、それを見た朋ちゃんが、「あまりにも思いやりがなくて酷い。」と言って泣き崩れたという話があるわけで-;。でも、KEIKOが脳梗塞で倒れて、なんだかおかしなことに巻き込まれてお金がなくなって、ともかく働かなければならなくなったTKは、globeの持ち歌も忘れてしまったKEIKOと組んでお金を稼ぐわけにもいかず、朋ちゃんが活動再開する際に、朋ちゃんと一緒にお仕事する羽目になった、ということで。朋ちゃんが、TKと付き合っていた頃のことを、わりとあちこちでしゃっべった歩いたりしたので、「元彼商法」とかって割と叩かれたりしたわけですが、でも、TKの方だってビジネスとして稼がせて貰っているんだから、そっちはそっちで「元カノ商法」じゃんねえ? と思うわけで、朋ちゃんが昔みたいにTKをこれ見よがしに従えてお歌を唄っても、自分の持ち歌だけじゃなくてglobeの持ち歌を歌っても、その程度の報復なんてかわいいもんじゃんねえ? と思うあたくしはあたくしで、割といろんな人から「執念深すぎる」って言われていた気がするわけで-;。だって、「恋愛は自由」とかそんなこと言って、女の子をポイ捨てするような男は駄目だし、何年後に報復されても文句言えないでしょ、って思うったら思うんだもの、って思うわけで-;。そういう私にいろいろと言ってくるのは、朋ちゃんだけだけではなくて、美里ちゃんもご同様、ということで。

でもって、数日前に行われたテレビ東京の音楽祭では、神田沙也加ちゃんを臨時のボーカルに迎えてglobeのヒット曲「Is this love」をTKが披露した、ということで、沙也加ちゃんは昨年に競馬場のキャンペーンソングだかでTKと一緒にお仕事をしたので、そのツテがあったので、そういうことになったのかな、と思ったわけですが。でも、沙也加ちゃんもお歌は上手ですし、globeの曲も様になってるじゃーん、とテレ東が映らないので、某動画サイトでその映像を見た私は思ったわけですが。丁度、その曲は私が医局に入った頃の曲で、アメリカの砂漠だかで撮ったMVが印象的でしたねえ、って思うわけで。まあ、テレ東でお披露目したことは、まあ、妥当な範囲というか、誰が見ても安心できる構成だと思うわけで。沙也加ちゃんのボーカルも評判が良かったようですし。

でも、「THE MUSIC DAY」の方は渡辺美里ちゃんと組んでいるわけで、またまた「元カノ商法」ですねえ? 昔、どんな風に彼女のことをポイ捨てしたかは、30年経っても覚えている人は覚えていると思うのですけれども? と正直思ったわけでー;。でも、美里ちゃんは、やっと自分の番が回ってきた、ということで、自分の勝ち誇った姿を是非私に見て欲しい、とそういうご依頼があった気がするわけで。それはもう是非見させて頂かなければ、と思ったわけですが。日テレもまた下世話なことを、っていうか、そもそも潤君は嵐のコンサートの演出を手がけることで有名な人ですが、光一君も自分の舞台の演出なんかは自分でやる人であって。6番目の子というのは、細部まで細かく効果を拘って演出するけれども、7番目の子は本当に拘りたいと思う部分以外はけっこう大雑把な感がする、って思うわけで。確かに誰が「仕切っている」のかで細かな差はでますよねえ? と思うわけですが。ともかく、そういうことやらの結果の「My Revolution」だと思うわけで。最後に、「この曲がなければ、私も小室さんもいろんな人に知って貰えなかったかもしれない」と受け取れるようなことを言っていましたよねえ? それって、「今の小室があるのは、私がこの歌を唄ったおかげ」って言っているも同然ですよねえ?? って思って、「それが言いたかったのかーー」って思った人は大勢いたと思うわけですが-;。でも、美里ちゃんは小室と別れた後も、自分の力でアーティストとしての地位を確立してきた人ですし、何を言われても文句言えないよねえ? って思うわけで。彼女の行為を否定せず、「是」とする私は、彼女には好かれて貰えたわけですが、たいていの人からは30年も前のことで報復心が強すぎる、まるで復讐の女神も同然、って言われる気がするわけで-;。

そして、何だか、シカンのことを思い出せ、って言われる気がするわけで。シカンとは、現在のペルー(チリの北)にあった古代文明なわけですが、東京でやったシカン展を見に行ったことがあって。彼らの初代王はナイムラップといって、半神半人的な存在であり、人々に文明を教えた、とされるような存在なわけですが。その姿は、片手に生贄の人の生首を持ち、もう片手には首を切り落としたナイフを持っているわけで。それは、人の生き血をすする太陽神の化身であり、男性の王の姿なわけで。で、その「王」は白人で、片方の目が緑色で、もう片方が金色であるので、目はエメラルドと琥珀で現されるわけで。不思議なことに、西方では男系の悪魔の神は「青い目」で現されるのに、東アジアから東では「緑の目」で現されて、アジアでは翡翠で現されるし、新大陸ではエメラルドということになるわけで。新大陸の彼らの遠い先祖が、ベーリング海峡を越えて渡って行ったときには、すでにその身体的特徴はモンゴロイドに近い人々だったと思われるわけですが、でも、実際に何千年もの間、白人というものを見たことがなくても、自分達の遠い先祖が「緑と金色の目」を持っていたことを彼らはなんで覚えているのだろう? と思って。人々は、「青と金の目」を持つ女神に、「その目の持つ性質を恐れるのか。人が本能の奥底で冷酷さと残虐さを持っているのであれば、それを表に出すことは狂気と呼ぶべきなのか? それこそが人間としてのあるべき姿なのではないのか?」と問うらしいのですが。さあ、私もそこまでのことに答えられる器量はあるんだか、ないんだか? と思うわけですが。人はそれぞれに個々に平等であり、尊重されるべき存在、ってそう習ってきたし、そう思うし、生贄なんて駄目でしょ、と思う。でも、大学時代に留年させられたことは忘れられないし、2番目の子の事もどこかにわだかまりは残る。その結果、どうしても会ったことのある1番目の子と2番目の子には、どこか冷めた気持ちがあって、会ったことのない兄さん達に好意を持つことは、それは自分でも止められないことだし、別にこれみよがしな報復とかするつもりはないわけですが、いろいろなわだかまりの結果、一族郎党が決めた婿を蹴飛ばして、蛇の兄さんと結婚したら、それこそが「これみよがしな行為」って言われても、自分でもどうにもならないわけで-;。それを「復讐」と呼ぶのであれば、言わば言え、私もまた朋ちゃんや美里ちゃんのように、そうせずにはいられないだけだから、って思うわけですが。どうも、そういう冷酷で復讐心の強いところに、メソアメリカとラテンアメリカの人々は心を惹かれている、何故ならその辺りには、何故冷酷に人を生贄に捧げてはいけないのか、心の奥底から理解も納得もできない人が大勢いるから、って言われる気がするわけで-;。それもどうなの? って思うわけですが、蛇の兄さんからは「自分はなまじっか医学部に受かるような脳みそを持って無くて良かった」って言われるくらいだから、私も人から見れば復讐心の強い人なのかもしれませんが-;。でも、自分ではそれが当然って気がするので、本当の自分の本性というものは、他の人とどう違うのか、自分ではけっこう分かりにくいものなのかもしれませんが。まあ、でも美里ちゃんの一言はけっこう強烈であったよね? と思うわけで。だいたい、TKの今までの業績のVTRとか見てると、いろいろと言ってくる人が多すぎる。誰とは言わないけど、「その人に処女を捧げたのにー」って言って文句言っている人もいた気がするのですけれども?? と思うわけで-;。まあ、美里ちゃんは良かったよね、とそういうことで-;。

でもって、「敵が定めた黄帝とは誰?」って聞かれる気がするわけで。それは、男とも女ともつかなくて、強烈な言霊を持っていて、頭が真っ黄色な人って言われる気がするわけで@@。そういえば、美輪明宏とかっていう人がどっかにいたかも? って思ったわけですが。なんだか、毎日いろんなことがある、ということで。