本日の日誌

昨日は、先週の「少年倶楽部プレミアム」を見て。JUMPがゲストに出ることは、あらかじめ知っていましたし、出るんだったら新曲のプロモーションとかなんだろうな、と思ったので、チェックもしておきたかったのですけれども、忙しくてなかなか見る暇がなくて。12番目の子は、筆頭の子に次いで「秋波」を送るのが得意、ということで、「女心」が全部筆頭の子に持って行かれないように、せっせと秋波を送れ、っていろんなところから言われたらしいのですがー;。確かに、その人を見るとドキドキするんだー、とは思うわけで。JUMPの新曲も、若者らしい夏と大陽の歌、という感じであって。確かに12番目の子は、若くても「目の力」が強いですし、番組内でもJUMPの兄さん達は「メンバーの仲が良すぎる」みたいに言われていましたけれども、あの団結力というか一体感はすごいな、と思うわけで。

で、見終わった後もいろんな動画を見ていて。たまたま福山君の稲佐山のライブの動画を見ていたら、お客さんたちからは、蛇の兄さんを捨てて、6番目の子に走るんじゃないか、って心配してるって言われた気がするわけで@@。兄さんも、「自分もヒステリーを起こして『自分を捨てたら許さない』とかって言ってみたい」って微妙なことを言ってくるわけで-;。兄さんは、そういうことを言う前に人のことを締め上げるでしょうがーー、と思うわけですが-;。兄さんを応援している人達は、表向きの世間の概念からいえば、私と年回りの丁度良いのは蛇の兄さんなんだから、兄さんのことを「じいさん」と呼んで虐める6番目の子はちょっと酷い、って言ってくる人が多かった気がするわけで-;。

で、要するに「夫」が大勢居るのは、「舎人」の制度みたいなものって割といろんな人から言われる気がするわけで。古代の王族の有力な子弟というのは、必ずしも100%親の手元で育つわけではなくて、乳母とかつくわけで。「部民」と言って、親王や内親王を養育する豪族達はそれぞれに定められていたわけで、彼らの領地から上がる収入が親王や内親王の収入になるし、乳母は母親よりも重要な役割を果たすし、乳兄弟は生涯にわたる側近となる、ということで。そうやって、「部民」の中から王族の最側近といえる「舎人」が選ばれるわけで、「有力な王族とその舎人集団」は一つの勢力を形成するわけで。だから、政治的には親とか兄弟とか肉親であるとかそういう人達よりも、舎人集団との繋がりが強くなるし、そういう形態であることが「王」の親政を可能にする、ということで。王が即位して旧態のしがらみを離れ、独自の政策を行うために、そういう形態は必要、ということで、有能な王に、有能な舎人集団が就くことが望ましい、とされているらしいのですが。そうやって即位した王は、蛙の王家の出の人であっても、蛙の王家とも富の王家とも一線を画して、独立した独自の勢力を持って独自の政を行える。だから、西方の人々から、「受け取れるだけの「目の力」があれば、自分達の神サマの名前も貰って欲しい」と言われれば貰うこともできる、ということらしくて。可能であれば、蛙の人たちだけの神サマである必要はない、ということらしいのですが。だから、誰が筆頭で、どのような姿勢で「政治」の取り組むのかが重要、って言われる気がするのですが。ともかく、「夫」っていうのは、自分が無防備にぐーぐー寝てる時でも、側に置いておいて大丈夫、って言えるくらい信頼できる側近ってことなんだよね、と思うわけですが。

でもって、5月1日にちょこっとお出かけしたのですが、あちこちでメーデーの行事をやっていて。ちょっと前までは「労働者の日」みたいな扱いであったメーデーですが、最近では催し物をやる日? みたいな感じにもなっているようで、なんだか地元の人達の音楽祭をやっていて。で、そこでフラダンスを踊っている人達をたまたま見かけたのですが、みんな真っ黒なドレスを着ていて@@。フラダンスでなんで黒いドレス? って思ったわけで。まるで「呪いの祭典」みたいに見えるわけで。でも、そもそも、「メーデー」なんで言い方を嫌う人が多いわけで、英語的には「メイデイ(5月の日)」と呼ぶべき、って言う人が多いわけで。そして、メイデイが本来、どういう祭祀であるのかを思い出せ、って言われる気がするわけで。

メイデイというのは、そもそもヨーロッパで古くから行われている、春祭り? というか、正式には「冬が終わって、夏の季節が始まる境界の日の祭祀」であって。人々はメイポールという柱を建てて、その周囲で一日中踊るわけで、それはメイポールを男根に見立てた神々の婚姻の祭祀であって、夏の季節がもたらす豊穣を予祝する祭り、ということで。で、夜には大規模なかがり火を炊いて、更に祭りの熱狂は高まるわけで。結婚前の若い男女にとっても、この祭祀は神の婚姻にあやかった結婚と恋の祭祀、ということらしいのですが。で、表向きは、これは名前の通り、メイとかマイアという女神に捧げられた祭り、と言われているわけですが、だいたいそういう「女神」はキリスト教以前の神々であるので、現代では消え失せてしまっていて、豊穣の女神であるけれども、どういう女神であるのかが良く分からない、ということになっているわけで。

で、その本質を知るために、一番資料が充実しているのがケルトの人々のベルテーン祭であって。ケルトの5月祭は、ベレヌスとベリサマという夫婦神に捧げられたもので、ベルテーンというのは「ベルの日」という意味であって、夫神のベレヌスは「光・火・治癒をつかさどる神」であり、妻神のベリサマは「夏の輝き」という意味らしくて。夜には人々は火の神のために大きなかがり火をたくわけです。で、これはヨーロッパというか、印欧語族に広くみられる「火」に対する信仰の一部だと思うわけで。大陽が弱っていた冬が終わって、夏の到来を祝う祭りは大陽の祭りでもあるわけですから、彼らが述べている「火」とは「日」のことでもあるし、「光」のことでもあるわけです。

でも、西方の狩猟民の「太陽」とは、弱っている冬の間に多くの生き物の命を奪って喰らい尽くす「太陽」でもあるので、太陽そのものが死に神であるわけで。だから、ベルテーン祭には当然、太陽の再生のための生贄も捧げられたはずであって。カエサルはガリア戦記の中で、大勢の人々が大きな網細工の像の中に押し込められて焼き殺される祭祀が行われていると、記述しているわけで。おそらく、ヨーロッパの「火祭り」とは、彼らの太陽神のために生贄を焼き殺す祭りであったと思われるわけで。そして、「男根」を象徴する「柱」は、男根の象徴でもあるかもしれませんけれども、それは蛇の兄さんの述べるところの「首掛け柱」でもあるのでしょ? と思うわけで。ということで、そもそも「メイデイ」というのは、狩猟民における「太陽神の再生の祭祀」であって、広い範囲で犠牲の首を掲げる柱が建てられるわけですが、ヨーロッパでは特に「大陽=火」という概念が強くて、首掛け柱も建てるけれども、生贄を火で焼き殺すことも盛んということのようで@@。でもって、ヨーロッパでは、求婚の際に柱を建てる民俗学的風習もあったように思うのですけれども? と言いましたら、それは獲物の首を掛ける柱のことだから、より大きな獲物を狩り出してくる求婚者こそが、家族をちゃんと養える一人前の猟師ってことだからでしょ、取ってきた獲物が結納のお品でしょ、って言われる気がするわけで@@。要するに、でかい獲物(結納品)を持ってくる人と結婚した方がいいよ、ってそういう風習なんだ、それ? って思うわけで@@。

でもって、いろんな動画を見ていたら、ふいに「BABY METAL」の姉さん達に、曲を買って欲しい、って言われていたことを思いだして。MVを見て見たら、「我らは真のウェスタの巫女」って言われた気がするわけで@@。Perfumeの姉さん達がディアーヌの巫女なら、こちらはウェスタの巫女なのですか? と思ったわけで@@。姉さん達からはローマの「母系の文化」の象徴である「ウェスタ」の名前を貰って欲しい、って言われた気がするわけで。そして、自分達がそう述べたら、私のケルトの神官長は何と言うか? と尋ねられた気がするわけですが。あなた達の行動を、私の筆頭が承知しているのであれば、利兄さんも否とは言わないと思いますけど? と思ったわけで。そして、アルファ・ロメオ社のことを持ち出された気がするわけで、「アルファ・ロメオ」とはそもそも「ローマの始め」という意味だけれども、「ローマの始め」とは何か、と聞かれる気がするわけで。ローマという都市はロームルスという人が作ったという伝承があって。ロームルスの母親は、ウェスタの巫女であり、父親は軍神マールスであったと言われているわけで。で、ロームルスとレムスの双子はわけあって母親の元では育てられず、狼(月の女神ディアーヌの化身)の乳を飲んで育ち、長じて優れた人物であった方のロームルスがレムスを殺して、ローマを建国したと言われていて。要するに、この父親が誰なのかはっきりしない双子は、太陽女神ウェスタの子供で、月の女神に養育された、ということだから、「ローマの始まり」とは、母系重視の文化から始まっていて、その始めは「太陽女神のウェスタと月の女神ディアーヌ」って言われる気がするわけで。西方式の母系社会だから、そもそも社会的な「父親」なんてものは存在しないわけで、男性はすべからく「種馬」も同然なわけで、必要最小限な分しかいらないわけで><。そして、要するに5月祭とは、「余計な人員を生贄として間引く祭り」って言われる気がするわけで@@。狩猟採集の時代の「夏」だから、夏は狩りの獲物が繁殖する季節ではあるけれども、無制限にそれを狩って食べてしまったら、次の年の獲物が無くなってしまうわけで。要するに、人間でも動物でも、繁殖のパートナーにあぶれたものを「片付けて」しまうのであれば、種族の存亡には関わらないので、年取ってパートナーを得られない雄、若すぎて力がなくパートナーを得られない雄が、狩りの獲物の対象、ということのようで。それで、「森の王」と定められても、年をとってより力の強い男性が現れると死ななければならないネミの森の祭祀の王とか、諏訪大社に纏わる「1年神主」の伝承とかを思い出したわけで。狩猟民の母系社会は、男性を「余計な食べる口」とみなすから、必要最小限しかおかないためにそういう制度になっているわけで。だから、「夫」とか「王」も常に「一人」であって、複数ではないんだ、ということに気が付かされるわけで。ローマにおけるウェスタは「竈の火の女神」とされていますけれども、その神の古い本質は狩猟民の「太陽女神」だし、死神であるわけで。ユーピテルなんていうのは、そもそも一地方の小さな神に過ぎなくて、男系の思想の台頭と共に台頭した神であるので、本来のローマの根源的な女神とはウェスタのことであって、名前から見て、それがケルトのベレヌス&ベリサマに相当する女神でもあるわけで。ヨーロッパでは「火祭り」としての性質が強いわけですが、「柱立て」の祭祀は、死神である太陽の再生を讃える祭祀だし、そこで神に多くの犠牲を捧げるからこそ、夏に神が再生すると考えられていたわけで。だから、太陽神の祭祀でも、みんな死神の象徴である黒い服を着てるのですねえ? と思うわけで。気味の悪い祭祀ではあるわけですが、でもそれも一応「季節の循環」が正しく行われるように、と祈る祭祀であるわけで。季節がつつがなく回っていってくれないと、みんな食べるのに困ってしまうわけで。

で、自分だけが永遠であればそれで良い、という男系ローマの歪んだ思想の人々は、ウェイスタの祭祀を悪用してる、って言われる気がするわけで。要するにビニールのごみで、そのまま燃やすと燃えにくい上に有害物質を出すモノとか、生ゴミとか、古いさびた釘で燃えないものとか、そういうものを無理矢理燃やして、汚い灰を人の家に入れていくのは、火の祭祀によって季節の循環を正しくしていこうという流れを穢して、太陽神が正しく再生されないようにする呪い、って言われる気がするわけで。要するに、うちに汚い灰ばっかり入れていくのは、ローマが悪用している「ウェスタの祭祀」ってことなのですねえ? と思うわけで。だから、御柱祭が春のこの時期に行われることもけっして偶然ではなくて、それが元は、狩猟民の太陽神に対する犠牲祭だってことをみんな知っていてやっているんだなあ、と思って。

でもって、外の世界では誰でも多かれ少なかれローマと関わりをもって生きているわけだし、当人が望まなくてもローマから一定の役割を押しつけられていた人もいるということで。「月」の付く曜日のドラマの視聴率が低すぎて、月9の枠そのものが風前の灯火みたいな感じであることは、古きローマの象徴であった神の権威の低下を示し、「日」の付く曜日のドラマの視聴率がトップを独走中というのは、「日」つく神の台頭を示しているし、季節が冬から夏へと切り替わるこの時期に、そういう現象が起きるのはけっして偶然ではないって言われる気がするわけで。外で起きる事、特にドラマなんてのは完全に作り物なわけだから、作りたい物を作りたい放題なもの、って言われる気がするわけで。ローマの立てた古き太陽神であるキリストの権威は低下して、季節は北欧の人々がバルドルの名前を与えて大きな期待をかけている若き神の時代に入れ替わりつつある、ということらしくて。今年の5月祭は我が家の再生と、筆頭の子のための祭祀、って言われる気がするわけですが。でも、私は基本的には農耕民の女神なんだから、狩猟民のやり方は関係ないのではないの? とも思うわけですが、家の中にいるだけならそれで良くても、外には敵でも味方でも狩猟民の人々が大勢いるわけだから、家をどのように再生するのかは、狩猟民の人々の支持をどれだけ集められるかにもよる、って言われる気がするわけで@@。だから、外はその人達の理論によって動くし、それを読み取るためにも、自分とは関係ないと思っても彼らの文化を知ることは必要、って言われるわけで。特にその人達の「神サマ」の名前を貰うからには、理解していなければならないことは一杯あるようで。そして、神官長家の秘蔵っ子の大姥サマは置いておいても、そのバルドルの兄さんはいろんな人から、「ただ今、絶賛暴走中」って言われる気がするわけで@@。年配の兄さん達からは、「なんだかんだ言って亀の子に焼きもちを焼くのは、その人が若くていい男だから」って野次られてる気がするわけですが@@。

でもって、昨日は親から相葉君の件について、私がねじ曲げて解釈してる、とか言われてしまったわけで-;。別にそんなことはないよ、っていうか、親の言ったことで周りからいろいろと言われるのは私なわけだからー;。だいたい、「夫」がどうの、という問題は私自身にも半信半疑のところがあるので、大抵の兄さん達は「時間が解決する問題」って言って、それほど重要視はしていないわけで。私としても、その人達の言うことにできるだけ従って家を建てているわけだから、「夫だから」って言われる部分だけ強硬に否定しても仕方ないし? っていう感じな気分なわけで。でも、私はあんまり同族のお婿さんは好きにならないで、割と好むのは蛇の目をした「目の力」の強い人、ということで、しかも外の人達の神サマの名前なんかもいろいろと貰うので、危機感を感じているのは総本家だと思うわけで。少しでも同族の「婿」を売り込みたくてじたばたして夢を送り込んできて、じたばたしたり、いろいろと言ってくるのは裏山に住んでいる人達だから、文句があったらそっちに言って、って、むしろ私としてはそういう気分なわけで。相葉君の立場は、あくまでも1番目の子の代理人であるので、その人が一番のごひいきっていうことになるとしのごの言われるんですの、ということで。蛇の兄さんは、そういうことを総本家がいちいちうるさく言ってくるのは、うちの親に対するいわゆる「嫁いびり」だって日記に書いてやれ、って言ってくるわけですがー;。それも言い過ぎると4番目の子が泣くしなー、と思うわけで-;。私だってあんまり好き勝手にいろいろ言うと、あちこちから怒られてしまうわけだから-;。

で、なんだかんだ言って、結果的にウェスタ信仰の姉さん達の曲と、ディアーヌ信仰の姉さん達の曲を「契約」のために買うことになったわけで。そうやって支払う「お金」が、私がその名前を正式に得るために捧げる「犠牲」だし、その犠牲を高いと思うか、安いと思うかはこれからの私の生き方次第、って姉さん達に言われる気がするわけで。おかげで、JUMPの真剣SUNSHINEを買う余裕がなくなったのですけれども? と思うわけですが-;。そして、昨夜はなんだかまた夢を見て。自分があんまり綺麗で無い部屋に住んでいて、外に働きに行こうとしたら、空一杯に警告の飛行機が飛んでいた、という夢で。名にはともあれ、話がうまく進んでいればいいなあ、とは思ったのですが-;。