昨夜は特に夢も見ず。で、本日も「お休み」だったため、せっせと動画を見たり、本を読んだりしていたわけで。で、注文していたコーキング材も届いて。業務用のコーキング材は使うためにガンが必要なのですが、それがないことに気が付いて。それもまた注文して。そして、将来的にも家の補修は必要な時には、何を使ったら良いのか知っておいた方がいいから、釘とか接着剤とか、余ったらとっとくといいよ、って言われる気がして。
本の方は、カレワラも読み終わったので、「ベオウルフ」の簡易版を読んでいるわけで。「ベオウルフ」はゲルマン民族の伝統的な英雄叙事詩を基盤にした英雄物語ではあるのですけれども、成立が8世紀から9世紀にかけて、ということで(日本で言うと、平安時代初期)、その頃にはヨーロッパにずいぶんとキリスト教がはびこっていたわけですから、内容にキリスト教の影響がかなり見られるわけです。例えば、異教時代には、英雄はオーディンとかの神々の恩寵を得て戦うわけですが、ベオウルフの中ではキリスト教の神の名の元に戦いますし、敵も単なる異形の化け物(トロル)というだけでなくて、はっきりと「キリストの敵の異教徒」って書かれるわけで。古い時代の狩猟民の「外敵に対して勇敢であれ」という精神を、「キリストの敵に対して勇敢であれ」という風にすり替えているわけで。キリスト教の伝統的な精神の奥底にある「異教」というものに対する嫌悪感とか憎悪感というものは、こうやって彼らの文化に巧妙な「刷り込み」を長い間行ってきて形成されたものなんだな、と思って。
で、親の方は「三銃士」を読んでいるらしいのですが。リシュリューがルイ13世とアンヌ王妃の中を巧みに裂いて、権力を牛耳っている様を卑劣だと思ったらしいのですが。でも、西方の人達は、すべからくそんなところがあって、王様に実力が無いと思えば、王権を簒奪するか、リシュリューがやったように「保護」の名目で傀儡と化す、ということで、それが西方の「実力主義」の結果でもあるので、同盟を結んだからといって、西の方の人を100%信頼してはいけない、とは言われるわけですが。リシュリューとその後継者であるマゼランは、政治家としてはフランスを反映に導いた「名宰相」と言われる部類の人達なのですが。(でも、マゼランは坊主のくせにアンヌ王妃の愛人でもあったわけで)でも、リシュリューとマゼランが蓄えた富は、ルイ14世の親政からを経て、アメリカ革命への資金援助などで使い果たされ、挙げ句フランス革命が起こって、フランスとアメリカは、共にイエズス会が姿を変えた「フリーメーソン」とか、そういったものの「草刈り場」と化してしまうし、それこそが敵のやり方、ということで。1つの国を豊かにして富ませるのは、いずれそれを「刈りとるため」って言われる気がするわけで@@。で、今日は「VS嵐」があったので、見たわけで。最近の潤君は、なんだか優しい目をしていると、いつも思うのですが。また明日も頑張れればと思います。