本日の日誌

で、昨夜は家に帰ってからいろいろと問題があったわけで。テンキーとかで暗証番号が設定できて、かつ鍵の管理も厳重なはずの家の裏口が、昼間開けられていたらしくて。親が、「暗証番号を変えなきゃ」って言ったわけですが、なにせそういうことは滅多にないもので、取扱説明書がすぐに見つからなくて-;。むき出しではなくて、どこかの引き出しにしまったはずなのですが、それが見当たらなくて。もしかしたら「盗まれた?」っていう感じであって。で、昨夜はその問題が解決せず。裏口は、開かないように内側からごくアナログな戸締まりをして寝たわけで。朝、起きてから見に行ってみましたが、少なくとも今朝は開けられていませんでしたよ、ということで。

で、昨日は金物の処理をしようと思って、いくつか持って来たわけですが、どうも筋かいの金物のことが良く分からないので、持って来た品物を検索して調べてみましたら、「新日鉄住金」の素材で作った品物が2点ほど紛れ込んでいることが分かって。あの社長のことだから、全部良いお品を入れるような人ではない、と思っていて。でも、どこに罠があるのかも良く分からないわけで。で、「これだー」と思って、1点は代替の品物がすぐに見つかったわけですが、もう1点の方が良く分からないわけで。筋交い関連の金物は、耐震設計とか、構造設計みたいなものと大きく関わりがあって、どの柱にどの荷重まで耐えられる金物を入れなければならないか、みたいなことが決まっているらしくて。で、それぞれに、「へ」とか「は」とかって指定があって。要するに、「へ」に指定された柱には、「へ」以上の荷重に耐えられる金物を使わなければならない、ということで。で、その指定は計算でするわけですが、大工さんにどうやって指示を出すかというと、設計図を描いて渡すわけで、良く見ると、そこに必要な荷重も書き込まれていて。「それ見てやるんだー」って始めて分かったわけですが、それと同時に、筋交い用の金物というのは、筋交いを入れる向きによって入れられるものと入れられないものがあって。筋交いが金物をつける位置を邪魔するように入る部分には、その金物は使用できないから、使用できるものを選択しなければならないわけであって。そういうことの設計と計算がちょっとややこしいので、それでそこの金物にはみんなあまりうるさく言わない方針だったんだなー、って設計図を見て理解して始めて分かったわけで。だから、工務店側が用意したものは使わなければならないものも出てくるかもしれないし、そういうことを最初から私が計算することはほぼ不可能だし、だから、指定されたメーカーだけ遵守して、ってそういう大雑把なことをまず言っていたんだな、と思ったわけで。でも、気味悪い品物はできるだけ入れたくないですし、変えられるものはできるだけ変えてみようかな、と思ったわけで。

で、寝ようと思った時に、某悪口掲示板を覗いてみたら、ネットのどこかに、30日の福山君のライブに、彼の新しい家族ご一同様が来ていて、最前列にいたのを、友達の友達だかが見た、とかっていう伝言ゲームみたいな書き込みがあったらしくて、ちょっと話題になっていて。流石に、そんなことはしないでしょ、っていうか、したとしても何か理由があるでしょ、って思うわけで。そんなことをぼーっと考えながら、筋交いのことを調べていたら、ごく珍しいことに福山君とこのTwitterに、「デマが出回っている」みたいな、ご当人からの書き込みがあって。楽日を前にして、せっかく盛り上がっているツアーに水を差すようなデマを流されてお気の毒、と思ったのですが。でも、31日を目前にして、家の鍵が外されていたりとか、こういうデマが流されるっていうのは、31日に、しっかりテレビに専念するのを妨害しているんだろうなあ、と思ったわけで;。昼間、床下の釘をチェックしている時に通っていた妨害工作の車も凄かったですし、できるだけ味方に近づこうとすると、いやがらせも凄いんだー、って思うわけで;。

で、夜はぐっすりと眠ってしまって、特に夢も見ず。で、どうも床下に36mmの内部胴縁が入っていることが、数日前から気になっていたわけで。で、36という数字は「弥勒」のことですよねえ? と思うわけで。素材は桧だと思うので悪くないのですが、「36」の数字が気になるわけで。で、「どうしましょう?」って皆さまにお聞きしましたら、藤原の12x12mmのタッカーを1本につき、1個ずつ打ち込んでおけば、って言われる気がするわけで。グノーシス主義者とローマ教会は、元々は同じ「原始キリスト教団」から発生したもので、「一卵性双生児」も同然であり、使う数字も「同じ」ということで。「弥勒」はローマ教会が隠れ蓑に使うアイテムですが、グノーシス主義の人達もそういうところは「ご同様」であって。そして、そもそも東洋への布教は、ローマ教会よりも、現在のトルコのエフェソスを中心にしていたマグダラのマリアの教団が先駆けていたもの、って言われる気がするわけで@@。それは、要するに「弥勒信仰」にも、ローマ教会のものと、グノーシス主義のものと2種類あって、現在のところ、グノーシス主義の弥勒信仰は「お味方」ということなんですよねえ? と思うわけで。で、具体的に言えば、秦氏の創建した広隆寺の弥勒菩薩半跏像はローマ的な「弥勒」であって、尼寺である中宮寺の菩薩半迦像はグノーシス的な「弥勒」ということですよねえ? と思うわけで。中宮寺は聖徳太子の母である穴穂部間人皇女の宮殿を寺としたもの、と伝えられていますから、いわゆる「太子信仰」で聖徳太子がイエス・キリストに準えられているのであれば、その母の間人皇后は聖母マリアに準えられる存在ということで。中宮寺の弥勒像には、神話的にイエス・キリストの母であり、妻である「マリア」の姿が投影されている、って言われる気がするわけで。禁欲的な生活を旨として、一族郎党だけで慎ましく暮らしていた上宮王家は、まさに「グノーシス主義の王家」ということで。彼らの理想の「救世主」とは、女性であり、イシス女神の名を持っていた「マグダラのマリア」のこと、って言われる気がするわけで。だから、床下の「36」の呪いには、グノーシス主義の針を打ち込んで、グノーシス主義の「弥勒」に変えてしまいましょう、って言われる気がするわけで。どうも、桧のまま「10」とかの数字を入れると、「お猿のベス」の力が強くなるようで。で、12×12のタッカーの針を打ち込むと、床下に通している「気」が天使のような気に変わるらしいのですが@@。

で、昨夜は引き続き、筋かい関連の金物の「お勉強」をしてから寝て、疲れていたので特に夢は見ず。で、朝方「ふっ」と目が覚めて、12x12mmの針と言うことは、全長が「36mm」って言われた気がするわけで@@。「それって使っていいの?;;」と思って。床下のものは自力でも取れるかもしれないけれども、これから屋根に使う予定なのですけれども?? と思ったわけで;;。でも、そうすると、いろんな人から、「あれはグノーシスの36だから、使うべき。」って言われる気がするわけで。敵の入れた「36」には、味方の「36」で対抗するべき、って言われる気がするわけですが、本当にそれでいいの? って思うわけで-;。蛇の兄さんからは、あのくらいあざとい物を入れておかないと、私自身の「十字」の目が開かない。針を抜いたら、額にようやく現れた「十字」の刻印が消えちゃうから、抜いちゃ駄目って言われる気がするわけで@@。じゃあ、予定通りに使わせて頂きますとも? とは思ったわけですが。あーやちゃんからも、「柱の太さが12cmでも、外周が48とは言わないでしょ。それと同じで1辺の長さが大事。」って言われる気がするわけで。7番目の子からは、「後はこちらに任せると思って、黙って使っとけばええねん。」って言われる気がするわけですが@@。そんなにみんなが言うなら使うよ、っていうか、あれはごく便利なアイテムだから、あちこちに使えって言われる気がするわけで@@。だいたい、構造用の金物とかは、必要な部分に必要な数を入れるしかないものだから、補正用にはあの針を使えって言われる気がするわけで。垂木止め辺りから、そうすると良いよ、って言われる気がするわけですが。

でもって、起きてからは「今日は大晦日だから、脳みそを豆腐にしてのんびりして下さい。」って言われる気がするわけで-;。でもまあ、あんまりのんびりもしていない気がするわけでーー;。蛇の兄さんからはカウコンを見てねって言われるし、6番目の子からは、少しでもいいから紅白を見て下さい、って言われる気がするわけで。なんだかんだ言って、あまりのんびりとはしていません。年が明けたら、工務店さんに送るFaxも準備しなければならないし、ということで。いろいろと辛辣で、具体的な文章を書けたら良いな、とは思うのですが。で、朝、ちょっと嵐の動画を見ていたら、ふっと自分の枕元にあった引き出しが気になって。4番目の子から、「あそこの中を見てみたら?」って言われて。で、見て見たら、家の鍵の取り扱い説明書がそこにあったわけで@@。私よりも家のことを知っている人がいるかもーー;、と思ったのですが。でも、そのおかげで暗証番号も変更できましたし、家の鍵対策もより厳重になった、ということで。そして、そういえば今日はとても静かだったと思うのです。だから、鍵のこともタッカーのことも、今のところは良いのかな、と思ったわけで。兄さんは「昨夜のことを気にしないでいてくれてうれしい。」って言ってくれる気がするわけで。心労は続いても、穏やかな一日だったわけです。

あう

なんだか、兄さんが気の毒なことになっている;。まあ、毎回対応する必要はないともいますが、私生活を人前にさらして、ファンの皆さまの夢を壊すようなことは絶対にしません、とかって言いたければ言えば? とか、なんとなく思ってしまうわけですが;;。(っていうか、こういうことを聞くと、言うことは言うけど、マリーザを平気で連れ歩いていた誰かを思い出すわけで-;。なんだか、いろんな意味で気の毒かと-;。)

でもって

接合金物とかは、専門的になってくればくるほど、必要な場所以外に入れる場所がなくなってくるものでもあるので、使用する数はそれほど問題にせず、「補正」には、例のタッカーの「針」を使いなさい。力関係としては、藤原>タナカだから、って言われる気がするわけですが@@。要するに、それぞれの部屋の柱とかどこかに、あれを打っとけばそれでおkとか、そういうこと? って思ったわけで。

そういえば、今日釘を打ち直していて思ったのですが、あのタッカーの刃って相当重厚な「呪物」ですし、10mmの針を入れると清冽な気が流れるのに、あれを入れると「魔の力」を押さえるような気が流れる気がするわけで。グノーシス系の人々が使う「目の力」ってすごいな、と思ったのですが。なんだか、あれをたくさん入れると、自分の額に「十字型の目」が開く気がするわけで。で、帰りに紀香姉さんが降臨してきて、「ケルトの神官階級はドルイドと言いますが、グノーシス主義では何て言うか分かりますか?」って聞かれたわけで。「ええと、カトリックとかだとそれは神父とか、枢機卿とか法王とかって言いますけれどもねえ?」って思いましたら、「『使徒教父』って言葉があるでしょう?」って言われたわけで。それは、イエス・キリストの直接の弟子が「使徒」で、「教父」というのはその次の世代の弟子のこと、って思ったわけですが。だから、グノーシス主義では、「教父」とか「教母」って言うんですよ、って言われた気がするわけで@@。藤原氏というのは、「教父」とか「教母」を大勢排出する家系なのだと思うのですが。でもって、姉さんは家までついてきて、「法王の厳重な結界の中に、始めて『見る力』を送り込むことができた」って言って喜んでいた気がするわけで。金属に紛れていた「呪い」を見抜くことができたのは、また新たな「力」を得たせい? と思ったのですが。

まあ、ともかく何でも、これで悪夢を見る回数が減ってくれればいいな、と思うわけで。何かをやってしまった後に、悪夢にうなされるのは、私もとっても嫌なわけですので;;。そして、いろんな動画を見ていて、嵐の動画を見たときに、最近の翔君はちょっと「目の力」を使いすぎてる気がしたのを思い出したわけで。無理しちゃ駄目ですよう、と思うのですが。でも、ご当人は「今頑張らないで、いつ頑張るの?」って本当に言いそうな気がして。毎日、いろんなことは思うわけです。これからもいろいろと気は抜けないな-、と思うわけで。また、工務店さんの従業員のおじさんとかに思い切り嫌みを言われそうな気がするのですが-;。

嫌な名前発見

昨日は、いろいろとあってとても疲れてしまって。で、電気毛布のスイッチを入れるのが遅かったので、寝る時間になってももう少し待って、コタツで30分くらいうたた寝してから寝ようと思ったわけです。で、電気を消した直後に消防車が通って行って。「なんだろう?」と思いながら横になったら、ふいに木村君が降臨してきて、「石巻の合板の切れ端は余っていますか?」って聞かれたわけで@@。そっかー、それも細かいものを隙間に押し込んで、よろしくない数の調整をするつもりですね? と思ったわけで。そして、そういえば断熱材も調整した方がいい場所があったかも、って思い出したわけで。たぶん、これから先、どうしても数を揃えられないところとか出てくるのだろう、とは思うのですが、でも、できる場所は整えたり、補正しておいたりした方がいいんだろうな、と思ったわけで。やっと、みんなそういう細かい所まで教えてくれられる余裕が出たんだな、と思って。床下の釘も、早々にやり直させて良かったな、と思ったのですが。

ということで、本日は床下に潜って、ちゃんと打ち直されているかどうか確認しに行ったわけで。そうしたら、2カ所直してなくて、絶対に「わざとだーー;」と思ったのですが。という感じで床下を這い回って。で、帰り際に断熱材を補正してきたのですが、良く考えたら張り付けているだけではそのうちに落ちてしまうかもしれないので、次に行ったときには、どこかに釘で打ち付けて来ようか? とか思ったのですが。

で、帰る途中で、そういえば明日で福山君の年末の「大感謝祭」も楽日、ってなんとなく思い出して。で、カーステレオで、女の子の曲がかかったら、誰かが「うっ」って言って嫌がってるので、「ん?」と思って時計を見たら5時であって。「あー、開演時間だ-、兄さんごめん;」って思ったのですが。こういう時は、他人の曲を聴くよりは、福山君の曲を聴いていた方がなんぼかマシ、ということで、「福の音」に切り替えて帰ってきたわけで。

で、家に帰って、持ち帰ってきた接合金物を調べたら、タナカの製品でも、素材は新日鉄住金製の「スーパーダイマ」っていうものっていうのが2個あって。「スーパーダイマ」って「すごく大きな魔」って意味だよねえ? というか、それこそスーパーにえぐいネーミングセンスだ;;、と思ったのですが-;。でも、そういうものを外して他に代替できる金物があるか否かも良く分からないわけでーー;。一応今まで入った金物も調べてみたのですが、座金とか羽子板とか、金色の金物については、問題がなさげであって。垂木止めも大丈夫であって。たぶん、やばいのは接合金物だけ、って思って、あちこち調べて、代替物がありそうなものは、「それでどうでしょうか?」みたいなFaxを新年早々に送らなければ、と思ったのですが。兄さん方からは、「そこまで専門的な金物ことには気が回らないし、分からないだろうから、それは家に入ってもこちらで処理することにして、放っておこうと思ってた。」って言われたわけですが@@。別にいいですよ、それでヘリとか飛行機とか消防車がじゃんじゃん出なければ、って思うわけで;;。出る度に心労で疲弊しちゃうのはこちらなので。あの社長が何の罠も仕掛けずに、快く我が家に良い金物を入れてくれるつもりなんかありそうもないわけで-;。一応交渉はしてみようと思います。もう泣きそうです;;。

本日の日誌

朝方夢を見て。まだ自分が大学生で、体育の授業がある日に、どうしても起きられなくて、親に頼んで起こして貰おうとしても、「自分で何とかしろ」みたいに言われてしまって。困っていたら、翔君が現れて、成績表を渡してくれて、それを見たら休んだのが2回くらいになっていて、単位も取れていて。そして、「みんな待っているんだから、留年するのは1回で充分。」って言われて、床下の設計図を渡されて。「代返してくれたんだ、うれしー。」と思ったわけですが、そうしたら「スイッチ・オン」って言われて目が覚めて。で、目が覚めたら「Love so sweet」がかかったので、「やっぱり、みんなどの曲が次にかかるのか知ってるんだー。」と思ったのですが。床下の設計図を渡されたと言うことは、やっぱり45mmの釘が問題なのですねえ? と思うわけでーー;。潜らなければ、仕方がない、と思ったわけですが;。

で、12mmのステープルが丁度来ていたので、その効果をちょっと試してみよう、ということで。約36mmの内部胴縁に打ってみて。途中で、10mmの針だということに気が付いてやめてしまったのですが、なんだか1本でも打ち込むと、「床下に清冽な気が流れる」って言われる気がするわけで。でも、結局これは「よろしくない物」ということで、45mmの釘を抜くのと一緒に取って貰ったわけですが。でも、そうすると、逆に「魔の力が流れやすくなっている気がする」って言われた気がするわけで@@。で、釘の本数は、細かい部分のものだから、胴縁1本1本の分割数さえ整えておけば大丈夫、って言われた気がするわけで。胴縁が2本でなければならない部分が1本になっていたりとか、今までの確認が甘かった部分もあって。いろいろと気が付けて良かったのですが。こういう細かいところは、数え間違いしやすいので、間違えても良いように、細かくてどうでもいいようなものを1個くらいどこかに入れておくように、って言われる気がするわけで。そういうことをこまこまとやっていた一日だったわけです。

で、年が明けたら屋根を葺くので、屋根の打ち合わせなんかもして。で、色つきの仕上げ釘が全て「白」で来ていたので、「それしかないの?」と思って、家に帰ってきて調べてみたら、他の色もありましたので、今日の勝負はこれだったのかな、と思ったのですがーー;。蛇の兄さんからは、できるだけ頑張って、ちゃんと釘が打ち直されているかどうか確認して、胴縁の1本1本に、買ったばかりの12mmのステープルを打ち込んでおくように、って言われた気がするわけで。明日もまた行かねば、と思うのですが。使用する予定のない釘なんか、自分で纏めて工務店さんまで持っていこうかと思うくらいなわけで。で、家の周囲のシートを留めるための細かな材木も何本か持ち込まれたので、それもどこかに使われないように気をつけねば、と思うわけで-;。

で、帰りに車を運転していたら、6番目の子が降臨してきて、「やっと素顔を見ることができた」って言ってきたわけで@@。今日は今日で、人が送ったすっぴんの写真をばらまいてる人がいる気がする、と思ったわけで@@。まあ、ばらまいた相手は「相婿の人達にだけ」って言われたわけですが@@。お昼頃には、「何にも見えていない目で、不憫だ。」って言われた気がするわけで;。家に帰って調べて見たら、ちゃんと11時頃には送り先に届いていたわけで。みなさん、お忙しいのにチェックが素早いですよねえ? と思うわけですが@@。みんな、いろいろな「目の力」を持っているのですが、それぞれの「力」によって、見える世界も違うらしくて。自分達が、私の見えない目の代わりになって上げたいけれども、自分達の見える「世界」も、蛙の人たちの「世界」とは違うし、って言われたわけで@@。なんだか、佳樹兄さんの目に見える「世界」は、とても暗くて禍々しいもののようなのですが。

というわけで、寒くて、疲れて、来年まで持ち越しの勝負も山ほどある、ということでーー;。明日から「お仕事」はお休みなわけですが、現場には出かけていろいろやらねば、と思うのです;。でも、床下の釘を入れ替えたら、蛙の子を抱いていたブリタニアのおばあちゃんの「気」が弱くなった気がするわけで。どうも、「呪いの品物」を手に入れると、その人達の力が強くなりますね? って思ったわけですが-;。今朝の夢については、「役得でいい夢を送れていいなあ。」って言っている人達がいた気がするわけで。なんというか、自分が大卒だから特に賢いとかあんまりそういう気はしないわけですが。でも、講義に出ない人の代わりに代返をしたりとか、そういうことが割と日常的なのは、大学を出た人でないと分からない感覚かも-、って思ったわけで。流石、送ってくる夢が大卒、っていうか、賢さとは何の関係もないところに「大学」というものの大きな特徴があるのも何かヘンとは思ったのですが-;。まあ、でも大学を出たからと言って、誰でも毎日その賢さをフルに活かして生活しているわけではないですからねえ、って弘中さんにも言われる気がするわけですが。