海の女神

昨夜、寝る前に「柴津」の「柴」と「諏訪」って同じ意味じゃないの? って言われるわけで。ということは、「諏訪ノ原」と「柴津」も同じ意味で、「諏訪」という言葉が北信濃では「柴」という言葉になるんだ?? と思うわけで。

そういえば志波(しは)という名前の神サマがどこかにいなかったっけ? と思って、調べてみましたら、塩竃神社と並んで志波彦神社というのがあるということで。宮城県にある陸奥国一宮が塩竃神社で、祭神は塩土老翁神(しおつちのおじ)、武甕槌神、経津主神。その隣にあるのが志波彦神社で、祭神は志波彦神ということで。で、塩土老翁神(しおつちのおじ)というのは社伝では、「武甕槌神と経津主神は、塩土老翁の先導で諸国を平定した後に塩竈にやってきたとする。武甕槌神と経津主神はすぐに去って行くが塩土老翁はこの地にとどまり、人々に漁業や製塩法を教えた」となっていて、製塩のための釜が近くの御釜神社のご神体なわけで。で、塩土老翁の神紋は桜なのですが、桜の中に「三角」がついていて不吉に思うわけで。

で、一方の志波彦神は延喜式に名前が載っているような古社でありながら、正体が良く分からない神であって。で、別の志波姫八樟新田(しわひめやつくぬぎしんでん)の場所にある志波姫神社の志波姫と一対の神と言われていて。そして、志波姫神社の祭神は木花開耶姫命(富士山)となっているので、奥州の神サマとしては不自然極まりないわけで。柴津の「柴」と志波彦、志波姫の「志波」が同じモノで、「諏訪」という意味だとすると、その2神は、建御名方富神と妃神の八坂刀売ですよねえ? と思うわけで。で、「クヌギ」とつく地名の所に鎮座しているということは、クヌギがその辺りの「母なる木」なんだ? と思うわけですが、一方の塩竈神社の神紋も桜ですから、神代桜と同様、桜が「母なる木」でもおかしくないんですよねえ? と思うわけで。要するに、信濃国の北の方は、越後に近くて、越後の文化は東北の文化と連続性があるので、北信濃の文化は奥州の文化と連続性があって、同じ名前の神サマが残っているということのようで。でも、塩土老翁神(しおつちのおじ)って何者? って思うわけで。

だいたい、そもそも日本の縄文古来の神サマは、母系社会の神サマで女神がメインなわけだから、男神が祭神なところがまずヘンって言われるわけで。で、同級生に
「しお」って名前のつく人がいたでしょ? あれが塩土老翁神(しおつちのおじ)だ、って言われるわけで@@。だって、あの砂糖とか塩ってつく人は女子でしょ? 塩の爺さんは男神なんじゃないの? というと、「だって、そうやって女の格好をしている男神とか、男の格好をしている女神とか、そういうのを作り出すのが得意なのが敵でしょ。武甕槌神と経津主神の道案内をする神サマなんて、どう見てもスパイの神サマ」って言われるわけで。しかも、御釜神社のご神体は、「4つの塩釜」ということで、「死の鎌」に引っかけてますよね、それ? って思うわけで。

で、大嶋社というところに、行った理由は、そういう名前や、地名に由来した名前を持つ同級生がいたでしょ? 彼らは自分とは全然違う場所出身で、遠い世界の人みたいに思っているかもしれないけれども、名前と地名は繋がっているから、けっこう身近で見張ってた人達なんだよ、って言われるわけで。で、彼らがそこに行ってくれればこちらに味方したいって言ってきてるから、行ってって言われたわけで。で、古間の衆がこちらについたことで東北の人達が動いたことと、同級生の方々のご尽力で、塩の爺の正体が見破れた、ということで。私は前に一度塩竃神社に行ったことがあるので、土地の人達が勝手にこちらの気を引き込んで、塩竈神社の扉を封印しようとしてる、って言われるわけで@@。奥州は、源氏の草刈り場とされて以来、1000年の間、本当に奴隷のように扱われてきてる歴史があるから、敵に対する敵意は人一倍、って言われるわけで;。

で、朝起きたら、「塩土老翁神(しおつちのおじ)ってテュポーンのこと。」って言われるわけで。それ女性形をデルピュネーというギリシア神話の海の蛇神で、デーヴァ(DV)の子音構成を持つ悪神では? と思うわけで。古代ギリシアの辺りというのは、征服する方も、征服される側もデーヴァを擁する人達、というようなデーヴァ信仰の盛んな地域だったわけですが。兄さんからは、紀元前200年頃にこの国にやってきた北イスラエル王国の人達と、紀元後直後にやってきた南ユダヤ出身の原始キリスト教徒とでは何が一番「違う」のかといえば、後発組の方が、地中海各地にユダヤ人が拡散している時代の人達であって、ギリシア人との混血が進んでいること、と言われるわけで。要するに、そっち系の人達ならギリシア人の血を引いているから、ギリシアの神サマにもなれる、ということですよねえ? と思うわけで。で、敵の造り出したデルピュネーに対抗するために、ギリシア神話の中から自分自身を見つけ出さなければならない、と言われるわけで@@。それって、イナンナ系の女神を探せってことですよねえ? ということで、探した結果、海神ポセイドーンの妃であるアンフィトリーテー(Amphitrite)が見つかったわけで。ギリシア神話の神々は擬人化されていますので、アンフィトリーテー自身は竜神とか蛇神という性質は乏しいわけで、彼女の聖獣はイルカなわけですが。で、次にメソポタミアの古き太母ニンフルサグの別名を調べましたら、アマウドゥダ(Amaududa、生命を産み出す母)というのがありまして。AMBD(B)Dという子音構成は、アンフィトリーテー(Amphitrite)とほぼ同じ構成ですので、これがアンフィトリーテー(Amphitrite)の起源と言うことで。で、仏教かつインド神話の竜神の一柱に阿那婆達多(アナヴァタプタ、あなばだった、Anavatapta)という竜神がいて。この神は海とは関わりのない神サマなわけですが、ANBT(B)Tというのもニンフルサグ由来の名前であって。で、そもそも「BT」という子音はメソポタミアの太陽神の名前でもあるわけですから、アマウドゥダというのは、「太陽のイナンナ」とか「輝けるイナンナ」という名前であって。ニンフルサグはイナンナであり、イナンナはアンフィトリーテーでありかつ阿那婆達多(アナヴァタプタ)であって、彼らは陸にあっては水源と川の竜神であり、海においては海の太母、って言われるわけで。「お姉さんは、発生母体の羌族がそもそもチベット高原出身の内陸の民だし、島国日本には珍しく内陸生まれの内陸育ちなんで、名前の割に海神としての気が乏しくてねえ。」って言われるわけで@@。だいたい、海なんて数えるほどしか見たことないのですけれども? と思うわけで;。

で、絵を見ると、ギリシア神話のテュポーンは足が何本もある蛇神に見えるわけですが。そこで、タコのことを調べるようにって言われるわけで。そうすると、中部から北部ヨーロッパではタコは「悪魔の魚(devil’s fish)」って言われて食べられない、ってあるわけで。「悪魔の魚」って言っても、向こうの悪魔(devil)という言葉は「dv」という子音から成りますから、それは「デーヴァの魚」ってことですよねえ? と思うわけで。要するに足が何本もあるデーヴァの荒ぶる海神テュポーンのトーテムというか正体は「タコ」(でなきゃイカ)とかであって、足が8本あるから、その数は「デーヴァの竜神の数」なので危険ってことなのですよねえ? っていうか、そのご高説から行くと私たちもタコ足の神サマなんだ? って思うわけですがーー;。塩竃神社の「4の鎌」の意味に気が付かないと「4の呪い」を解くのが難しく、たこ足の秘密を見抜かないと「8の呪い」を解くのが難しい、ということで。それに気が付くまでは、土台に入っていた4分割の呪いに気が付けない、2階の梁・桁の8分割の呪いにも気が付けない、とーー;。(そしておまけにコンチータ(KNTT)ってのがいたでしょ。あれが敵のアンフィトリーテーって言われたわけですがーー;。)

で、土台はどうしますかね? 個々の分割は修正できても、全体の空間が10個になっちゃう気がするんですけど? と言いましたら、「10の方を取って、細かいウェイトをかけて修正することにしましょう。」って言われるわけで。まあ、できるだけ考えてみましょう、と思うわけですが。それにしても、「あの女は医師免許を持ち、法律の知識にも優れ、お姉さんが医薬の神、司法の神となるのに最大の障壁だった。」って言われるわけで。その正体が見抜けたんだから、同級生にも感謝すべき? とは思ったのですが。今日も大変な一日だったのでした。

布留の主

日本には古来よりたくさんの神サマがいるわけで、外国でも多神教時代には少しずつ名前を変えて、大勢の神サマがいたわけで。で、本当は神サマになるには、血筋がそういうお家で、世襲の神サマを出す家系から選ばれるか、個人的に力が強くて突然変異みたいに神サマになるしかないわけで。で、規定を満たす人もそう多くはないし、お味方はヒッタイト的な大習合主義に倣って、同じ系列の名前の神サマは可能なら一つに纏めようとする傾向が強くて。で、逆に敵は、似てるけど違う名前の偽の神サマをどんどん増やして、敵の決めた「神サマ」の数をどんどん増やそうとするということで。だから、似たような名前なのに、微妙に呼び名の異なる神サマというのは、敵が作り上げたもののようで。例えば、朝鮮の鉢里公主(バリ公主)と祇園の頗梨采女(はりさいじょ)は、どちらもローマのウェヌスから出たもので、名前も性質もウェヌスに似ているけれども、ちょっとずつ異なる女神になっているわけで。で、そういう神サマを作り出すと、その子孫から神サマを出すわけだけれども、それは敵が都合の良い人を任命するだけで、実際に相応しい人がなるとは限らないわけで。それは、乗っ取った神サマについても同様と言うことで。要するに、味方はいろんな神サマを、なるべき一つに纏めて、いろんな人達で協力してやっていこうという考えだけれども、敵はそれとは逆で、頭は一つで、その一つの頭は好き勝手できるけれども、八岐大蛇と同じで尻尾はたくさんあって、細かい尻尾はトカゲの尻尾みたいにいつでも切り捨てられるだけでなく、そうしておいた方が全体が一つに纏まって組織的に反抗してくるのも防げるわけで。だから、そうやって敵に「任命された」偽の神サマが家の周りにいっぱいいるよ、って言われるわけで@@。そういう人達は、実際に「神」に相応しい力を持っている人は少ないけれども、それでも任命されているだけあって力は一般の人よりは強いよ、って言われるわけで。要するに、そういう人達は、こちらを取り巻いて見張りもしているし、こちらにいろいろと気づかせないようにして、生きた「封印」の役目を果たしているということで。で、近所の人が誰が誰なのか教えて貰ったと言うことで@@。「近所付き合いは大切かもしれないけれども、相手の正体も見抜けないようでは困る。」って言われたわけで@@。近隣の有力な「鹿島の神」を祀っている神社を回ってきたので、敵の封印がけっこう壊れたから気づけるようになった、って言われるわけで。

で、本日は北信濃に再び出向いたわけですが。最初に行ったところでは、けっこう敵意が強くて、居る間中近隣のお寺の木魚の音が鳴り響いていたわけでーー;。で、次に行ったところも微妙に文句を言われた気がしてーー;。その次に行ったところは、割と歓迎して貰えて、「布留の子を探し出しに来てくれてありがとう。」って言って貰えたわけで。ここは、諏訪神社であったので、祭神は建御名方富神だと思うのですが、境内の中に伊勢と大国主が並んで祀られていたので、思わず笑ってしまったら、兄さんから「鼻先で笑わないように。」って突っ込まれてしまったわけですがーー;。で、最後に行ったところでは、境内に入った瞬間に「何しに来た、馬鹿娘!」って言われたわけで。喜んで貰えるところでは、喜んで貰えるわけですが、歓迎されないところではこの扱い、ということで相変わらず落差が激しいわけですが。それにしても、「諏訪ノ原」と「富の野」って基本的には同じ意味だよね? と思うわけで。参道がない神社というのも2つ目なわけですがーー;。

家の近所には布留山という山があって、そこには古山城というお城があったそうなのですが。「布留」とつく地名と「古」という地名はそもそも同じものであったと思われ、これは単純明快に昔からの古い山や川の主を「布留主」と名付けたものだと思うわけで。子音でf音の言葉ですから、古くはbで現された言葉かもしれないと思います。で、単純明快な名前の付け方ですので、本来は縄文系の山や水の神で、要するに大姥サマとほぼ同様の女神だったのだろうと思うのですが。布留社(ふるのやしろ)とも呼ばれる石上神宮は、物部氏の武器庫でもあって、祭神は布都御魂(ふつのみたま)といって、建御雷神の使った剣の名前とされているわけで。で、この霊剣が神格化されたものが経津主神(ふつぬしのかみ)であって、これが香取の神なわけです。石上神宮のすぐ近くには布留川という川が流れていますから、布留主というのは、そもそも布留川の女神だったと思うのですが、物部氏の手によって剣の神(軍神)に変更され、ついでに男神に変えられたものが香取の神だと思うわけで。それはもともと女神で、大姥サマと同じもの(姥とか婆で呼ばれる神もbの子音で始まる神ですので)ですよねえ? と思ったわけで。で、蛙の神サマには蛙黽(蛙とヒキガエル)の名の通り、小さい雨蛙と大きいヒキガエルの2種類があるわけですが、ヒキガエルを意味するb音の神サマは、ここでも軍神に変更されていますし、西方の神々もb音の神サマになるとカナンのバアルやヴァルナのように、祟り神系の軍神で、実態は蛇神であることが多い気がするわけで、蛙の神サマは穏やかな神なのに、ヒキガエルの神サマはなんで蛇神と同様の扱いなの? と思うわけで。そうしたら、「ヒキガエルは毒を持ってるでしょ。毒は薬にもなるから、それで医薬の神。」って言われるわけで。で、毒を持ってるから祟り神でもあるんだ? ということで、要するに蛙の人たちにとっては、雨乞いをするとゲロゲロ鳴いて雨雲を呼んでくれるアマガエルの神サマは治水と豊穣の神サマで、毒吐きヒキガエルは医薬の神であり祟り神なんだ?@@ って思うわけで。で、「その一方で、蛇の神サマは巳(み、m)と蛇(じゃ、d,t,j)があって、西洋の人はメヒトとダキアは厳密には違うと言うかもしれないけれども、東洋的に見れば巳と蛇の区別なんてつかないでしょうが?」って言われるわけで@@。それでmのつく神も、dのつく神も蛇の神サマで、かつbの神サマと同様毒持ちということで、西方ではm、d、bの子音を持つ神々は似たような祟り神かつ軍神(時に医薬の神)として扱われるんだ@@、と思うわけで。古き川の神であった布留主を軍神に変えた人達は、その名前が西方のb音で始まる軍神達と、元は「同じもの」だって知っていた変えたんだ、と思ったわけですが。

でも、それはともかく、家の近所には経津主神を祀っている神社が少なくてですねえ。どうも5番目の子との結縁の力が弱いですねえ、ということが気になっていたわけで。で、いろいろと調べていたら真喜神社というところに祀られているということが分かったので、先日行ってきたわけで。でも、ここの主祭神は鹿島の建御雷神ですので、川向こうの「牧」には総じて建御雷神が取り憑いていて、この間行った八のつく神社が「怖い」と思ったのも、そこに取り憑いていたのが建御雷神だったからなんだ? と思ったのですが。で、兄さんからは「祭神として名前が残っていなくても「古」と名のついている地名には、かつて布留主を祀っていた土地であるという意味があるから、せめてそういう土地の神社を探して結縁してくるように。」って言われたわけで。メソポタミアの古い太陽神バッバル・ウットゥとカナンの雷神バアルが「自分達」の大姥サマとか、古主と「同じ神」だって知っている人は大勢いるようで。どうやら、そういうところでは基本的に歓迎して貰えるようで。「布留」の名のつくところでは、「探し出しに来てくれたから、新しい家にどんな呪いの数字を入れられても喰いきれるように、っていう気をできるだけ送っておいてあげるよ。」って言われたわけで@@。で、帰ってくる時に、「布留」のつく集落のあちこちから「武器を取れ、蜂起するぞ!」って声が聞こえてきたので、げっと思いつつ、そのまま帰ってきてしまったわけですが。

で、「馬鹿娘」って呼ばれた方では、封印されいた出入り口が開いたので、名前繋がりで富の王家が直接気を送り込んでくれるようになった、と言われるわけで。それに乗じて、布留主を信仰している人達がけっこうなびいてくれたらしくて。今まで封印に一役買っていた、黒とか石がつく家では、開いた口が塞がらないくらい怒ってるって言われるわけですがーー;。まあ、デーヴァの身内なんてそんなモノ、ということでーー;。でも、昨日の「SmaSTATION!?」では、香取君はチェックとか水玉の服も着ていませんでしたし、割とうれしそうでいてくれたので、良かったのかな、と思って。そして、働いていた時に「古山」っていう人がいたでしょ? って言われるわけで。「あれが敵の布留主」って言われるわけで@@。で、学生時代に「ばーや」って言われてた人がいたでしょ、「あれがバアル」って言われたわけで。天之日矛の本性はカナンの雷神バアルなんだ? と思うわけで。しかも、敵には敵で「ヴァルナ」もいるわけで、それは「氷」とか「川」のつく人、って言われるわけで。あー、あの人も目の力が強いもんね、と思うわけで。敵側のデーヴァの神、m音の神、b音の主要な祟り神の神々をこれでけっこう見抜けたことになるんだ? と思うわけですが。味方の中でb音の神の力を持つのは、蛇の兄さんと私と、5,6,7番目の子なようで。布留主を応援してくれている人達が天之日矛の真名を教えてくれた、ということのようで、これが今日の収穫だったようです。

ちょっとお休みな一日

「お仕事」がお休みだったので、近隣の神社巡りをちょっとしただけの一日であって。ゆっくり骨休めできたと思うのですが。ともかく、どこも元は諏訪系の神社であった気がするのですが、結局なんだかんだ言って、八幡神とかが祀られるようになった感じであって。で、今日行ったところは、武士に縁の深い神社が多くて、どこでも鹿島の神が祀られていて。北信濃の神社が変遷していく過程は、まず最初に縄文系の人々の聖地の上に、習合という形で諏訪系の神社が建てられ、時代が下るにつれて石清水系の八幡神が勧請され、更に時代が下るとそれに加えて鹿島の神が勧請される傾向がある気がして。そして、時々山の中に天照大神を祀っている神社があって、そういうのは古い時代の山の太母信仰の上に天照大神が習合しているということで。で、車を運転している間に、「今のところ、呪いはちゃんと喰いきってあるから安心して下さい。」って言われて来たりして。で、その一方で、敵意の強い土地に行くと、「無念だ。一生何も分からせないままで、閉じ込めておけると思っていたのに。」って言われたりするわけで@@。そんな一日だったわけです。

たいへんだった一日

昨夜は、なんだか引っ越しする夢を見て、「このまま引っ越しすると蛇の兄さんに、どこへ引っ越してしまうのか分からなくなる。」って言われた夢を見て。で、最後に場面が変わって、石井が私を呼んで泣いている場面になって@@。目が覚めて、なんだか嫌な夢? と思っていたら、「玄関のアンカーボルトが8本になってない?」って聞かれたわけで。そういえば、そうかも@@。ということで、現場に出かけてから、最数え直し、で、直前になってまた数え直し、で修正ばっかりしていたわけで;;。なんとか、兄さんと一緒に考えて、92本で収まるようにしたわけですが。大きいアンカーボルトを入れる深さとかも嘘を言われていたわけですし、直前まで1本余計に入ることも知らされていなかったわけで、泣きそうな一日だったのですが;;。

で、その一方三輪山の方はどうなったの? と思いましたら、蛇の兄さんが占拠してる、って言われるわけで@@。で、兄さんの気が黒い大蛇の姿に見えるわけで。あそこは大国主命も祀ってるからね、って言われたわけですが。で、不意打ちを食らってあたふたするようなことは、これから何度でもあり得るから、いちいち気にしすぎないで、その都度気が付いた時に、できるだけのことをすればいい、って言われるわけですが;。

そして、いろいろ数え直していると、「無念だ、無念だ」って誰かに言われるわけで@@。で、「三輪山にまた男神がやって来た」って文句を言う人達がいるらしくて@@。兄さんは、自分は大和の王なのに、って言うわけで。で、ともかくそういう人達は、太母である「女神」に帰ってきて欲しがっているので、お姉さんの気もちょっと引き込んでおくよ、って言われたわけで@@。ということで、お山には大きい男の蛇神サマと小さな蛙の女神がとりあえず鎮座することになったということのようで。女神が戻ってこないと苦情が出るなんて、まるで卑弥呼の時代みたい@@、と思ったわけですが。

しかも、午後に入れていた「天端レベリング」というのも、なんのことか分かっていなくて、メーカーのこととか何も考えていなかったわけでーー;。やれと言われたことはやって帰ってきたわけですが。で、秩父コンクリートというところの製品で、「その程度のものなら、「呪い」とも言えないレベルでしょ。」とは言って貰ったわけですが;;。しかも、他に良い製品があるかどうかも調べていないから分からないわけで。で、「いろいろと忙しいのは分かっているから、今はあちこちの神社に出向いて、どんな呪いでも解けるような力をつけるのが最優先だから、気がつかなかったことを気にしすぎないように。」って言われるわけで。でも、「秩父にも行っておけば良かったねえ」、とは言われたわけで。そこも行ってはみたかったわけですが、なにせ埼玉の超山奥にあるもので行きそびれていてですねえ;、って思うわけで。で、家に帰ってきて、調べて見ましたら、ここんちのコンクリート会社の紋も×十字であって、苦笑いしてしまうわけですが。「どうしましょ?」って思いましたら、「秩父神社のことを調べてみるように」って言われたわけで。で、主祭神は八意思兼命 (やごころおもいかねのみこと)なわけですが、秩父は日本武尊の伝承が多く残る地であって、かつ秩父神社は諏訪大社に倣って御柱をやっていたりするので、本来の祭神は建御名方富神なのかな、と思うわけですが。ともかく今現在の主神は、戸隠系の神サマなんだ? と思うわけで。で、それが「清○○道だから」って言われたわけで@@。やっぱり、その人もただ者じゃないと思ってました、というか、1番目と2番目を捕まえている張本人ですよねえ? その人?? って思うわけで。「敵の正体が、即座に見抜けるようになったということは、これが力が強くなったっていうことなんだよ。」って言われるわけで。彼が、「秩父」の名の付く会社の守護神だから、正体を見抜ければあの程度の呪いなんて、本気で無効って言われるわけで@@。もちろんやるべきことはやらなければいけないわけですが、呪いというのはこういう方法でも解いたりできることのようで。で、家に帰る途中で、「栗の土台の数もチェックし直すように」って言われたので、再チェックしてみましたら、なんか外周がヘン@@、ということに気が付いたわけで。それをチェックしたときは、疲れていましたし、アンカーボルトとかコンクリートのことで頭がいっぱいで気が付かなかったわけで;;。「問題点に気が付けば抜くことができる」って言われるわけですが;。

で、夜は恒例のMステということで。MNB48の新曲は「ドリアン少年」というのですが、この曲を聴いていると、誰かさんの中学の卒業写真のかわいい坊主頭の絵を送ってくるお姉さん達がいるわけで@@。兄さんは「そいつら失礼すぎ」って言うわけですが、弘中さんなんかは「余計なことを言わないように」って言っていた気がするわけで@@。これからも山有り谷有りで大変なんだろうな、と思うわけですが。

でも、今日帰る時に、基礎屋のおじさんはこちらがびっくりするほど嫌な顔をしていましたし、彼が帰った後にこちらが何をするつもりなのか知っていたんだろうな、と思うわけで。「お清め」をしたら、敵の呪いが封印されて、逆に呪いをかけてきた相手の正体を見破った、って言われるわけで。それで、わざわざ「お清め」をするのを邪魔しようとしただろうな、と思うわけですが。土台の呪いも頑張って、解かなければ、と思うのです。というか、毎日がそんなことばっかりなわけですがーー;。(それにしても、蛇の兄さんは長い間、「復讐の太母イナンナのようにはならないで欲しい」って唄い続けてきてた気がするわけで。アナーヒタもイナンナもほぼ同じ女神なんでないの? と思うわけですが。そうしたらゾロアスターの悪魔「ダエーワ」のことを調べてごらん、って言われたわけで。(ダエーワとは当然英語のデビルの親戚の言葉なわけですが。)で、調べて見たら、ゾロアスターには、善神であるアフラ・マズダと対立して世界が終わるまで戦うとされるアンラ・マンユという悪魔の親玉がいるわけで、これが西洋的な善悪2原論の源流とも言える悪魔なわけで。その子音構成は、そのまんまイナンナですねえ??@@ って思うわけで。兄さんは、これで羌族は蛙の太陽女神を取り戻せなくなった、蛇の人達はゾロアスターの豊穣と川の太母アナーヒタ女神を取り戻せなくなった、何故なら私の目は山の太母の目にとても近くて、そして穢れた死の太母イナンナの復活を望む声があまりにも強いので、神の姿はどうしてもそちらに引きずられる、って言うわけで@@。イナンナ女神から派生していても、穢れを嫌うゾロアスターのアナーヒタ女神と、人喰い太母イナンナとの間には大きな隔たりがあるということらしくて。イナンナ・メヒト女神はゾロアスターでは本気で黄泉の国の悪魔の親玉なようでーー;。)

それから、二宮君が、遂にどの神サマの名を襲名するかを決めたそうで。彼は、蛙の人たちが大好きなので、彼らの守護神である守達神の名前を欲しがっているということで。こうして話というものは進んで行くんだな、と思うわけですが。10の呪いがかかっている日の勝負は、得たものも大きかったけれども、とても大変でもあったのでした;;。

「幹」の神

ええと、要するに「MK」の子音を持つ神が、縄文の女神ミサクチ神で、大姥サマということで。で、縄文系の文化は、中国の黄河文明と違って男系社会への変遷の道を辿らなかったので、基本的には母系のまま推移するので、山の母神は「女神」ということで、例えば三輪山の大物主命が男神であるのは、後の時代に「海の向こうからやってきた神」がそこに居座っているから、ということで。で、大和の神奈備三輪山は、古代の太陽信仰の名残がある山であって。そもそも、「三輪」というのは、どういう子音って聞かれるわけで。それは「MKB」という子音ですねえ、非常に古い時代に一番最初にできた「巳+蛙+黽」の合成神なんだ、それ? ということで、モレヤの神(MBD)とか、ミサの神(MK)とかと同系統で、三輪山の本来の神も縄文系の山の太母ということで。で、海の向こうからやってきた「三本杉の神」が、同じ子音繋がりでそこを乗っ取っているって言われるわけで。

要するに、木の「幹(みき)」という言葉は「MK」という子音から成っているわけですから、その言葉自体が「MK」の女神の名前から派生しているということで、木に寄り憑く山の太母は巨大な人喰い大蛇ということで。胡桃の太母カーリー女神は、首の周りに狩った人間の生首を首飾りのように飾っているでしょうが、あれは昔はそうやって狩った犠牲の首を、太母が宿る木の枝に実のように掲げたもの、って言われるわけで@@。だから、木の実は気をつけて食べなければいけないわけで、だいたいそういうものには「人の頭」という意味が込められているから、ということで。聖書にあるエデンのリンゴの木なんかは、「嘘つきの蛇神」の木、ということで、そういう人食いの蛇神の木になるのは、「人の頭」だから食べちゃいけないわけでーー;。

で、「幹」がメヒト女神やミサクチ神と同じ意味であれば、「三樹」も同じ意味ですよねえ? って思うわけで。「MK」の子音を持つ男神は誰? って、それは海の向こうからやってきた、ミトラス、っていうか、大物主命の真名っていうのは「ミトラス」なんだ?@@ って思うわけで。その名前はイエス・キリストという名前と強く結びついている気がするというか、東アジアではほぼ同じ意味だよねえ? って思うわけで。それはそのはず、イエス・キリストの子孫で、デーヴァの王家の血を引いていて、父親が誰なのか分からないイエス・ミトラスなのは誰のこと? って聞かれたわけで@@。どうりで、っていうか、ヘンな従兄弟だとは思っていたわけですが;。そして、敵が大嫌いな神官長家が属する縄文系の母系信仰の人達は、敵に奪われた三輪山を取り戻して欲しい、と言っているそうで。三輪山の大神の真名が「MK」ということまで分かれば、イエス・ミトラスまでたどり着くのは時間の問題、ということで。それだから、今日は午前中誰も来なくて、午後遅くなってから人が来たでしょ。そういうヘンな「仕事」をしたのは、それに気づかれて、書かれる時を少しでも引き延ばしたいからだ、って言われるわけで。

で、家に帰ってきて三輪山のことを調べてみたわけですが、三輪山の昇り口には狭井神社(さいじんじゃ)という神社があって、ここは「花鎮めの祭り」といって、疫病の流行を防ぐ祭祀を行う神社であって、要するに「くすしの神」の神社なわけです。で、ここの祭神は五十鈴姫命とか、女神と男神が半々くらいなわけですが、確か伊勢神宮の聖域を流れる川が五十鈴川ですし、太陽女神に関する信仰の形跡が残されている神社であって、しかも「くすしの神」であって。狭井の神で、犀の神で、塞の神であって、かつ「薬師の神」っていうのは誰のこと? って聞かれるわけでーー;。縄文や弥生の「くすしの神」なんていうのは、要するに「家庭医療」の中心的人物のことも同然だから、一般的に女神なのね、って思うわけですが;。(しかも当時の家庭医療なんて、それこそ神頼みも同然なんじゃ? と思うわけですがーー;。)

で、祇園の方はというと、おそらく各地で祇園祭りが開催される時期と言うことで、祇園信仰は良くも悪くも全国津々浦々に拡がっているので、各地から祭りの気が祇園に集まってきているけれども、良い気も悪い気も、今現在総取りできるのは、「くすしの神」であり、ヴァルナ女神の名を持つ頗梨采女、ということで。祇園もまた「医薬の神」としての性質が強いところなので、牛頭天皇であるユーピテルとか、その神と同じも同然の敵のミトラスは医者じゃないので、医師免許を持っている大山積神や誉田別命の力を借りなければ、単独で祇園を支配できない。それができるのはただ一柱の神だけ、ということで。ということで、本日のメインは、大神神社に居座っている神の正体を見抜いて、かつ入り口にある狭井神社の正体も見破って、山の入り口を開け、って言われるわけで。今年の祇園には特に縄文系の人々が気合いを入れて気を送ってくれているから、今夜は三輪山の門を開いて攻め上るので、アンカーボルトの印はちょっとくらい間違っていようが、呪いの数字が入っていようが喰いきるから気にしないように、って言われるわけで@@。敵も何が起きる予定なのか知っているので、それで今日はあんなに引き延ばされたんだ? って思うわけで。

そして、そもそも「大神(おおかみ)」って言葉は良く使われるでしょ、「狼(おおかみ)」っているでしょ、縄文の狩りの女神のトーテムが狼だから、そう言うんだよ、って言われるわけで。しかもアイヌの太母は熊だから、熊の女神で狼を猟犬として従えている狩りの女神っていったらギリシア神話の月の女神アルテミス@@、って思うわけで。アルテミスは、その名の通り荼枳尼系の女神なので、みんな名前で繋がっているんだ@@、って改めて思うわけですが。ニホンオオカミが何故絶やされてしまったのかが分かるでしょ? それは確かに危険な動物でもあるけれども、縄文の太母のトーテムだから消されてしまったんだよ、って言われるわけで。おかげでお鉢が回ってきたのは犬年生まれの女神ですか?; って思うわけですが。そして、いろんな人々の言い分を聞いたけれども、縄文系の人々はただ、「羌族は自分達の太陽女神を守り切れないとなれば、伊勢でも東国でも、逃げる所がある連中はどこへでも逃げればいい。でも、この国に生まれて、どこにも行き場のない自分達は、敵と戦って負けても逃げる場所がない。例え奴隷にされても、いったい他のどの場所で生きていけというのか?」って言ってきたわけで。神官長家と八坂の衆の執念ですねえ、って思うわけですが。彼らはただ、太陽神と月の女神を兼ねる彼らの太母を取り戻しただけであって、本当の本音を言えば羌族の神サマも出雲の神サマのどうでもよくて、彼らだって余所から流れてきた余所者に過ぎないんだなあ、と思ったわけですが@@。もっともそんなだから、私があんまり蛙の女神らしくなくても気にはしないわけですがーー;。

で、本日はまた「THE MUSIC DAY」の続きを見たわけで。エイサーの項を見たわけですが、「太鼓を叩く」という行為はそもそも雷神の象徴ですので、沖縄もコワいところだよね、とは思うわけですがーー;。それからTHE ALFEEの高見沢さんが持っていた白いギターは、白鳥だか、天馬の翼だかがついているようなギターだった気がして。明日もアンカーの勝負は続くわけですが、蛇の兄さんからは、ともかく入れ終わって、コンクリートが乾いたら、突き出ている部分に切り込みを入れて「首を狩っておけ」って言われるわけで。本気で蛙の太陽女神とはかけ離れた方向に向かっている気がしたわけですが、まあ、できるだけ頑張れれば、っていうかそれだけというか、従兄弟が「イエス・キリスト」そのもので、敵の「弥勒」でもあるから、某工務店さんには広隆寺の弥勒菩薩の写真が飾ってあるんだ? それが従兄弟だから?@@ って思うわけで。従兄弟と勝負して、その名を喰いきらないと「勝った」ことにならないということで、まあ自分も頑張らなければならないわけですが、お味方も頑張ってくれているということで。だから、金の鵄が校章の高校へ行って、国立大学の医学部なんかに行けば行くほど、周囲の敵意と呪いは強くなるわけだ。名ばかりの世襲の女神ではなく、実際に「くすしの神」になれる可能性があるということは、弥生・縄文の太母に名実共になり得る可能性があるから、ということで。医学部なんか行くんじゃなかったよ、って思ったら「薬学部でも良かったんだけどね」と言われたわけですが;。まあ、でも三流国立大学の医学部なんて、受かった人は「たいしたことない」って言うかもしれないけれども、世間には「どうやって行くんだ、そんなとこ」って思ってる人はいっぱいいるわけだから、って言われるわけでーー;。現実の仕事じゃないところで、医師免許が大いに役にたっているということで;。明日もまた自分にとっても大事な勝負の日なわけです。