夜寝ている時に、いろんな曲が流れるのを聴いてうとうとしていたときに、「milk tea」がかかって、なんだか兄さんが唄っている姿が浮かぶわけです。で、最後にふっと「選んでくれてありがとう。」って言われたわけで、なんだか、うれしいなー、と思ったわけですが。
で、朝からまたいろんな動画を見て研究というわけで、嵐の「One Love」を見ていたわけです。で、Mステでない某音楽番組で唄っている彼らの姿を発見して、なんというかそこのセットってものすごく禍々しくて、まずそこに目がいくくらいすごいわけです。そんなところで唄っている嵐の姿は、一見したら平然と唄っているように見えますけれども、気の強い松潤とか二宮君もさすがに力を発揮しきれているように見えないのです。そんな時に、ふと大野君の表情に気が付いたのですが、松潤でさえやや萎縮してみえるような禍々しさの中で、彼だけが毅然として強い気を発してるのが分かるわけです。こういう姿はMステでは見たことがなくて、そしてあそこでは良くも悪くも見せる必要のない姿なんだな、と思うわけです。Mステは「私向け」ですので、結局良くない歌とか唄っていても禍々しさはそれほど強くないわけで、真に禍々しくて、彼らの力でも萎縮してしまいそうな場所では、大野君の力が全員を支えていて守っているのだと分かったわけです。グループの中での彼の真の役割はそこにあるのだと思う。それは本来であれば、私が見てはいけない映像だから、見なければ私が知り得なかった姿であって、だからやっぱり私としてはそれを見ることができて良かったな、と思うのです。
それから、SMAPの「たいせつ」を見ようと思ったわけで、ライブビデオを探したわけですが、見つかったのがちょっとというか、だいぶ禍々しくて、お目付役が「こんなん見せて怒られないかな」と思わず呟いてしまうようなわけだったのですが、だけど、そこで唄っている彼らの目力がすごくて、特に香取君とか、もう鬼気せまるような感じなのですが、一人一人がものすごく禍々しい中で、すごい力を放って輝いているわけです。兄さんが「あなたはこういう力強さが好きでしょ?」と聞くわけですが、全くその通りなわけで。確かに、全ての人が彼らと同じ力を持つとは思いませんが、そのようなたくましい力を誰もが持てるようになったらとは、思わずにいられないわけです。そして、彼らの力は、さすが兄さんが最大の信頼を置く人たちだな、と思ったのです。
というわけで、「死の太母」としての私は、死を捧げられればそれに纏わる人間的な願いや思いを叶えたいと思い、「生の太母」としては、どんな禍々しい状況の中でも、毅然として輝く生命力の強さこそを愛でる女神であるらしいです。
そして、朝ご飯の後、音楽を聴いていたら「Run to you」がかかった瞬間に、ふっと「僕が穏やかさしか送ることができないのならせめてそれだけでも送り続けたいんだ。」っていう誰かの思いが流れ込んで来まして、「あー、そういう風に思ってくれているんだな。」と思ったわけです。きっと平井堅君は、彼のそういうところに共感して歌を送り続けてくれてたんだな、と思うのです。(しかし、私はお目付役から「あの毒蛇男をてなづけおって」って言われちゃうような感じらしいのですが@@。)
でもって、今朝は何というか、家の周囲が非常に気味の悪い感じがして、私もちょっと背筋が寒くなってしまうような感じだったのですが、肝心の兄さんが新婚数日で開発されてしまった新たな快感にちょっとへろへろしてたようでーー;。これはまずいと思ったお目付役が、2番目の子とか、サポーターを数人連れてきてくれて、しばらく守ってもらって、落ち着いたわけです。
で、午後は買い物に出て、某週刊誌を買ったわけですが、表紙がSMAPで、彼らは白黒の衣装を着て、闇の中で毅然と立っているわけです。で、それを見ていると聞こえてくる気がするわけです。「立て、立て。闇の中に毅然と立つ彼らのように、太母の手を取って闇の中に毅然と立つ神となって欲しい、とあなたの中にいる人に伝えて欲しい。」と。それで、ああ、そっか、みんなが望んでいるのは「女神の再生と復活」だけでなく「父なる神」の再生と復活でもあったんだ、と気が付いたわけです。でも、今の兄さんはちょっとへろへろ状態なんで、そういう真面目なお願いはもう少し落ち着いてからの方が? とか思ったわけですが。
(兄さんとしては、そんなつもりがなくても、自分のポスターが貼ってあるところに私を引っ張っていって、シャツを引き裂くような視線で見て欲しい、と思わずにいられない状態のようで@@。なんか本気で「どM」な気がするんですけど、もうちょっと落ち着いて貰えませんかね? みたいなーー;。)
それから、家に帰ると、兄さんの方から「愛はふしぎさ」のビデオを探して見て欲しい、と言われたわけです。今更米米? とも思ったわけですが、まあ、この曲が良くないものであっても、それが兄さんの今の気持ちに一番近いものであるならば、聞いても良いのかな、と思って探してみましたら、1994年のLIVE UFOの映像が見つかりました。それで、見て見たわけで、曲順は「愛はふしぎさ」「君がいるだけで(イントロのみ)」「sure dance」「I CAN BE」「抱きしめたい」です。
で、「愛はふしぎさ」は良くない曲ではあると思うけれども、今の兄さんの気持ちにはぴったり合う曲であるようです。(まあ、でも、私としては米米のビデオはさんざん見たので、今更感があったわけですが。)で、それほどの禍々しさも感じなかった、と。で、「君いる」のイントロから舞台が暗転して「sure dance」になった瞬間に、うわーって思うほどステージが「禍々しく」なったわけです。曲も当然良い曲ではありませんでしたし。「I CAN BE」も同様で、最後の「抱きしめたい」はちょっと禍々しさも軽減されて、やっぱり兄さんの気持ちに少し近いところがある曲のようです。今となっては、そういうことは分かるようになっているわけで、そうしてると兄さんが言うわけです。「勝った、あの男に勝った! あの男の曲を自分の思いを届けるのに使ってやったぞ!」って。そっかー、米米と石井竜也が兄さんはじめ、芸能チームにとって、長い間その前に立ちふさがってた大きな壁だったんだー、と今になってやっと分かったわけです。
だとすると、これも兄さんにとって、「勝負」だったんだなー、と思います。たぶん兄さんはこう言われたのだと思う。「同じように女癖が悪くて、そこからくる毒気と色気をたっぶり身に纏って生きている良く似た二人。彼女が、そういうものを嫌って二人とも切り捨ててしまうのか、それとも自分だけが選ばれるのか、禁忌のビデオを見せるのであれば勝負せよ。」と。
そっかー、兄さんがそういう生き方をして来なければならなかったのは、敵がこういう時に勝負させるために、私にその事実を突きつけるために、させて来たんだ。って気が付いたわけで。そっちは、そっちで敵が私に挑んできた勝負なのであると思う。この事実に対して、私はどうするのか、と。兄さんに対する負い目を感じすぎて、バランスを崩してしまうのか、それとも自分を保てるのか、と。
でも、みんなは言ったと思う。「勝負しろ。彼女は強い。事実を全て知っても、彼女は全てを受け入れて立って、毅然としているだろう。」と。そっかー、相変わらずミもフタもないようなえげつないことばっかり仕掛けてくる連中なんだ? みたいなーー;。
ところで、兄さんが石井に勝ったことで、そんなにうれしいのなら、「福山エンヂニヤリング」で石井と共演している時に、私がそれを見ていると知って、どう思ったんですかね? とふと思ったわけですが、なんかそれに対してけっこう不穏当な返事を貰ったんで、ここには書きませんが。
まあ、でもね、何があったとしても、私だっていろいろと辛い思いをしたわけですから、特に誰にも負い目を感じないでいて欲しい、というのであれば、誰にも今更そんなことを感じるつもりもないわけで。兄さんが、ああいう毒々しい自分をあんまり好きでない人なのも知っているわけですから。兄さんにそんな生き方をさせてしまって、済まなかったと思う気持ちが私の中にあるのであれば、なんですかね、兄さんはごく最近けっこう不穏当な快楽を覚えてしまったばっかりのような気がしますのでね。せいぜい兄さんが望むときには、そういうお楽しみにつきあってあげようかな、と。まあ、それがなんて言うか、正しい新婚の夫婦生活というものなのではないでしょうかね(苦笑)。