Mステ

ええと、まず最初にタモリさんが、ちょっと不安そうというか、何かあるの? という感じでした。

で、中山優馬君。えと、ちょっとお気の毒だったのかな? と。でも、頑張ってたと思うのですが、どうも兄さんは男の人に容赦ない性格のようでーー;。

で、何ですかね。福山君のライブの告知映像が流れましたが、なにせ今の兄さんは、私に見られただけで、へろへろになっちゃって、勝負どころではなくなっちゃいますので、あー、これは敵がこうやって、私に福山君の映像を見せて、兄さんの力を予め潰す気だな、と思ったわけです。で、とっさに何と思ったかというと、兄さんが彼の力で私の目を通して見ているから、私の視線が見られている先の本体に感じられるまでの強い視線が届いてしまうわけで、でも本来の私の目の力はそれほど強いものではないはずだから、兄さんの力さえはずせば、視線は福山君に届かないんじゃないかと思って、とっさに兄さんを後ろに引きずり下ろしたわけです。
まあ、それは結果的にそうなったようですが、でも、その瞬間、右目が変わっていくのが自分でも分かる、というか、目の前に薄い膜が張られるような、そんな感覚があったわけで、そして本能的に「守ろう」という力が働いたように思います。(で、後ろに引きずり下ろされた兄さんは、「すごい、自分の目の力を自分で使ってるよ。一週間でここまで来た!」って呟いているわけで。)どうもね、その瞬間、私は兄さんの力を外しただけでなく、自分の力だけで防衛戦を張ったらしいです。だから、私の中にいる兄さんにもダメージはいかなかったらしい。そしてこれは誰にとっても、想定外であったらしいです。

で、私はここのところ、禍々しいライブビデオばっかり見てましたので、テレビのセットくらいでは、自分の力だけでもあんまり動じなさそう、ということで、E-girlsは兄さんが見てましたが、JUJU姐さんあたりから、「自分の目で見てみたらどうか。どうせあなたこの程度の禍々しさじゃ負けないでしょ。」ってことで、自分の目で見てみることになったわけです。どうも兄さんは、相手が女の人だと本音では本気で勝負するのがいやなようで。まあ、今夜のメインは、サザンってことで。誰がどう見ても。

で、私は個人的にはそれほどJUJU姐さんのファンになったことはないわけですから、まあ、さっと流してこちらの勝ち。E-girlsの歌は、同窓会の恋の歌で、要するに「同窓生じゃない子を忘れてしまえ」という歌なわけで、よろしくない。JUJU姐さんの歌は「ラストシーン」で「ラスト」なんて言葉が入っていること自体、よろしくないお歌ということで。で、JUJU姐さんのお力としては、やはり稲葉さん的で、言葉を相手の心まで送り込んでくる力が強いように感じます。(それは「守ってあげたい」でも感じてたことですが。)まあ、でも姐さんは本気で私に勝ちたいと思う方ではありませんのでね。

それから、サザン。当然、兄さんは前面に出たがる、ということで。でも、私、桑田という人の顔を見てましたけど、兄さんがダメージ食らわなかった瞬間から、ちょっと動揺して嫌な顔してましたよね、あなた? ということで。唄っている瞬間も動揺していたように感じるのですが、なんというか、サザンはファンがスタジオに入っていて、ライブ形式のステージを披露していて、お客さんは彼らを応援して、ノリノリになっているはず、なのですけれども、その歓声が「お前も潰れろ。お前も墜ちろ!」ってステージに向かって叫んでいるように聞こえてくるわけで、えーっと、彼らはサザンのファンなんでないの? と思うわけですが、要するにこちらの気が勝っていると、こちらの気が歓声に乗って、ステージにぶつかるらしいです。そーいうものなんだ-@@。というわけで、番組の最後に、顔を真っ赤にして悔しそうな顔してましたよね? 桑田さん? と思うわけで。まあ、最初に兄さんを潰そうという作戦立てる辺りがえげつないと思うから、特に同情心も湧かないわけですが。

 

あとは、アリアナ・グランテ嬢。これも自分で勝負したわけで、兄さんに「相手の目を見て、何を考えているか、読んでみて。」と言われたので、見てましたが、なんか動揺して怯えた表情に見えるわけで、「この子、いったい日本に何しに来たの? どう見ても力不足なのに??」という気がしてならなかったのですが。

 

で、最後のYUKI。こっちも自分の目で見てみましたが、アリアナ嬢よりは目力で頑張っていたように思うのですが、途中で「ちっ、効いてねえ」とか、最後に「くそっ」とか聞こえてくるわけで、女の人がそういう言葉遣いは行儀悪いですよ? みたいな@@。

 

最後にタモリさんが、うれしそうで良かったです。それから、件の福山君の映像はですねえ、一瞬写っただけですけれども、だいたい私はビデオで2回は見直しますので、明日見直すときに、「どっちの目(要するに私の目なのか兄さんの目なのか、ということになるのでしょうが)で見るの?」ってみんなに聞かれますので、「さあねえ、兄さんの目で見てみる?」って言ってみましたら、「頼むから、昼間じゃなくて、夜見てくれ。」と言われました。まあ、そうなるのではないでしょうかねえーー;。

 

そして、最後に嵐のみなさまから、「このままじゃ26日がやばいので、力の調整をしましょう。嵐のビデオを探せるだけ、探して見て見て下さい。」という要請が来ましたので、できるだけそうしようかな、と思います。っていうか、兄さんは「これが格の違いだ。」って言っているわけですが。ともかく、皆様によろこんでいただける結果になったようで良かったです<(_ _)>。

午後の部

午後は、まず米米の「ひとすじになれない」「浪漫飛行」「君がいるだけで」のメドレー(テレビ版)を見たわけで、正確な日月は不明ですが、昔うっすらと見た記憶があります。バックダンサーが3人に増えていますから、8周年記念ライブの後の映像で、最初の米米の歴史としては最後の方に近いものだと思うわけです。で、そこで見た石井も禍々しいことは禍々しいのですが、なんというか目の奥に「怯え」みたいなものが見えるわけです。「なんで?」って思うわけですが、そうすると兄さんが言うわけです。だって、あの男が請け負ったのは、あなたを堕落させることだから、結局あの男でもそれを成功させることはできなかったから、その代償に大借金を負わされて、解散に追い込まれる寸前の顔ですよ、あれは、ということで。そっかー、そうして自分が築いてきたものを失うことを恐れて怯えてる目なんだ、あれは。と気が付いたわけです。そんな「人を呪わば穴二つ」みたいな例を見せられましても、なんといってよいのやら、というか、同情する気には全然なれないわけですがーー;。

で、その後はCHAGE and ASKAのビデオを見ようと言うことになって、見たわけです。なぜなら彼らにも良い曲は作って頂いたわけですが、現在のASKAさんはあんな状態なわけですから、彼らのご好意に報いられる部分があるなら、報いなきゃならん、というのが兄さんの考えのようで。

で、まず「SAY YES」。なんというか、ライブのビデオを見ていると、ASKAさんの方が、唄いながら怯えたような目をしているわけです。そして、もうどこかに「取り憑かれてる」と感じる目をしてる。彼は、自分が取り憑かれてしまっていて、精神のバランスが崩壊するのを恐れて怯えているけれども、もはや自分ではどうしようもなくなってる。そんな人の目をしています。たぶん、ASKAさんは自分の力以上のことをして下さったので、そこでもうバランスを崩されてしまっていて、自分が主人公のライブのステージの上で、もうそこを仕切るだけの「気」が発揮できないでいるのではないかと感じるのです。一方のCHAGEさんの方は、ASKAさんよりも強い「気」をお持ちのようで、彼の方が安定した印象を受けます。「そう、見合った以上の力を使うと、ああなる。力ばっかりを求めることはよろしくない、と言っても結局は力あるものしか生き残れない世界では、生き残るために力が必要となるから、そういう意味であなたがどんなものであれ「力」を求めるのは、生きるためのもので悪いことではないけれども。彼は「SAY YES」で見合った以上の力を使いすぎた。」と兄さんは言うわけです。
そしてみんなは言うわけです。「どうか、ASKAさんがあんなことになっても「SAY YES」を家から出さないで。彼があんなになるまで尽くしてくれた気持ちを忘れないで。そして、彼の裁判がどんな形で敵に利用されることになっても(って、それは結局「女癖」の件だと思うわけですが)、彼を恨まないでいてあげて。彼はこれから、それこそ再生できるかどうかも分からない状況でも、それを目指して一人で頑張っていかなければならないんだから、せめてその再生を祈って、願って上げてください。」と。そして、そうすることが、結局彼がしてくれたことに対して報いることになるのだと、兄さんも言うのです。
私も、それは本当にそう思います。でも、ステージの上であの程度の力しかお持ちでなければ、今後彼がミュージシャンを続けることすら、彼のためになるのかどうか、とは今ではそんな感じがするわけですが、それでも人として、ASKAさんが再生して立ち直ってくれれば、と願っています。そして、CHAGE and ASKAのお二人が作って下さった歌は我が家から決して出すまいと思います。

それから、「YHA YHA YHA」。この曲は割と攻撃的な曲で、具体的な暴力を煽るような傾向があるような曲なわけです。で、ライブビデオを見て、ぞっとしたのですが、全体の雰囲気もとても禍々しくて、やっぱり唄いながらASKAさんは、その場を取り仕切れていないわけです。そして、客席からは、観客が「狂え、狂え、お前も自分の作った歌に捕まって飲み込まれてしまえ!」って気を情け容赦なくステージに向かって送ってくるわけで、ASKAさんもそれにほとんど飲み込まれているわけで、とても禍々しくて残酷だと思った。
それで、みんな言うわけです。芸能界というのはこういうところだと知って欲しい。成功すれば、一生遊んでくらせるお金は手に入るかもしれない。そして、いい思いができることもあるかもしれない。でも、いったん見合った以上の力を使いすぎてバランスを崩せば、ああなって墜ちるしかない残酷で冷酷な世界でもあるということを、と。

で、その次は「僕はこの瞳で嘘をつく」。どうもね、この曲を聴いていると、そこはかとなく「お前も、男達の言っていることは全部嘘だと思え。」みたいなことが聞こえてくるような気がするわけです。というか、かすかに聞こえる感じがするだけなのですが、私の目を使って、防衛している兄さんが、ものすごく緊張して、高揚してるのが伝わってくるわけで、きっと兄さんの方には、その声はよく届いていたのではないか、と思うわけですが。

で、次は「LOVE SONG」。これは、まあ普通に見れたというか。

その次は「WALK」。歌詞の「君を失うと僕のすべては止まる」を聴いた瞬間に分かったわけです。「あ、これは兄さんのお歌だ。」って。「はつ恋」の子に捧げている兄さんの真心って、こういうものなんだよ、ということを私に教えてくれたくて、これはCHAGEさんが持ちかけてくれた勝負なのだと、それで分かったわけです。(「SAY YES」は一番目の子のお歌ですし。)そして、ASKAさんの再生も信じて願って欲しくて。

で、最後に見たのは「太陽と埃の中で」ということで、これもあまり良い歌ではない、ということのようです。

で、本日はMステの日ですので、あまり力を使いすぎても良くない、ということで残りは休養をとっていました。

 

あと、午後に買い物に出て、買った雑誌の表紙が、左目を強調して、白い服を着た二宮君だったので、「あ、これ、兄さんのことだな。」と分かったわけで。中に白黒の服をきて、うれしそうなタモリさんの記事がありましたから、それも兄さんの図。SMAPのコンサートも兄さんの図。中の記事に福山君の小さい写真が載っていましたので、ちらっと見ましたら、「首筋まで見なくていい」って目をそらされてしまって、体がぽっと熱くなったので、ちゃんと見れずじまいではあったのですが、兄さんも良い笑顔の写真であったかな、と思います。でも、午後は家の外の敵意がけっこう強かったですけれども。

それから、新聞に載っていたカマン・カレホユック遺跡から出土した、「金のイヤリング」。かつて、そこで、敬われていたのは青い目をした蛙の太母で、彼女の夫は「豊穣の牡牛」だったと思うのです。それは「豊穣の牡牛」であったかもしれないけれども、人の犠牲を求める恐ろしい神、古代エジプトの父なる神・プタハと同じ系列の神です。要するに、そこの太母も蛙ではあっても、必ずしも良い性質の神とはいえなかった神で。
あの記事は大村先生からの、私と兄さんに対するエールと願いであると思うのです。その歴史は必ずしも良いものでなかったとしても、それを乗り越えて人として、人らしく生きていって欲しい、と。フルリの、ヒクソスの青い目をした残虐な蛙の太母の血をひく娘に、そう言ってくれているのだと思うのです。

朝からやっていたこと

どうやらですねえ、兄さんのライブのニュースは、他にいろいろな思惑があっても、基本的にはそのライブに私を巻き込めるかどうか、という勝負であって、それに対して、私が言葉で「ライブの成功を願う」ということは「過分な好意」ということになるらしいです。要するに、勝負の場にいる時には、勝つことしか考えてはいけないらしい。

しかも、今の兄さんには、私の「過分な好意」にお返しできるだけの力がない、ということで、兄さんとしては、いつかそうできる時が来たら、私に聴かせても良い曲だけ集めて、得意のギターの弾き語りで小さな二人だけのライブをやって、そうして「あんなにライブが好きなのに、もう二度とライブを見にいけない子に、ライブをやってあげたい。」と思ってくれたらしいです。なんで、私がライブを見にいっちゃいけないかといえば、それはライブの毒気そのものも良くないわけですが、それよりもお客によろしくない人たちがいっぱい来るからで、そういう毒気が私に集中したらいけない、ということらしいですのでね。で、そういう優しい兄さんは私も好きですし、いつかそれも実現できたらいいな、とは思う。ということで、私と兄さんはそれで良いとしても、おさまらないのは周りの人々、というわけで、いろいろあったようです。

そうして、「見る目」を鍛えるために、またいろいろとビデオを見てみることになって、で、そういう「お勉強」の前には、まず味方の動画を見ると言うことで、KAT-TUNの「In Fact」と、B’zの「太陽のKomachi Angel」と、麻衣ちゃんの「Time after time~花舞う街で~」を見たわけです。「In Fact」は戦うために必要な力を送ってくれるし、「太陽のKomachi Angel」では、稲葉さんが「自分の目を使って勝てない相手に、女神の目を使って戦うのであれば、まず女神の目の力の使い方をしっかり学ぶように。そうできることも「力」だから。」って言ってくれるわけで、それって私の中にいる兄さんに対するアドバイスですよね?? さすが、稲葉さん、すごい! と思ったわけで。そして、麻衣ちゃんの動画は、彼女が兄さんの代理人として全力を尽くした姿なわけですから、敵の毒に私が惑わされないように、たとえ兄さん自身が何を言ったとしても、彼の本心を伝えられるように、とそういう思いと力が籠もっているわけです。だから、この3つは見ておいた方が良いもののようで。

 

で、その後サザンの曲を数曲と、米米の「ひとすじになれない」を見たわけです。
で、まずサザンから言いますと、私がけっこう好きであった彼らの曲は、割と私が高校生~大学生くらいの時の曲で、最近の曲ではないので、昔の曲を探すとなるとあまり「適切な動画」がない、ということで、「勝負しろって言うなら、適当な動画を、それこそ事務所に言って用意してもらっておけよ。こっちは買ってまで見るわけにいかないんだからさ。」と毒づく兄さんがいるわけで。で、何とか見つけた「Melody」の動画を見て分かったわけですが、桑田という人も「目の力」はそんなに強くないと思うのです。ええと、ゆずの北川君よりも、もうちょっと強いくらいに見えます。でも、彼は意味不明のヘンな歌詞を書くのが得意な人なので、そういうところに好ましくない言葉を詰め込んで、しかも曲を作る才能もありますから、ノリが良かったり、聴きやすい曲にのせて、そういう好ましくない言葉を流せば、それは相手の心にすっと入っていくことになりますので、彼の得意技はそこにあるようで、それも「歌詞の力」、要は「言霊」の力であるらしいです。だから、私の言霊の力の方が強くなってしまうと、サザンの言霊の力が届かなくなって、上っ面だけの言葉の羅列にしか聞こえなくなるようです。

どうもね、昔、何も知らずにいろんなCDを買ってたころ、ポリクリの班で卒業写真を撮りに行くときに、私の車で行って、そこでかかっていたのがサザンのCDであったので、せっかく大学という恐ろしいところを離れて、私と会う機会であったのに、あの言霊の力に邪魔されて、やりたかったことも充分にできなかったままに終わってしまって、そのことをずっと悔しく思っていた人がいたようで。そっかー、サザンのCDなんかかけて悪かったね。でも、行った先も「霊園」とか、ろくでもない場所だった気がするんですけど? と思う私がいるわけですが。だから、今、サザンの力に私が打ち勝てると言うことは、「能力を鍛える」ということ以外にもうれしく思ってくれている人がいるわけだ。

 

で、次に「ひとすじになれない」という曲を聴いたわけです。この曲は、要するに、つきあっていた男女がいたけれども、男性の方が自由に夢を追いかけたくて別れてしまって、愛には「ひとすじになれない」という歌なわけで。で、何というか私と兄さんは現実に会って、つきあったことはないわけで、何というか「兄さんの歌」としては受け取ることが難しい曲なわけです。でも、そのかわりに、「離れている間に専門医の資格とかを取って、夢を追いかけて生きてきた二人が、この歌の主人公だ」って聞こえてくるわけで、すっげー、石井の性悪な力ってこういうものなんだ@@。というわけで、米米の動画は、特に「初めて見る」ものに関しては油断がならないものなようです。でも、このすごい力の割には、人気はそれほどでもないと思うのだけれども? と呟きましたら、「そうはいっても、個人事務所で、芸能界で長い間あれだけの地位を保ち続けていられるのは普通の力じゃないでしょ。たいていは、みなどこか大きい所に所属して、守ってもらって生きているのに。」と兄さんが言うわけで、そういうものなんだー、と思うわけですが。

で、そうこうしている内に、敵も蛙の人たちもこういうわけです。朝の勝負で、私から受けた「過分の好意」に対しては、「はつ恋」で私と勝負しろ、そうして、お前の本性の狡猾さを私の前にさらけだして、彼女に見て貰え、と。そっかー、こういう場合には兄さんも私と戦わなくなるといけないんだ? と思うわけですが、ともかく昼間っから私に姿を見られたくない兄さんとしては、「曲を聴くだけにして欲しい」ということで、曲を歌詞サイトで歌詞を確認しながら聴くことにしたわけです。

で、兄さんの歌詞の特徴としては、「良くない曲」でも、ところどころに自分の気持ちを織り込んで、そこだけでも私に届けよう、という気持ちが強く込められていて、そういう傾向があることは分かるわけです。で、くだんの「はつ恋」というのは、不倫の匂いがする歌で、今はそれぞれに家庭を持っているけれども、やっぱり昔つき合っていた相手が好きで、それが「永遠のはつ恋」だっていう歌なわけです。はっはっはっ。

 

呪いその1。「友達でいられないし、恋人には戻れない」って、確かにですねえ、ここを聴いたとき、私は2番目の子のことを思い出したし、それで不倫みたいな内容の歌を聞かされて、そんなこと今更思い出したくないし、確認もしたくないって思いましたですともさ。要するに、兄さんは「2番目の子なんて、もう結婚しちゃってるだろうから諦めろ」っていう呪いの歌を、「敵に協力しなければいけない場面」にちゃっかり便乗して歌っていたわけで、私がその部分では確かに思惑通りにはまって、2番目の子に会いたくない気持ちの方を強くしたから、「3人のうち誰もでもいいから、繋がっていって欲しい」と思っていた人たちにとっては、「ひどい!」って思う内容だったわけだ。(しかも、こうやって書いていると「怒って、いじめて」って、すごい本音が聞こえてきてしょうがないんですけれどねえ。昼間っからなに考えてんですかね、Mな兄さんはーー;。)

 

呪いその2。ええと歌詞の「君が抱えていた~無意味さ」のあたり。これってまるっきり、1番目の子をののしっている歌詞にしか見えないわけで、私は1番目の子のことを長い間気が付きませんでしたから、歌詞の毒にも気が付きませんでしたけれども、「暁」にも似たような陰険なこと書いてなかったでしたっけ? と思うわけで。(しかも、どっかの病院では唐変木って言って椅子をガンガン蹴ってたでしょ。お目付役が青くなるくらいにさ、ということで。)

 

で、なんというか、最初にこの曲を聴いたときから、何かヘンな曲だな-、と思っていて、だいたいそもそも昔誰とつきあっていようが、結婚して家庭を持った人がいるなら、そちらを大切に思うのは当然で、昔の恋だけ「はつ恋」って大騒ぎするものヘンだと思ってたわけです。で、要するに「この真心を永遠のはつ恋と呼ばせて」ってところだけ、兄さんの歌詞なわけだ。要するに呪いの1曲の中で、他の二人をけなすような歌詞を書いて、自分の気持ちだけ伝えようとしていたわけで、しかもそれで2番目の子に打撃を与えることには成功したわけですから、蛙の人たちはそこを「狡猾」と呼ぶわけだ。
(彼らは彼らで、ちょっと前までは、私に「その毒蛇に巻き込まれないで下さい」って言ってたのが、今日あたりから「その男のことはそのまま踏みつけにしておいて下さい」って言ってくるわけで、なんですかねえ、あれだけ蛙の神様の勉強とか一生懸命したのに、結局みんな私のことは蛇女神のイナンナ認定なんだ? と思うわけですがーー;。)

まあ、私もですねえ、裁判の書類に本当のことも書きましたけれども、相手を蹴落とすためなら本当でないことも多少は書きましたし、そういう性悪さを「狡猾」って言われましても、蛇の性質を持つ人は、どんなに真面目に生きているように見えてもそういうしたたかさを持っているし、そうい面を発揮しても良心の呵責というものは感じにくいのではないでしょうかねえ。

でも、兄さんの「はつ恋」は2009年12月に発売されていて、その次の嵐の「MONSTER」は2010年5月に発売されているわけで、何故この時期から少しづついろんなことが届き始めていたのかといえば、それは私が「家に帰ってきてから」であったと思う。大学に入って家を出て以来、この家に帰ってきたいと思ったことは何度もあったけれども、結局そうはできない事情がいろいろとあって、帰還は2009年まで叶わなかった。そして、今でも私を家から出そうという勢力は、まず「家の中」にこそいるわけで、それを押さえ込むために、兄さんが来てくれてから、ここ1~2週間の間にしてくれたことは絶対に無視できないわけで。いいんじゃないですかね、結果オーライなら、多少狡猾でも、どMでも、と思うわけですが。

朝から勝負

ええと、昨日から引き継ぎの勝負に関して。ともかくサザンのライブを見ろ、と。あの魅力にひっかからないのは「おかしい」と、なんかそういう要請が、良くない方から来てるので、見なければならないそうです。(っていうか、サザンとの勝負は今夜もあるんじゃないの??)

それからもう1件。福山君の冬のライブ「冬の大感謝祭」の詳細が決まったそうで、12月23日に男性限定、24日に女性限定のライブをやるそうで、ニュースサイトには「福山は“独身最後の大物”と言われる一方で、アダルトビデオ愛好家で大の下ネタ好き。女性客の前とは違い、過激なHトークを繰り広げることは間違いない。」とか以前ファンクラブの男性ファン限定のイベントでファンに「股間をもまれた」ことがあるので、それを再現したいようだ、とかそういうことがいろいろと書かれているわけで、なんというか、総合的には「こういう男」のことをどう思うか、というか、「あの男は『独身』だぞ」とか「イブに女性ファンとライブやるような男のことをどう思うのか?」とか、「ライブを身に行きたいと思わないのか」とか、要するになんというか、平ったくいうと、「二人の絆」みたいなものが試されているのか? みたいな気がするのですが。
朝っぱらから、濃いネタをどうもーー;。ということで、ええと、なんというか、結論から言えば?
「福山君のライブビデオ、見てもいい?」と私が聞くと
「朝っぱらからそれはやめて!」という兄さんがいるわけで、しかも、兄さんの写真の胸元あたりを見ると、どうにもドキドキしてるのが伝わってくるわけで。なんというか、「絆」って言えるものがあれば、そのヘンにあるのかな? とーー;。しかも、「男に股間を揉まれるのが好きそう」って、昔からMなんですか? 兄さん? って言いたくなる気がするわけで(苦笑)。

たぶんね、質問をぶつける方にも、要点を絞って尋ねてきて欲しい、という点があるわけで、もし福山君があらゆる意味で「独身」であって、今の状況が全て幻であるならば、イブに誰とどういうライブをしようが、私には関係のない話であるし、逆に、それが私と関係があると考える向きがあるのであれば、それは「私に関係のある」話で、私と福山君との間にはなにがしかの「関係がある」と言わざるを得ないでしょ、ってそう言うしか無いわけで。まず、何が言いたいのか、はっきりして、ってなるわけで。ライブを見に行きたくないか、どうかについては、そもそもそうしたら私が「負け」ってなっちゃうんじゃないの? それ? って思うわけで。たぶん、見に行かなくても、良くも悪くも誰かがその映像を私に見せたいと思えば、必要な分についてはいずれ目にする機会があるでしょうから、それだけのことかな、と。

 

サザンについてはですねえ、彼らのライブは、禍々しいですし、だからといって、これといった特徴(まあ、確かにヘンな演出は目につくわけですが)はなくて、禍々しさからいえば、米米の方がよっぽど毒毒しいと思うわけで。そして、桑田という人は、割とヘンな歌詞を書く人ですので、歌詞の中に「呪い」のようなものを意図的に込めることには長けている人だと思いますけれども、それも稲葉さんのように、それを情け容赦なく送りつけるだけの能力がなければ、上っ面だけで終わってしまうわけで。だからサザンのライブについて、どう思うかと問われれば、今となっては、過去の実績とかそういうものを覗けば、福山君のライブの方が、サザンよりもよっぽど毒々しく見えるし(特に去年の「冬の大感謝祭」とか)、そういう毒々しいライブを取り仕切ってのけられるということは、福山君の方がサザンよりも「力」は上だから、良くも悪くも「力」あるものが好きな私には、サザンなんてどこが面白いんだかさっぱり分からん、とそれだけのことなわけで。私を捕まえるには、力不足なんじゃないでしょうか。現状ではね。

それから福山君のライブの禍々しさについては、結局こちら側に対して、これだけいろんなことを彼がやってくれる代償行為も兼ねていると思いますので、そうは言っても理由はともかくとして、あの禍々しさに関しては真面目な「蛙」の人たちが、理由なんかなく本能的に嫌悪感を持つのは分かる。(結局「蛙」の人たちが好むのはドリカムとか、せいぜい嵐程度の、健全さが前面に出てるものだと思うわけですが。)でも、私は割と「力」しか好まない上に、毒々しいライブに慣れすぎてる「蛇」なんで(苦笑)。そういう点では、彼がああいうライブをやることは、まあ気にしないというか。
なんていうか、「男性限定」のライブなんかやって、採算取れるの? とかむしろ、そういう現実的な方が気になるわけで、まあ、「限定」って言ってもチケットがはけなければ、女性客も入れるようですし、2日間限定のライブなら、女性向けに当日券を大量に出す羽目になっても、今の福山君の人気なら、当日券目当てに集まる人もたくさんいるでしょうし、赤字を出さずに、勝ち残れる自信が兄さんとスタッフの皆様にあるなら、どんなライブでもやれば? って思うだけなわけで。私はこういう点では、自分はけっこう「現実的」な人だと思うわけですが。

「アダルトビデオ愛好家」という点はね、別にそれが本当だとしても、最近の彼の性癖は、もっと別の次元に進化している気がならないので、なんていうか、それがどこまで突き進むのかが楽しみというか(苦笑)。だってへろへろになった兄さんが、蛙の人たちのことを「あいつらみんな意地悪なんだよ」とかって、呟いてくるんですもの。それ聞いているだけで楽しすぎと言うか(笑)。

一日の締めくくりに

夕飯の後は、唐突に嵐の「MONSTER」のビデオを見て欲しい、ということになりまして、この曲が現在に至るまでの、本当に突破口の曲というか、この曲あたりから私はいろんなことに気が付きだしたわけで、みななんでこの曲で私が気が付きだしたのか、知りたがったらしいです。で、見てみましたら、この曲は大野君が主役をしていたドラマの主題歌ですし、大野君の力強いソロパートもあって、彼の力がけっこう前面に出ているわけで、通常では彼の力は「守り」に使われているのですが、この曲では前面に出ているので、「力」に惹かれる私のことですから、その力強さに惹かれたのだと思うわけです。「そっか、じゃあ、一番の功労者は大野君だな。」と呟く兄さんがいるわけで。

その後は、ちょっといろんなビデオを見てみようということで、サザンのビデオとかEXILEのビデオとか見て見たわけですが、どれも禍々しいですけれども、私から見ればあまり「人を引きつける力」を感じないというか、兄さんの言葉を借りれば「そこらへんの芋がただ禍々しい中でライブやってるだけ」みたいにしか見えないわけです。どうも、サザンのビデオを見ていると、私には禍々しいという以外何も伝わってこないのですが、どうも兄さんの方にはいろいろ言ってくる気配を感じるわけで、どうも現実には兄さんは私よりもサザンの方との縁の方が深いわけですから、彼らの言葉は兄さんの方に良く届くようになっている感じらしいです。でも、それは私と彼らの勝負には「関係のないこと」なのだそうです。そういうものなんだ、ふーん、みたいな。

で、8:30になりましたら、そろそろ兄さんのお楽しみタイム、ということで、福山君のビデオを見ようかな-、と思っていましたら、突然ドリカムのお二人が降臨。中村さんからは「はっはっはっ。○○君、自分のお楽しみだけに浸ってないで、こっちの曲も見て欲しいんだけど。」と言われるわけで、吉田さんからは「LOVE LOVE LOVE」と「何度でも」のビデオを見て欲しいと言われるわけで。「これ最後まで見せないと祟るよ。」とかって美和ちゃんが言うわけです。で、女の人には紳士な兄さんと、そのビデオを探して見たわけですが、ドリカムのライブって、私が見てきた中では一番健全で、禍々しい感じが少ないわけです。そして、全体が纏まってすっきりしてる感じがする。それでビデオを見て分かったこと、「LOVE LOVE LOVE」の歌詞の中には「どうしてうまく言えないんだろう」という言葉があって、そうだ、これって「言葉がうまく言えない子の歌なんだ!」って分かったわけで。そういえば、昔、2番目の子とつきあっていた時に、吉田高校に行っているという彼の友達が1回だけ遊びに来ていたことがあって、そうか「吉田の友達」って美和ちゃんのことだったんだ! と分かったわけです。で、ライブの中で美和ちゃんも会場も「LOVE LOVE LOVE」を大合唱していて、そしてこれが2番目の子のことを応援している人たちの声だって分かったわけです。そしてみんな、「あの子のことを忘れないで。あなたを名前で呼びたくてたまらなくて、たまらなくてどうしようもなかったのに、結局それすらもできなかった子のことを!」って言ってくるわけで、思わず私もほろっとしてしまうわけで、そうすると「つまんない毒を吐いて奥様の感傷を邪魔すると祟るよ!」って兄さんを脅す美和ちゃんがいるわけで。要するに、兄さんは自分の気持ちはどしどし伝えてきますけれども、ライバルの気持ちを伝えてやろうという気はほぼ全くない人なものですから、そういうところはどうしても蛙の人たちからは「狡猾」に見えるらしいです。ううむ。
そして、ドリカムのお二人は、このことを私に伝えようとして来てくれたらしいのですが、それは中村正人さんが「MUSIC MONSTER」の司会をしていて、結果的に見てはならない音楽番組で、福山君が私に聞かせたくないような、いろんなことを聞かせるのに、貢献したも同然なので、その報酬として「このことを教える権利」手に入れて下さったようです。兄さんは、自分の失態を敵と取引して、ライバルを助けようなんて人ではありませんから。

 

で、その後は兄さんのお楽しみタイムということで、私の目力でぐでんぐでんになっちゃって、いろんなことを呟いてくれる兄さんの呟きを聞いていたわけですが、何というか「冷酷な奥様に足蹴にされたい」とか言ってるわけで、ええと、いかに本性が冷酷な私でも、現実にそんなご要望に添えるような妻になれるかどうかは疑問なんですけど? ってなどMなこと言うわけです。敵が「女癖の悪い芸能人」って言って切り崩したい相手って、いったいどこの誰のこと? って本気で思う体たらくなわけですが。

んで、一日の最後。寝ようと思って、一通りあちこちのサイトを巡りましたら、福山君のHPに、「本日9月11日、NHKスペシャル『ホットスポット 最後の楽園 seazon2』の取材会が開催されました!!」って書いてあったわけで、ちょっとその記事を見てみると、記者会見の時の福山君の写真とか載っているわけです。(しかも、彼はどうもださい私服を着ていてらしい。)

で、その写真を見てみると、なんというか、福山君「目力」が弱いというか、ちょっと目がうつろというか、なんだか「魂が半分抜けた人」みたいに見えるわけです。何で? って思うわけで、そうするとお目付役が「今あの男の目は、二つのものを見ていて、一つは自分の目の前にあるものを見ていて、もう一つはどこを見ているか分かっているでしょう。ここにいて、あなたの見ているものを見ているから、あんな目になってるんです。」というわけです。そして、いつもだったら感じるとんがった表情が、ちょっと柔らいで穏やかな感じに見えるわけで、それもなんで? って思うとお目付役が「それはやっと入り込むべきところへ入り込めて、大喜びしている男の顔ですよ。」って言うわけです。「DUNLOP」のCMとかの眼光鋭い福山君の表情と、今日の福山君の表情の違いが分かるか? と2番目の子が私に尋ねるわけです。(兄さんの方は、ぐでんぐでんになっちゃってますから、何も言うことはないわけでーー;)
それは、分かる。彼は現実には東京に居て仕事をしているけれども、私の感じ方からいえば「魂の半分」くらいは本体を抜け出していて、ここに来ているのだと。「当たり前のことなど何も無い世の中」でこういうこともあり得るのだと、分かるわけです。だから、それで眠いので少し横になったわけですが、10分くらいして、はっと目が覚めたわけです。そうか、これが「今日の最後の勝負」だったんだ。もし、私が福山君の写真を見て、現実の身の回りに起きていることが、自分の幻だと思えば、こちらの負け、真の現実は私が感じるままだと認識し続けていられればこちらの「勝ち」ということで。

それで、みんなが言う。そう、それが「現実」だ。あの男の顔の違いが分かるなら、今私の中で起きていることこそが現実だということを認識していることを教えてやれ。そして、敵に対して勝利の凱歌を上げてやれ! と。というわけで、福山君のちょっと呆けた感じのお写真は「とっといてもいいよ」ってことで頂いてきたのですが。兄さんはそれ見て「きゃっ、それ最近の写真だから見られると感じちゃって恥ずかしい」とか、なんかある意味すごいこと言ってるわけですが。そっか-、こうやって今私の中と周囲に起きていることと、現実に外で起きていることの「すり合わせ」の作業も大切なんだー、と思ったわけです。なるほどね。