神社/志呂神社
の編集
https://bellis.sakura.ne.jp/pukiwiki2/?%E7%A5%9E%E7%A4%BE/%E5%BF%97%E5%91%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
[
トップ
] [
編集
|
差分
|
履歴
|
添付
|
リロード
] [
新規
|
一覧
|
検索
|
最終更新
|
ヘルプ
]
-- 雛形とするページ --
arche
arche/kousan
AutoTicketLinkName
BracketName
FormattingRules
FrontPage
Help
InterWiki
InterWikiName
InterWikiSandBox
MenuBar
PHP
PukiWiki
PukiWiki/1.4
PukiWiki/1.4/Manual
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/A-D
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/E-G
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/H-K
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/L-N
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/O-R
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/S-U
PukiWiki/1.4/Manual/Plugin/V-Z
SandBox
TopPage
WikiEngines
WikiName
WikiWikiWeb
YukiWiki
例言
地理
大塔物語
大塔物語01
大塔物語序
神社/八女津媛神社
神社/加比留神社
神社/化氣神社
神社/咸古神社
神社/志々伎神社
神社/志呂神社
神社/星尾神社
神社/牟佐坐神社
神社/田島神社
神社/県主
神社/秋鹿神社
神社/鏡神社
神社/高蔵神社
神社/鹿蒜神社
解題
解題2
解題3
''志呂神社''(しろじんじゃ)は岡山県岡山市北区建部町下神目にある神社である。旧社格は県社である。志呂宮(しろみや)とも呼ばれる。福徳成就・安産・厄除けの福徳があるとされる。 * 祭神 [#ya8a0c68] 祭神は、事代主命などである。 * 歴史 [#ybc748e7] ** 創建 [#hc8de8dc] 美作国が備前国から分国した和銅6年(713年)に、弓削庄27カ村(現在の岡山県岡山市北区建部町のうち旧久米郡福渡町の範囲、および久米郡久米南町)の総氏神として祭られたと伝えられている。 * 境内 [#te3209f2] - 本殿 >中山造より発展した3間4面(実尺は4間×4間)の総欅造の出向拝を備えた入母屋造妻入で、各所に彫物が施されている。1848年(嘉永元年)再建(現地の説明板による。)。 - 三樹山(みきやま)の樹林 >''三樹山''は、鎮守の森としてこれまでほとんど手が加えられることなく、自然の推移にゆだねられてきた。このため、シイノキ、ヤブツバキ、シリブカガシなど原始的な植生型に近い常緑広葉樹が育っている。常緑広葉樹林では、四季を通じて熱い葉に被われており、林外に比べて気温の変化や湿度の変化が少なく、冬の寒さをきらう南方系と夏の暑さに弱い北方系の動植物が同居する珍しいところである。1976年(昭和51年)に、岡山県指定郷土自然保護地域となった。 * 祭事 [#re4b537f] - 歳旦祭(1月1日) - 輪潜祭(7月最終土曜日) - 例祭(秋祭、10月20日) * 文化財 [#w2aadd47] ** 重要無形民俗文化財(岡山県指定) [#n91734b2] - 志呂神社御供 >通称「京''尾''御供」と呼ばれ、志呂神社の秋祭(10月20日)に、久米南町京尾の氏子から供えられる神饌行事である。だんごでつくった「フト」と称する女陰を形どったもの3個と、男根を象徴した「マガリ」1個、餅でつくった「丁銀」3個、それに米飯一盛、柚子1個、箸1膳、榊葉若干を三方に盛った''7''膳の熟饌が調整され、御幣を立てた唐櫃にいれて御供所に運ばれ、紋付袴に榊葉を口にした7人の頭人によって供饌される。1957年(昭和32年)指定。 ** 建部町指定無形民俗文化財 [#j4a62a38] - 志呂神社の棒遣い 志呂神社の棒遣いは、秋祭りで奉納される宮棒と称せられるお祓いの神事であり、災難を打ち払い悪魔・悪霊を退散せしめ無事安泰を願う祈りであり、呪術である。&br; 棒の型は、「しんかた」「やまゆき」「こいのみずいれ」等があるが、垪和郷に興った武道竹内流棒術の所作もちり入れるなど伝承過程の中でさらに工夫が加えられきたと推測される。&br; 演者は草鞋に手甲と動き易い装束で、胸当には社紋を印して御神威を示し、鬼面・天狗面は人間を超えた強さを表し、六尺の欅の棒を戛然とうち交わして魑魅魍魎を払い清めるという。 *私的考察 [#t1add9ea] 祭神が事代主命なので、賀茂系の神社かと思う。三樹山という名称は「三本杉」に象徴される三輪山信仰を思い起こさせるが、大物主命は祭神ではないようである。&br; 京尾御供の特徴は「御供」といって神に供するもののように見えて、いわゆる「人身御供」的な印象を受けない点と考える。人身御供の祭祀が崩れたものであれば、人身御供の伝承があったり、若い女性などが決まった年齢に神社に参拝して、身代わりになにがしかの供物を捧げる、とかそういう祭祀になりそうだが、この場合は「御供」を男女に見立てて''食べて''いる。月見団子と同じで、米で作った餅や団子は、それだけでも「死んだ神の化身」という意味がある。それをわざわざ「男女の神」として形作っているのだから、不特定の人身御供を捧げる祭祀、というよりは、元に「''男女の神を食べる''」という祭祀があって、その再現劇のように感じられる。それに「厄払い」の儀式が結びついたものに、中国のイ族の[https://bellis.sakura.ne.jp/mediawiki3/%E3%83%A0%E3%83%89%E3%83%B3 密枝(ミジ)]と呼ばれる祭祀がある。 長野県などで行われる、お正月に火をたいて、お餅を焼いて食べる民間行事である、いわゆる「どんど焼き」に類する祭祀と考える。どんど焼きは祭祀といっても、子供が習字の上達を願って書いたものを燃やす、とかくだけた庶民の行事的な要素があるのだが、真面目に「男女の神を殺して食べる祭祀」をやられているところに、少しだけ背筋が寒くなる気がする。 * 参考文献 [#gd246b4f] - 『建部町史』 - 現地説明板 - Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E5%91%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE 志呂神社](最終閲覧日:26-01-09) - [https://www.e-tsuyama.com/report/2023/03/2023-02-08.html 志呂神社(建部町下神目)]、津山瓦版(最終閲覧日:26-01-09) カテゴリー:[[:神社]] [[:岡山県]] [[:尾]]
タイムスタンプを変更しない
''志呂神社''(しろじんじゃ)は岡山県岡山市北区建部町下神目にある神社である。旧社格は県社である。志呂宮(しろみや)とも呼ばれる。福徳成就・安産・厄除けの福徳があるとされる。 * 祭神 [#ya8a0c68] 祭神は、事代主命などである。 * 歴史 [#ybc748e7] ** 創建 [#hc8de8dc] 美作国が備前国から分国した和銅6年(713年)に、弓削庄27カ村(現在の岡山県岡山市北区建部町のうち旧久米郡福渡町の範囲、および久米郡久米南町)の総氏神として祭られたと伝えられている。 * 境内 [#te3209f2] - 本殿 >中山造より発展した3間4面(実尺は4間×4間)の総欅造の出向拝を備えた入母屋造妻入で、各所に彫物が施されている。1848年(嘉永元年)再建(現地の説明板による。)。 - 三樹山(みきやま)の樹林 >''三樹山''は、鎮守の森としてこれまでほとんど手が加えられることなく、自然の推移にゆだねられてきた。このため、シイノキ、ヤブツバキ、シリブカガシなど原始的な植生型に近い常緑広葉樹が育っている。常緑広葉樹林では、四季を通じて熱い葉に被われており、林外に比べて気温の変化や湿度の変化が少なく、冬の寒さをきらう南方系と夏の暑さに弱い北方系の動植物が同居する珍しいところである。1976年(昭和51年)に、岡山県指定郷土自然保護地域となった。 * 祭事 [#re4b537f] - 歳旦祭(1月1日) - 輪潜祭(7月最終土曜日) - 例祭(秋祭、10月20日) * 文化財 [#w2aadd47] ** 重要無形民俗文化財(岡山県指定) [#n91734b2] - 志呂神社御供 >通称「京''尾''御供」と呼ばれ、志呂神社の秋祭(10月20日)に、久米南町京尾の氏子から供えられる神饌行事である。だんごでつくった「フト」と称する女陰を形どったもの3個と、男根を象徴した「マガリ」1個、餅でつくった「丁銀」3個、それに米飯一盛、柚子1個、箸1膳、榊葉若干を三方に盛った''7''膳の熟饌が調整され、御幣を立てた唐櫃にいれて御供所に運ばれ、紋付袴に榊葉を口にした7人の頭人によって供饌される。1957年(昭和32年)指定。 ** 建部町指定無形民俗文化財 [#j4a62a38] - 志呂神社の棒遣い 志呂神社の棒遣いは、秋祭りで奉納される宮棒と称せられるお祓いの神事であり、災難を打ち払い悪魔・悪霊を退散せしめ無事安泰を願う祈りであり、呪術である。&br; 棒の型は、「しんかた」「やまゆき」「こいのみずいれ」等があるが、垪和郷に興った武道竹内流棒術の所作もちり入れるなど伝承過程の中でさらに工夫が加えられきたと推測される。&br; 演者は草鞋に手甲と動き易い装束で、胸当には社紋を印して御神威を示し、鬼面・天狗面は人間を超えた強さを表し、六尺の欅の棒を戛然とうち交わして魑魅魍魎を払い清めるという。 *私的考察 [#t1add9ea] 祭神が事代主命なので、賀茂系の神社かと思う。三樹山という名称は「三本杉」に象徴される三輪山信仰を思い起こさせるが、大物主命は祭神ではないようである。&br; 京尾御供の特徴は「御供」といって神に供するもののように見えて、いわゆる「人身御供」的な印象を受けない点と考える。人身御供の祭祀が崩れたものであれば、人身御供の伝承があったり、若い女性などが決まった年齢に神社に参拝して、身代わりになにがしかの供物を捧げる、とかそういう祭祀になりそうだが、この場合は「御供」を男女に見立てて''食べて''いる。月見団子と同じで、米で作った餅や団子は、それだけでも「死んだ神の化身」という意味がある。それをわざわざ「男女の神」として形作っているのだから、不特定の人身御供を捧げる祭祀、というよりは、元に「''男女の神を食べる''」という祭祀があって、その再現劇のように感じられる。それに「厄払い」の儀式が結びついたものに、中国のイ族の[https://bellis.sakura.ne.jp/mediawiki3/%E3%83%A0%E3%83%89%E3%83%B3 密枝(ミジ)]と呼ばれる祭祀がある。 長野県などで行われる、お正月に火をたいて、お餅を焼いて食べる民間行事である、いわゆる「どんど焼き」に類する祭祀と考える。どんど焼きは祭祀といっても、子供が習字の上達を願って書いたものを燃やす、とかくだけた庶民の行事的な要素があるのだが、真面目に「男女の神を殺して食べる祭祀」をやられているところに、少しだけ背筋が寒くなる気がする。 * 参考文献 [#gd246b4f] - 『建部町史』 - 現地説明板 - Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E5%91%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE 志呂神社](最終閲覧日:26-01-09) - [https://www.e-tsuyama.com/report/2023/03/2023-02-08.html 志呂神社(建部町下神目)]、津山瓦版(最終閲覧日:26-01-09) カテゴリー:[[:神社]] [[:岡山県]] [[:尾]]
テキスト整形のルールを表示する