解題  

町田 禮助

 応永七年小笠原長秀が村上満信等と川中島で戦った事を記したものに大塔記と、大塔物語と、大塔軍記がある。それが鎌倉時代から行はれた和流の漢字文で、難解であった為め、仮名交りに書き直したものも伝へられた、がそれは皆原本によって多少の抜き差しをした迄のものであって異本と称すべき底のものではない。


トップ   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS