星尾神社(ほしおじんじゃ)は岡山県井原市美星町星田にある神社である。

祭神

祭神は、造化三神。天之御中主神、高皇産霊命、神皇産霊命

概要

星尾神社は北辰信仰により隕石(明鏡)を御神体として祀り崇めてきた神社であり星にまつわる言われの多い神域地域である。平成元年、美星町の町おこしとして「星祭」を始めたとき その協賛事業として星尾神社にて七夕祈願祭を執行することにした。今では全国各地より多量の七夕短冊が奉納され、祈願神事の後、境内に七夕短冊を高く積み神火をつけ願いを天高く届けている。

由緒

かつてこの地は黒田と呼ばれていたが、永久年間に三つの流れ星が飛来し、それぞれ現在の星田(北槙)と黒忠(本村、八日市)に落下した。この地を治めていた豪族・妹尾兼定は、神が降りてきたとこの石を取り、落下地近くに社を建てて祭ったという。その後、 正中元年に妹尾平治右衛門が北槙の社を星尾神社とした。(境内案内板より)

流れ星伝承

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流れ星が落ち、祀った祠が現在の「星尾神社」「高星神社」「明神社」の3つの神社とされている。
高星神社の縁起に「降臨した星の光が強すぎた為、不漁になったといって、笠岡方面の漁民が魚を持って参りだしたと伝わる」とある。
右の写真は、高星神社の鳥居の額である。「星王大明神」とある。どうしても掲載したかったのでこちら(流れ星が落ちた 高星神社、mikomarin9999のブログ(最終閲覧日:26-01-09))から、トリミングして転載させていただいている。

その他の高星神社

赤磐市稲蒔に高星神社がある。由緒は「本郡高星山の鎮座で、宝永元年申四月に再建した。本国神明帳に高星神社。山本氏本に正四位下高星明神と記載してある旧社である。高星山は磐梨郡の龍天山、御津郡の金山、津高郡の化気山、和気郡の熊山等国中五高山のうち最も勝れた名山である。山中に「ヒレダラ星」と云う大石がある。此処が神社の旧跡である。現在地に奉祀した年代は不明である。」とのこと(高星神社、岡山県神社庁(最終閲覧日:26-01-09))。大正6年に「石淵鴨部神社」(当時は「妙見社(宮)」)と、「河瀬神社」を合祀した(高星神社、備前の古社を訪ねる(最終閲覧日:26-01-09))。祭神は高星神、阿邇鉏髙日子根命、瀬織津比賣命。

私的考察

岡山県の星神信仰は賀茂系氏族の神と考える。美星町には「星が降った」という伝承があるが、「高星神社」という名があることから赤磐市の高星山信仰の流れをくむ神社なのではないだろうか。島根県の星上山には「漁師が海に出ているときに嵐にあったが、星上山に星が宿って光ったおかげで港に帰り着くことができた」という伝承があり、こちらでは対照的に星神が迷惑な存在になっているのが面白い。
「ヒレダラ岩」とは「ヒル(日)+ダラ(雷)」という意味で、「火雷神」のことを指すのではないだろうか。賀茂系の神なら阿邇鉏髙日子根命でも良いと考える。

神社/高蔵神社」の項でも述べたが、この地域の「高」という字には「十(とう)」という言葉から変化したものがあるのではないかと感じる。とすれば、「高星神社」とは「十星神社」とも読むことができ、北辰信仰も兼ねるかもしれないが、暗にローマ式キリスト教的な「天の父神」でもあるのかもしれないと思う。そう考えると、地上に降臨してきた阿邇鉏髙日子根命はイエス・キリストでもある、といえるのかもしれない。阿邇鉏髙日子根命は「賀茂別雷神」とも言われるとされるが、この神は父の存在がはっきりせず、しまいに昇天してしまう。この神話はイエスの生涯をなぞらえているのではないだろうか。

また「星尾」という言葉を「星王」とも解釈しているようで興味深い。各地の神社を調べていると、ときどき「尾」という言葉が付加されているように見える名前の神社がある。「尾」という言葉の意味を考えていたが、暗に「」という意味なのかとも想像できる。賀茂の星神・阿邇鉏髙日子根命が「星の王」でもあるという意味なのだろうか。地上に降ってきたのなら「地上の王」とも言えるのではないだろうか。

参考文献

カテゴリー::神社 :岡山県 :尾 :原始キリスト教


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