=== 農耕祭祀との関連 ===
信州新町の話は「小豆」と関連している。また、松浦氏の「父親」は'''田代近松'''という名で、農耕や松といった植物に関連があることが示唆される名である。「キジも鳴かずば」系の話は、ほぼ治水や水に関する土木工事の話となっているが、本来は農業の豊穣に関して、人や動物を生け贄に捧げた祭祀だったのではないだろうか。という名で、農耕や松といった植物に関連があることが示唆される名である。「キジも鳴かずば」系の話は、ほぼ治水や水に関する土木工事の話となっているが、本来は農業の豊穣に関して、人や動物を生け贄に捧げた祭祀だったのではないだろうか。ミャオ族の先祖が興したと考えられている[[大渓文化]]の[[城頭山遺跡]]では、ウシの下顎骨が人骨と同時に埋葬されていることが発見されており、農耕儀礼に捧げられた生贄と考えられている。人骨は彼らの遠祖であり、本来水神であったと思われる[[アペ・コペン]](中国神話における[[黄帝]])になぞらえたもの、ウシは[[炎帝神農|炎帝]]になぞらえたもので、いずれも「'''鎮めなければならない疫神'''」だったと考える。なぜなら遠い先祖とはかつて人であって死んだ者にほかならない。古代中国では、人は死ぬと「鬼」になった、と考えられていたであろうが、'''通常ではない非業の死を遂げた者は、特に子孫に祟らないように注意深く供養して鎮めねばならないもの'''と考えられていたのではないだろうか。「キジも鳴かずば」の「父親」は先祖の「疫神」になぞらえて殺される(鎮める)ための生け贄だったのであり、その先祖とは荒れる水神のことを指したのだろう。それが、'''最初は農耕の豊穣を求める祭祀'''だったのが、日本に入ってきて、'''土木工事とその結果の安寧を求める祭祀'''に変化したものと思われる。
== 関連項目 ==