解夫婁王は、伝承の上で北東アジアの王朝群の「父神」であると共に、[[顓頊]](高陽氏)を通して[[黄帝]]と北東アジアの王朝群を連結する重要な存在と考える。解夫婁王が馬になぞらえられる点は[[炎帝型神]]といえる。領土をいつのまにか[[解慕漱]]に奪われており、[[炎黄闘争]]の神話の名残が感じられる。夫余、高句麗の王朝は
* 解夫婁王・[[金蛙王]]([[炎帝型神]])、[[金蛙王]]は[[炎帝型神]]の性質が強い[[啓]]・[[祝融]]に相当する。)
* [[解慕漱]]([[黄帝型神]])
* [[朱蒙]]([[黄帝型神]]だが[[炎帝型神]]の性質もやや含む。[[啓]]・[[祝融]]に相当する。)
と受け継がれており、[[炎帝神農|炎帝]]と[[黄帝]]はそもそも近親ではなかったことが示唆されるように思う。また、檀君神話から、熊のトーテムを持っていたのは始祖達の「母親」であったことが分かる。しかし、最終的に始祖となるのは[[黄帝]]と[[炎帝神農|炎帝]]のハイブリッドの王達なのである。[[金蛙王]]と[[朱蒙]]はもともと「同じもの」であったものを、[[炎帝型神]]の性質が強い[[金蛙王]]と、[[黄帝型神]]の性質が強い[[朱蒙]]に分けたものと考える。
== 関連項目 ==
* [[伊邪那岐命]]:日本神話で解夫婁王に相当する神。
** [[須佐之男命]]:日本神話で解夫婁王に相当する神。
* [[金蛙王]]:解夫婁王の息子。
== 注釈 ==