ものすごい良い動画を見かけたわけです

それは、2012年3月18日に福山君が宮城県石巻市にある住吉中学校の体育館(1000人規模)でライブを行って、当日全国の民放FM52局同時生放送番組『MEET THE MUSIC LIVE』で全国放送された時の、ライブの動画ということで。

 

その約20日後の4月6日に、福山君はMステで「生きてる生きてく」と「Around the world」を歌って、我が家では何もかもが始まったわけで。まさに、決行直前のライブなわけです。しかも、会場全体から「ありがとう」って言葉が伝わってきて、みんなが「あの人に『ありがとう』ってあなたから伝えて。」って言ってくれてるのが分かるし、みんながこれから福山君がやろうとしてることを知っていて、良い曲を唄っても、悪い曲を唄っても、応援してくれているのも分かるわけで。そして、福山君の方も、普段のライブだったらその目の力を会場を操るのに使っているのですが、このライブではみんなが応援してくれている気持ちを、できるだけ目の中に、記憶の中に焼き付けておこうとしてその力を使っているわけで。


動画になっているライブのセットリストは「虹」「HELLO」「Around the world」「fighting pose」「家族になろうよ」「生きてる生きてく」「桜坂」「蜜柑色の夏休み」「少年」「道標」。
「虹」は、「これから君の空に飛び立つのさ」という歌。
「HELLO」は、好きな子に対して「誰にも負けたくない」という歌。
「Around the world」は「世界一周」の歌。
「fighting pose」は「どんな勝利も栄光も無傷じゃないとするなら 痛めた心は意味があると言ってよ」とか「真っすぐさとか正直さとか それだけじゃ勝てなくて 切り捨ててきた人や閉じ込めた無邪気さを 嘆く夜もあるんだ」とか「流した汗を涙を知って欲しいわけじゃない」とかっていう歌詞が出てくるわけで、でも、みんな本当は、そういうことを福山君の好きな人に「知って欲しい」と思ってくれていることが伝わるわけで。
何か言ってよ? って言われるのであれば、まあ「痛めた心」には意味はあるのではないでしょうかねえ? そうやって大人になっても、だいたい昨日のあの程度なのだから、若い頃の情熱をそのままぶつけられたら、本当に2日くらいで潰れちゃったと思うと、彼の「好きな人」は正直そう思うのではないかと思うわけですがーー;。


で、その後MCで、あの地震のことに触れられていて、で、「一週間くらいは何をしてよいのか分からなかった。」と福山君が言っている時に、みんなが「あの時、火の玉のようにすぐさま飛び込んできて、『できるだけのことをできる限りしよう。』と言ってくれた人のことは忘れない。敵が『日本の国は終わった。』と言ったときに、強い言霊で、『黙れ、まだ終わっていない。』って言って、敵を追い払い、この国を守ってくれたことは忘れない。」って言っているわけで。あの、地震以来、確かに身の周りでの、私自身に対する評価や期待みたいなものが高まっているみたいなことはうすうす分かっていたわけですが、それは「原発に水をかけたことだけじゃないんだ?」って、これを聞いて始めて知ったわけで。
あの頃は、deviantArtという英語圏のSNSサイトに自分のページを持っていてですねえ、地震の後、アメリカのCNNのケーブルテレビのニュースで「日本は終わった」って言ってるジャーナリストがいる、っていうことを教えてくれた人がいたわけですよ。あのゲイのジャーナリスト、なんていう名前だったっけ? って思ったわけで、そういえば、アンダーソン・クーパーって名前でしたねえ? と思い出したわけで。じゃあ、あの男が「日本は終わった」って言ったのも、あれも「勝負」の一つだったんだ? と思ったわけで。どうも、正確な日時が思い出せないのですが、mixiの資料もどこかにとってあると思うので、調べれば分かるかもしれないと思う。でも、あの状況では、他に言いようがないじゃないですか? と思うわけで。


要するに、あの地震で、私は「大洪水で人類を救う神」(要するにヒンドゥーのヴィシュヌ、仏教の釈迦)の資格を得、もともとKBの神の資格は生まれながらに持っているわけだから、その2つの力を結集して、敵の殺意をかわしながら、キリスト教に挑め。彼らの中にも正々堂々と勝負を受けて立つ人々はいる。だから、彼女に足りない分は、あなたが導いて、そのステージまで引き上げていけ、と、みんな兄さんにそれを期待していたように感じるわけですが。「彼女はただ家の中にいて、畑で種を蒔いて生きるだけの器じゃない。」と、みんなそういう、蛙さんたちの期待を損なうようなことを考えてらっしゃったようで。で、地震のMCが終わった後に、
「家族になろうよ」
「生きてる生きてく」
「桜坂」
と続くわけで、良くも悪くも、兄さんの趣味が全開のライブだと思ったわけです。そしてアンコールが「蜜柑色の夏休み」で、これはまあ良い曲。
「少年」は「名も無き この歌」と歌詞に出てくるのですが、私には「名も無き 子の歌」と聞こえるわけで、「名も無き子」とは、「誰でもないもの」という意味のアメン神のことですから、要するに兄さん自身の歌だと思うのです。
そして、「道標」はですねえ、平ったくいうと、「お母さんは家の中にいて、畑で種を蒔いて生きるだけであるべきではない。」という、要は「蛙さん達を呪う歌」に聞こえるわけですが@@。(この曲、テレビで歌っているのも見たことある気がするのですが。fighting poseもですが。)

 

要するに、この2年というのは、私がMay.J嬢との勝負に勝つか、負けるかという、そのためだけに準備されたものだったんだ? と思うわけで。その道筋をつけて突っ走ってきたのが、ライブをやっている人なわけだ。いや、でも、まあ、当時からいろんな人が私のことを知っているであろうことは分かっていましたので、どこの誰にどんな手紙を書けと言われても、あんまり抵抗がないわたしではあるのですが。(しかも、近所の人を見かけるたびに、兄さんは背中に視線を打ちこむ。部屋の中では、「誰も通さない」という勢いで倉木さんとジャニーズの皆様の目が光ってる、ということでそちらの方は、なんとかなりそうだと思うわけですが。)

 

で、「桜坂」という曲を、この騒ぎが起きてから、ものすごく改めて見て見たわけですが、どうみても「一番目の子と二番目の子」をセットで「呪っている歌」にしか見えないわけで。要するに、誰かさんは、この曲で「自分が本当に欲しいものを手に入れるまでは、彼女はお前らには、必要以上に絶対に会わせない。」って呪いをかけたわけだ。この狡猾な毒蛇めが? ってそれは思うわけですが(苦笑)。「本当に欲しいもの」とは? それは「愛」でしょ? ということで。しかし、私も「必要な釘」は刺しときましたし、その言霊の力を忘れるような兄さんではないと思いますけれどもね。お望み通りに「雅治さん」っていっぱい書いておきましたし? と思うわけで。

この動画を、私が今日見ることになったのも、けして偶然ではないと思うわけで。まあ、だいたい世の中というのは、こんな風に動いていくものなのだと思うのです。


しかし、どうも「よろしくない目」の方達の一部に懐かれてからは、蛇でも蛙でも無いような異形な人たちもちょこちょこと遊びに来るようになったわけで、兄さんのことを見ては「要するに、あんたは『食い物』として石井よりも固くてまずそうに見えたんじゃないのか。」とか、今更なことを言ってくれたりするわけですが(苦笑)。どうも、勝負にはとりあえず勝ちましたが、兄さんにとっては朝から微妙に楽しくない一日だったのではないでしょうかーー;。(是枝さんとかもちょこっと来られてましたよね? 他の人たちよりもかなり大きい蛇さんだったように思うのですが。)

 

でも、このライブはとても良いライブだったと思いますし、最後に中学校に福山君の方から「桜の木」を一本進呈していまして。桜も私の象徴ですしね? ということで、応援して頂いた皆様に対しての、兄さんのお礼の気持ちだったのだと思います。本当に長い2年だったよね? と思ったわけですが、でもまだ終わったわけでもありませんのでね。大勢の皆様に応援して頂いて、本当にありがとうございました<(_ _)>。



Posted by bellis 00:12 | 日記 | comments (x) | trackback (x)