「イアムベー」の版間の差分

提供: Bellis Wiki3
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
(同じ利用者による、間の22版が非表示)
1行目: 1行目:
 
'''イアムベー'''(Ἰάμβη, Iambē)は、ギリシア神話の女性である。トラキアの出身で、牧神[[パーン]]と[[エーコー]]の娘<ref>『大語源辞典(Etymologicum Magnum)』。</ref><ref>高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.46b。</ref><ref>Pierre Grimal 1986, p.224.</ref>。[[エレウシース]]の王家に仕える老女で<ref name=AP>アポロドーロス、1巻5・1。</ref>、娘[[コレー]]を失った[[デーメーテール]]女神を笑顔にさせたと伝えられている<ref name=AP /><ref>「デーメーテール讃歌」202行-204行。</ref>。'''イアンベー'''、長母音を省略して'''イアムベ'''、'''イアンベ'''とも表記される。
 
'''イアムベー'''(Ἰάμβη, Iambē)は、ギリシア神話の女性である。トラキアの出身で、牧神[[パーン]]と[[エーコー]]の娘<ref>『大語源辞典(Etymologicum Magnum)』。</ref><ref>高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.46b。</ref><ref>Pierre Grimal 1986, p.224.</ref>。[[エレウシース]]の王家に仕える老女で<ref name=AP>アポロドーロス、1巻5・1。</ref>、娘[[コレー]]を失った[[デーメーテール]]女神を笑顔にさせたと伝えられている<ref name=AP /><ref>「デーメーテール讃歌」202行-204行。</ref>。'''イアンベー'''、長母音を省略して'''イアムベ'''、'''イアンベ'''とも表記される。
 +
 +
'''イアムベー'''(古代ギリシャ語:Ἰάμβηは「談笑」の意)は、ギリシア神話ではトラキアの女性で、[[パーン]]と[[エーコー]]の娘、ヘルメースの孫娘、ヒッポトオーンの妻メタネイラの召使であったという。また、エレウーシスの王、ケレオスの奴隷という説もある。
  
 
== 神話 ==
 
== 神話 ==
6行目: 8行目:
 
アポロドーロスは女たちがテスモポリア祭(Thesmophoria)で嘲罵をよくするのはイアムベーの故事にちなんでいると語っている<ref name=AP />。『オルペウス讃歌』ではイアムベーと同じ役回りを演じる女性の名前はバウボー(Baubo)であり、自らの女性器を見せることで女神を笑わせたと語られている。したがって『ホメーロス風讃歌』でイアムベーがデーメーテールを笑わせるために冗談を言ったというのは控えめな表現であり、冗談の内容も猥雑なものであったと考えられる<ref name="沓掛">沓掛訳注、62。</ref>。
 
アポロドーロスは女たちがテスモポリア祭(Thesmophoria)で嘲罵をよくするのはイアムベーの故事にちなんでいると語っている<ref name=AP />。『オルペウス讃歌』ではイアムベーと同じ役回りを演じる女性の名前はバウボー(Baubo)であり、自らの女性器を見せることで女神を笑わせたと語られている。したがって『ホメーロス風讃歌』でイアムベーがデーメーテールを笑わせるために冗談を言ったというのは控えめな表現であり、冗談の内容も猥雑なものであったと考えられる<ref name="沓掛">沓掛訳注、62。</ref>。
  
この物語はエレウシースの秘儀の起源譚となっている。秘儀では入信者は白い羊の毛皮が掛けられた椅子に座り<ref>沓掛訳注、60。</ref>、デーメーテールが食事に手を付けなかったように[[断食]]し、キュケオーンを飲むことになっていた<ref>沓掛訳注、61。</ref>。また一説によると古代ギリシアの[[抒情詩]]の1つ[[イアムボス]]はイアムベーに由来するとも言われる<ref name="沓掛" />。
+
この物語はエレウシースの秘儀の起源譚となっている。秘儀では入信者は白い羊の毛皮が掛けられた椅子に座り<ref>沓掛訳注、60。</ref>、デーメーテールが食事に手を付けなかったように断食し、キュケオーンを飲むことになっていた<ref>沓掛訳注、61。</ref>。また一説によると古代ギリシアの抒情詩の1つ[[イアムボス]]はイアムベーに由来するとも言われる<ref name="沓掛" />。
 +
 
 +
アッティカで行われたデーメーテールの祭りの賑わいは、イアムベーに由来する。娘を捜してさまようデーメーテールがアッティカに到着すると、イアムベーはジョークで悲嘆にくれる女神を励ましたと言われている<ref>Apollodorus, 1.5.1; Diodorus Siculus, 5.4; Photius, ''Bibliotheca'' Codices 239. p. 319, ed. Bekker; Scholia on Nicander, ''Alexipharmaca'' 134</ref>。
 +
 
 +
<blockquote>'''イアムベー'''が、彼女のために用意した。<br>
 +
指定席に、明るく輝くフリースをかける。<br>
 +
彼女はそこに座り、目の前にヴェールをつけた。<br>
 +
彼女は長い間、何も言わずにソファに座り、悲しんでいた。<br>
 +
また、彼女は言葉や行動で誰かを抱きしめることもなかった。<br><br>
 +
 
 +
その上、笑いもせず、食べ物や飲み物を味わうこともなく<br>
 +
彼女は、深い傷を負った娘への思慕の念に駆られ、衰弱して座っていた。<br>
 +
'''イアムベー'''は冗談を言いながら、注意深く観察し<br>
 +
ジョークを連発し、神の気分を盛り上げた。<br>
 +
笑顔と笑い、そして優雅な心で。<br>
 +
そこで、彼女はその後、その優しい気質で女神を喜ばせた<ref>''Homeric Hymn to Demeter'' 195-205</ref>。</blockquote>
 +
 
 +
イアムベーは、イアンビック詩の名称を与えたとされる。イアムベーが首つり自殺をしたのは、イアンビック詩で演説をしたためだという説と、イアンビック旋法で踊ってデーメーテールを励ましたという説がある<ref>Eustathius on Homer, p. 1684</ref>。
  
 
== 参考文献 ==
 
== 参考文献 ==
* [[アポロドーロス]]『ギリシア神話』[[高津春繁]]訳、[[岩波文庫]](1953年)
+
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%99%E3%83%BC イアムベー](最終閲覧日:23-01-16)
* [[ホメーロス]]『ホメーロスの諸神讃歌』[[沓掛良彦]]訳、[[ちくま学芸文庫]](2004年)
+
** アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
* 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』[[岩波書店]](1960年)
+
** ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、ちくま学芸文庫(2004年)
* [[ピエール・グリマル|Pierre Grimal]], ''The Dictionary of Classical Mythology''. Blackwell Publishers, 1986.
+
** 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)
 +
** Pierre Grimal, ''The Dictionary of Classical Mythology''. Blackwell Publishers, 1986.
 +
* Wikipedia:[[(最終閲覧日:23-01-16)|Iambe]](最終閲覧日:23-01-16)
 +
** Apollodorus, ''The Library'' with an English Translation by Sir James George Frazer, F.B.A., F.R.S. in 2 Volumes, Cambridge, MA, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1921. ISBN:0-674-99135-4. [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0022 Online version at the Perseus Digital Library.] [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0021 Greek text available from the same website].
 +
** Diodorus Siculus, ''The Library of History'' translated by Charles Henry Oldfather. Twelve volumes. Loeb Classical Library. Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press; London: William Heinemann, Ltd. 1989. Vol. 3. Books 4.59&ndash;8. [http://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Diodorus_Siculus/home.html Online version at Bill Thayer's Web Site]
 +
** Diodorus Siculus, ''Bibliotheca Historica. Vol 1-2''. Immanel Bekker. Ludwig Dindorf. Friedrich Vogel. in aedibus B. G. Teubneri. Leipzig. 1888–1890. [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:2008.01.0540 Greek text available at the Perseus Digital Library].
 +
** ''The Homeric Hymns and Homerica'' with an English Translation by Hugh G. Evelyn-White. Homeric Hymns. Cambridge, MA.,Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1914. [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0138%3Ahymn%3D2 Online version at the Perseus Digital Library.] [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0137 Greek text available from the same website].
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
 +
* [[バウボー]]
 +
* [[カムルセパ]]:ヒッタイトの女神
 
* [[エレウシースの秘儀]]
 
* [[エレウシースの秘儀]]
* [[天宇受売]]
+
* [[天宇受賣命]]:イアムベーと性質が似ているように思う。
  
 
== 参照 ==
 
== 参照 ==
25行目: 52行目:
 
[[Category:エレウーシス]]
 
[[Category:エレウーシス]]
 
[[Category:羊]]
 
[[Category:羊]]
 +
[[Category:吊される神]]

2023年2月21日 (火) 13:50時点における最新版

イアムベー(Ἰάμβη, Iambē)は、ギリシア神話の女性である。トラキアの出身で、牧神パーンエーコーの娘[1][2][3]エレウシースの王家に仕える老女で[4]、娘コレーを失ったデーメーテール女神を笑顔にさせたと伝えられている[4][5]イアンベー、長母音を省略してイアムベイアンベとも表記される。

イアムベー(古代ギリシャ語:Ἰάμβηは「談笑」の意)は、ギリシア神話ではトラキアの女性で、パーンエーコーの娘、ヘルメースの孫娘、ヒッポトオーンの妻メタネイラの召使であったという。また、エレウーシスの王、ケレオスの奴隷という説もある。

神話[編集]

『ホメーロス風讃歌』「デーメーテール讃歌」によると、デーメーテールはハーデースに連れ去られた娘コレーを探して地上を放浪した。悲しみに胸を痛めながらエレウシースを訪れたとき女神は老婆のようであった[6]ケレオス王の館に招かれた女神は王妃メタネイラ(Metanira)の席に座すことを勧められたが、目を伏せて黙ったまま座ろうとしなかった。そこでイアムベーが機転を利かせて、女神の前に椅子を置き、銀のように白い羊の毛皮を掛けると、女神は椅子に腰を下ろした。しかし、誰とも言葉を交わそうとせず、食事をしようともしなかった。そこでイアムベーは積極的に女神に話しかけ、繰り返し冗談を言った。すると女神はついに微笑み、そのかたくなな心を和ませることができた。その後、デーメーテールは勧められたぶどう酒を飲むことができないと言って断り、代わりにキュケオーンを飲んだ[7]

アポロドーロスは女たちがテスモポリア祭(Thesmophoria)で嘲罵をよくするのはイアムベーの故事にちなんでいると語っている[4]。『オルペウス讃歌』ではイアムベーと同じ役回りを演じる女性の名前はバウボー(Baubo)であり、自らの女性器を見せることで女神を笑わせたと語られている。したがって『ホメーロス風讃歌』でイアムベーがデーメーテールを笑わせるために冗談を言ったというのは控えめな表現であり、冗談の内容も猥雑なものであったと考えられる[8]

この物語はエレウシースの秘儀の起源譚となっている。秘儀では入信者は白い羊の毛皮が掛けられた椅子に座り[9]、デーメーテールが食事に手を付けなかったように断食し、キュケオーンを飲むことになっていた[10]。また一説によると古代ギリシアの抒情詩の1つイアムボスはイアムベーに由来するとも言われる[8]

アッティカで行われたデーメーテールの祭りの賑わいは、イアムベーに由来する。娘を捜してさまようデーメーテールがアッティカに到着すると、イアムベーはジョークで悲嘆にくれる女神を励ましたと言われている[11]

イアムベーが、彼女のために用意した。

指定席に、明るく輝くフリースをかける。
彼女はそこに座り、目の前にヴェールをつけた。
彼女は長い間、何も言わずにソファに座り、悲しんでいた。
また、彼女は言葉や行動で誰かを抱きしめることもなかった。

その上、笑いもせず、食べ物や飲み物を味わうこともなく
彼女は、深い傷を負った娘への思慕の念に駆られ、衰弱して座っていた。
イアムベーは冗談を言いながら、注意深く観察し
ジョークを連発し、神の気分を盛り上げた。
笑顔と笑い、そして優雅な心で。

そこで、彼女はその後、その優しい気質で女神を喜ばせた[12]

イアムベーは、イアンビック詩の名称を与えたとされる。イアムベーが首つり自殺をしたのは、イアンビック詩で演説をしたためだという説と、イアンビック旋法で踊ってデーメーテールを励ましたという説がある[13]

参考文献[編集]

  • Wikipedia:イアムベー(最終閲覧日:23-01-16)
    • アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
    • ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、ちくま学芸文庫(2004年)
    • 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)
    • Pierre Grimal, The Dictionary of Classical Mythology. Blackwell Publishers, 1986.
  • Wikipedia:Iambe(最終閲覧日:23-01-16)

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. 『大語源辞典(Etymologicum Magnum)』。
  2. 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.46b。
  3. Pierre Grimal 1986, p.224.
  4. 4.0 4.1 4.2 アポロドーロス、1巻5・1。
  5. 「デーメーテール讃歌」202行-204行。
  6. 「デーメーテール讃歌」101行。
  7. 「デーメーテール讃歌」190行-209行。
  8. 8.0 8.1 沓掛訳注、62。
  9. 沓掛訳注、60。
  10. 沓掛訳注、61。
  11. Apollodorus, 1.5.1; Diodorus Siculus, 5.4; Photius, Bibliotheca Codices 239. p. 319, ed. Bekker; Scholia on Nicander, Alexipharmaca 134
  12. Homeric Hymn to Demeter 195-205
  13. Eustathius on Homer, p. 1684