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'''妖精'''(ようせい、{{lang-en|fairy、faery}}、{{lang-fr|fée}})は、[[神話]]や[[伝説]]に登場する超自然的な存在、人間と神の中間的な存在の総称<ref name="Imura-book-98">[[#井村 (1998)|井村 (1998)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref><ref name="Briggs-dictionary-76">[[:en:Katharine Mary Briggs|Katharine Briggs]], ''A Dictionary of Fairies'', [[:en:Allen Lane|Allen Lane]] 1976 ([[ラウトレッジ|Route Ledge]] 2003)</ref><ref name="bbc-iotc">{{Cite web |author=M. bragg, J. Wood, et al., |work=BBC radio 4, In Our Time Archive: Culture |title=Fairies |publisher=[[英国放送協会|BBC]] |date=2006-05-11 |url=http://www.bbc.co.uk/programmes/p003c1b3 |accessdate=2015-11-15 }}</ref>。人とも神とも違う性格と行動は、しばしば気まぐれと形容される。fairyの語は[[ラテン語]]のfata(運命)の語に由来する。
== 概要 ==
狭義では[[イングランド]]、[[スコットランド]]、[[ウェールズ]]、[[アイルランド]]、[[ノルマンディー]]等の神話や伝承の精霊や超常的な存在を指し、広義には他の国・地方・民族の同様の存在、例えば[[ゲルマン神話]]の[[エルフ]]、メソポタミア地域の[[リリス]]、インド及び東南アジアの[[ナーガ]]等を含む<ref name="bbc-iotc"/>。日本では[[小人 (伝説の生物)|こびと]]、[[妖怪]]、[[竜]](西洋の[[ドラゴン]]や[[ワーム (伝説の生物)|ワーム]])、[[仙人|仙女]]、魔女等も含まれるとされる<ref name="Imura-book-98"/><ref name="Briggs-dictionary-76"/>。
人間に好意的なもの、妻や夫として振る舞うもの、人に悪戯したり騙したり、命を奪おうとするもの、障害として立ちはだかるもの、運命を告げるものなど、様々な伝承がある。[[コティングリー妖精事件]]の後は、絵画や文学の作品中で羽をもつ非常に小さな人型の姿で登場することが多い。世界中の様々な神話や伝承に共通する面が見られるのと同様に、同様の妖精が類型として様々な名前や姿形で異なる地方、民族の伝承にあらわれる<ref name="Imura-book-98"/>。
英語のフェアリー(fairy)の語源は[[古代ローマ]]に遡る。古代ギリシアの教養がローマに浸透し[[ローマ神話]]が創成された時代に、人の出生に立ち会い運命を定める[[モイラ (ギリシア神話)|モイラ]]の三女神に対応する[[パルカ]]の三女神が創造された。パルカは詩人などの知識人には受容されたが、民間には運命の定めを表すファートゥム(Fatum)の概念だけが受容された。運命の定めは民間で擬人化され、[[アウグストゥス]]の時代に改めてファータ(Fata)の三女神として再創造され、[[ルーマニア]]を除いた各地の[[ラテン民族|ロマンス族]]にファータ信仰が広がり、土着の宗教観念や妖怪伝承と混交した{{sfn|ブレードニヒ |1989|p=272-276}}。
妖精の起源には様々なものが考えられ、被征服民族の民族的記憶、異教の神や土着の神が神格を剥奪されたもの、社会的に差別・追放された人々を説明するための表現、躾のための脅しや芸術作品の中の創作、などが挙げられる。小さい姿に描かれたり、遠い場所に行ってしまうといった話は、意識の中で小さくなってしまった存在であるということを表している。神格剥奪のプロセスにおいては、ユダヤ〜キリスト教における天使、堕天使(いわゆる悪魔)、イスラム教における[[ジン (アラブ)|ジン]]の由来と同様のものもあろう。
[[ケルト人|ケルト族]]の[[ケルト神話|神話]]や[[伝説]]には多種多様な数多くの妖精が登場する<ref name="Briggs-book-jptrans-96">[[#ブリッグズ,井村訳 (1996)|ブリッグズ,井村訳 (1996)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref>。[[ドワーフ]]、[[レプラコーン]]、[[ゴブリン]]、[[メネフネ]]など他の伝承の生き物と同様に、[[小人 (伝説の生物)|小人]]と呼ばれることもある。アイルランドではシー([[:en:Aos Sí|sidhe]])、スコットランドではディナ・シー([[:en:Aos Sí|daoine sith]])として知られている。
人の姿をしたもの、同じ呼び名をもつものでも、その身長については様々な言い伝えがある。昔から伝わる妖精は[[人間]]と同じかもしくは人間より背が高いとされている。[[ブリトン]]族の人々は、妖精は冷たい[[鉄]]が苦手であると信じていた。[[歴史家]]や神話の研究者は、この[[迷信]]の存在から、ケルト族がやってくる前に[[グレートブリテン島]]に住んでいた人々の[[民間伝承]]が妖精の起源であると推測している。これらの人々の[[武器]]は[[石]]で作ったものだけであり、鉄の武器をもつケルト族の方が軍事的に優位に立った。
人の姿を取らない妖精も少なくない<ref name="Briggs-book-jptrans-92">[[#ブリッグズ,平野ほか訳 (1992)|ブリッグズ,平野ほか訳 (1992)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref><ref>[[#デュボア,鈴木訳 (2000)|デュボア,鈴木訳 (2000)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref><ref>[[#デュボア,つじ訳 (2000)|デュボア,つじ訳 (2000)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref><ref>[[#デュボア,つじ訳 (2001)|デュボア,つじ訳 (2001)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref><ref>[[#デュボア,つじ訳 (2002)|デュボア,つじ訳 (2002)]] {{要ページ番号|date=2015-11-15}}</ref>。旅人を惑わす[[ウィルオウィスプ]]は日本でいう鬼火、人魂である。家畜や身近な動物の姿の妖精も多い。猫は妖精的な生き物とされ、魔女の[[使い魔]]、[[サバト (魔女)|魔女の集会]]に集まると考えられたり、そのものが妖精[[ケット・シー]]とされる。犬も[[アーサー・コナン・ドイル]]の『[[バスカヴィル家の犬]]』や[[J・K・ローリング]]の[[ハリー・ポッターシリーズ]]に見られるように、墓守あるいは死に結びつけられる黒妖犬として登場する。馬の激しい気性は、御しがたい川の激流に結びつけられ川馬[[ケルピー]]や人を乗せて死ぬまで走る夜の白馬などとして登場する。
今日は、妖精は人間に好意的で優しい性格の生物とされることも多いが、歴史的には必ずしもそうではない。例えば妖精が人間の子供をさらって代わりに彼らの子供を置いていくという[[取り替え子]](チェンジリング)の[[迷信]]は[[中世]]では広く伝わっていた。このモチーフは吟遊詩人の{{仮リンク|トーマス・ザ・ライマー|en|Thomas the Rhymer}}や[[タム・リン]]の歌の中に現れている。[[ウィリアム・シェイクスピア]]の『[[真夏の夜の夢]]』ではチェンジリングでさらってきた子をめぐって[[オーベロン]]と[[タイターニア]]が仲たがいをする。
「ヨーロッパの神話伝承やフォークロアに詳しい中世フランス文学の専門家」フィリップ・ヴァルテールは、神話群においてみられる女神の住処としての機織り場、そこで紡がれる(織られる)糸によって人間の運命が左右される、というモチーフは、「ケルトの妖精、ギリシアのニンフ、日本の女神を結びつける」と論じている<ref>フィリップ・ヴァルテール『ユーラシアの女性神話-ユーラシア神話試論Ⅱ』([[渡邉浩司]]・渡邉裕美子訳)[[中央大学]]出版部 2021年、ISBN 978-4-8057-5183-1、133-163頁(第3部 異界にある女神の住処)、著者自身による要約は6頁。</ref>。
== 作品中の妖精 ==
{{出典の明記|section=1|date=2015年11月15日 (日) 10:42 (UTC)}}
[[アーサー王物語|アーサー王と円卓の騎士にまつわる伝承]]には、現在想像される妖精とは印象が異なるが、数多くの妖精が登場する。[[アーサー王|アーサー・ペンドラゴン]]に[[エクスカリバー]]を渡した湖の女性の腕、赤子の[[ランスロット]]卿を養育した[[湖の婦人]]は、湖の妖精である。魔女[[モルガン・ル・フェイ]]のフェイ(フェ)は、フェアリーのことである。[[ガウェイン卿と緑の騎士]]に登場する緑の騎士の不死の力は、植物の勢いや再生力に結びつけられ、パックなど緑衣をまとう多くの妖精と同じく、森林信仰に起源があるとされる。
[[ウィリアム・シェイクスピア]]の作品『[[真夏の夜の夢]]』では妖精がテーマとして扱われている。作中では、いたずら好きな妖精の[[パック (妖精)|パック]]([[プーカ]])が、妖精の王オーベロンに命令され、オーベロンの妻タイターニアに目を開けて最初に見た人と恋に落ちるという[[魔法]]をかけた。さらにパックは彼女が最初に見るであろう人間を[[ロバ]]の頭をもつ姿に変えている。
[[ウィリアム・S・ギルバート]]も妖精が好きで、彼らをテーマにしたいくつかの[[戯曲]]を書いている。ギルバートと[[アーサー・サリヴァン]]による[[オペレッタ]]の傑作の一つ『{{仮リンク|イオランテ|en|Iolanthe}}』では、フェアリーと[[貴族]]たちの間のもめごとやフェアリーと人間の[[結婚]]や異種交配についてユーモラスに描かれている。
[[ヴィクトリア朝]]時代の画家[[リチャード・ダッド]]は邪悪で悪意をもつものとして妖精を描いたが、当時の人々はコティングリーで撮られた[[コティングリー妖精事件|妖精の写真]]に強く影響を受けた。
人間にとって恐るべき妖精を好んで描いた小説家に[[アーサー・マッケン]]がいる。『黒い封印の話(''Novel of Black Seal'')』、『白魔(''The White People'')』、『小人について(''The Little People'')』では明示的に小人族の恐怖が扱われている。また『赤い手(''The Red Hand'')』や『黒い封印の話』と一部の舞台を同じくする『[[パンの大神]](''The Great God Pan'')』にも人類ではない人間についての仄めかしがある。
妖精は、キリスト教社会においては排除あるいは忘れ去られた崇拝や畏怖の対象であることが多く、そのため同様に扱われた魔法使い、魔女の物語には頻繁に登場する。[[J・K・ローリング]]の[[ハリー・ポッターシリーズ]]はその典型的な例である。ゴブリン、[[トロール]]、ドビーなどのホブゴブリン([[屋敷しもべ妖精]])、[[ボガート]]、ドラゴン、[[レプラコーン|レプラホーン]]、[[グリンディロー|グリンディロウ]](水妖)、[[河童|カッパ]]など、数多くの妖精が伝承にそって、あるいはローリングの解釈や創作を加えられて登場する。
== 絵に描かれた妖精 ==
{{出典の明記|section=1|date=2015年11月15日 (日) 10:42 (UTC)}}
[[File:Falero_Luis_Ricardo_Lily_Fairy_1888.jpg|thumb|『Lily Fairy』,[[ルイス・リカルド・ファレロ|ルイス・リカルド・ファレーロ]]画, 1888年]]
妖精の絵は古くからあったが、アイルランドの伝説・[[ケルト神話|神話]]に基づく絵と、[[ウィリアム・シェイクスピア]]の『[[真夏の夜の夢]]』に出てくる妖精王オーベロンと女王ティターニアの絵などが代表的なものであった。[[19世紀]]には多くの妖精画を描く画家が輩出した。
妖精の研究家としても知られる作家[[アーサー・コナン・ドイル]]の伯父{{仮リンク|リチャード・ドイル|en|Richard Doyle (illustrator)}}、{{仮リンク|ガートルード・トムソン|en|E. Gertrude Thomson}}、[[アーサー・ラッカム]]などが、妖精画で著名である。それらの妖精画は、神秘さと美しさ、不気味さとグロテスクさが伴っていた。多くの妖精は背中に半透明な羽根が生えた姿で描かれていた。ゴブリンやドワーフなどは、その不気味さが強調されてもいた。[[絵本作家]]として有名な[[ケイト・グリーナウェイ]]も妖精画を描いた。『[[ハリー・ポッターと秘密の部屋]]』では庭小人という庭の害虫(英原書では Gnome [[ノーム (妖精)|ノーム]])として登場する。
妖精画の伝統のなかにあって、20世紀初頭の[[シシリー・メアリー・バーカー]]の「[[花の妖精]]」は、独特な位置を占めている。バーカーの花の妖精には、神秘性や伝説的な不気味さなどはなく、ロマンティックで愛らしい子供や少年・少女の姿になっている。[[20世紀]]にはバーカー以外にも、また多数の妖精画家が出現した。[[リーン・ポールトフリート]]、[[アラン・リー]]、[[ジョン・ギルバート (画家)|ジョン・ギルバート]]などが知られる。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|2}}
== 参考文献 ==
* {{Cite book |和書 |author=[[井村君江]] |title=妖精学入門 |publisher=[[講談社]] |series=[[講談社現代新書]] 1419 |date=1998-09 |isbn=978-4-06-149419-0 |ref=井村 (1998) }}
* {{Cite book |和書 |last=デュボア |first=ピエール |authorlink=:en:Pierre Dubois (author) |others=[[:fr:Roland_Sabatier_(illustrateur)|サバティエ, ロラン]]絵、鈴木めぐみ訳 |title=妖精図鑑 森と大地の精 |publisher=[[文渓堂]] |date=2000-04 |isbn=978-4-89423-241-9 |ref=デュボア,鈴木訳 (2000) }}
* {{Cite book |和書 |last=デュボア |first=ピエール |others=サバティエ, ロラン絵、つじかおり訳 |title=妖精図鑑 海と草原の精 |publisher=文渓堂 |date=2000-09 |isbn=978-4-89423-242-6 |ref=デュボア,つじ訳 (2000) }}
* {{Cite book |和書 |last=デュボア |first=ピエール |others=サバティエ, ロラン絵、つじかおり訳 |title=妖精図鑑 空と風の精 |publisher=文渓堂 |date=2001-12 |isbn=978-4-89423-310-2 |ref=デュボア,つじ訳 (2001) }}
* {{Cite book |和書 |last=デュボア |first=ピエール |others=サバティエ, ロラン絵、つじかおり訳 |title=妖精図鑑 花と水の精 |publisher=文渓堂 |date=2002-04 |isbn=978-4-89423-311-9 |ref=デュボア,つじ訳 (2002) }}
* {{Cite book |和書 |last=ブリッグズ |first=キャサリン |authorlink=:en:Katharine Mary Briggs |others=[[平野敬一]]、[[三宅忠明]]、井村君江、[[吉田新一]]共訳 |title=妖精事典 |publisher=[[冨山房]] |date=1992-09 |isbn=978-4-572-00093-4 |ref=ブリッグズ,平野ほか訳 (1992) }}
* {{Cite book |和書 |last=ブリッグズ |first=キャサリン |others=井村君江訳 |title=妖精Who's Who |publisher=[[筑摩書房]] |series=[[ちくま文庫]] |date=1996-11 |isbn=978-4-480-03192-1 |ref=ブリッグズ,井村訳 (1996) }}
* {{Cite book |和書 |last=ローゼン |first=ブレンダ |others=中谷友紀子訳 |title=妖怪バイブル - 幻想の生きものについて知りたかった事の全てが解る |publisher=ガイアブックス |date=2009-08 |isbn=978-4-88282-702-3 |ref=ローゼン,中谷訳 (2009) }}
* {{Cite |和書 |author = ロルフ・W・ブレードニヒ |translator = 竹原威滋 |title = 運命の女神:その説話と民間信仰 |date = 1989 |publisher = 白水社 |isbn = 4560018820 |ref = harv }}
== 関連項目 ==
* [[コティングリー妖精事件]]
* [[ウィリアム・バトラー・イェイツ]]
{{デフォルトソート:ようせい}}
* [[ゲルマン神話]]
* [[イングランド]]
[[Category:妖精|*]]
* [[精霊]]