フェニックス
フェニックスまたはフェニクス(φοῖνιξ、phoînix)、(古: ポイニクス、中世: フィニクス)、ラテン語:phoenix(教会ラテン:フェニックス、英:フィーニクス))は、死んでも蘇ることで永遠の時を生きるといわれる伝説上の鳥である[1]。
寿命を迎えると、自ら薪から燃え上がる炎に飛び込んで死ぬが、再び蘇るとされており、不死鳥、もしくは見た目または伝承から火の鳥ともいわれる。
フェニックスとはラテン語での呼び方であり、ギリシア語ではポイニクスと呼ばれる[2]。この名前は、ギリシア語の赤を意味する単語(赤はすなわち炎の色)に由来する[3]とも、同じく紫を意味する単語(フェニックスの羽の色を紫色とする説がある)に由来する[2]ともいわれている。
概要
フェニックスは、古代エジプトの神話に登場する、聖なる鳥ベンヌがその原型だと考えられている[4][5]。当時のエジプト人は、太陽神ラーに従うベンヌはヘリオポリスのラーの神殿で燃やされている炎へ毎夜飛び込んで死に、毎朝その炎から生まれると信じていた。ベンヌはすなわち、毎夕に沈み毎朝昇る太陽を象徴していた[4]。 この話が、古代ギリシアの歴史家ヘロドトス(紀元前485年頃 - 紀元前420年頃)の元に伝えられると、彼はその著作『歴史]]』において、エジプトの東方に位置するアラビアに住む鳥フェニックスとして紹介した。そこでのフェニックスは、鷲に似た体型の、金色と赤で彩られた羽毛を持つ鳥で、父親の鳥が死ぬとその遺骸を雛鳥が没薬で出来た入れ物に入れてヘリオポリスに運ぶ習性があるとされた[4][6]。
初期キリスト教の司教であった聖クレメンス(? - 101年?)が記したところでは、フェニックスは寿命を迎えると、自分で香料や没薬などを集めて棺を準備してその中に入り、間もなく死ぬと、その遺骸から虫が生まれて遺骸を食べ尽くし、やがて虫に羽毛が生えて飛んでいくとされた[7]。同様の記述はプリニウス(22年頃 - 79年)の『博物誌』にもすでにみられている[8]。
なお、古代ローマの歴史家タキトゥス(55年頃 - 120年頃)の『年代記 (タキトゥス)(Annals (Tacitus))』によると、34年にフェニックスが現れたという[7]。
フェニックスの伝承は、古代ギリシアや古代ローマの著述家によって次第に変化していった[4]。ローマの地理学者ポンポニウス・メラ(Pomponius Mela)は43年頃に、その著作『地誌』において、フェニックスは500年たつと自分で積み上げた香料を薪として炎の中で死ぬが、その炎から再び生まれてきて、自分の遺骨をエジプトに運んで埋葬する旨を記した[9]。
ローマの著述家ガイウス・ユリウス・ソリヌス(Gaius Julius Solinus)(3世紀)は、フェニックスが住むのはアラビアだとし、その羽毛や羽根の色合いの豪華さを記述している。またソリヌスは、エジプトでフェニックスの1羽が捕まり、クラウディウス皇帝時代のローマに運ばれて多くの人が見物した旨を記述している[7]。
2世紀から4世紀にかけて成立した『フィシオロゴス』でのフェニックスは[9]、500年ごとに、芳香を羽根いっぱいに持ってヘリオポリスの神官の元へ行き、祭壇の炎の中で焼死する。そして翌日その場所に生じた虫が、3日目には元のフェニックスの姿にまで育ち[4][9]、神官に挨拶をしてから故郷へ飛んでいく、とされている。その外観は、羽根や頭部や脚に宝石や装飾具が着いているとされている[9]。
フェニックスの寿命については『フィシオロゴス』をはじめ多くの人が500年だとしているが、プリニウスやソリヌスは540年だとし、タキトゥスは1461年だとした[9]。タキトゥスの意見は、恒星シリウスが日の出の直前に昇る日とエジプトで新年の始まる日とが同じになる周期に基づいている[4]。
自ら焼死したのちに蘇るという伝説は、エジプト神話をルーツとしながらもギリシア・ローマの著述家によって作られたものである[5]。しかし、ローマ帝国では繁栄の象徴となり、フェニックスの姿がコインやモザイク画にあしらわれるようになった[3]。また、キリスト教徒にとっても、死んだ後に復活するフェニックスはキリストの復活を象徴するものとなった[4][3]。『フィシオロゴス』では、創造主を崇めることもないこの鳥さえ死から蘇るならば神を崇める我々が復活しないはずがない、といった内容の文言が書かれた[3]。キリスト教徒はこの鳥を再生のシンボルとみなした[5]。10世紀成立の『エクセター写本』に収録された[5]、8世紀に作られた詩[10]「フェニックス (古英語詩)(The Phoenix (Old English poem))」の中では、フェニックスの復活とキリストの復活とが関連づけられている[注釈 1][5][10][5]。こうしたこともあって、こんにちに至るまで、不死鳥=フェニックスのイメージが多くの人々に受け入れられている[5]。
フェニックスは中世や近世の旅行記にもたびたび登場している[5]。ジョン・マンデヴィルによる『マンデヴィルの旅行記』でも、自らを焼死させて3日後に蘇ること[11]や、孔雀のような鶏冠を持ち、姿を見た人に幸せをもたらすことなどが記録されている[5]。また中世の聖務日課祈祷書(Breviary)や『動物寓話集』でもしばしば言及された[2]。
錬金術においては「賢者の石」を象徴するものだとされた[5]。すなわち、第一質料(マテリア・プリマ)が消失し賢者の石として再生される様子がフェニックスになぞらえられた[3]。
フェニックスの起源については、アジアに生息する錦鶏鳥だとする説もある[5]。
悪魔としてのフェニックス
ヨーハン・ヴァイヤーの著した『悪魔の偽王国』や、作者不明のグリモワール『レメゲトン』の第1部「ゴエティア」には、鳥のフェニックスのような姿で現れるというフェニックスという名の悪魔が記載されている。「ゴエティア」ではソロモン王が使役したといわれる72悪魔の一角を担う序列37番の大いなる侯爵とされる。アレイスター・クロウリーの出版した『ゴエティア』では「Phene(フェネクス)」 の綴りになっている[12]。不死鳥のフェニックスと区別して悪魔のフェニックスを「フェネクス」と呼ぶ場合もある(要出典、15-11-15)。
詩作に優れており、話す言葉も自然に詩になるが、人間の姿を取った時は、耳を塞ぎたくなるほど聞き苦しい声で喋るという。
フェニックスに類似した幻獣
中世アラビアでは炎の中に生きる伝説の動物サラマンダーとフェニックスが混同され[2]、サラマンダーが鳥となったものがフェニックスだとされていたという[13]。
中国の伝説にある鳳凰はフェニックスに似た存在だと考えられ[14]、混同されることも多い。なお、星座のPhoenixがほうおう座と訳されるがこれは東西で訳語的に対応するものという意味で、誤認に基づいたものではない。
脚注
注釈
- ↑ この古英語詩は、4世紀のローマの著述家のルキウス・カエキリウス・フィルミアヌス・ラクタンティウス(240年頃 - 320年頃)による詩「不死鳥についての歌」(de Ave Phoenice) に基づいている。
参考文献
- Wikipedia;フェニックス(最終閲覧日:22-04-03)
- アラン , トニー , 上原ゆうこ訳 , 世界幻想動物百科 ヴィジュアル版 , 原書房, 2009-11 , 2008 , isbn:978-4-562-04530-3 , フェニックス , pp. 46-47
- ビーダーマン , ハンス , 藤代幸一監訳、宮本絢子他訳 , 図説世界シンボル事典 , 八坂書房, 2000-11 , isbn:978-4-89694-463-1 , フェニックス , pp. 362-363
- 松平俊久 , 蔵持不三也監修 , 図説ヨーロッパ怪物文化誌事典 , 原書房 , 2005-03 , フェニクス , pp. 186-190 , isbn:978-4-562-03870-1
- ローズ , キャロル , 松村一男監訳 , 世界の怪物・神獣事典 , 原書房 , 2004-12-07 , フェニックス , isbn:978-4-562-03850-3 , pp. 358-359
- 亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅 - フェニックス(エジプト・ギリシャ・ペルーほか) 大阪日日新聞記事(2019年8月12日掲載)(リンク切れ:22-04-03)
関連項目
参照
- ↑ フェニックス , デジタル大辞泉 , 2022-02-05
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 ローズ,松村訳 (2004), p. 359.
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 ビーダーマン,藤代ら訳 (2000), p. 362.
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 4.6 アラン,上原訳 (2009), p. 46.
- ↑ 5.00 5.01 5.02 5.03 5.04 5.05 5.06 5.07 5.08 5.09 5.10 松平 (2005), p. 189.
- ↑ 松平 (2005), pp. 186-187.
- ↑ 7.0 7.1 7.2 松平 (2005), p. 187.
- ↑ 松平 (2005), pp. 187-188.
- ↑ 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 松平 (2005), p. 188.
- ↑ 10.0 10.1 水野知昭, 不死鳥の歌なんか聞こえない : 海のかなたの楽園と古ゲルマンの選民思想, https://hdl.handle.net/10091/667 , 人文科学論集 文化コミュニケーション学科編 , 信州大学人文学部 , 2003-03-14 , 37 , 45-70p , naid:110004625076 , ISSN:13422790 , 2022-03-20 , p.56 より
- ↑ 大沼由布, 『マンデヴィルの旅行記』と「装置」としての語り手 , https://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013273 , 同志社大学英語英文学研究 , 同志社大学人文学会 , 2013 , mar , 91 , 1-18 p, naid:110009614600 , doi:10.14988/pa.2017.0000013273 , issn:0286-1291, 2020-09-14
- ↑ S.L. MacGregor Mathers and Aleister Crowley , 1904 , http://www.sacred-texts.com/grim/lks/index.htm , The Lesser Key of Solomon , 英語 , 2013-08-10
- ↑ ヘイズ中村 , 2014 , ヴィジュアル版 天使と悪魔の事典, p. 147 , 学研パブリッシング, isbn:4054060188
- ↑ ビーダーマン,藤代ら訳 (2000)