イアムベー
イアムベー(Ἰάμβη, Iambē)は、ギリシア神話の女性である。トラキアの出身で、牧神パーンとエーコーの娘[1][2][3]。エレウシースの王家に仕える老女で[4]、娘コレーを失ったデーメーテール女神を笑顔にさせたと伝えられている[4][5]。イアンベー、長母音を省略してイアムベ、イアンベとも表記される。
イアムベー(古代ギリシャ語:Ἰάμβηは「談笑」の意)は、ギリシア神話ではトラキアの女性で、パーンとエーコーの娘、ヘルメースの孫娘、ヒッポトオーンの妻メタネイラの召使であったという。また、エレウーシスの王、ケレオスの奴隷という説もある。
神話[編集]
『ホメーロス風讃歌』「デーメーテール讃歌」によると、デーメーテールはハーデースに連れ去られた娘コレーを探して地上を放浪した。悲しみに胸を痛めながらエレウシースを訪れたとき女神は老婆のようであった[6]。ケレオス王の館に招かれた女神は王妃メタネイラ(Metanira)の席に座すことを勧められたが、目を伏せて黙ったまま座ろうとしなかった。そこでイアムベーが機転を利かせて、女神の前に椅子を置き、銀のように白い羊の毛皮を掛けると、女神は椅子に腰を下ろした。しかし、誰とも言葉を交わそうとせず、食事をしようともしなかった。そこでイアムベーは積極的に女神に話しかけ、繰り返し冗談を言った。すると女神はついに微笑み、そのかたくなな心を和ませることができた。その後、デーメーテールは勧められたぶどう酒を飲むことができないと言って断り、代わりにキュケオーンを飲んだ[7]。
アポロドーロスは女たちがテスモポリア祭(Thesmophoria)で嘲罵をよくするのはイアムベーの故事にちなんでいると語っている[4]。『オルペウス讃歌』ではイアムベーと同じ役回りを演じる女性の名前はバウボー(Baubo)であり、自らの女性器を見せることで女神を笑わせたと語られている。したがって『ホメーロス風讃歌』でイアムベーがデーメーテールを笑わせるために冗談を言ったというのは控えめな表現であり、冗談の内容も猥雑なものであったと考えられる[8]。
この物語はエレウシースの秘儀の起源譚となっている。秘儀では入信者は白い羊の毛皮が掛けられた椅子に座り[9]、デーメーテールが食事に手を付けなかったように断食し、キュケオーンを飲むことになっていた[10]。また一説によると古代ギリシアの抒情詩の1つイアムボスはイアムベーに由来するとも言われる[8]。
アッティカで行われたデーメーテールの祭りの賑わいは、イアムベーに由来する。娘を捜してさまようデーメーテールがアッティカに到着すると、イアムベーはジョークで悲嘆にくれる女神を励ましたと言われている[11]。
イアムベーが、彼女のために用意した。
指定席に、明るく輝くフリースをかける。
彼女はそこに座り、目の前にヴェールをつけた。
彼女は長い間、何も言わずにソファに座り、悲しんでいた。
また、彼女は言葉や行動で誰かを抱きしめることもなかった。
その上、笑いもせず、食べ物や飲み物を味わうこともなく
彼女は、深い傷を負った娘への思慕の念に駆られ、衰弱して座っていた。
イアムベーは冗談を言いながら、注意深く観察し
ジョークを連発し、神の気分を盛り上げた。
笑顔と笑い、そして優雅な心で。
そこで、彼女はその後、その優しい気質で女神を喜ばせた[12]。
イアムベーは、イアンビック詩の名称を与えたとされる。イアムベーが首つり自殺をしたのは、イアンビック詩で演説をしたためだという説と、イアンビック旋法で踊ってデーメーテールを励ましたという説がある[13]。
参考文献[編集]
- Wikipedia:イアムベー(最終閲覧日:23-01-16)
- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、ちくま学芸文庫(2004年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)
- Pierre Grimal, The Dictionary of Classical Mythology. Blackwell Publishers, 1986.
- Wikipedia:Iambe(最終閲覧日:23-01-16)
- Apollodorus, The Library with an English Translation by Sir James George Frazer, F.B.A., F.R.S. in 2 Volumes, Cambridge, MA, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1921. ISBN:0-674-99135-4. Online version at the Perseus Digital Library. Greek text available from the same website.
- Diodorus Siculus, The Library of History translated by Charles Henry Oldfather. Twelve volumes. Loeb Classical Library. Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press; London: William Heinemann, Ltd. 1989. Vol. 3. Books 4.59–8. Online version at Bill Thayer's Web Site
- Diodorus Siculus, Bibliotheca Historica. Vol 1-2. Immanel Bekker. Ludwig Dindorf. Friedrich Vogel. in aedibus B. G. Teubneri. Leipzig. 1888–1890. Greek text available at the Perseus Digital Library.
- The Homeric Hymns and Homerica with an English Translation by Hugh G. Evelyn-White. Homeric Hymns. Cambridge, MA.,Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1914. Online version at the Perseus Digital Library. Greek text available from the same website.
関連項目[編集]
参照[編集]
- ↑ 『大語源辞典(Etymologicum Magnum)』。
- ↑ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.46b。
- ↑ Pierre Grimal 1986, p.224.
- ↑ 4.0 4.1 4.2 アポロドーロス、1巻5・1。
- ↑ 「デーメーテール讃歌」202行-204行。
- ↑ 「デーメーテール讃歌」101行。
- ↑ 「デーメーテール讃歌」190行-209行。
- ↑ 8.0 8.1 沓掛訳注、62。
- ↑ 沓掛訳注、60。
- ↑ 沓掛訳注、61。
- ↑ Apollodorus, 1.5.1; Diodorus Siculus, 5.4; Photius, Bibliotheca Codices 239. p. 319, ed. Bekker; Scholia on Nicander, Alexipharmaca 134
- ↑ Homeric Hymn to Demeter 195-205
- ↑ Eustathius on Homer, p. 1684