差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
2,415 バイト追加 、 2024年10月13日 (日)
編集の要約なし
== 概要 ==
前3世紀の『呂氏春秋』の先織という章に『周時代の鼎に饕餮が飾られていた。頭があるが身体がない。人を食ってまだ呑み込まない前に害が身に及ぶが、報いがすぐ及ぶことを言おうとしたのである。』とある前3世紀の『呂氏春秋』の先織という章に『周(紀元前1046-前256年)時代の鼎に饕餮が飾られていた。頭があるが身体がない。人を食ってまだ呑み込まない前に害が身に及ぶが、報いがすぐ及ぶことを言おうとしたのである。』とある<ref>林巳奈夫, 神と獣の紋様学 ― 中国古代の神がみ, 2004, 2004年7月1日, 吉川弘文館, p5, isbn:4-642-07930-0</ref>。
渾敦(こんとん)、窮奇(きゅうき)、檮杌(とうごつ)とともに「四凶」の一つとされる。
== 饕餮文 ==
宋(960-1279年)の時代に古代の青銅器を蒐集する文化が起き、古典の文献を参考に、周代の鼎に装飾された架空の人獣像を1279年)の時代に古代の青銅器を蒐集する文化が起き、古典の文献を参考に、周代の鼎に装飾された架空の人獣面像を'''饕餮文'''(とうてつもん)と呼んだ、とのことである。これらの装飾が当初から饕餮と呼ばれる存在の描写であったという証拠はない。そのため、中国考古学の専門家である林巳奈夫はこれを「獣面紋」と呼んでいる<ref>林巳奈夫, 神と獣の紋様学 ― 中国古代の神がみ, 2004, 2004年7月1日, 吉川弘文館, p5, isbn:4-642-07930-0</ref>。
饕餮文を'''蚩尤'''を表しているとする文献があることや、同じ炎帝の子孫とされていることから'''本来饕餮は蚩尤と同一の存在だったのではないかと考えられている'''<ref>袁珂『中国神話・伝説大事典』大修館書店1999年、515,516頁。</ref>。また、『山海経』に登場する'''狍鴞'''(ほうきょう)という獣も饕餮と同一とされる<ref>『中国神話・伝説大事典』大修館書店1999年、617頁。</ref>。
 == 獣面の特徴 =私的解説 ======= 饕餮と饕餮文について =====宋代からの慣例によれば、周代の鼎の人獣面像の装飾を「饕餮文」と呼んだとのことであるので、その前の時代の殷の鼎に施された同様の文様も「饕餮文」と呼んだのであろう。仮にこれを「狭義の饕餮文」と呼ぶことにする。伝統的には、殷周代に作られた青銅器の鼎の修飾をまず「饕餮文」と呼ぶことに異議はないと思われる。青銅器は王が主催し、主に王の祖先神を祀る祭祀に用いられたであろうし、その大きさや豪華さが王権の象徴ともされたであろう。  良渚文化の玉琮・玉鉞からも饕餮文に類似した人獣面像が出土する。これらも含めて、中国各地で出土する人獣面像を全て広く「饕餮文」と定義しても良いのだろうか? 例えば良渚文化の人獣面像の装飾は「劉斌らの研究が重なるにつれ、これは太湖流域の各良渚文化遺跡で広範に見られるもので、神の目や鼻、冠、器具の形状などは、すべて統一的な規範があることが分かった。<ref>[http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2010-02/23/content_248040_2.htm 良渚(上) 玉器文化の宝庫]、長江文明を訪ねて、丘桓興=文 劉世昭=写真、人民中国インタ-ネット版(最終閲覧日:24-10-12)</ref>」とのことであって、地域的な特性というか基準のようなものがあり、太湖流域の人々には見ただけでその特性や意味するところが分かるように企画されたものであることが分かる。その企画が、殷周代の鼎に施された饕餮文の意味した「企画」と全く同じものである、という証拠はない。ただし、共通点があることはある。 * 頭部のみの図で示されている。* 王権やそれに類似した権力の象徴として使用されている。* 鼎は「いけにえの肉を煮る」祭祀に用いられた。鉞は王権の象徴であると共に罪人の首を切る道具でもあった<ref>[https://kotobank.jp/word/%E9%89%9E-36744 コトバンク 鉞(最終閲覧日:24-10-12)</ref>。そして饕餮は「人を食う」怪物とされる。いずれも「他人に死をもたらす存在」の象徴といえる。鼎の装飾は人身御供を連想させる。  
=== 私的解説・饕餮の不死性(神性)について ===
饕餮が蚩尤と同一の存在であって、特に「首」だけが強調された人獣面紋を「饕餮」と呼ぶのであれば、饕餮とは'''黄帝に殺された蚩尤の首'''と解すべきである。そして、これが普通の人であれば、死して首のみになった場合、生きていることはあり得ない。饕餮とは、生前は神としても人や動物に類するものだったとしても「'''死ぬもの'''」であったのであり、死した後に何か別のものに変化して、スイッチが切り替わるように「'''不死性'''」のものに変わったとみなされたのであろう。中国の神話を見るに、どのようにして饕餮が「不死性」を獲得したのかには、主に3つの考え方があるように思うし、それぞれは交錯する点もある。

案内メニュー