火雷神と同一とされる火雷大神は葛城では'''葛木坐火雷神社'''に、笛吹神社の祭神で、笛吹連の祖と言われる天香山命と共に祀られている。葛木坐火雷神社では玉依姫は祀られていないようである。
山背国では、神武天皇が大和国橿原から山背国へ遷った際、火雷神を祀ったことに始まると伝えられる火雷神社と向日神社を併せて祀る乙訓神社が存在する。乙訓神社では火雷大神と玉依姫命が祀られている。==== 向日神社について ====京都府向日市向日町北山65にある神社。元々は、同じ向日山に鎮座する「向神社」(上ノ社)、「火雷神社」(下ノ社)という別の神社だった。いずれも延喜式神名帳に現れる古社で、「火雷神社」については名神大社「乙訓坐火雷神社(乙訓神社)」の論社である(他の論社は長岡京市の角宮神社)。向日山は小畑川のほとりにある。また神社の境内内に「増井の井戸」という井戸があり、その井戸の水は火事の火をよく消す、という霊験があった、とのことである。元は井戸や水の神を祀っていたことが示唆される。 向神社は御歳神(向日神)が向日山にとどまり、稲作を奨励したことに始まるという。 火雷神社は神武天皇が大和国橿原から山背国へ遷った際、当地に火雷神を祀ったことに始まると伝える。養老2年(718年)の社殿新築にあたり玉依姫命と神武天皇を合祀している。
=== 多久神社(松江市鹿島町) ===