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* {{Cite web |url=https://www.lpi.usra.edu/resources/vc/vcinfo/?refnum=37 |title=Aglaonice |website=Venus Crater Database |publisher=Lunar and Planetary Institute |accessdate=2020-05-20 }} | * {{Cite web |url=https://www.lpi.usra.edu/resources/vc/vcinfo/?refnum=37 |title=Aglaonice |website=Venus Crater Database |publisher=Lunar and Planetary Institute |accessdate=2020-05-20 }} | ||
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2022年10月24日 (月) 08:32時点における版
アグラオニケ(Ἀγλαονίκη、Aglaoníkē)あるいはテッサリアのアガニケは、古代ギリシアのテッサリア出身の女性で、天文学者として認識される歴史上最初の女性でもある。月食の発生を予報し、月を天上から引き下ろした魔女とも言われていた。
記録
アグラオニケに関する伝記的な資料はほとんど存在しないが、2つの著作の合わせて3ヶ所に、短い記述があることは確認されている。著作の一つは、古代ローマの著述家プルタルコスの随想集『倫理論集(モラリア)』、もう一つは、ヘレニズムの詩人ロドスのアポローニオスの叙事詩『アルゴナウティカ』の古註である。
『モラリア』の中では、『結婚訓』と『神託の衰微について』の2篇にアグラオニケについての記述がある。
アグラオニケが経験から月食の起こる満月の周期を知って月が大地の影に占められる時を予測し、彼女が月を引き降ろしたと女たちを欺き信じさせた(プルタルコス, 『結婚訓』48 145c(瀬口昌久訳))
ヘゲトルの娘で天文学に長けたアグラオニケは、月蝕のさいにいつも呪文をかけて月を引きずり下ろすふりをしていた(プルタルコス, 『神託の衰微について』13 417a(丸橋裕訳))
また、『アルゴナウティカ』の古註には、以下のような記述がある。
ヘゲモンの娘アグラオニケは、天文学に通じ、月食の何たるかと、それがいつ起きるかを知っており、女神を引き下ろし、そしてただちに家人の一人を失う不幸に見舞われた、といわれたものである。(『アルゴナウティカ』古註 4巻 59-61)
『結婚訓』には「テッサリアのヘゲトルの娘」とあり、『アルゴナウティカ』の古註でも「テッサリアの魔女」の記述に続けてアグラオニケが登場することから、アグラオニケはテッサリアの出身とされている。そしてこれらの記述から、アグラオニケは天文学の知識に通じ、朔望の周期を知り、月食が起きる日時を予測することができたと考えられ、しばしば歴史上最初の女性天文学者として引き合いに出される[注 1][1]。天文学の知識に基づいて、月食の予報をしていたのだとすると、おそらくその計算はアグラオニケの独創ではないと考えられ、アグラオニケは、月食の予報を可能としていたバビロニアの天文学者の知識がギリシアに伝わったセレウコス朝期以降の人物であり、その評判を記述したプルタルコスよりは前の時代の人物であることになる。
ただし、月食の予報と、月を引き下ろす魔術をそのまま結び付けてよいかどうかには、疑問もある。通常の皆既月食では、満月の明るさを大幅に減じ変色するが、月は依然とし[肉眼で容易にみえるからで、月を引き下ろしたと信じさせるには程遠い状況と考えられる。ただ、まれに目にはみえなくなる程暗くなる皆既月食も起こることがあり、モナシュ大学の西洋古典学者ビックネルはこの点に着目し、アグラオニケが予報した月食も同様のものだったと考え、プルタルコスやキケロの文献から月が消える程の月食の見当を付けることで、アグラオニケの年代を紀元前2世紀から紀元前1世紀のどこかがもっともらしいとしている[注 2][2][3]。
テッサリアの魔女
アグラオニケは、月を引き下ろしたと主張したことから、テッサリアの魔女として知られる女性の一人であったとみられる。アグラオニケに触れてはいないが、テッサリアの魔女に月を引き下ろす力があるという噂は、いくつもの文献に記述されているテンプレート:R。
テッサリアの魔女をやとってさ、夜のうちに、お月さんをはずして、取ってしまうことにしたら、どうだろうね。
___{{{author}}}
という記述があり、アリストパネスの時代には既に噂が広まっていたものと考えられる。
以後、プラトンの『ゴルギアス』テンプレート:Refnest、ホラティウスの『テンプレート:仮リンク』テンプレート:Refnest、ウェルギリウスの『牧歌』テンプレート:Refnestなども、(テッサリアの)魔女が月を天上から引き下ろす、と言及しているテンプレート:R。
波及
自らの能力を誇るアグラオニケにちなんで、ギリシア語には「月がアグラオニケに従うように」という俚諺が伝わっているテンプレート:R。
NASAの金星探査機マゼランによって、金星に多数の衝突クレーターが確認され、国際天文学連合 (IAU) にそれらの命名が求められたテンプレート:Refnest。その中で、1991年のブエノスアイレス総会にIAUから提案された名前の一つが「アグラオニケ」であり、そのまま公式な名称として採用されたテンプレート:R。
ジャン・コクトーが、ギリシア神話のオルペウスに取材して著した戯曲『オルフェ』、及び後に自身が監督した映画『オルフェ』には、名前をアグラオニケにちなんだ女性アグラオニスが登場する。アグラオニスは、戯曲『オルフェ』では月を崇拝する信仰の指導者で、主人公オルフェの妻ユリディスを冥界送りにする役回りであったが、一転して映画『オルフェ』では、ユリディスの友人として登場したテンプレート:R。
アメリカの美術家ジュディ・シカゴのインスタレーション作品『テンプレート:仮リンク』では、中央部分のタイルが敷き詰められた三角形の床に、999人の勇敢な女性の名前が描かれており、その一人としてアグラオニケの名前も含まれているテンプレート:R。
出典
参考文献
関連文献
関連項目
外部リンク
- Aglaonice.{{{date}}} - via {{{via}}}.
- Aglaonike.{{{date}}} - via {{{via}}}.
- About Aglaonike or Aglaonice.{{{date}}} - via {{{via}}}.
- Aglaonice.{{{date}}} - via {{{via}}}.
注釈
- ↑ 「天文学者」として言及される最古の女性ではあるが、天文学に通じた女性はもっと古い時代から居たと考えられる。例えばサルゴンの娘エンヘドゥアンナは、神官で文学者という位置付けだが、バビロニアの高位の神官は、現在の天文学や数学の源流に近い存在であり、立場上天体の観測や暦の作成に関わっていたものと考えられる。
- ↑ 皆既月食が非常に暗くなる原因としては、大規模な火山噴火による大気中の塵粒子の増加が知られ、例えば、1913年3月22日の月食と1913年9月15日の月食(September 1913 lunar eclipse)はカトマイ山の1912年の噴火、1963年12月30日の月食(December 1963 lunar eclipse)は同年のアグン山の噴火、1982年12月30日の月食(December 1982 lunar eclipse)は同年のエルチチョンの噴火の影響があったものと推測されている。しかし、グリーンランドで採取された氷床コアの分析から、アグラオニケの時代に世界規模の噴火が起きた証拠はみつかっていない。
参照
- ↑ Howard, Sethanne, 1998-06, 4,000 Years of Women in Science, Engineering and Other Altogether Creative Stuff , International Amateur-Professional Photoelectric Photometry Communication, volume72, pages1-25, bibcode=:1998IAPPP..72....1H
- ↑ Bicknell, Peter, 1983-06, The witch Aglaonice and dark lunar eclipses in the second and first centuries BC, Journal of the British Astronomical Association, volume93 , issue4, pages160-163, bibcode:1983JBAA...93..160B
- ↑ https://www.nao.ac.jp/phenomena/20070828/color.html, 皆既月食中の月の色について, 2007年8月28日「皆既月食どんな色?」キャンペーン , 国立天文台, 2020-05-26