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(ページの作成:「'''ワイバーン'''({{lang|en|''wyvern''}} または {{lang|en|''wivern''}})は、イギリスの紋章印章旗章などに見られるの…」)
 
 
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'''ワイバーン'''({{lang|en|''wyvern''}} または {{lang|en|''wivern''}})は、イギリスの[[紋章]]、[[印章]]、[[旗章]]などに見られる[[竜]]の図像の一つ。およびそこから派生した架空の[[怪物]]である。
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[[ファイル:Leys_school_crest3.png|thumb|350px|ケンブリッジのLeys Schoolの紋章のクレスト。'''wyvern proper'''。]]
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[[ファイル:Héraldique meuble Dragon (wyvern).png|thumb|350px|紋章に使われるワイバーン。]]
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'''ワイバーン'''(''wyvern'' または ''wivern'')は、イギリスの紋章、印章、旗章などに見られる竜の図像の一つ。およびそこから派生した架空の怪物である。
  
 
== 概要 ==
 
== 概要 ==
一般的には[[ドラゴン]]の頭、[[コウモリ]]の翼、一対の[[ワシ]]の脚<ref>{{Harvtxt|Bellew|1966|}}はワイバーンの脚がこうした猛禽類の形状になったのは後のことであるとしている。</ref>、[[ヘビ]]の尾に、尾の先端には矢尻のようなトゲを具えた空を飛ぶ竜とされる。その口からは時に赤い舌が伸び、また炎を吐いていることもある。紋章においてワイバーンの図像は様々な色に塗られてきたが、ワイバーンの自然の色は緑と赤の2色である<ref>紋章記述において"[[:en:Tincture_(heraldry)#Proper|proper]]"という形容詞は「自然の色で塗られた」という意味を持つ。この「自然の色」は必ずしも言葉どおりの意味ではなく対象ごとに慣例的に定められた色のことを指すため、ワイバーンのような実在しない怪物にも「自然の色」が存在する。"wyvern proper"は緑と赤の2色で塗り分けられたワイバーンのことを指している{{Harv|Boutell|1931|}}。ケンブリッジの[[:en:The_Leys_School|Leys School]](画像あり)の紋章のクレストはこの"wyvern proper"であり、腹部と飛膜は赤で、それ以外の部分は緑で塗られている。</ref>。
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一般的にはドラゴンの頭、コウモリの翼、一対のワシの脚<ref>(Bellew, 1966)はワイバーンの脚がこうした猛禽類の形状になったのは後のことであるとしている。</ref>、ヘビの尾に、尾の先端には矢尻のようなトゲを具えた空を飛ぶ竜とされる。その口からは時に赤い舌が伸び、また炎を吐いていることもある。紋章においてワイバーンの図像は様々な色に塗られてきたが、ワイバーンの自然の色は'''緑と赤'''の2色である<ref>紋章記述において"proper"という形容詞は「'''自然の色で塗られた'''」という意味を持つ。この「自然の色」は必ずしも言葉どおりの意味ではなく対象ごとに慣例的に定められた色のことを指すため、ワイバーンのような実在しない怪物にも「自然の色」が存在する。"wyvern proper"は'''緑と赤'''の2色で塗り分けられたワイバーンのことを指している(Boutell, 1931)。ケンブリッジのLeys School(画像あり)の紋章のクレストはこの"wyvern proper"であり、腹部と飛膜は赤で、それ以外の部分は緑で塗られている。</ref>。
  
 
ワイバーンは現在においてもイギリスで人気のある図像の一つである。大学や会社、スポーツチーム、あるいは行政区など様々な団体がワイバーンの図像や名前を用いている。
 
ワイバーンは現在においてもイギリスで人気のある図像の一つである。大学や会社、スポーツチーム、あるいは行政区など様々な団体がワイバーンの図像や名前を用いている。
  
 
== 語源 ==
 
== 語源 ==
[[中期英語]]で用いられていた wyver という単語は[[古フランス語]]の [[:en:Wikt:wivre|wivre]] に由来する。この wyver に bittern や heron ([[サギ]])などに見られる接尾辞の -n を付与したとされるのが wyvern である
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中期英語で用いられていた wyver という単語は古フランス語の wivre に由来する。この wyver に bittern や heron (サギ)などに見られる接尾辞の -n を付与したとされるのが wyvern である<ref>Simpson, 1989</ref>
{{Harv|Simpson|1989}}
 
  
異説として、ワイバーンを[[ラテン語]]のviverra([[フェレット]])と同一視する者<ref>{{Harvtxt|Clark|1788}}による紋章学用語の翻訳表では、wyvernのラテン語訳はviverraであるとされている。もっとも同書内のワイバーンの項目ではフェレットとの関わりは一切触れられておらず、viverraという訳に対して彼にどの程度の確信があったのかは不明である。</ref>があった。この説をとる人々はワイバーンを翼の生えたフェレットと見做していた{{Harv|Porny|1765}}。こうした説は[[語源俗解]]であり、現在では顧みられることは無い。
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異説として、ワイバーンをラテン語のviverra(フェレット)と同一視する者<ref>(Clark, 1788)による紋章学用語の翻訳表では、wyvernのラテン語訳はviverraであるとされている。もっとも同書内のワイバーンの項目ではフェレットとの関わりは一切触れられておらず、viverraという訳に対して彼にどの程度の確信があったのかは不明である。</ref>があった。この説をとる人々はワイバーンを翼の生えたフェレットと見做していた<ref>Porny, 1765</ref>。こうした説は語源俗解であり、現在では顧みられることは無い。
  
 
== 紋章学におけるドラゴンとの区別 ==
 
== 紋章学におけるドラゴンとの区別 ==
「二足の竜」の図像は、イギリスを除くヨーロッパではドラゴンの一般的な形態の一つとして扱われており、これをワイバーンとしてドラゴンから区別するのはイギリスおよびイギリスの旧植民地に特有のことである。
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「'''二足の竜'''」の図像は、イギリスを除くヨーロッパではドラゴンの一般的な形態の一つとして扱われており、これをワイバーンとしてドラゴンから区別するのはイギリスおよびイギリスの旧植民地に特有のことである。
また、そのイギリスにおいても当初からワイバーンとドラゴンは区別されていたわけではない<ref>{{Harvtxt|Boutell|1867}}は「初期の[[紋章記述]]において(ワイバーンとドラゴンの)区別はいつも認められた訳ではない」としている。</ref>。
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また、そのイギリスにおいても当初からワイバーンとドラゴンは区別されていたわけではない<ref>(Boutell, 1867)は「初期の紋章記述において(ワイバーンとドラゴンの)区別はいつも認められた訳ではない」としている。</ref>。
 
二足の竜をドラゴンと読んだ例も、四足の竜をワイバーンと呼んだ例もあるため、過去の文献にあたる際にはワイバーンと記されていてもそれが即ち二足の竜を表しているとは限らないことに留意が必要である。
 
二足の竜をドラゴンと読んだ例も、四足の竜をワイバーンと呼んだ例もあるため、過去の文献にあたる際にはワイバーンと記されていてもそれが即ち二足の竜を表しているとは限らないことに留意が必要である。
  
{{Harvtxt|Barron|1905}}は1530年の文献に対し、この時期の殆どの紋章記述においてドラゴンという術語は二足の竜を指しているとした<ref>トーマス・ウォール(中世イングランドの紋章官。5代目の[[:en:Garter_Principal_King_of_Arms|Garter Principal King of Arms]])が1530年に書き上げたクレストの目録内の「ドラゴン」という記述に対し、「テューダー家の四足のドラゴンはこの後の形態であるため、この時期の殆どの紋章記述と同様に、ここでのドラゴンはワイバーあるいはワイバーンを指して使われている」と注釈を付けた。</ref>。少なくともこの時期においてドラゴンとワイバーンは同一視されていたと言える。
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Barron(1905)は1530年の文献に対し、この時期の殆どの紋章記述においてドラゴンという術語は二足の竜を指しているとした<ref>トーマス・ウォール(中世イングランドの紋章官。5代目のGarter Principal King of Arms)が1530年に書き上げたクレストの目録内の「ドラゴン」という記述に対し、「テューダー家の四足のドラゴンはこの後の形態であるため、この時期の殆どの紋章記述と同様に、ここでのドラゴンはワイバーあるいはワイバーンを指して使われている」と注釈を付けた。</ref>。少なくともこの時期においてドラゴンとワイバーンは同一視されていたと言える。
  
{{Harvtxt|Fox-Davies|1902}}が「ワイバーンとドラゴンの区別は比較的最近のことであるのを忘れてはならない」とするように、四足のドラゴンがイギリスの紋章学に登場したテューダー期以降もワイバーンとドラゴンの区別は厳密に行われてきたわけではない。典型的な例が[[大英博物館]]の写本部の印章の目録{{Harv|Birch|1887}}であり、ここではそのテューダーの四足のドラゴンを指してワイバーンと呼び表している。
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Fox-Davies(1902)が「ワイバーンとドラゴンの区別は比較的最近のことであるのを忘れてはならない」とするように、四足のドラゴンがイギリスの紋章学に登場したテューダー期以降もワイバーンとドラゴンの区別は厳密に行われてきたわけではない。典型的な例が大英博物館の写本部の印章の目録(Birch, 1887)であり、ここではそのテューダーの四足のドラゴンを指してワイバーンと呼び表している。
 
 
[[File:Seal of Henry VIII.png|thumb|center|ヘンリー8世の印章の一つ{{Harv|Birch|1887}}。同書内でこの印章の竜はワイバーンと記されている]]
 
  
 
== 象徴 ==
 
== 象徴 ==
[[File:Emblem above the south gate of the Chelsea Physic Garden - geograph.org.uk - 1598420.jpg|thumb|right|Worshipful Society of Apothecariesの紋章]]
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紋章においてワイバーンは'''戦争、嫉妬あるいは疫病を象徴'''するとされているが、これはワイバーンに限ったことではなくドラゴンにも共通する特徴である。Boutell(1873)は「(四足の)ドラゴンは'''疫病'''の象徴である」としており、Vinycomb(1906)は「昔の紋章官達はこれらの想像上の怪物(ドラゴンとワイバーン)について、これらは疫病のしるしであり(中略)悪意と嫉妬を象徴すると言う。紋章学においては、これらは敵の打破や専制の意に用いられる」としている<ref group="私注">これはワイバーンがかつて軍神、医薬神であったことの名残ではないか、と考える。</ref>。
紋章においてワイバーンは戦争、嫉妬あるいは疫病を象徴するとされているが、これはワイバーンに限ったことではなくドラゴンにも共通する特徴である。{{Harvtxt|Boutell|1873}}は「(四足の)ドラゴンは疫病の象徴である」としており、{{Harvtxt|Vinycomb|1906}}は「昔の紋章官達はこれらの想像上の怪物(ドラゴンとワイバーン)について、これらは疫病のしるしであり(中略)悪意と嫉妬を象徴すると言う。紋章学においては、これらは敵の打破や専制の意に用いられる」としている。
 
  
病気を象徴する紋章竜の一例として、 "[[:en:Worshipful_Society_of_Apothecaries|Worshipful Society of Apothecaries]]" というロンドンの薬局による同業者組合の紋章が挙げられる。1617年に与えられたとされるこの紋章では、医療神としての側面を持つ[[アポローン|アポロ]]が病気を象徴する竜を討伐している様子が描かれている。この竜は二足の鳥の足を持っており形状はワイバーンのそれだが、同組合はこれをドラゴンであるとしている{{harv|WSoA|n.d.}}
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病気を象徴する紋章竜の一例として、 "Worshipful Society of Apothecaries" というロンドンの薬局による同業者組合の紋章が挙げられる。1617年に与えられたとされるこの紋章では、医療神としての側面を持つ[[アポローン|アポロ]]が病気を象徴する竜を討伐している様子が描かれている。この竜は二足の鳥の足を持っており形状はワイバーンのそれだが、同組合はこれをドラゴンであるとしている(WSoA、n.d.)<ref group="私注">これは伝承的にはマルドゥクのティアマト殺しに類似した構造で興味深く感じる。</ref>
  
 
== 成立 ==
 
== 成立 ==
 
=== ブリテン島の二足の竜のルーツ ===
 
=== ブリテン島の二足の竜のルーツ ===
[[ファイル:Dragon banner - Harold Rex interfectus est.jpg|thumb|left|イングランド軍の竜の軍旗<br />(バイユーのタペストリーより)]]
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「二足の竜」は、ヨーロッパの他地域だけではなくブリテン島においても竜の図像として一般的なものの一つであった。1066年のヘイスティングズの戦いにおいてハロルド2世率いる当時のイングランド軍が二足の竜の軍旗を用いていたことがバイユーのタペストリーに刺繍されている。これ以前の竜の図像については詳しいことは分かっていない。「ローマのコホートが用いていたドラコと呼ばれる竜を象った旗が、ローマがブリテン島からの撤退した後もウェールズ人に受け継がれた。後にブリテン島に侵攻してきたアングロサクソン人が、敵対するウェールズの竜の旗を模倣した。これがハロルド2世の竜の旗へと連なる竜の図像のルーツである」などとする文献がある。しかし、こうしたウェールズの竜にまつわる史観は偽史書である「ブリタニア列王史」の記述に基づいたものであり、当時の遺物など物的証拠は存在しない。列王史の作者ジェフリー・オブ・モンマスの専門家であるTatlock(1933)は、当時のウェールズにおける竜文化の実在について否定的な見解を示しており、その中でも特に竜の旗については強く否定している<ref>ウェールズの竜文化は、仮にその起源が創作であったとしても、少なくとも長い間信じられ受け継がれていったのは事実である。二足の竜が描かれたユーサー・ペンドラゴンの紋章がハーレー写本 2169に記されているが、これはテューダー期の紋章画家が創作した架空の紋章である(Foster、1904)。また、7世紀の人物であるカドワラダーの竜の旗の絵が残されている(Scott-Ellis、1904a)が前述のユーサーの紋章と同様"fabulous"と記されておりこちらも後世の創作であろう。こうして竜と七王国時代のウェールズの結びつきは強化されていった。</ref>。
「二足の竜」は、ヨーロッパの他地域だけではなく[[ブリテン島]]においても竜の図像として一般的なものの一つであった。1066年の[[ヘイスティングズの戦い]]において[[ハロルド2世 (イングランド王)|ハロルド2世]]率いる当時のイングランド軍が二足の竜の軍旗を用いていたことが[[バイユーのタペストリー]]に刺繍されている。これ以前の竜の図像については詳しいことは分かっていない。「ローマのコホートが用いていた[[ドラコ (軍旗)|ドラコ]]と呼ばれる竜を象った旗が、ローマがブリテン島からの撤退した後もウェールズ人に受け継がれた。後にブリテン島に侵攻してきたアングロサクソン人が、敵対するウェールズの竜の旗を模倣した。これがハロルド2世の竜の旗へと連なる竜の図像のルーツである」などとする文献がある。しかし、こうしたウェールズの竜にまつわる史観は偽史書である「[[ブリタニア列王史]]」の記述に基づいたものであり、当時の遺物など物的証拠は存在しない。列王史の作者[[ジェフリー・オブ・モンマス]]の専門家である{{Harvtxt|Tatlock|1933}}は、当時のウェールズにおける竜文化の実在について否定的な見解を示しており、その中でも特に竜の旗については強く否定している<ref>ウェールズの竜文化は、仮にその起源が創作であったとしても、少なくとも長い間信じられ受け継がれていったのは事実である。二足の竜が描かれた[[ユーサー・ペンドラゴン]]の紋章がハーレー写本 2169に記されているが、これはテューダー期の紋章画家が創作した[[:en:attributed arms|架空の紋章]]である{{Harv|Foster|1904}}。また、7世紀の人物である[[:en:Cadwaladr|カドワラダー]]の竜の旗の絵が残されている{{Harv|Scott-Ellis|1904a}}が前述のユーサーの紋章と同様"fabulous"と記されておりこちらも後世の創作であろう。こうして竜と七王国時代のウェールズの結びつきは強化されていった。</ref>。
 
  
 
=== 中世のワイバー ===
 
=== 中世のワイバー ===
中世イングランドでは「ワイバー」という名の二足の竜の図像が印章や紋章に描かれるようになった。13世紀のウィンチェスター伯である[[:en:Roger_de_Quincy,_2nd_Earl_of_Winchester|ロジャー・ド・クインシー]]が用いていた印章にワイバーが確認できる。イングランド王・[[ヘンリー3世 (イングランド王)|ヘンリー3世]]の孫にあたる第2代[[ランカスター伯]][[トマス (第2代ランカスター伯)|トーマス]]と第3代ランカスター伯[[ヘンリー (第3代ランカスター伯)|ヘンリー]]の兄弟も印章にワイバーを用いていた。紋章においては14世紀初頭からエドムンド・モーリーなどワイバーを紋章に用いていた貴族が存在したことが紋章鑑に記録されている。この紋章鑑には図はなく紋章記述のみが記されているため、エドムンドらの紋章が実際にどのようなものであったのかは不明である<ref>[[ヨーク大聖堂]]にはモーリー家のステンドグラスがあり、その中にはエドムンド・モーリーの紋章も描かれている([http://www.flickr.com/photos/roelipilami/10629218555/in/photostream/ 外部サイト] 左)。ただし紋章鑑に記録された紋章記述が彼の紋章には3体のワイバーが描かれていたとしているのに対し、このステンドグラス内の紋章に描かれているワイバーは1体である</ref>。
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中世イングランドでは「ワイバー」という名の二足の竜の図像が印章や紋章に描かれるようになった。13世紀のウィンチェスター伯であるロジャー・ド・クインシーが用いていた印章にワイバーが確認できる。イングランド王・ヘンリー3世の孫にあたる第2代ランカスター伯トーマスと第3代ランカスター伯ヘンリーの兄弟も印章にワイバーを用いていた。紋章においては14世紀初頭からエドムンド・モーリーなどワイバーを紋章に用いていた貴族が存在したことが紋章鑑に記録されている。この紋章鑑には図はなく紋章記述のみが記されているため、エドムンドらの紋章が実際にどのようなものであったのかは不明である<ref>ヨーク大聖堂にはモーリー家のステンドグラスがあり、その中にはエドムンド・モーリーの紋章も描かれている([http://www.flickr.com/photos/roelipilami/10629218555/in/photostream/ 外部サイト] 左)。ただし紋章鑑に記録された紋章記述が彼の紋章には3体のワイバーが描かれていたとしているのに対し、このステンドグラス内の紋章に描かれているワイバーは1体である</ref>。
 
 
この時期のワイバーはトカゲのような姿をしており、小さな翼が生えていることもあれば生えていないこともある{{Harv|Barron|1911}}。{{Harvtxt|Scott-Ellis|1904b}}はランカスター伯トーマスの印章の盾の左右に配置された怪物を翼の無いワイバーであるとしている。
 
  
近世以降のワイバーンと同一視して、中世のワイバーを単純にワイバーンと記す現代の文献は多い。しかし{{Harvtxt|Barron|1911}}は中世のワイバーから近世のワイバーンへの変化は形状の変化も伴ったとしており両者を区別している。{{Harvtxt|Allaben|1918}}はロジャー・ド・クインシーの印章の竜を指して「ワイバーン、あるいはその最初期の原型であるワイバー」と両論併記する形で説明している。
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この時期のワイバーはトカゲのような姿をしており、小さな翼が生えていることもあれば生えていないこともある(Barron、1911)。Scott-Ellis(1904b)はランカスター伯トーマスの印章の盾の左右に配置された怪物を翼の無いワイバーであるとしている。
  
<gallery class="center" widths="220px" heights="220px">
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近世以降のワイバーンと同一視して、中世のワイバーを単純にワイバーンと記す現代の文献は多い。しかしBarron(1911)は中世のワイバーから近世のワイバーンへの変化は形状の変化も伴ったとしており両者を区別している。Allaben(1918})はロジャー・ド・クインシーの印章の竜を指して「ワイバーン、あるいはその最初期の原型であるワイバー」と両論併記する形で説明している。
ファイル:Seal_of_roger_de_quincy.png|ロジャー・ド・クインシーの印章 (1250)
 
ファイル:Seal of thomas1.png|ランカスター伯トーマスの印章 (1301)
 
ファイル:Seal of thomas2.png|ランカスター伯トーマスの印章<br/>翼の無いワイバーが描かれている
 
ファイル:JindrichLancaster.jpg|ランカスター伯ヘンリーの印章 (1301)
 
</gallery>
 
  
 
=== テューダー期におけるワイバーンの成立 ===
 
=== テューダー期におけるワイバーンの成立 ===
[[File:Drake monument.jpg|thumb|ドレーク家のモニュメント(1611)。このモニュメントにはドレークの紋章が残されている。]]
 
 
相違点も見られるが、二足の竜としてのワイバーンの成立とテューダー朝の関係に複数の専門家が言及している。また、それは当時の紋章官の責任であるという意見も共通して見られる。
 
相違点も見られるが、二足の竜としてのワイバーンの成立とテューダー朝の関係に複数の専門家が言及している。また、それは当時の紋章官の責任であるという意見も共通して見られる。
  
グゥイン=ジョーンズはテューダー期にワイバーンが成立したと説明する。彼はドラゴンが二足から四足へと変わったことは大部分が紋章官達の責任であるようだとしており、二足の竜はワイバーンと呼ばれるようになったとしている<ref>原文は"Like the gryphon, the dragon has remained largely unaltered by heraldry, except perhaps for the extra pair of legs which it acquired in the fifteenth century, for which the heralds seem largely responsible. Earlier dragons have two legs, and are known as wyverns, and the four-legged simply as dragons."{{Harv|Bedingfeld|1993}}。</ref>。[[:en:Rodney_Dennys|デニス]]もワイバーンという言葉が二足の竜を指すようになったのはテューダー期に始まったことだとしているが、テューダー期にはドラゴンという言葉はまだ二足の竜と四足の竜両方を指していたとしている。
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グゥイン=ジョーンズはテューダー期にワイバーンが成立したと説明する。彼はドラゴンが二足から四足へと変わったことは大部分が紋章官達の責任であるようだとしており、二足の竜はワイバーンと呼ばれるようになったとしている<ref>原文は"Like the gryphon, the dragon has remained largely unaltered by heraldry, except perhaps for the extra pair of legs which it acquired in the fifteenth century, for which the heralds seem largely responsible. Earlier dragons have two legs, and are known as wyverns, and the four-legged simply as dragons."(Bedingfeld、1993)。</ref>。デニスもワイバーンという言葉が二足の竜を指すようになったのはテューダー期に始まったことだとしているが、テューダー期にはドラゴンという言葉はまだ二足の竜と四足の竜両方を指していたとしている。
  
{{Harvtxt|Barron|1911}}も同様に二足の竜としてのワイバーンの成立はテューダー期であったとするが、「紋章官の責任」についてはグゥイン=ジョーンズとは異なる見解を示している。彼は中世のワイバーはワイバーンとは別の姿であったとみなしており、テューダー期の紋章官が中世のワイバーの形状を踏まえずにドレークの紋章<ref>[[フランシス・ドレーク]]は世界一周の功により叙勲されたが、その際に自分は[[:en:Drake_baronets#Drake Baronetcy of Ashe|アッシュのドレーク家]]の血族であり、その紋章を使用する資格があると虚偽の主張を行った。この主張はアッシュのドレーク家の長である[[:en:Bernard_Drake|バーナード・ドレーク]]卿の怒りを買い、"Worthies of Devon"によると王宮内での暴力事件にまで発展したとされる。[[エリザベス1世]]はこの問題を解決するためにアッシュのドレーク家の紋章とは別の紋章をフランシス・ドレークに与えた。本文中の「ドレークの紋章」とはフランシス・ドレークとバーナード・ドレークが使用権を争ったアッシュのドレーク家の紋章のことを示す。</ref>に描かれた二足の竜を「ワイバーン」と記録してしまったことをワイバーンの成立としている。彼はこれを紋章官の「発明」(あるいは捏造)であると表現している<ref>原文は"The wyver, who becomes wyvern in the 16th century, and takes a new form under the care of inventive heralds, was in the middle ages a lizard-like dragon, generally with small wings."。</ref>。
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Barron(1911)も同様に二足の竜としてのワイバーンの成立はテューダー期であったとするが、「紋章官の責任」についてはグゥイン=ジョーンズとは異なる見解を示している。彼は中世のワイバーはワイバーンとは別の姿であったとみなしており、テューダー期の紋章官が中世のワイバーの形状を踏まえずにドレークの紋章<ref>フランシス・ドレークは世界一周の功により叙勲されたが、その際に自分はアッシュのドレーク家の血族であり、その紋章を使用する資格があると虚偽の主張を行った。この主張はアッシュのドレーク家の長であるバーナード・ドレーク卿の怒りを買い、"Worthies of Devon"によると王宮内での暴力事件にまで発展したとされる。エリザベス1世はこの問題を解決するためにアッシュのドレーク家の紋章とは別の紋章をフランシス・ドレークに与えた。本文中の「ドレークの紋章」とはフランシス・ドレークとバーナード・ドレークが使用権を争ったアッシュのドレーク家の紋章のことを示す。</ref>に描かれた二足の竜を「ワイバーン」と記録してしまったことをワイバーンの成立としている。彼はこれを紋章官の「発明」(あるいは捏造)であると表現している<ref>原文は"The wyver, who becomes wyvern in the 16th century, and takes a new form under the care of inventive heralds, was in the middle ages a lizard-like dragon, generally with small wings."。</ref>。
  
 
== 変形 ==
 
== 変形 ==
 
ワイバーンの紋章への採用例は多く、様々な変形が存在する。この節では純粋にイングランドや現在のイギリス内で使用されたワイバーンの変形に限定せず、他国の竜の紋章をイングランドの紋章官がワイバーンと記録した例や、他の英語圏の国においてワイバーンとして扱われている例も含めて取り扱う。
 
ワイバーンの紋章への採用例は多く、様々な変形が存在する。この節では純粋にイングランドや現在のイギリス内で使用されたワイバーンの変形に限定せず、他国の竜の紋章をイングランドの紋章官がワイバーンと記録した例や、他の英語圏の国においてワイバーンとして扱われている例も含めて取り扱う。
  
[[紋章記述]]において、翼のないワイバーンを "wyvern sans wings" 、足のないワイバーンを "wyvern sans legs" と記録する。このような体の一部が欠けた図像はワイバーン特有の物ではなく、他の動物や怪物にも見られる。1609年にロンドン市のシェリフ<ref>[[:en:Sheriffs of the City of London]]. 長官とも言える役職で同時に二名が任命される。現代でもこの制度は続いている。</ref>を務めたリチャード・ファーリントンの属するファーリントン家は翼のないワイバーンを紋章のクレストに使用していた{{Harv|Howard|1869}}<ref>この文献ではリチャード・ファーリントンが1609年に就いたのはシェリフではなく、[[:en:Alderman#In the United Kingdom|オルダーマン]](市参事会員)とされている。</ref>。翼のないワイバーンは、現代ではアメリカ陸軍において、[[:en:66th Armor Regiment (United States)|第66機甲連隊]]や後述する[[:en:41st Field Artillery Regiment (United States)|第41野砲兵連隊 ]]の紋章に使用されている{{Harv|TIOH|n.d. a}}{{Harv|TIOH|n.d. b}}。
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紋章記述において、翼のないワイバーンを "wyvern sans wings" 、足のないワイバーンを "wyvern sans legs" と記録する。このような体の一部が欠けた図像はワイバーン特有の物ではなく、他の動物や怪物にも見られる。1609年にロンドン市のシェリフ<ref>Sheriffs of the City of London. 長官とも言える役職で同時に二名が任命される。現代でもこの制度は続いている。</ref>を務めたリチャード・ファーリントンの属するファーリントン家は翼のないワイバーンを紋章のクレストに使用していた(Howard、1869)<ref>この文献ではリチャード・ファーリントンが1609年に就いたのはシェリフではなく、オルダーマン(市参事会員)とされている。</ref>。翼のないワイバーンは、現代ではアメリカ陸軍において、第66機甲連隊や後述する第41野砲兵連隊の紋章に使用されている(TIOH)。
  
 
多頭のワイバーンの図像も存在する。
 
多頭のワイバーンの図像も存在する。
スコットランドの[[:en:Earl of Panmure|パンミュレ伯爵]]のマウル家の紋章は、胴体の前後から首が生えた火を噴く二足の竜をクレストとして採用しており、これは "a wyvern with two heads" という紋章記述によって表現される{{Harv|Deuchar|1817}}
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スコットランドのパンミュレ伯爵のマウル家の紋章は、胴体の前後から首が生えた火を噴く二足の竜をクレストとして採用しており、これは "a wyvern with two heads" という紋章記述によって表現される(Deuchar、1817)
{{refnest|マウル家の紋章は他にも様々な紋章記述で残されている。"dragon with two heads" とする文献や、"a wyvern, emerald, spouting fire before and behind"とする文献{{Harv|Kimber|1767}}も存在する。後者を再現した図像は、口と尾両方の先端から炎を吐くワイバーンとして描かれている。}}。多頭のワイバーンの図像は、何か特殊な事柄を表現している場合がある。イギリス陸軍の最高司令官を務めた[[:en:John Wilsey|ジョン・ウィルシー]]の紋章には左右で青と赤に塗り分けられた双頭のワイバーンがクレストとして使用されている。彼の軍人としての経歴はデヴォンシャー・アンド・ドーセット連隊から始まったため、彼はワイバーンの双頭で[[デヴォン]]と[[ドーセット]]を表現している{{Harv|The Heraldry Society|2008}}。アメリカ陸軍第41野砲兵連隊の紋章のクレストは多頭かつ翼のないワイバーンだが、この四つの頭は第二次大戦における連隊の "four spearhead attacks" を意味している{{Harv|TIOH|n.d. b}}。
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<ref>マウル家の紋章は他にも様々な紋章記述で残されている。"dragon with two heads" とする文献や、"a wyvern, emerald, spouting fire before and behind"とする文献(Kimber、1767)も存在する。後者を再現した図像は、口と尾両方の先端から炎を吐くワイバーンとして描かれている。</ref>。多頭のワイバーンの図像は、何か特殊な事柄を表現している場合がある。イギリス陸軍の最高司令官を務めたジョン・ウィルシーの紋章には左右で青と赤に塗り分けられた双頭のワイバーンがクレストとして使用されている。彼の軍人としての経歴はデヴォンシャー・アンド・ドーセット連隊から始まったため、彼はワイバーンの双頭でデヴォンとドーセットを表現している(The Heraldry Society、2008)。アメリカ陸軍第41野砲兵連隊の紋章のクレストは多頭かつ翼のないワイバーンだが、この四つの頭は第二次大戦における連隊の "four spearhead attacks" を意味している(TIOH)。
  
ワイバーンの下半身を魚のそれに置き換えた物をシーワイバーン、あるいはシードラゴンと呼ぶ。シーワイバーンは現在ウェストドーセットで、大紋章のクレストや[[サポーター (紋章学)|サポーター]]などに用いられている<ref>ウエストドーセットの大紋章は[http://www.ngw.nl/heraldrywiki/index.php?title=West_Dorset こちら](外部サイト)で確認できる。</ref>。人魚やシーライオン等とは異なり、ワイバーンの場合は下半身を魚に置き換えても全体の輪郭は大きく変わらない。そのため紋章官にも区別がつかないことがあるのか、[[アイルランド]]の[[:en:Viscount Taaffe|ターフェ子爵]]の紋章は "wyvern, or sea-dragon" という紋章記述で記録されている{{Harv|Kimber|1768}}。
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ワイバーンの下半身を魚のそれに置き換えた物をシーワイバーン、あるいはシードラゴンと呼ぶ。シーワイバーンは現在ウェストドーセットで、大紋章のクレストやサポーターなどに用いられている<ref>ウエストドーセットの大紋章は[http://www.ngw.nl/heraldrywiki/index.php?title=West_Dorset こちら](外部サイト)で確認できる。</ref>。人魚やシーライオン等とは異なり、ワイバーンの場合は下半身を魚に置き換えても全体の輪郭は大きく変わらない。そのため紋章官にも区別がつかないことがあるのか、アイルランドのターフェ子爵の紋章は "wyvern, or sea-dragon" という紋章記述で記録されている(Kimber、1768)。
  
イタリアの貴族[[:it:Busdraghi|ブスドラーギ家]]の紋章は頭巾を被った人面の二足の竜を用いている。この図像はイングランドでは"wyvern with a human face"と記録されたが、ワイバーンとドラゴンを区別しないイタリアではドラゴンと記録されている
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イタリアの貴族ブスドラーギ家の紋章は頭巾を被った人面の二足の竜を用いている。この図像はイングランドでは"wyvern with a human face"と記録されたが、ワイバーンとドラゴンを区別しないイタリアではドラゴンと記録されている。
{{Harv|Ménestrier|1696}}。
 
{| class="wikitable" style="text-align: center; margin: 1em auto 1em auto;"
 
|[[File:Wyvern sans wings.png|Wyvern sans wings]]
 
|[[File:Wyvern sans legs.png|Wyvern sans legs]]
 
|[[File:CREST-OF-066-Armor-Regiment-COA.png|100 px]]
 
|[[File:Wyvern with two heads.png|Wyvern with two heads]]
 
|[[File:Crest_of_41FA_Coat_of_Arms.svg|100 px]]
 
|-
 
|wyvern sans wings
 
|wyvern sans legs
 
|米陸軍<br />第66機甲連隊の<br />クレスト
 
|マウル家のクレスト
 
|米陸軍<br />第41野砲兵連隊の<br />クレスト
 
|}
 
  
 
== 怪物としてのワイバーン ==
 
== 怪物としてのワイバーン ==
{{節スタブ}}
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前節までで述べた通りワイバーンは紋章学の中で発展した存在であるため、その起源となるような伝説や神話は存在しない。ワイバーンがいつ紋章学の中に限定されず想像上の怪物として扱われるようになったのかははっきりしていない。しかし傍証となる文献は残されている。(hillips、1678)による辞書には、当時ワイバーン<ref>原文ではワイバー。ここではワイバーンの意味(Simpson、1989)。</ref>は紋章学以外の分野では殆ど知られていなかったと記されている。また、''History of Durham''は1700年以前に書かれたとされるソックバーンのワームという怪物についての写本を引用している。この写本中でワイバーンはこのワームの異名の一つとして用いられており、オックスフォード英語辞典はこれを「怪物としてのワイバーン」の初出文献であるとしている(Simpson、1989)。
前節までで述べた通りワイバーンは紋章学の中で発展した存在であるため、その起源となるような伝説や神話は存在しない。ワイバーンがいつ紋章学の中に限定されず想像上の怪物として扱われるようになったのかははっきりしていない。しかし傍証となる文献は残されている。{{Harvtxt|Phillips|1678}}による辞書には、当時ワイバーン<ref>原文ではワイバー。ここではワイバーンの意味{{Harv|Simpson|1989}}。</ref>は紋章学以外の分野では殆ど知られていなかったと記されている。また、''History of Durham''は1700年以前に書かれたとされる[[:en:Sockburn_Worm|ソックバーンのワーム]]という怪物についての写本を引用している。この写本中でワイバーンはこのワームの異名の一つとして用いられており、オックスフォード英語辞典はこれを「怪物としてのワイバーン」の初出文献であるとしている{{Harv|Simpson|1989}}。
 
  
 
=== ワイバーンと翼 ===
 
=== ワイバーンと翼 ===
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=== ワイバーンと毒 ===
 
=== ワイバーンと毒 ===
 
''History of Durham'' が引用する写本において、ソックバーンのワームは毒を持っているとされており、早期からワイバーンと毒との関連付けは行われていた。
 
''History of Durham'' が引用する写本において、ソックバーンのワームは毒を持っているとされており、早期からワイバーンと毒との関連付けは行われていた。
また、時にワイバーンはその尾に毒を備えているとされるが、こうした特徴については「サソリの尾を持つ」という形で1854年の辞書で触れられている<ref>"Wyvern. An imaginary beast, invented by heralds, having the head and forepart of a dragon, with two legs only, the pointed tail of a scorpion, and winged."{{Harv|Fairholt|1854}}</ref>。
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また、時に'''ワイバーンはその尾に毒を備えている'''とされるが、こうした特徴については「サソリの尾を持つ」という形で1854年の辞書で触れられている<ref>"Wyvern. An imaginary beast, invented by heralds, having the head and forepart of a dragon, with two legs only, the pointed tail of a scorpion, and winged."(Fairholt、1854)</ref><ref group="私注">これもかつてワイヴァーンが医薬神であった名残ではないだろうか。</ref>。
  
 
=== ワイバーンの目 ===
 
=== ワイバーンの目 ===
他の竜と同様に、ワイバーンにもその眼力の鋭さを謳った説話があったようである。{{Harvtxt|Anonymous|1890}}はワイバーンはその鋭い眼力を保つために[[ウイキョウ]]を目にあてていたとしている<ref>ウイキョウと動物/怪物の視力の関係については古くから記録が残っている。プリニウスの博物誌によれば冬眠によって視力の衰えたヘビはウイキョウの汁を目に塗ることによってその鋭い視力を回復させるとある{{Harv|プリニウス|1986}}{{Harv|プリニウス|2009}}。ただし博物誌にはヘビは視力が悪いとの記述もあり揺らぎがある{{Harv|プリニウス|1986}}。</ref>。
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他の竜と同様に、ワイバーンにもその眼力の鋭さを謳った説話があったようである。Anonymous81890はワイバーンは'''その鋭い眼力を保つためにウイキョウを目にあてていた'''としている<ref>ウイキョウと動物/怪物の視力の関係については古くから記録が残っている。プリニウスの博物誌によれば冬眠によって視力の衰えたヘビはウイキョウの汁を目に塗ることによってその鋭い視力を回復させるとある(プリニウス、1986、2009。ただし博物誌にはヘビは視力が悪いとの記述もあり揺らぎがある(プリニウス、19869。</ref>。
  
 
=== 住処 ===
 
=== 住処 ===
ワイバーンは沼に生息するとする文献がある。{{Harvtxt|Anonymous|1890}}は「ワイバーンは沼地によく集まる」としている。また{{Harvtxt|Newton|1846}}は若干詳細に、「ワイバーンはかつてドイツの近づきがたい荒野の沼地に実在したと考えられていた」としている。
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ワイバーンは沼に生息するとする文献がある。<ref>Anonymous, 1890</ref>は「ワイバーンは沼地によく集まる」としている。また<ref>Newton, 1846</ref>は若干詳細に、「ワイバーンはかつてドイツの近づきがたい荒野の沼地に実在したと考えられていた」としている。
 
 
== 関連 ==
 
; [[ヴイーヴル]]
 
: フランスに伝わる二足の竜。ワイバーンと語源を同じくする。ワイバーンは仏訳される際にヴイーヴルという訳をあてられることがある。
 
;グイベル
 
:ウェールズに伝わる空を飛ぶ蛇。gwiberは英訳される際にwyvernという訳をあてられることがある{{Harv|Henderson|1922}}。
 
; [[竜王 (北欧民話)|リンドルム王]]
 
: スカンジナビアに伝わる説話。{{Harvtxt|Holbek|1987}}はこの説話を"King Wivern" と題して英訳した。
 
  
== 脚注 ==
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== 私的考察 ==
{{reflist|2}}
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ワイヴァーンはフランスの[[ヴイーヴル]]と同一視されるが、[[ヴイーヴル]]が雌と考えられるのに対して、ワイヴァーンの性別は必ずしも雌だとは考えられていないように感じる。ただし、「毒」とは関連づけられる龍の一種であって、語源が「viper(毒蛇)」である名残と感じられる。龍あるいは神としてのワイヴァーンの起源は、ヒッタイトの太陽女神の一つである[[ウルシェム]]と考える。また、ギリシア神話の冥界の女神ペルセポネーとも同語源と推察する。
  
 
== 参考文献 ==
 
== 参考文献 ==
*{{Cite journal | last = Allaben | first = Frank | date = 1918 | title = GREEN OF GREENS-NORTON
+
* Wikipedia:[https://en.wikipedia.org/wiki/The_Leys_School The Leys School](最終閲覧日:22-10-06)
    | journal = The Journal of American history | volume = 12 | page = 255
+
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3 ワイバーン](最終閲覧日:22-10-25)
    | publisher =  National Historical Society | location = New York | ref = harv}}
+
** Allaben, Frank, 1918, GREEN OF GREENS-NORTON, The Journal of American history, volume12, page255, National Historical Society, New York
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** Anonymous, 1890, THE WYVERN - A MYTHICAL MAMMAL - THE HERBERT CREST, he Montgomeryshire Collections, volume24, page197, Whiting & co., London
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** http://www.tioh.hqda.pentagon.mil/Heraldry/ArmyDUISSICOA/ArmyHeraldryUnit.aspx?u=3444, TIOH - Heraldry - 41 Field Artillery Regiment, 2014-01-11, United States Army Institute of Heraldry, United_States_Army_Institute_of_Heraldry, https://web.archive.org/web/20120813041832/http://www.tioh.hqda.pentagon.mil/Heraldry/ArmyDUISSICOA/ArmyHeraldryUnit.aspx?u=3444, 2012-08-13
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** Vinycomb John , Fictitious and symbolic creatures in art with special reference to their use in British heraldry, Chapman and Hall, 1906, page99, oclc:4166088, London
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** プリニウス, 大槻真一郎 他, 2009, プリニウス 博物誌 植物薬剤編, 八坂書房, page68, isbn:978-4-89694-932-2
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*{{Cite book | 和書 | author = プリニウス | translator = 中野定雄 他
 
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*{{Cite book | 和書 | author = プリニウス | translator = 大槻真一郎 他
 
    | year = 2009 | title = プリニウス 博物誌 植物薬剤編 | publisher = 八坂書房
 
    | page = 68 | isbn = 978-4-89694-932-2 | ref = harv
 
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== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
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* ウェールズの竜
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2023年1月16日 (月) 07:12時点における最新版

ケンブリッジのLeys Schoolの紋章のクレスト。wyvern proper
紋章に使われるワイバーン。

ワイバーンwyvern または wivern)は、イギリスの紋章、印章、旗章などに見られる竜の図像の一つ。およびそこから派生した架空の怪物である。

概要[編集]

一般的にはドラゴンの頭、コウモリの翼、一対のワシの脚[1]、ヘビの尾に、尾の先端には矢尻のようなトゲを具えた空を飛ぶ竜とされる。その口からは時に赤い舌が伸び、また炎を吐いていることもある。紋章においてワイバーンの図像は様々な色に塗られてきたが、ワイバーンの自然の色は緑と赤の2色である[2]

ワイバーンは現在においてもイギリスで人気のある図像の一つである。大学や会社、スポーツチーム、あるいは行政区など様々な団体がワイバーンの図像や名前を用いている。

語源[編集]

中期英語で用いられていた wyver という単語は古フランス語の wivre に由来する。この wyver に bittern や heron (サギ)などに見られる接尾辞の -n を付与したとされるのが wyvern である[3]

異説として、ワイバーンをラテン語のviverra(フェレット)と同一視する者[4]があった。この説をとる人々はワイバーンを翼の生えたフェレットと見做していた[5]。こうした説は語源俗解であり、現在では顧みられることは無い。

紋章学におけるドラゴンとの区別[編集]

二足の竜」の図像は、イギリスを除くヨーロッパではドラゴンの一般的な形態の一つとして扱われており、これをワイバーンとしてドラゴンから区別するのはイギリスおよびイギリスの旧植民地に特有のことである。 また、そのイギリスにおいても当初からワイバーンとドラゴンは区別されていたわけではない[6]。 二足の竜をドラゴンと読んだ例も、四足の竜をワイバーンと呼んだ例もあるため、過去の文献にあたる際にはワイバーンと記されていてもそれが即ち二足の竜を表しているとは限らないことに留意が必要である。

Barron(1905)は1530年の文献に対し、この時期の殆どの紋章記述においてドラゴンという術語は二足の竜を指しているとした[7]。少なくともこの時期においてドラゴンとワイバーンは同一視されていたと言える。

Fox-Davies(1902)が「ワイバーンとドラゴンの区別は比較的最近のことであるのを忘れてはならない」とするように、四足のドラゴンがイギリスの紋章学に登場したテューダー期以降もワイバーンとドラゴンの区別は厳密に行われてきたわけではない。典型的な例が大英博物館の写本部の印章の目録(Birch, 1887)であり、ここではそのテューダーの四足のドラゴンを指してワイバーンと呼び表している。

象徴[編集]

紋章においてワイバーンは戦争、嫉妬あるいは疫病を象徴するとされているが、これはワイバーンに限ったことではなくドラゴンにも共通する特徴である。Boutell(1873)は「(四足の)ドラゴンは疫病の象徴である」としており、Vinycomb(1906)は「昔の紋章官達はこれらの想像上の怪物(ドラゴンとワイバーン)について、これらは疫病のしるしであり(中略)悪意と嫉妬を象徴すると言う。紋章学においては、これらは敵の打破や専制の意に用いられる」としている[私注 1]

病気を象徴する紋章竜の一例として、 "Worshipful Society of Apothecaries" というロンドンの薬局による同業者組合の紋章が挙げられる。1617年に与えられたとされるこの紋章では、医療神としての側面を持つアポロが病気を象徴する竜を討伐している様子が描かれている。この竜は二足の鳥の足を持っており形状はワイバーンのそれだが、同組合はこれをドラゴンであるとしている(WSoA、n.d.)[私注 2]

成立[編集]

ブリテン島の二足の竜のルーツ[編集]

「二足の竜」は、ヨーロッパの他地域だけではなくブリテン島においても竜の図像として一般的なものの一つであった。1066年のヘイスティングズの戦いにおいてハロルド2世率いる当時のイングランド軍が二足の竜の軍旗を用いていたことがバイユーのタペストリーに刺繍されている。これ以前の竜の図像については詳しいことは分かっていない。「ローマのコホートが用いていたドラコと呼ばれる竜を象った旗が、ローマがブリテン島からの撤退した後もウェールズ人に受け継がれた。後にブリテン島に侵攻してきたアングロサクソン人が、敵対するウェールズの竜の旗を模倣した。これがハロルド2世の竜の旗へと連なる竜の図像のルーツである」などとする文献がある。しかし、こうしたウェールズの竜にまつわる史観は偽史書である「ブリタニア列王史」の記述に基づいたものであり、当時の遺物など物的証拠は存在しない。列王史の作者ジェフリー・オブ・モンマスの専門家であるTatlock(1933)は、当時のウェールズにおける竜文化の実在について否定的な見解を示しており、その中でも特に竜の旗については強く否定している[8]

中世のワイバー[編集]

中世イングランドでは「ワイバー」という名の二足の竜の図像が印章や紋章に描かれるようになった。13世紀のウィンチェスター伯であるロジャー・ド・クインシーが用いていた印章にワイバーが確認できる。イングランド王・ヘンリー3世の孫にあたる第2代ランカスター伯トーマスと第3代ランカスター伯ヘンリーの兄弟も印章にワイバーを用いていた。紋章においては14世紀初頭からエドムンド・モーリーなどワイバーを紋章に用いていた貴族が存在したことが紋章鑑に記録されている。この紋章鑑には図はなく紋章記述のみが記されているため、エドムンドらの紋章が実際にどのようなものであったのかは不明である[9]

この時期のワイバーはトカゲのような姿をしており、小さな翼が生えていることもあれば生えていないこともある(Barron、1911)。Scott-Ellis(1904b)はランカスター伯トーマスの印章の盾の左右に配置された怪物を翼の無いワイバーであるとしている。

近世以降のワイバーンと同一視して、中世のワイバーを単純にワイバーンと記す現代の文献は多い。しかしBarron(1911)は中世のワイバーから近世のワイバーンへの変化は形状の変化も伴ったとしており両者を区別している。Allaben(1918})はロジャー・ド・クインシーの印章の竜を指して「ワイバーン、あるいはその最初期の原型であるワイバー」と両論併記する形で説明している。

テューダー期におけるワイバーンの成立[編集]

相違点も見られるが、二足の竜としてのワイバーンの成立とテューダー朝の関係に複数の専門家が言及している。また、それは当時の紋章官の責任であるという意見も共通して見られる。

グゥイン=ジョーンズはテューダー期にワイバーンが成立したと説明する。彼はドラゴンが二足から四足へと変わったことは大部分が紋章官達の責任であるようだとしており、二足の竜はワイバーンと呼ばれるようになったとしている[10]。デニスもワイバーンという言葉が二足の竜を指すようになったのはテューダー期に始まったことだとしているが、テューダー期にはドラゴンという言葉はまだ二足の竜と四足の竜両方を指していたとしている。

Barron(1911)も同様に二足の竜としてのワイバーンの成立はテューダー期であったとするが、「紋章官の責任」についてはグゥイン=ジョーンズとは異なる見解を示している。彼は中世のワイバーはワイバーンとは別の姿であったとみなしており、テューダー期の紋章官が中世のワイバーの形状を踏まえずにドレークの紋章[11]に描かれた二足の竜を「ワイバーン」と記録してしまったことをワイバーンの成立としている。彼はこれを紋章官の「発明」(あるいは捏造)であると表現している[12]

変形[編集]

ワイバーンの紋章への採用例は多く、様々な変形が存在する。この節では純粋にイングランドや現在のイギリス内で使用されたワイバーンの変形に限定せず、他国の竜の紋章をイングランドの紋章官がワイバーンと記録した例や、他の英語圏の国においてワイバーンとして扱われている例も含めて取り扱う。

紋章記述において、翼のないワイバーンを "wyvern sans wings" 、足のないワイバーンを "wyvern sans legs" と記録する。このような体の一部が欠けた図像はワイバーン特有の物ではなく、他の動物や怪物にも見られる。1609年にロンドン市のシェリフ[13]を務めたリチャード・ファーリントンの属するファーリントン家は翼のないワイバーンを紋章のクレストに使用していた(Howard、1869)[14]。翼のないワイバーンは、現代ではアメリカ陸軍において、第66機甲連隊や後述する第41野砲兵連隊の紋章に使用されている(TIOH)。

多頭のワイバーンの図像も存在する。 スコットランドのパンミュレ伯爵のマウル家の紋章は、胴体の前後から首が生えた火を噴く二足の竜をクレストとして採用しており、これは "a wyvern with two heads" という紋章記述によって表現される(Deuchar、1817) [15]。多頭のワイバーンの図像は、何か特殊な事柄を表現している場合がある。イギリス陸軍の最高司令官を務めたジョン・ウィルシーの紋章には左右で青と赤に塗り分けられた双頭のワイバーンがクレストとして使用されている。彼の軍人としての経歴はデヴォンシャー・アンド・ドーセット連隊から始まったため、彼はワイバーンの双頭でデヴォンとドーセットを表現している(The Heraldry Society、2008)。アメリカ陸軍第41野砲兵連隊の紋章のクレストは多頭かつ翼のないワイバーンだが、この四つの頭は第二次大戦における連隊の "four spearhead attacks" を意味している(TIOH)。

ワイバーンの下半身を魚のそれに置き換えた物をシーワイバーン、あるいはシードラゴンと呼ぶ。シーワイバーンは現在ウェストドーセットで、大紋章のクレストやサポーターなどに用いられている[16]。人魚やシーライオン等とは異なり、ワイバーンの場合は下半身を魚に置き換えても全体の輪郭は大きく変わらない。そのため紋章官にも区別がつかないことがあるのか、アイルランドのターフェ子爵の紋章は "wyvern, or sea-dragon" という紋章記述で記録されている(Kimber、1768)。

イタリアの貴族ブスドラーギ家の紋章は頭巾を被った人面の二足の竜を用いている。この図像はイングランドでは"wyvern with a human face"と記録されたが、ワイバーンとドラゴンを区別しないイタリアではドラゴンと記録されている。

怪物としてのワイバーン[編集]

前節までで述べた通りワイバーンは紋章学の中で発展した存在であるため、その起源となるような伝説や神話は存在しない。ワイバーンがいつ紋章学の中に限定されず想像上の怪物として扱われるようになったのかははっきりしていない。しかし傍証となる文献は残されている。(hillips、1678)による辞書には、当時ワイバーン[17]は紋章学以外の分野では殆ど知られていなかったと記されている。また、History of Durhamは1700年以前に書かれたとされるソックバーンのワームという怪物についての写本を引用している。この写本中でワイバーンはこのワームの異名の一つとして用いられており、オックスフォード英語辞典はこれを「怪物としてのワイバーン」の初出文献であるとしている(Simpson、1989)。

ワイバーンと翼[編集]

History of Durham が引用する写本において、ソックバーンのワームが翼をもっているかどうか、あるいは飛行能力を有しているかどうかについては言及がない。時代が下って1835年の劇詩「パラケルスス」ではワイバーンは直接登場しないが、詩人アプリーレの霊によって「空を飛ぶワイバーン」が直喩に使用されており、この時代では飛行能力を有しているという認知が広がっていることが伺える。

ワイバーンと毒[編集]

History of Durham が引用する写本において、ソックバーンのワームは毒を持っているとされており、早期からワイバーンと毒との関連付けは行われていた。 また、時にワイバーンはその尾に毒を備えているとされるが、こうした特徴については「サソリの尾を持つ」という形で1854年の辞書で触れられている[18][私注 3]

ワイバーンの目[編集]

他の竜と同様に、ワイバーンにもその眼力の鋭さを謳った説話があったようである。Anonymous81890はワイバーンはその鋭い眼力を保つためにウイキョウを目にあてていたとしている[19]

住処[編集]

ワイバーンは沼に生息するとする文献がある。[20]は「ワイバーンは沼地によく集まる」としている。また[21]は若干詳細に、「ワイバーンはかつてドイツの近づきがたい荒野の沼地に実在したと考えられていた」としている。

私的考察[編集]

ワイヴァーンはフランスのヴイーヴルと同一視されるが、ヴイーヴルが雌と考えられるのに対して、ワイヴァーンの性別は必ずしも雌だとは考えられていないように感じる。ただし、「毒」とは関連づけられる龍の一種であって、語源が「viper(毒蛇)」である名残と感じられる。龍あるいは神としてのワイヴァーンの起源は、ヒッタイトの太陽女神の一つであるウルシェムと考える。また、ギリシア神話の冥界の女神ペルセポネーとも同語源と推察する。

参考文献[編集]

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関連項目[編集]

  • ヴイーヴル:フランスに伝わる二足の竜。ワイバーンと語源を同じくする。ワイバーンは仏訳される際にヴイーヴルという訳をあてられることがある。
  • ウルシェム:ヒッタイト神話。地下世界(冥界)の女神。ワイヴァーンの起源と考える。
    • ヴィシャップ:アルメニア神話の倒される龍神。ワイヴァーンと同語源か。
  • バロール
    • 邪眼
  • ウェールズの竜
グイベル
ウェールズに伝わる空を飛ぶ蛇。gwiberは英訳される際にwyvernという訳をあてられることがある[22]
リンドルム王
スカンジナビアに伝わる説話。Holbek (1987) [23]はこの説話を"King Wivern" と題して英訳した。

私的注釈[編集]

  1. これはワイバーンがかつて軍神、医薬神であったことの名残ではないか、と考える。
  2. これは伝承的にはマルドゥクのティアマト殺しに類似した構造で興味深く感じる。
  3. これもかつてワイヴァーンが医薬神であった名残ではないだろうか。

参照[編集]

  1. (Bellew, 1966)はワイバーンの脚がこうした猛禽類の形状になったのは後のことであるとしている。
  2. 紋章記述において"proper"という形容詞は「自然の色で塗られた」という意味を持つ。この「自然の色」は必ずしも言葉どおりの意味ではなく対象ごとに慣例的に定められた色のことを指すため、ワイバーンのような実在しない怪物にも「自然の色」が存在する。"wyvern proper"は緑と赤の2色で塗り分けられたワイバーンのことを指している(Boutell, 1931)。ケンブリッジのLeys School(画像あり)の紋章のクレストはこの"wyvern proper"であり、腹部と飛膜は赤で、それ以外の部分は緑で塗られている。
  3. Simpson, 1989
  4. (Clark, 1788)による紋章学用語の翻訳表では、wyvernのラテン語訳はviverraであるとされている。もっとも同書内のワイバーンの項目ではフェレットとの関わりは一切触れられておらず、viverraという訳に対して彼にどの程度の確信があったのかは不明である。
  5. Porny, 1765
  6. (Boutell, 1867)は「初期の紋章記述において(ワイバーンとドラゴンの)区別はいつも認められた訳ではない」としている。
  7. トーマス・ウォール(中世イングランドの紋章官。5代目のGarter Principal King of Arms)が1530年に書き上げたクレストの目録内の「ドラゴン」という記述に対し、「テューダー家の四足のドラゴンはこの後の形態であるため、この時期の殆どの紋章記述と同様に、ここでのドラゴンはワイバーあるいはワイバーンを指して使われている」と注釈を付けた。
  8. ウェールズの竜文化は、仮にその起源が創作であったとしても、少なくとも長い間信じられ受け継がれていったのは事実である。二足の竜が描かれたユーサー・ペンドラゴンの紋章がハーレー写本 2169に記されているが、これはテューダー期の紋章画家が創作した架空の紋章である(Foster、1904)。また、7世紀の人物であるカドワラダーの竜の旗の絵が残されている(Scott-Ellis、1904a)が前述のユーサーの紋章と同様"fabulous"と記されておりこちらも後世の創作であろう。こうして竜と七王国時代のウェールズの結びつきは強化されていった。
  9. ヨーク大聖堂にはモーリー家のステンドグラスがあり、その中にはエドムンド・モーリーの紋章も描かれている(外部サイト 左)。ただし紋章鑑に記録された紋章記述が彼の紋章には3体のワイバーが描かれていたとしているのに対し、このステンドグラス内の紋章に描かれているワイバーは1体である
  10. 原文は"Like the gryphon, the dragon has remained largely unaltered by heraldry, except perhaps for the extra pair of legs which it acquired in the fifteenth century, for which the heralds seem largely responsible. Earlier dragons have two legs, and are known as wyverns, and the four-legged simply as dragons."(Bedingfeld、1993)。
  11. フランシス・ドレークは世界一周の功により叙勲されたが、その際に自分はアッシュのドレーク家の血族であり、その紋章を使用する資格があると虚偽の主張を行った。この主張はアッシュのドレーク家の長であるバーナード・ドレーク卿の怒りを買い、"Worthies of Devon"によると王宮内での暴力事件にまで発展したとされる。エリザベス1世はこの問題を解決するためにアッシュのドレーク家の紋章とは別の紋章をフランシス・ドレークに与えた。本文中の「ドレークの紋章」とはフランシス・ドレークとバーナード・ドレークが使用権を争ったアッシュのドレーク家の紋章のことを示す。
  12. 原文は"The wyver, who becomes wyvern in the 16th century, and takes a new form under the care of inventive heralds, was in the middle ages a lizard-like dragon, generally with small wings."。
  13. Sheriffs of the City of London. 長官とも言える役職で同時に二名が任命される。現代でもこの制度は続いている。
  14. この文献ではリチャード・ファーリントンが1609年に就いたのはシェリフではなく、オルダーマン(市参事会員)とされている。
  15. マウル家の紋章は他にも様々な紋章記述で残されている。"dragon with two heads" とする文献や、"a wyvern, emerald, spouting fire before and behind"とする文献(Kimber、1767)も存在する。後者を再現した図像は、口と尾両方の先端から炎を吐くワイバーンとして描かれている。
  16. ウエストドーセットの大紋章はこちら(外部サイト)で確認できる。
  17. 原文ではワイバー。ここではワイバーンの意味(Simpson、1989)。
  18. "Wyvern. An imaginary beast, invented by heralds, having the head and forepart of a dragon, with two legs only, the pointed tail of a scorpion, and winged."(Fairholt、1854)
  19. ウイキョウと動物/怪物の視力の関係については古くから記録が残っている。プリニウスの博物誌によれば冬眠によって視力の衰えたヘビはウイキョウの汁を目に塗ることによってその鋭い視力を回復させるとある(プリニウス、1986、2009。ただし博物誌にはヘビは視力が悪いとの記述もあり揺らぎがある(プリニウス、19869。
  20. Anonymous, 1890
  21. Newton, 1846
  22. Henderson, 1922
  23. Holbek, 1987