「阿加流比売神」の版間の差分

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== 概要 ==
 
== 概要 ==
『古事記』では新羅王の子である天之日矛(あめのひぼこ)の妻となっている。『日本書紀』では名前の記述がないが、意富加羅国王の子である[[都怒我阿羅斯等]](つぬがあらしと)が追いかける童女のエピソードと同一である。『記紀』で国や夫や女の名は異なっているが、両者の説話の内容は大変似通っている。
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『古事記』では新羅王の子である[[天之日矛]](あめのひぼこ)の妻となっている。『日本書紀』では名前の記述がないが、意富加羅国王の子である[[都怒我阿羅斯等]](つぬがあらしと)が追いかける童女のエピソードと同一である。『記紀』で国や夫や女の名は異なっているが、両者の説話の内容は大変似通っている。
  
神名の「阿加流」は「明る」で「比売」への美称と解し、名義は「色美しくつやのある女性」と考えられる<ref>新潮日本古典集成 古事記</ref>。また日の出の太陽を表す赤い[[瑪瑙]]の玉の化身とする説もある。
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神名の「阿加流」は「明る」で「比売」への美称と解し、名義は「色美しくつやのある女性」と考えられる<ref>新潮日本古典集成 古事記</ref>。また日の出の太陽を表す赤い瑪瑙の玉の化身とする説もある。
  
 
== 神話の記述 ==
 
== 神話の記述 ==
 
=== 『古事記』 ===
 
=== 『古事記』 ===
『[[古事記]]』では[[応神天皇]]記に記述がある。
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『古事記』では応神天皇記に記述がある。
  
昔、新羅のアグヌマ(阿具奴摩、阿具沼)という沼で女が昼寝をしていると、その陰部に日の光が虹のようになって当たった。すると女はたちまち娠んで、赤い玉を産んだ。その様子を見ていた男は乞い願ってその玉を貰い受け、肌身離さず持ち歩いていた。ある日、男が牛で食べ物を山に運んでいる途中、天之日矛と出会った。天之日矛は、男が牛を殺して食べるつもりだと勘違いして捕えて牢獄に入れようとした。男が釈明をしても天之日矛は許さなかったので、男はいつも持ち歩いていた赤い玉を差し出して、ようやく許してもらえた。天之日矛がその玉を持ち帰って床に置くと、玉は美しい娘になった。
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昔、新羅のアグヌマ(阿具奴摩、阿具沼)という沼で女が昼寝をしていると、その陰部に日の光が虹のようになって当たった<ref group="私注">阿具(アグ)とは「ウカ」とか「ウケ」と同じ意味で「食物(穀物)」のことを指すのではないだろうか。</ref>。すると女はたちまち娠んで、'''赤い玉'''を産んだ。その様子を見ていた男は乞い願ってその玉を貰い受け、肌身離さず持ち歩いていた。ある日、男が牛で食べ物を山に運んでいる途中、天之日矛と出会った。天之日矛は、男が牛を殺して食べるつもりだと勘違いして捕えて牢獄に入れようとした<ref group="私注">この男はいわゆる民間伝承の「動物番」とみなして良いのだろうか。</ref>。男が釈明をしても天之日矛は許さなかったので、男はいつも持ち歩いていた赤い玉を差し出して、ようやく許してもらえた。天之日矛がその玉を持ち帰って床に置くと、玉は美しい娘になった。
  
天之日矛は娘を正妻とし、娘は毎日美味しい料理を出していた。しかし、ある日奢り高ぶった天之日矛が妻を罵ったので、親の国に帰ると言って小舟に乗って[[難波]]の津に逃げてきた。その娘は、難波の[[比売碁曾]]の社に鎮まる阿加流比売神であるという。
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天之日矛は娘を正妻とし、娘は毎日美味しい料理を出していた。しかし、ある日奢り高ぶった天之日矛が妻を罵ったので、親の国に帰ると言って小舟に乗って難波の津に逃げてきた。その娘は、難波の比売碁曾の社に鎮まる阿加流比売神であるという。
  
 
=== 『日本書紀』 ===
 
=== 『日本書紀』 ===
『[[日本書紀]]』では[[垂仁天皇]]紀に記述がある。
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『日本書紀』では垂仁天皇紀に記述がある。
  
都怒我阿羅斯等は自分の牛に荷物を背負わせて田舎へ行ったが、牛が急にいなくなってしまった。足跡を追って村の中に入ると、その村の役人が、「この荷の内容からすると、この牛の持ち主はこの牛を食べようとしているのだろう」と言って食べてしまったという。都怒我阿羅斯等は牛の代償として、その村で神として祀られている白い石を譲り受けた。石を持ち帰って寝床に置くと、石は美しい娘になった。
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都怒我阿羅斯等は自分の牛に荷物を背負わせて田舎へ行ったが、牛が急にいなくなってしまった。足跡を追って村の中に入ると、その村の役人が、「この荷の内容からすると、この牛の持ち主はこの牛を食べようとしているのだろう」と言って食べてしまったという。都怒我阿羅斯等は牛の代償として、その村で神として祀られている'''白い石'''を譲り受けた。石を持ち帰って寝床に置くと、石は美しい娘になった。
  
都怒我阿羅斯等が喜んで娘と性交しようとしたが、目を離したすきに娘はいなくなってしまった。都怒我阿羅斯等の妻によれば、娘は東の方へ行ったという。娘は難波に至って比売語曾社の神となり、また、[[豊国]]の[[国東郡|国前郡]]へ至って[[比売語曽社|比売語曾社]]の神となり、二箇所で祀られているという。
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都怒我阿羅斯等が喜んで娘と性交しようとしたが、目を離したすきに娘はいなくなってしまった。都怒我阿羅斯等の妻によれば、娘は東の方へ行ったという。娘は難波に至って比売語曾社の神となり、また、豊国の国前郡へ至って比売語曾社の神となり、二箇所で祀られているという。
  
 
=== 『摂津国風土記』逸文 ===
 
=== 『摂津国風土記』逸文 ===
『[[摂津国風土記]]』逸文にも阿加流比売神と思われる神についての記述がある。
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『摂津国風土記』逸文にも阿加流比売神と思われる神についての記述がある。
  
[[応神天皇]]の時代、新羅にいた女神が夫から逃れて[[筑紫国]]の「伊波比の比売島」に住んでいた。しかし、ここにいてはすぐに夫に見つかるだろうとその島を離れ、難波の島に至り、前に住んでいた島の名前をとって「比売島」と名附けた。
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応神天皇の時代、新羅にいた女神が夫から逃れて筑紫国の「伊波比の比売島」に住んでいた。しかし、ここにいてはすぐに夫に見つかるだろうとその島を離れ、難波の島に至り、前に住んでいた島の名前をとって「比売島」と名附けた。
  
 
== 解説 ==
 
== 解説 ==
『古事記』の阿加流比売神の出生譚は、女が日光を受けて卵を生み、そこから人間が生まれるという[[卵生神話]]の一種であり、類似した説話が東アジアに多く伝わっている。例えば[[夫余|扶余]]族の[[高句麗]]の[[始祖]][[東明聖王]](朱蒙)や[[新羅]]の始祖[[赫居世居西干|赫居世]]、倭より渡った新羅王族昔氏の伝承、[[伽耶]]諸国のひとつ[[伽耶#金官国(駕洛国)|金官国]]の始祖[[首露王]]の出生譚などがそうである。
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『古事記』の阿加流比売神の出生譚は、女が日光を受けて卵を生み、そこから人間が生まれるという卵生神話の一種であり、類似した説話が東アジアに多く伝わっている。例えば扶余族の高句麗の始祖[[朱蒙|東明聖王]](朱蒙)や新羅の始祖[[赫居世居西干|赫居世]]、倭より渡った新羅王族昔氏の伝承、伽耶諸国のひとつ金官国の始祖首露王の出生譚などがそうである。
  
『古事記』に記述された「難波の比売碁曾社」に相当する神社として[[大阪市]][[東成区]]東小橋の[[比売許曽神社]]があるが、現在、この神社の[[主祭神]]は[[大国主]]の娘の[[シタテルヒメ|下照比売命]]とされている。
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『古事記』に記述された「難波の比売碁曾社」に相当する神社として大阪市東成区東小橋の比売許曽神社があるが、現在、この神社の主神は大国主の娘の[[シタテルヒメ|下照比売命]]とされている。
  
『摂津国風土記』[[逸文]]の比売島と同名の[[姫嶋神社]]が大阪市[[西淀川区]][[姫島 (大阪市)|姫島町]]にあり、阿迦留姫命(神社伝承による)が[[住吉三神|住吉大神]]とともに祀られている。ほかに、大阪市平野区平野東の[[杭全神社]]飛地境内社[[赤留比売命神社]](三十歩神社)にも阿加流比売神が祀られている。
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『摂津国風土記』逸文の比売島と同名の姫嶋神社が大阪市西淀川区姫島町にあり、阿迦留姫命(神社伝承による)が住吉大神とともに祀られている。ほかに、大阪市平野区平野東の杭全神社飛地境内社赤留比売命神社(三十歩神社)にも阿加流比売神が祀られている。
  
「豊国の比売語曾社」は、[[大分県]][[姫島村|姫島]]の[[比売語曽社|比売碁曾社]]である。『[[豊前国風土記]]』逸文にも、新羅国の神が来て河原に住んだので鹿春神というとある。
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「豊国の比売語曾社」は、大分県姫島の比売碁曾社である。『豊前国風土記』逸文にも、新羅国の神が来て河原に住んだので鹿春神というとある。
  
他に同名の[[姫社神社|姫社(ひめこそ)神社]]は[[岡山県]][[総社市]]福谷にあり、阿加流比売(神社伝承による)が祀られている。
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他に同名の姫社(ひめこそ)神社は岡山県総社市福谷にあり、阿加流比売(神社伝承による)が祀られている。
  
 
== 系譜 ==
 
== 系譜 ==
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'''天之日矛周辺の系図'''
 
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[[太陽神]]と新羅の賤女の子で、新羅王子の[[アメノヒボコ|天之日矛]]の妻となる。
 
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
*[[日本の神の一覧]]
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* [[受罰女神]]
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* [[天之日矛]]
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* [[都怒我阿羅斯等]]
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* [[豊受大神]]
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== 私的注釈 ==
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== 参照 ==
 
== 参照 ==
  
 
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[[Category:女媧型女神]]
 
[[Category:日本神話]]
 
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[[Category:赤い玉]]
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[[Category:ウケ]]
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[[Category:逃走女神]]
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[[Category:受罰女神]]
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[[Category:渡来神]]

2022年10月20日 (木) 00:36時点における最新版

阿加流比売神(あかるひめのかみ)は、日本神話に登場する女神。

概要[編集]

『古事記』では新羅王の子である天之日矛(あめのひぼこ)の妻となっている。『日本書紀』では名前の記述がないが、意富加羅国王の子である都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が追いかける童女のエピソードと同一である。『記紀』で国や夫や女の名は異なっているが、両者の説話の内容は大変似通っている。

神名の「阿加流」は「明る」で「比売」への美称と解し、名義は「色美しくつやのある女性」と考えられる[1]。また日の出の太陽を表す赤い瑪瑙の玉の化身とする説もある。

神話の記述[編集]

『古事記』[編集]

『古事記』では応神天皇記に記述がある。

昔、新羅のアグヌマ(阿具奴摩、阿具沼)という沼で女が昼寝をしていると、その陰部に日の光が虹のようになって当たった[私注 1]。すると女はたちまち娠んで、赤い玉を産んだ。その様子を見ていた男は乞い願ってその玉を貰い受け、肌身離さず持ち歩いていた。ある日、男が牛で食べ物を山に運んでいる途中、天之日矛と出会った。天之日矛は、男が牛を殺して食べるつもりだと勘違いして捕えて牢獄に入れようとした[私注 2]。男が釈明をしても天之日矛は許さなかったので、男はいつも持ち歩いていた赤い玉を差し出して、ようやく許してもらえた。天之日矛がその玉を持ち帰って床に置くと、玉は美しい娘になった。

天之日矛は娘を正妻とし、娘は毎日美味しい料理を出していた。しかし、ある日奢り高ぶった天之日矛が妻を罵ったので、親の国に帰ると言って小舟に乗って難波の津に逃げてきた。その娘は、難波の比売碁曾の社に鎮まる阿加流比売神であるという。

『日本書紀』[編集]

『日本書紀』では垂仁天皇紀に記述がある。

都怒我阿羅斯等は自分の牛に荷物を背負わせて田舎へ行ったが、牛が急にいなくなってしまった。足跡を追って村の中に入ると、その村の役人が、「この荷の内容からすると、この牛の持ち主はこの牛を食べようとしているのだろう」と言って食べてしまったという。都怒我阿羅斯等は牛の代償として、その村で神として祀られている白い石を譲り受けた。石を持ち帰って寝床に置くと、石は美しい娘になった。

都怒我阿羅斯等が喜んで娘と性交しようとしたが、目を離したすきに娘はいなくなってしまった。都怒我阿羅斯等の妻によれば、娘は東の方へ行ったという。娘は難波に至って比売語曾社の神となり、また、豊国の国前郡へ至って比売語曾社の神となり、二箇所で祀られているという。

『摂津国風土記』逸文[編集]

『摂津国風土記』逸文にも阿加流比売神と思われる神についての記述がある。

応神天皇の時代、新羅にいた女神が夫から逃れて筑紫国の「伊波比の比売島」に住んでいた。しかし、ここにいてはすぐに夫に見つかるだろうとその島を離れ、難波の島に至り、前に住んでいた島の名前をとって「比売島」と名附けた。

解説[編集]

『古事記』の阿加流比売神の出生譚は、女が日光を受けて卵を生み、そこから人間が生まれるという卵生神話の一種であり、類似した説話が東アジアに多く伝わっている。例えば扶余族の高句麗の始祖東明聖王(朱蒙)や新羅の始祖赫居世、倭より渡った新羅王族昔氏の伝承、伽耶諸国のひとつ金官国の始祖首露王の出生譚などがそうである。

『古事記』に記述された「難波の比売碁曾社」に相当する神社として大阪市東成区東小橋の比売許曽神社があるが、現在、この神社の主神は大国主の娘の下照比売命とされている。

『摂津国風土記』逸文の比売島と同名の姫嶋神社が大阪市西淀川区姫島町にあり、阿迦留姫命(神社伝承による)が住吉大神とともに祀られている。ほかに、大阪市平野区平野東の杭全神社飛地境内社赤留比売命神社(三十歩神社)にも阿加流比売神が祀られている。

「豊国の比売語曾社」は、大分県姫島の比売碁曾社である。『豊前国風土記』逸文にも、新羅国の神が来て河原に住んだので鹿春神というとある。

他に同名の姫社(ひめこそ)神社は岡山県総社市福谷にあり、阿加流比売(神社伝承による)が祀られている。

系譜[編集]

太陽神と新羅の賤女の子で、新羅王子の天之日矛の妻となる[私注 3]

関連項目[編集]

私的注釈[編集]

  1. 阿具(アグ)とは「ウカ」とか「ウケ」と同じ意味で「食物(穀物)」のことを指すのではないだろうか。
  2. この男はいわゆる民間伝承の「動物番」とみなして良いのだろうか。
  3. ここで述べる「太陽神」とは炎帝系の神であろうか。

参照[編集]

  1. 新潮日本古典集成 古事記