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+ | 出雲神話ではどういうわけか、「炎帝」に相当する神は干ばつなどよりも、冷害をもたらす神と考えられていたのかもしれないと思う。管理人は、「出雲建」とは「天之冬衣神」のことと考える。例えば関東では、元は「'''斐川'''」といった地名を「'''氷川'''」とする氷川神社が存在するが、これは'''日本式炎帝信仰'''の現れなのではないか、と管理人は考える。 | ||
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2024年11月30日 (土) 17:34時点における最新版
出雲建(いずもたける)は、『古事記』等に伝わる古代日本の人物。『日本書紀』に記載はない。
ヤマトタケル(倭建命/日本武尊)に征伐された出雲の豪族である。
記録[編集]
『古事記』景行天皇段によれば、倭建命(やまとたけるのみこと)は天皇の命で筑紫の熊曾建(くまそたける)を討伐したのち、帰途に出雲に入った。そしてそこにいる出雲建を殺そうと考え、まず出雲建と親しくなった。倭建命は密かに赤檮(イチイ)の木で木刀を作って偽の佩刀とし、出雲建と肥河(斐伊川)で水浴した際、先に川から上がって出雲建の刀を身に着けて刀の交換を提案した。果たして、遅れて川から上がった出雲建は偽の刀を身につけたが、刀を抜くことが出来ず、倭建命に討たれた[1]。そして倭建命は次の歌を詠んだという。
やつめさす 出雲建が 佩ける大刀 黒葛(つづら)多纏(さはま)き さ身無しにあはれ[1]
『日本書紀』には出雲建に関する記述はないが、同工異曲の説話として、崇神天皇60年7月条において出雲振根による弟の飯入根の討伐伝承が記される[2][3][4]。その中では「八雲立つ 出雲武(いずもたける:飯入根を指す)が 佩ける太刀 黒葛多巻き さ身なしにあはれ」[5]という同様の歌も載せられる[6]。
そのほか『伊勢国風土記』逸文では、伊勢の国号由来の条において、出雲神の子の「出雲建子命」(別名を伊勢津彦神/天櫛玉命)という神名が見えるが、これを出雲建の子神と解釈する説がある[7]。
考証[編集]
名称の「イズモタケル」は、ヤマトタケル(倭建)やクマソタケル(熊曾建)と同様に、「(地名)+勇猛な人」の意になる[8][1]。地方首長を「タケル」とするのは熊襲・出雲のみで、いずれもヤマトタケルに征伐されることから、説話の形成時期のこれら辺境の2地域が、中央から見て「征服されるべき地域」に位置づけられていたとする説がある[1][9]。
私的解説[編集]
倭建命は尾張物部氏の英雄であり、軍神である。妻神の宮簀媛の名は、尾張氏の女神と思われる八須良姫命に類する「厄払いの女神」と考える。倭建命は「厄払いの女神」の夫で、国土を統一し開拓した大国主命の軍神としての一形態であると管理人は考える。よって、倭建命は黄帝型神と思われる。黄帝型神と対立する出雲建は単純に炎帝型神と考える。
出雲建は出雲振根の神話では、「飯入根」という名で登場する。こちらは兄に殺されてしまう弟なので、チャンヤン神話の「水牛である弟」に相当する。「飯入根」という名も食物に関連する神であったことが示唆される。チャンヤン神話では、水牛は「炎帝」の象徴とも考えられる。すなわち、出雲振根の神話からみても、出雲建(飯入根)は炎帝型神となる。
出雲神話ではどういうわけか、「炎帝」に相当する神は干ばつなどよりも、冷害をもたらす神と考えられていたのかもしれないと思う。管理人は、「出雲建」とは「天之冬衣神」のことと考える。例えば関東では、元は「斐川」といった地名を「氷川」とする氷川神社が存在するが、これは日本式炎帝信仰の現れなのではないか、と管理人は考える。
古事記と日本書紀で類似した2つの伝承が掲載されたのは、倭建命を炎帝(天之冬衣神)に寄せようとする意図があったかもしれないと思う。
参考文献[編集]
- Wikipedia:出雲建(最終閲覧日:24-11-30)
関連項目[編集]
- 出雲振根:倭建命と類似した性質を持つ。