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ヘルメース(Hermēs)は、ギリシア神話に登場する青年神である。オリュンポス十二神の一人。神々の伝令使、とりわけゼウスの使いであり、旅人、商人などの守護神である。能弁、境界、体育技能、発明、策略、夢と眠りの神、死出の旅路の案内者などとも言われ、多面的な性格を持つ神である。その聖鳥はトキおよび雄鶏。幸運と富を司り、狡知に富み詐術に長けた計略の神、早足で駆ける者、牧畜、盗人、賭博、商人、交易、交通、道路、市場、競技、体育などの神であるとともに、雄弁と音楽の神であり、竪琴、笛、数、アルファベット、天文学、度量衡などを発明し、火の起こし方を発見した知恵者とされた。プロメーテウスと並んでギリシア神話のトリックスター的存在であり、文化英雄としての面を有する。その聖鳥は朱鷺および雄鶏。
ヘルメースはゼウスとマイア(下位の女神)[1]の子とされる。古典期(紀元前8世紀~)以降のヘルメースは、つば広の丸い旅行帽「ペタソス」を頭に被り、神々の伝令の証である杖「ケーリュケイオン」を手に執り、空を飛ぶことができる翼の生えた黄金のサンダル(タラリア、ラテン語: tālāria)を足に履いた姿で表され、時には武器である鎌「ハルペー」(ショーテルとも)を持つ。
死者、特に英雄の魂を冥界に導くプシューコポンポス(Psychopomp、魂の導者)としての一面も持ち、その反面冥界から死者の魂を地上に戻す役割も担っていた。
原始的形態においてはヘルメースは牧畜の神にして豊饒神であったとも考えられ、男根をもつヘルメース柱像(ヘルマ、herma)はヘルメースの原始的豊饒神としての面を示している。ヘルマは街道と境界の境界線を示す目印として使われた。他にも、アテーナイでは、幸運を招くよう家の外に置かれた。アルカディアは牧畜民が多い丘陵地帯であり、羊飼いたちはヘルメースを家畜の守り神として崇めていた。
ヘレニズム時代(紀元前4世紀~1世紀)に、エジプトのトート神と融合して信仰されるようになった。
目次
神話[編集]
生い立ち[編集]
ヘルメースは早朝に生まれ、昼にゆりかごから抜け出すと、まもなくアポローンの飼っていた牛50頭を盗んだ[2][2]。ヘルメースは自身の足跡を偽装し、さらに証拠の品を燃やして牛たちを後ろ向きに歩かせ、牛舎から出た形跡をなくしてしまった[2]。翌日、牛たちがいないことに気付いたアポローンは不思議な足跡に戸惑うが、占いによりヘルメースが犯人だと知る[3]。激怒したアポローンはヘルメースを見つけ、牛を返すように迫るが、ヘルメースは「生まれたばかりの自分にできる訳がない」とうそぶき、ゼウスの前に引き立てられても「嘘のつき方も知らない」と言った[2]。それを見たゼウスはヘルメースに泥棒と嘘の才能があることを見抜き、ヘルメースに対してアポローンに牛を返すように勧めた[2]。ヘルメースは牛を返すがアポローンは納得いかず、ヘルメースは生まれた直後(牛を盗んだ帰りとも)に洞穴で捕らえた亀の甲羅に羊の腸を張って作った竪琴を奏でた[2]。それが欲しくなったアポローンは牛と竪琴を交換してヘルメースを許し、さらにヘルメースが葦笛をこしらえると、アポローンは友好の証として自身の持つケーリュケイオンの杖をヘルメースに贈った(牛はヘルメースが全て殺したため、交換したのはケーリュケイオンだけとする説も。なお、殺した牛の腸を竪琴の材料に使ったとも)[2]。このときアポローンとお互いに必要な物を交換したことからヘルメースは商売の神と呼ばれ、生まれた直後に各地を飛び回ったことから旅の神にもなった。
ヘルメースはヘーラーの息子ではなかったが、アレースと入れ替わってその母乳を飲んでいたため、ヘーラーはそれが分かった後もヘルメースに対して情が移り、彼を我が子同然に可愛がった[2]。
アルゴス殺し[編集]
ゼウスはイーオーという美女と密通していた。これを見抜いたヘーラーはゼウスに詰め寄るが、ゼウスはイーオーを美しい雌牛に変え、雌牛を愛でていただけであるとした。ヘーラーは策を講じ、その雌牛をゼウスから貰うと、百眼の巨人アルゴスを見張りに付けた。この巨人は身体中に百の眼を持ち、眠る時も半分の50の眼は開いたままであったので、空間的にも時間的にも死角が存在しなかった。ゼウスはイーオー救出の任をヘルメースに命じた。ヘルメースは葦笛でアルゴスの全ての眼を眠らせると、剣を用いてその首を刎ねた。もしくは巨岩を投げ当てて撲殺した。このことから、ヘルメースは「アルゲイポンテース」と呼ばれ、これは「アルゴス殺し」という意味であった。
好色[編集]
ある時アプロディーテーに惚れたヘルメースは彼女を口説いたが、まったく相手にされなかった[2]。そこでヘルメースはゼウスに頼んで鷲を借りてくると、その鷲と泥棒の才能を使ってアプロディーテーの黄金のサンダルを盗んだ[2]。ヘルメースはこのサンダルを返すことを条件に関係を迫り、彼女を自由にした[2]。2人の間にはヘルマプロディートスとプリアーポスが生まれた[2]。この他にもミュルミドーンの娘エウポレメイア、ペルセポネーやヘカテー、多数のニュンペーたちと関係を持っており[3]、アイタリデース、エウドーロスやアウトリュコスなどの子供をもうけている[2]。また、パーンもヘルメースの息子とされることがある[2]。
ギガントマキアー[編集]
ギガントマキアーにおいてヘルメースはハーデースの隠れ兜を被って姿を消し、ギガンテスの一人ヒッポリュトスを倒している[2]。
私的解説[編集]
類名の神[編集]
ヘルメースに類する神の名は多い。名前に「H+N」という神を持つこと、「H」という子音は「K」音と交通性があることを考えれば、同じギリシャ神話のクロノスが、「類名の神」としてまず挙げられる。
その他、代表的な名前を挙げると
- アンラ・マンユ (Angra Mainyu, Aŋra Mainiuu) またはアフリマン(Ahriman。):ゾロアスター教の悪神の長。
- ハヌマーン:インド神話の猿神。「果物と間違えて太陽を持ってこようとした。」という神話がある。孫悟空のモデルだ、という説もある。
- バアル・ハモン:カルタゴの主神。幼児供犠を求める神。
が挙げられる。
アルゴス殺し[編集]
アルゴスは、2つよりも多い目を持っている、ということ。半分ずつ交代で目が機能している、という点から、名前ではなくて性質で比較すると
- ヤヌス(ローマ神話):双頭の神で境界神。
- ニンギジッタ(シュメール神話):3つ頭の神で境界神(2つの頭は蛇)。
- ザッハーク(イラン神話):3つ頭の神で境界神(2つの頭は蛇)。人身御供を求める悪神。
- バロール(アイルランド神話):3つ目の神で、1つの目は「魔眼」であり、敵を倒す力を持つ。
という神々と類似性があるように思う。この群の神々は、ヤヌスのように境界神として機能するものと、魔眼にも関連して「悪神」とされ殺されてしまうものの、大きく2つに分かれるように感じる。アルゴスは後者だが、牢の「出入り口」のようなものを見張っている、と考えれば境界神の機能もあるといえる。
ヘルメースは
- 笛といった武器以外のアイテムや方法を用いて相手を倒す点
- なにがしかの女神の加護を受けてアルゴスを倒したのではない点
から、「祝融・共工型」の神話と考えて良いと思う。女神の加護は受けていないどころか、暗にへーラーに勝った、という意味を感じる。
また、アルゴスという名前は「火(ignis)」に関連する。火に関する巨人がイーオーを閉じ込めていた、という点は「岩戸神話」の類型と考える。
祝融・共工型神話と岩戸神話が組み合わさったエピソードといえようか。助ける側の英雄がテーセウス型ではなく、祝融型の英雄に置き換えられているように思う。そして、助けた英雄と助けられた娘との結婚譚も欠落している。
太陽神との対立[編集]
「太陽から火を盗む」という民間伝承はまま見られるが、ヘルメースは牛を盗む。ただし、意味としては「太陽の力(財産)」を盗むのだから「火を盗む」のと同じようなものかもしれない、と考える。次の項で述べるが、ヘルメースの古い時代のトーテムに「狼」が含まれるのであれば、「家畜を盗む神」であって妥当な性質といえる。
リュカーオーンとの関連性[編集]
ギリシア神話によると
リュカーオーンはアルカディア地方の王で、人間の赤子を殺してゼウス・リュカイオスを供犠すると、たちどころに狼に変身したとされる[4]。また、その子供の1人であるマイナロスが人肉でゼウスをもてなすことを提案したので、アルカディアー地方出身の少年を殺し、料理に混ぜてもてなした。ゼウスは怒って料理が置かれたトラペザ(机)を倒し、リュカーオーンと子供たちを雷で滅ぼした。
とされている。ヘレネス達は、少なくとも公然と人身御供(幼児供犠)を行う人々ではなかったので、この儀式は先住ギリシャ人の祭祀が引き継がれたもので、本来ヘルメースに捧げられた祭祀であったのではないだろうか。2016年には、リュカイオン山の山頂で、人身御供だったと思われる3000年前の10代の少年の墓が発見された[5]。先住ギリシャ人にとってのヘルメースは豊穣をもたらす代わりに、人身御供を求めるバアル・ハモンやミーノータウロスのような神だったのではないだろうか。また、リュカーオーンは、赤子を食べて狼に変身した、とされる。ギリシャ先住民の神だった時代のヘルメースのトーテムは狼だったっことが示唆されないだろうか。狼だからこそ、大切に祀れば羊を守護してくれると考えられたのではないか、と考える。