「鳴女」の版間の差分
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− | この雉は[[天照大御神]]の遣いであり、雌なので、[[天照大御神]]から別れた「下位の女神」といえる。この物語の場合、雉と矢は関連するのだが、[[天若日子]]の弓矢は[[天照大御神]]ではなく、[[高御産巣日神]]から与えられたもので、[[高御産巣日神]]の象徴といえる<ref group="私注">日本神話では「丹塗りの矢」のように男神が矢で表される物語も多い。</ref>。[[高御産巣日神]]は「木の神」であり、植物神であるので、'''彼から作り出された特別な弓矢'''が'''特別な武器(王権の象徴)'''とみなされたと考える。この場合<br /><br />[[高御産巣日神]]=植物神=弓矢<br /><br />である。[[高御産巣日神]]は天上世界に座す正規(和魂)ともいうべき植物神で、世界全体の秩序を守る性質の強い神といえる(地上を征服することが秩序なのか? という疑問はあるが、それは「地上が元々天照大御神のものである」という一応の秩序の理論で正当化されている。)<br />一方、[[天照大御神]]と対立し、根拠もなく織女を殺害したりするいわば「荒魂」の植物神といえば[[須佐之男命]]である。そのため、[[高御産巣日神]]と[[須佐之男命]]は「同一の神」の和魂と荒魂といえると考える。<br /><br />[[高御産巣日神]](和魂)=[[須佐之男命]](荒魂)<br /><br />である。鳴女を射た[[天若日子]]は[[天照大御神]]と対立した存在といえる。ということは、[[天若日子]]は'''[[須佐之男命]]の別の姿'''であり、[[天照大御神]]の命令に従わず対立する存在といえないだろうか。ここで、[[岩戸神話|天の岩戸神話]]と同様、「[[須佐之男命]]([[天若日子]])が[[天照大御神]]の化身を殺し、その結果[[須佐之男命]] | + | この雉は[[天照大御神]]の遣いであり、雌なので、[[天照大御神]]から別れた「下位の女神」といえる。この物語の場合、雉と矢は関連するのだが、[[天若日子]]の弓矢は[[天照大御神]]ではなく、[[高御産巣日神]]から与えられたもので、[[高御産巣日神]]の象徴といえる<ref group="私注">日本神話では「丹塗りの矢」のように男神が矢で表される物語も多い。</ref>。[[高御産巣日神]]は「木の神」であり、植物神であるので、'''彼から作り出された特別な弓矢'''が'''特別な武器(王権の象徴)'''とみなされたと考える。この場合<br /><br />[[高御産巣日神]]=植物神=弓矢<br /><br />である。[[高御産巣日神]]は天上世界に座す正規(和魂)ともいうべき植物神で、世界全体の秩序を守る性質の強い神といえる(地上を征服することが秩序なのか? という疑問はあるが、それは「地上が元々天照大御神のものである」という一応の秩序の理論で正当化されている。)<br />一方、[[天照大御神]]と対立し、根拠もなく織女を殺害したりするいわば「荒魂」の植物神といえば[[須佐之男命]]である。そのため、[[高御産巣日神]]と[[須佐之男命]]は「同一の神」の和魂と荒魂といえると考える。<br /><br />[[高御産巣日神]](和魂)=[[須佐之男命]](荒魂)<br /><br />である。鳴女を射た[[天若日子]]は[[天照大御神]]と対立した存在といえる。ということは、[[天若日子]]は'''[[須佐之男命]]の別の姿'''であり、[[天照大御神]]の命令に従わず対立する存在といえないだろうか。ここで、[[岩戸神話|天の岩戸神話]]と同様、「[[須佐之男命]]([[天若日子]])が[[天照大御神]]の化身を殺し、その結果[[須佐之男命]]も罰を受けて死に等しい結末となる」という粗筋のモチーフが繰り返される。鳴女の物語では、天照大御神にどのようなダメージが与えられたのか、その対応はどうなったのか、またダメージはなかったのか等の記載はない。 |
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+ | [[天照大御神]]の化身を射殺した[[天若日子]]は[[高御産巣日神]]による還矢によって死ぬ。この点は中国神話の[[羿]]が太陽の化身である烏を射落とした結果、最終的に罰を受ける話と共通のモチーフである。[[天若日子]]の葬儀の場で、[[天若日子]]に大変よく似ている[[阿遅鉏高日子]]根神が登場する。 | ||
== 私的注釈 == | == 私的注釈 == |
2022年11月18日 (金) 00:15時点における版
鳴女ナキメは、日本神話に登場する雉の女神。天若日子に射殺される。
私的解説
この雉は天照大御神の遣いであり、雌なので、天照大御神から別れた「下位の女神」といえる。この物語の場合、雉と矢は関連するのだが、天若日子の弓矢は天照大御神ではなく、高御産巣日神から与えられたもので、高御産巣日神の象徴といえる[私注 1]。高御産巣日神は「木の神」であり、植物神であるので、彼から作り出された特別な弓矢が特別な武器(王権の象徴)とみなされたと考える。この場合
高御産巣日神=植物神=弓矢
である。高御産巣日神は天上世界に座す正規(和魂)ともいうべき植物神で、世界全体の秩序を守る性質の強い神といえる(地上を征服することが秩序なのか? という疑問はあるが、それは「地上が元々天照大御神のものである」という一応の秩序の理論で正当化されている。)
一方、天照大御神と対立し、根拠もなく織女を殺害したりするいわば「荒魂」の植物神といえば須佐之男命である。そのため、高御産巣日神と須佐之男命は「同一の神」の和魂と荒魂といえると考える。
高御産巣日神(和魂)=須佐之男命(荒魂)
である。鳴女を射た天若日子は天照大御神と対立した存在といえる。ということは、天若日子は須佐之男命の別の姿であり、天照大御神の命令に従わず対立する存在といえないだろうか。ここで、天の岩戸神話と同様、「須佐之男命(天若日子)が天照大御神の化身を殺し、その結果須佐之男命も罰を受けて死に等しい結末となる」という粗筋のモチーフが繰り返される。鳴女の物語では、天照大御神にどのようなダメージが与えられたのか、その対応はどうなったのか、またダメージはなかったのか等の記載はない。
天照大御神の化身を射殺した天若日子は高御産巣日神による還矢によって死ぬ。この点は中国神話の羿が太陽の化身である烏を射落とした結果、最終的に罰を受ける話と共通のモチーフである。天若日子の葬儀の場で、天若日子に大変よく似ている阿遅鉏高日子根神が登場する。
私的注釈
- ↑ 日本神話では「丹塗りの矢」のように男神が矢で表される物語も多い。