「奈具神社」の版間の差分
ナビゲーションに移動
検索に移動
32行目: | 32行目: | ||
天の原ふりさけみれば霞立ち 家路まどいて行方しらずも | 天の原ふりさけみれば霞立ち 家路まどいて行方しらずも | ||
と詠い、比治の里を退き村々を遍歴の果てに、舟木の里の奈具の村にやってきました。 そして「此処にして我が心なぐしく成りぬ」(わたしの心は安らかになりました)と云って、この村を安住の地としました。 此処で終焉を迎えた天女は村人たちによって、豊宇賀能売命(とようかのめのみこと、トヨウケビメ)として祀られました。 これが竹野郡 (京都府)の奈具の社です。(境内案内板「延喜式神名帳 奈具神社の祭神について」より)</blockquote> | と詠い、比治の里を退き村々を遍歴の果てに、舟木の里の奈具の村にやってきました。 そして「此処にして我が心なぐしく成りぬ」(わたしの心は安らかになりました)と云って、この村を安住の地としました。 此処で終焉を迎えた天女は村人たちによって、豊宇賀能売命(とようかのめのみこと、トヨウケビメ)として祀られました。 これが竹野郡 (京都府)の奈具の社です。(境内案内板「延喜式神名帳 奈具神社の祭神について」より)</blockquote> | ||
+ | |||
+ | == 「鶴の恩返し」との比較・私見 == | ||
+ | {| class="wikitable" | ||
+ | ! | ||
+ | !奈具神社由来譚 | ||
+ | !鶴の恩返し | ||
+ | |- | ||
+ | |'''主人公''' | ||
+ | |天女 | ||
+ | |鶴 | ||
+ | |- | ||
+ | |'''失踪の原因''' | ||
+ | |いじめ | ||
+ | |禁忌(見るな)破り | ||
+ | |} | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |
2022年3月26日 (土) 22:14時点における版
奈具神社 |
他の名:奈具社 |
所在地:京都府宮津市由良宮ノ上3537-1 |
祭神:豊宇賀能賣命(とようかのめのみこと) |
創建:不明 |
社格:式内社(小) 旧村社 |
例祭:10月11日 |
奈具神社(なぐじんじゃ)は、京都府宮津市由良にある神社である。式内社。丹後加佐郡十一座の一社でもある。
祭神
伊勢神宮外宮の祭神である豊受大神と同一で、羽衣伝承の天女でもある豊宇賀能賣命(とようかのめのみこと)が祭神である。
- 豊宇賀能賣命
祭礼日
- 祈年祭 - 4月10日
- 例祭 - 10月10日
- 新嘗祭 - 11月23日
由緒
丹後国風土記によると「ここに来りてわが心奈具志久(なぐしく)なれり」とあり、奈具神社の由来はこの奈具志久(おだやかに)という言葉による。
昔、丹波の郡比治の真奈井に天下った天女が、和奈佐の老夫婦に懇願されて比治の里にとどまり、万病に効くという酒を醸して、老夫婦は莫大な富を得ました。しかし、悪念を抱いた老夫婦はやがて天女に、 汝は吾が子ではないと追い出してしまいました。
天の原ふりさけみれば霞立ち 家路まどいて行方しらずも
と詠い、比治の里を退き村々を遍歴の果てに、舟木の里の奈具の村にやってきました。 そして「此処にして我が心なぐしく成りぬ」(わたしの心は安らかになりました)と云って、この村を安住の地としました。 此処で終焉を迎えた天女は村人たちによって、豊宇賀能売命(とようかのめのみこと、トヨウケビメ)として祀られました。 これが竹野郡 (京都府)の奈具の社です。(境内案内板「延喜式神名帳 奈具神社の祭神について」より)
「鶴の恩返し」との比較・私見
奈具神社由来譚 | 鶴の恩返し | |
---|---|---|
主人公 | 天女 | 鶴 |
失踪の原因 | いじめ | 禁忌(見るな)破り |
関連項目
アクセス
- 京都丹後鉄道京都丹後鉄道宮舞線丹後由良駅から北西約900m
参考文献
- 境内案内板「延喜式内 奈具神社の祭神について」
- 坂本勝(監修)『図説 日本人の源流を探る 風土記』青春出版社、2008年