「ヴァルナ (神)」の版間の差分
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− | '''ヴァルナ'''(वरुण | + | '''ヴァルナ'''(वरुण, Varuṇa)は、古代インド・イランの神であり、ミトラとならぶ最高神でもある。ミトラとともに太古の'''アスラ'''族、アーディティヤ神群を代表した神である<ref name="菅沼編p71">菅沼編 1985] p. 71.</ref>。 |
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+ | == インド・イラン共通時代 == | ||
+ | インド・イラン共通時代の神話に登場する最高神はヴァルナである。 | ||
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+ | イランでザラスシュトラの宗教改革によって教理的意味づけがなされ、宇宙の理法の体現者にまで高められたのがアフラ・マズダーである。アフラとアスラ(阿修羅)は語源的に同一である。善神であるアフラ・マズダーと対立するダエーワの語源は、インドに於いてアスラと敵対するデーヴァである。古代のイラン・インドの神話共有時代における始源神であるヴァルナは契約の神ミトラとならぶ最高神でもある。ミトラとともに太古のアスラ族、アーディティヤ神群を代表した。 | ||
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+ | またヒンズー教の太陽神あるいはアスラ王であるヴィローチャナから、アフラ・マズダーは火・太陽の属性を受け継いでいるとする説もある。ゾロアスター教は火を聖なるものとしており、火の属性を持つアフラ・マズダーもまた「聖なるもの」である。 | ||
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+ | 真言密教の大日如来も、起源をヴィローチャナとする説があり、アフラ・マズダーが大日如来の形成に大きく影響していると言われる事もある。 | ||
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+ | == イラン == | ||
+ | 古代イランでは、インドのデーヴァ(神々)のうちインドラら戦士機能を備えた神はダエーワ(悪魔)とみなされたが、ヴァルナらアスラに由来する神々は神とみなされた<ref>エリアーデ,松村訳, p. 213.(第13章 105 アケメネス朝の宗教)</ref>。ヴァルナに対応するのはアフラ・マズダーで、これらは起源が同じと考えられている<ref name="菅沼編p71" /><ref name="松村2013p103" />。『アヴェスター』にはヴァルナは出てこないが、ミスラと並んで現れる「アフラ」をアフラ・マズダーでなく水神アパーム・ナパートのこととして、インドのヴァルナに対応させる説がある<ref>Mary Boyce, APĄM NAPĀT, イラン百科事典, 2011, II Fasc. 2, p148-150, http://www.iranicaonline.org/articles/apam-napat</ref>。 | ||
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+ | '''アフラ・マズダー''' (Ahura Mazdā) は、ゾロアスター教の最高神である。 | ||
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+ | 宗教画などでは、有翼光輪を背景にした王者の姿で表される。その名は「智恵ある神」を意味し、善と悪とを峻別する正義と法の神であり、最高神とされる。娘は女神アールマティ。アフラは天空、マズダーは光を指す言葉であり、アフラ・マズダーは太陽神ともされる。王権神授の神でもある。 | ||
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+ | ゾロアスター教の神学では、この世界の歴史は、善神スプンタ・マンユと悪神アンラ・マンユらとの戦いの歴史そのものであるとされる。 | ||
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+ | そして、世界の終末の日に最後の審判を下し、善なるものと悪しきものを再び分離するのがアフラ・マズダーの役目である。その意味では、彼は善悪の対立を超越して両者を裁く絶対の存在とも言える。ゼーリジュ、ニーラフ、ナーンギーシュ、タルマド、ヘシュム、セビーフ、ビーサジュの七悪魔をアフラ・マズダーは7つの光で包囲し、カイヴァーン(土星)、オフルマズド(木星)、バフラーム(火星)、シェード(太陽)、ナーヒード(金星)、ティール(水星)、マーフ(月)という名をそれぞれに与え「七曜神」とした。これにより天圏が回転し、月と星辰が出没しだしたとされる(月と星の創造)。 | ||
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+ | 中世以降の教義では、パフラヴィー語形の'''オフルマズド''' (Ohrmazd)と呼ばれ、アムシャ・スプンタの筆頭スプンタ・マンユと同一視される。 | ||
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+ | この場合、古典的な教義に於けるアフラ・マズダーの役割(善神と悪神の対立の上にある絶対者)はズルワーンが担う。 | ||
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+ | ペルシア七曜神では、アフラ・マズダーは木曜日(木星)とされており、バビロニア神話のマルドゥク、ギリシャ神話のゼウス、北欧神話のトールに対応している。 | ||
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+ | アフラ・マズダーは「光輝き、純粋で、甘く香り、善を成す」という属性を持つ<ref>ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究―ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂, 2012/9/1, 刀水書房</ref>。 | ||
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+ | === ズルワーン === | ||
+ | '''ズルワーン''' ('''Zurvān''') は、後期ゾロアスター教の一派ズルワーン教に於ける創造神。その名は'''時間'''を意味する。 | ||
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+ | 中世ゾロアスター教文献の神話によれば、世界の始まりの時にはズルワーンのみが存在していた。彼は長い時間をかけて、全善なる存在を生み出して世界を治めさせようとしたが、ある時それが可能なのかと疑念を抱いた。 | ||
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+ | この心の迷いによって、ズルワーンの子は善なる存在と悪しき存在とに分裂してしまった。それが全善の神オフルマズド(アフラ・マズダー)と全悪の神アフリマン(アンラ・マンユ)である。かくして世界はこの双子の神々によって創造され、善と悪とが戦う戦場となったという。 | ||
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+ | ズルワーン信仰はアケメネス朝時代にまで遡るが、サーサーン朝時代になって、一派をなすほどの勢力となる。またギリシャ・ローマにも信仰は持ち込まれ、'''アイオン''' ('''アイオーン''' '''Αιών''' '''永劫'''の意)と呼ばれた。 | ||
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+ | 本来ゾロアスター教においては、アフラ・マズダーが善悪の対立を超えた絶対神の地位にあり、善の創造神スプンタ・マンユと悪の創造神アンラ・マンユの戦いを裁いて正義の勝利・正当性を保証する役割を担っていた。 | ||
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+ | しかし、後の神学でスプンタ・マンユがアフラ・マズダーと同一視された為、本来の神学におけるアフラ・マズダーのような絶対神が別に必要になった。ズルワーンは、このような事情で創造神として定立されたと考えられている。 | ||
== インド == | == インド == | ||
ヴァルナの起源は古く、紀元前14世紀頃のミタンニ・ヒッタイト条約文には、ミトラ神と共にヴァルナ神の名があげられている<ref name="菅沼編p71" />(条約=国家間の契約ということから)<ref>インド系の神として、他にインドラ、ナーサティヤ(アシュヴィン双神)の名が挙げられている。</ref>。 | ヴァルナの起源は古く、紀元前14世紀頃のミタンニ・ヒッタイト条約文には、ミトラ神と共にヴァルナ神の名があげられている<ref name="菅沼編p71" />(条約=国家間の契約ということから)<ref>インド系の神として、他にインドラ、ナーサティヤ(アシュヴィン双神)の名が挙げられている。</ref>。 | ||
− | + | しかしヴェーダの時代にはヴァルナの地位は下がり始めており、インド神話においてもインドラのように人々に親しまれる神ではなくなっていた<ref>エリアーデ,松村訳, p. 38.(第37章 66 ヴァルナ - 世界の王にして「呪術師」、「リタ」と「マーヤー」)</ref>。 | |
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− | + | 『リグ・ヴェーダ』などでは、雷神インドラ、火神アグニとともに重要な位置に置かれ、天空神、司法神(=契約と正義の神)、水神などの属性をもっていたが、この段階ですでにブラフマーによって始源神としての地位を奪われていた。 | |
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+ | プラーナ文献においては8つの方角のうち'''西'''を守る守護神とされた<ref name="菅沼編p72">菅沼編 1985, p. 72.</ref>。 | ||
− | 一方で、ヴァルナと水との関係性は強まっていき、やがては水の神、海上の神という位置付けが与えられることとなった<ref name="菅沼編p72" />。また、ヴァルナはしばしば[[ヘビ|蛇]] | + | 一方で、ヴァルナと水との関係性は強まっていき、やがては水の神、海上の神という位置付けが与えられることとなった<ref name="菅沼編p72" />。また、ヴァルナはしばしば'''[[ヘビ|蛇]]'''とも関連づけられた。『マハーバーラタ』の中ではナーガ達が暮らす海のあるじだとも、'''ナーガ達の王'''だとも呼ばれている。アヒ蛇やヴリトラと同一視されることもあった。ヴァルナは『リグ・ヴェーダ』(IX・73・3)で「海を隠した」とされているが、ヴリトラも同様に水を閉じ込めており、これはどちらも原初の水であった<ref>エリアーデ,松村訳, pp. 40-41.(第37章 66)</ref>。 |
== 仏教・神道への影響 == | == 仏教・神道への影響 == | ||
− | + | 仏教に採り入れられた際には水神としての属性のみが残り、仏教における十二天の一つで西方を守護する「水天」となった<ref name="松村2013p103">松村 2013, p. 103.</ref><ref name="菅沼編p72" />。 | |
− | + | 日本では各地の「水天宮」はこの「水天」(=ヴァルナ)を祀ったものだったが、現在の各地の水天宮の祭神は天之御中主神とされている。これはヴァルナ神の元々の神格が最高神、始源神だったこととは特に関係はなく、偶然である。 | |
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== ヴァルナに由来する名称 == | == ヴァルナに由来する名称 == | ||
− | + | 太陽系外縁天体の小惑星ヴァルナの名称はヴァルナ神に由来する。また、かつて東日本フェリーが運航していたフェリーばるなの名称もこれに由来する。 | |
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
+ | * Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%BA%E3%83%80%E3%83%BC アフラ・マズダー](最終閲覧日:24-12-29) | ||
* Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%8A_(%E7%A5%9E) ヴァルナ (神)](最終閲覧日:24-12-28) | * Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%8A_(%E7%A5%9E) ヴァルナ (神)](最終閲覧日:24-12-28) | ||
+ | ** ミルチャ・エリアーデ, 松村一男訳, 世界宗教史2 - 石器時代からエレウシスの密儀まで(下), 筑摩書房, ちくま学芸文庫, 2000-04, isbn:978-4-480-08562-7, エリアーデ,松村訳 2000 | ||
+ | ** 菅沼晃, インド神話伝説辞典, 東京堂出版, 1985-03, isbn:978-4-490-10191-1, 菅沼編 1985 ※特に注記がなければページ番号は本文以降 | ||
+ | ** 松村一男, 神の文化史事典, 松村一男他, 白水社, 2013-02, ヴァルナ, p103, isbn:978-4-560-08265-2, 松村 2013 | ||
* Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%8B ミタンニ](最終閲覧日:24-12-28) | * Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%8B ミタンニ](最終閲覧日:24-12-28) | ||
− | * | + | * Wikipeddia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BA%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%B3 ズルワーン](最終閲覧日:24-12-28) |
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− | * [[ | + | * [[アペ・コペン]]:ヴァルナはこの神から派生したと考える。どちらも水神としての性質を持つ。 |
− | * [[ | + | * [[八束水臣津野命]]:ヴァルナから派生した神と考える。水神であり、開拓神である。 |
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2024年12月31日 (火) 11:20時点における最新版
ヴァルナ(वरुण, Varuṇa)は、古代インド・イランの神であり、ミトラとならぶ最高神でもある。ミトラとともに太古のアスラ族、アーディティヤ神群を代表した神である[1]。
インド・イラン共通時代[編集]
インド・イラン共通時代の神話に登場する最高神はヴァルナである。
イランでザラスシュトラの宗教改革によって教理的意味づけがなされ、宇宙の理法の体現者にまで高められたのがアフラ・マズダーである。アフラとアスラ(阿修羅)は語源的に同一である。善神であるアフラ・マズダーと対立するダエーワの語源は、インドに於いてアスラと敵対するデーヴァである。古代のイラン・インドの神話共有時代における始源神であるヴァルナは契約の神ミトラとならぶ最高神でもある。ミトラとともに太古のアスラ族、アーディティヤ神群を代表した。
またヒンズー教の太陽神あるいはアスラ王であるヴィローチャナから、アフラ・マズダーは火・太陽の属性を受け継いでいるとする説もある。ゾロアスター教は火を聖なるものとしており、火の属性を持つアフラ・マズダーもまた「聖なるもの」である。
真言密教の大日如来も、起源をヴィローチャナとする説があり、アフラ・マズダーが大日如来の形成に大きく影響していると言われる事もある。
イラン[編集]
古代イランでは、インドのデーヴァ(神々)のうちインドラら戦士機能を備えた神はダエーワ(悪魔)とみなされたが、ヴァルナらアスラに由来する神々は神とみなされた[2]。ヴァルナに対応するのはアフラ・マズダーで、これらは起源が同じと考えられている[1][3]。『アヴェスター』にはヴァルナは出てこないが、ミスラと並んで現れる「アフラ」をアフラ・マズダーでなく水神アパーム・ナパートのこととして、インドのヴァルナに対応させる説がある[4]。
アフラ・マズダー (Ahura Mazdā) は、ゾロアスター教の最高神である。
宗教画などでは、有翼光輪を背景にした王者の姿で表される。その名は「智恵ある神」を意味し、善と悪とを峻別する正義と法の神であり、最高神とされる。娘は女神アールマティ。アフラは天空、マズダーは光を指す言葉であり、アフラ・マズダーは太陽神ともされる。王権神授の神でもある。
ゾロアスター教の神学では、この世界の歴史は、善神スプンタ・マンユと悪神アンラ・マンユらとの戦いの歴史そのものであるとされる。
そして、世界の終末の日に最後の審判を下し、善なるものと悪しきものを再び分離するのがアフラ・マズダーの役目である。その意味では、彼は善悪の対立を超越して両者を裁く絶対の存在とも言える。ゼーリジュ、ニーラフ、ナーンギーシュ、タルマド、ヘシュム、セビーフ、ビーサジュの七悪魔をアフラ・マズダーは7つの光で包囲し、カイヴァーン(土星)、オフルマズド(木星)、バフラーム(火星)、シェード(太陽)、ナーヒード(金星)、ティール(水星)、マーフ(月)という名をそれぞれに与え「七曜神」とした。これにより天圏が回転し、月と星辰が出没しだしたとされる(月と星の創造)。
中世以降の教義では、パフラヴィー語形のオフルマズド (Ohrmazd)と呼ばれ、アムシャ・スプンタの筆頭スプンタ・マンユと同一視される。
この場合、古典的な教義に於けるアフラ・マズダーの役割(善神と悪神の対立の上にある絶対者)はズルワーンが担う。
ペルシア七曜神では、アフラ・マズダーは木曜日(木星)とされており、バビロニア神話のマルドゥク、ギリシャ神話のゼウス、北欧神話のトールに対応している。
アフラ・マズダーは「光輝き、純粋で、甘く香り、善を成す」という属性を持つ[5]。
ズルワーン[編集]
ズルワーン (Zurvān) は、後期ゾロアスター教の一派ズルワーン教に於ける創造神。その名は時間を意味する。
中世ゾロアスター教文献の神話によれば、世界の始まりの時にはズルワーンのみが存在していた。彼は長い時間をかけて、全善なる存在を生み出して世界を治めさせようとしたが、ある時それが可能なのかと疑念を抱いた。
この心の迷いによって、ズルワーンの子は善なる存在と悪しき存在とに分裂してしまった。それが全善の神オフルマズド(アフラ・マズダー)と全悪の神アフリマン(アンラ・マンユ)である。かくして世界はこの双子の神々によって創造され、善と悪とが戦う戦場となったという。
ズルワーン信仰はアケメネス朝時代にまで遡るが、サーサーン朝時代になって、一派をなすほどの勢力となる。またギリシャ・ローマにも信仰は持ち込まれ、アイオン (アイオーン Αιών 永劫の意)と呼ばれた。
本来ゾロアスター教においては、アフラ・マズダーが善悪の対立を超えた絶対神の地位にあり、善の創造神スプンタ・マンユと悪の創造神アンラ・マンユの戦いを裁いて正義の勝利・正当性を保証する役割を担っていた。
しかし、後の神学でスプンタ・マンユがアフラ・マズダーと同一視された為、本来の神学におけるアフラ・マズダーのような絶対神が別に必要になった。ズルワーンは、このような事情で創造神として定立されたと考えられている。
インド[編集]
ヴァルナの起源は古く、紀元前14世紀頃のミタンニ・ヒッタイト条約文には、ミトラ神と共にヴァルナ神の名があげられている[1](条約=国家間の契約ということから)[6]。
しかしヴェーダの時代にはヴァルナの地位は下がり始めており、インド神話においてもインドラのように人々に親しまれる神ではなくなっていた[7]。
『リグ・ヴェーダ』などでは、雷神インドラ、火神アグニとともに重要な位置に置かれ、天空神、司法神(=契約と正義の神)、水神などの属性をもっていたが、この段階ですでにブラフマーによって始源神としての地位を奪われていた。
プラーナ文献においては8つの方角のうち西を守る守護神とされた[8]。
一方で、ヴァルナと水との関係性は強まっていき、やがては水の神、海上の神という位置付けが与えられることとなった[8]。また、ヴァルナはしばしば蛇とも関連づけられた。『マハーバーラタ』の中ではナーガ達が暮らす海のあるじだとも、ナーガ達の王だとも呼ばれている。アヒ蛇やヴリトラと同一視されることもあった。ヴァルナは『リグ・ヴェーダ』(IX・73・3)で「海を隠した」とされているが、ヴリトラも同様に水を閉じ込めており、これはどちらも原初の水であった[9]。
仏教・神道への影響[編集]
仏教に採り入れられた際には水神としての属性のみが残り、仏教における十二天の一つで西方を守護する「水天」となった[3][8]。
日本では各地の「水天宮」はこの「水天」(=ヴァルナ)を祀ったものだったが、現在の各地の水天宮の祭神は天之御中主神とされている。これはヴァルナ神の元々の神格が最高神、始源神だったこととは特に関係はなく、偶然である。
ヴァルナに由来する名称[編集]
太陽系外縁天体の小惑星ヴァルナの名称はヴァルナ神に由来する。また、かつて東日本フェリーが運航していたフェリーばるなの名称もこれに由来する。
参考文献[編集]
- Wikipeddia:アフラ・マズダー(最終閲覧日:24-12-29)
- Wikipeddia:ヴァルナ (神)(最終閲覧日:24-12-28)
- ミルチャ・エリアーデ, 松村一男訳, 世界宗教史2 - 石器時代からエレウシスの密儀まで(下), 筑摩書房, ちくま学芸文庫, 2000-04, isbn:978-4-480-08562-7, エリアーデ,松村訳 2000
- 菅沼晃, インド神話伝説辞典, 東京堂出版, 1985-03, isbn:978-4-490-10191-1, 菅沼編 1985 ※特に注記がなければページ番号は本文以降
- 松村一男, 神の文化史事典, 松村一男他, 白水社, 2013-02, ヴァルナ, p103, isbn:978-4-560-08265-2, 松村 2013
- Wikipeddia:ミタンニ(最終閲覧日:24-12-28)
- Wikipeddia:ズルワーン(最終閲覧日:24-12-28)
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 1.0 1.1 1.2 菅沼編 1985] p. 71.
- ↑ エリアーデ,松村訳, p. 213.(第13章 105 アケメネス朝の宗教)
- ↑ 3.0 3.1 松村 2013, p. 103.
- ↑ Mary Boyce, APĄM NAPĀT, イラン百科事典, 2011, II Fasc. 2, p148-150, http://www.iranicaonline.org/articles/apam-napat
- ↑ ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究―ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂, 2012/9/1, 刀水書房
- ↑ インド系の神として、他にインドラ、ナーサティヤ(アシュヴィン双神)の名が挙げられている。
- ↑ エリアーデ,松村訳, p. 38.(第37章 66 ヴァルナ - 世界の王にして「呪術師」、「リタ」と「マーヤー」)
- ↑ 8.0 8.1 8.2 菅沼編 1985, p. 72.
- ↑ エリアーデ,松村訳, pp. 40-41.(第37章 66)