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=== ディオニューソス関連(ディオニューシアカ) ===
[[ディオニューソス]]関連の神話には、エロースが2回登場する。 1つ目は、エロースが若い羊飼いのヒムヌスを美しいナイアスのニカイアに恋させるというもの。ニカイアはヒムヌスの愛情に応えることはなく、自暴自棄になった彼は彼女に自分を殺してくれるよう頼んだ。彼女は彼の願いを叶えたが、ニカイアの行動に嫌気が差したエロースは、ディオニューソスに恋の矢を放って彼女に恋させた。ニカイアがディオニューソスを拒絶したため、ディオニューソスは彼女が飲んでいた泉に葡萄酒を満たした。ニカイアが酔いつぶれ、休息したところを、ディオニューソスが無理矢理襲った。その後、ニカイアは復讐のためにディオニューソスを探し求めたが、結局見つからなかった<ref>Nonnus, ''Dionysiaca'' [https://archive.org/details/dionysiaca01nonnuoft/page/516/mode/2up?view=theater 15.202]–[https://archive.org/details/dionysiaca02nonnuoft/page/28/mode/2up?view=theater 16.383]</ref>。また、アルテミスの乙女ニンフの一人アウラは、アルテミスの官能的で豊かな姿に対して、処女の体を持っていることで自分の女主人より優れていると自慢し、アルテミスの処女性を疑わせた。怒ったアルテミスは、復讐と報復の女神ネメシスに仇討ちを依頼し、ネメシスはエロースに命じてディオニューソスをアウラに恋させた。その後、ディオニューソスはアウラを酔わせ、レイプするというニカイア神話と同じような物語が続く<ref>Nonnus, ''Dionysiaca'' [https://archive.org/stream/dionysiaca03nonnuoft#page/442/mode/2up 48.936]–[https://archive.org/stream/dionysiaca03nonnuoft#page/490/mode/2up 992]</ref>。
 
== 私的考察 ==
エロースは本来は始原的な神でありながら、次第にその地位が低下して「恋情を起こさせる弓矢」を用いて、どちらかといえば悪さをするような少年神へと変化した神と思われ、経緯が興味深い神といえる。エロースがプシュケーを[[人身御供|生贄]]に求めているように、本来は[[人身御供|生贄]]、特に「'''花嫁としての生贄'''」を求める上位の神だったことが窺える。日本神話には、[[高御産巣日神]]という始原神が[[天若日子]]という神に特殊な弓矢を与えて地上を平定させようとした、というエピソードがあるが、個人的には本来のエロースの姿が[[高御産巣日神]]であり、時代を経てその神としての地位が低下したものが[[天若日子]]であって、この2神がエロースの姿の全てを網羅しているように思う。弓矢が登場する神話は、[[羿]]神話のように「相手が神霊であっても、人に禍をもたらすものを倒すもの」と、[[ニムロド]]のように天に対して反逆の意を示すものに「天の側から天罰を与えるためのもの」の2種類が大きく分けて存在するように思うが、エロースの矢も「天から放たれる矢」に分類されるように思う。日本神話では、[[高御産巣日神]]が「木の神」でもあり、そこから作られた弓矢には特別な霊性が宿るとされたのであろう。エロースも同様に本来は「木の神」でもあり、彼の弓矢はエロースの霊性を顕現するためのものだったのが、時代が下るにつれて、エロースの権威が低下したので、縁むすび的な恋愛や性愛に関する弓矢に性質が特化されるようになったものと思われる。
 
そのためか、アフロディーテ、アルテミスの神話、ディオニューシアカを見ても、エロースの矢は「人々の恋愛成就のため」の矢というよりは、通常では起きえないような異質な恋情を引き起こし、関係者の立場を悪くするような、一種の「天罰」としての性質が強いように思う。おそらく、エロースの神話は[[ニムロド]]型の神話が独自の形で変化し発展したものであろう。また、「エロースの矢」は、それに当たっても人は死ぬことはないが、そのために起きた恋情には「欲望」が強く伴っており、射られたものは恋愛に誠実さを示すのではなく、自らの欲望をかなえることを優先するようである。このように、「エロースの矢」には、標的とされた人間の運命を変えてしまうような、いわば「トリックスター」的な面があるように思う。子音構成からいっても、エロースは北欧神話のロキと関連する神なのではないだろうか。類似した子音構成としては、ガリア神話の[[エスス]]、ゲルマン神話の[[エオステレ]]等がいる。おそらくこれらの神々の起源は[[紅山文化]]にあるのであり、彼らの前身は[[紅山文化]]の太陽女神であって兎子(Tùzǐ)ではないかと思う。[[紅山文化]]では太陽女神の[[玉兎]]は木に吊されて祀られた、とされており、これは[[エスス]]の[[人身御供]]と共通する思想のように思う。[[エオステレ]]は春の女神でもあり、兎の女神でもある。また、兎に関する神話では、特に男性神の場合、「賢い神(悪賢い神)」「叡智の神」といった、良くない性質での賢さを示す神で現されることが多いように感じる。その性質は北欧神話のロキとも共通する。「エロースの矢」が性的な欲望を見境なく惹起する点は、兎が春の性的欲望と多産の神とされたことと関連すると考える。
 
特に[[ディオニューソス]]が関連するものは、酒による酩酊の上でのレイプという側面が強いようである。[[ディオニューソス]]は明確な植物神であり、狂乱を伴って、残虐なやり方で生贄を求める明確な神話がある神である。[[ディオニューソス]]自身が酒による酩酊で人を操る存在だが、ディオニューシアカではその[[ディオニューソス]]を非日常的な狂乱へ導くスイッチのような役割をエロースが担う。そして、おそらく「生贄を酒で酩酊させてレイプする」とは、メソポタミア神話のエンリルとニンリルの神話のように、「花嫁としての生贄」の神話が変化したものと思われる。エンリルは冥界でニンリルを騙して交わい子供を生ませるが、ディオニューシアカではそれが「酔いによる酩酊」へと書き換えられているように思う。全体から見れば、「男性形の植物神が再生のために妻という名前の[[人身御供|生贄]]を求める神話」で[[人身御供|生贄]]を求める側の男性神がエロースと[[ディオニューソス]]で二重に分けられた物語といえる。また、[[ディオニューソス]]の機能を'''影で操る'''存在としてエロースが存在している、という点が興味深い。日本神話と比較すれば、[[高御産巣日神]]が[[天若日子]]の機能を調節しているのであり、調節がうまく果たされなければ下位の[[天若日子]]が罰を受けて死ぬことになる。[[ディオニューソス]]も[[天若日子]]も、死にたくなければ上位の神の「調節」に従うしかないのである。本来、権威ある始原神であったエロースの姿が窺える神話である。例えば「レイプされるニンフ」が元は下位の女神ではなく、各地方の「太母」であったとするならば、エロースと[[ディオニューソス]]の仕事は、まさに太母の権威を低下させて殺し、支配し征服する神話の変形ともいえると考える。
 
類話として、フランスの民話「[[美女と野獣]]」があるが、[[美女と野獣]]の「野獣」と比較すれば、エロースの方が植物神としての性質が弱められ、その分女神の能力による再生を必要としない「絶対的」な存在と考える。[[美女と野獣]]の方が、古くからの母系の伝統的な「再生を司どる女神」の性質が多く含まれているように感じる。エロースそのものは、当初は絶対的な始原神で、しかも男性の友愛を強調した父系的な神であったものが、ギリシア神話に取り込まれて、母系的な要素と習合する中で、太母的な女神アプロディーテの子神とされ、その神話が更にガリア方面に伝播すると、より母系色の強い思想に取り込まれて、「[[美女と野獣]]」へと変化したものかと思う。
== 参考文献 ==
** 松村一男監修『知っておきたい 世界と日本の神々』、西東社(2007年)
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== External links 外部リンク ==* {{Commons category-inline|Eros}}
* [https://iconographic.warburg.sas.ac.uk/vpc/VPC_search/subcats.php?cat_1=5&cat_2=167 Warburg Institute Iconographic Database - Amor]
* [https://www.theoi.com/Protogenos/Eros.html EROS (PRIMORDIAL) from The Theoi Project]
* [[アプロディーテー]]
* [[カーマ (ヒンドゥー教)]] - エロースと同じく、矢で射たものに恋情を引き起こす愛の神。
* [[オェングス]]:ケルト神話のエロース。
* [[イユンクス]]:エロースと関連すると思われる愛の神。
* パネース:オルペウス教の始原神。
[[Category:雄鶏]]
[[Category:薔薇]]
[[Category:類兎]]

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