'''天の岩戸'''(あめのいわと、あまのいわと)<ref group="注釈">『日本神話事典』 26頁、佐佐木隆による解説では'''天の岩戸'''(あめのいはと)。</ref>は、日本神話に登場する、岩でできた洞窟である。'''天戸'''(あめと、あまと)、'''天岩屋'''(あめのいわや)、'''天岩屋戸'''(あめのいはやと、あまのいわやと)<ref group="注釈">『日本神話事典』 27頁、寺川真知夫による解説では'''天石屋戸'''(あめのいはやと)。</ref>ともいい、「岩」は「磐」あるいは「石」と書く場合もある。
太陽神である天照大御神が隠れ、世界が暗闇に包まれた太陽神である[[天照大御神]]が隠れ、世界が暗闇に包まれた'''岩戸隠れ'''の伝説の舞台である。
八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した<ref>戸部民夫 『日本神話』 59頁。</ref><ref name="寺川1997p27" /><ref group="私注">これは'''バラバラにした'''ことの暗喩だろうか。</ref>。
===日本書紀===
『日本書紀』の第七段の本文では、素戔嗚尊が古事記と同様の暴挙を行う。最後には天照大神が神聖な衣を織るために清浄な機屋(はたや)にいるのを見て、素戔嗚尊が皮を剥いだ天斑駒を投げ込んだ。すると、天照大神は驚いて梭で自分を傷つけた。このため天照大神は怒って、天石窟に入り磐戸を閉じて籠ったので国中が常に暗闇となり昼夜の区別もつかなかった、とある。
*[[思兼神]]:深く思慮をめぐらし、常世之長鳴鳥(とこよのながなきどり)を集めて長く鳴かせた。
*[[アメノタヂカラオ|手力雄神]]:(思兼神の指示で)磐戸の側(そば)に立つ
*天児屋命と太玉命:'''[[香具山|天香山(あめのかぐやま)]]の繁った榊'''を掘り起こし、上の枝には八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいほつみすまる)をかけ、中の枝には八咫鏡あるいは眞経津鏡(まふつのかがみ)をかけ、下の枝には青い布帛(ふはく)と白い布帛をかけ共に祈祷をした<refgroup="私注">[[香具山|天香山(あめのかぐやま)]]は占いの神であり、中国神話の伏羲に相当する。</ref>。
*[[天鈿女命]]:手に蔓(つる)を巻きつけた矛を持ち、天石窟戸の前に立って巧に俳優(わざおさ)を作す(見事に舞い踊った)。また、天香山の榊を鬘(かづら)としてまとい蘿(ひかげ)を襷(たすき)にし、火を焚き桶を伏せて置いて、顕神明之憑談(かむがかり)をした。
また、作らせた鏡は紀伊國に鎮座する日前神(ひのくまのかみ)である、とあるため鏡は日像鏡・日矛鏡(ひがたのかがみ・ひぼこのかがみ)と同一とされる。
'''第七段一書(二)'''では、素戔嗚尊が本文同様の暴挙を行うが、「然れども、[[天照大神|日神]](ひのかみ)、親み恩(めぐ)む意(こころ)にして、怒らず恨まず、皆、平らかな心以ちて容(ゆる)しき」とある。では、素戔嗚尊が本文同様の暴挙を行うが、「然れども、日神(ひのかみ)、親み恩(めぐ)む意(こころ)にして、怒らず恨まず、皆、平らかな心以ちて容(ゆる)しき」とある。
しかし、嘗(にひなへ)を行う時に、素戔嗚尊は新宮(にひなへのみや)の席の下にこっそりと糞をした。日神は気づかずに席に座ったため、体中が臭くなってしまう。そのため怒り恨みて、天石窟に入ってその磐戸を閉じた、とある。
そこで神々は困り、[[天糠戸]]神(あめのぬかど)に鏡を、太玉命に[[布帛]]を、[[玉祖命|豊玉]](とよたま)に玉を作らせた。また、[[山雷]]神(やまつち)に多くの玉で飾った榊を、[[カヤノヒメ|野槌神]](のづち)に多くの玉で飾った小竹(ささ)を作らせた。それらの品々を持ち寄って集まり、天児屋命が[[祝詞|神祝]](かむほぎ)を述べたため、日神は磐戸を開けて出てきた、とある。そこで神々は困り、天糠戸神(あめのぬかど)に鏡を、太玉命に布帛を、豊玉(とよたま)に玉を作らせた。また、山雷神(やまつち)に多くの玉で飾った榊を、野槌神(のづち)に多くの玉で飾った小竹(ささ)を作らせた。それらの品々を持ち寄って集まり、天児屋命が神祝(かむほぎ)を述べたため、日神は磐戸を開けて出てきた、とある。
そうした後、神々は罪を本文同様に素戔嗚尊に負わせ贖罪の品々を科して差し出させ、高天原から追い払った。
'''第七段一書(三)'''では、素戔嗚尊は自らが与えられた土地(天杙田(あまのくいた)・天川依田(あまのかわよりた)・天口鋭田(あまのくちとた))は、日神の土地(天安田(あまのやすだ)・天平田(あまのひらた)・天邑田(あまのむらあわせた))に比べ痩せた土地だったため、妬(ねた)んで姉の田に害を与えた、とある。日神は最初は咎めず、常に穏やかに許していた、とあるが結局、天石窟に籠るのである。では、素戔嗚尊は自らが与えられた土地(天杙田(あまのくいた)・天川依田(あまのかわよりた)・天口鋭田(あまのくちとた))は、日神の土地(天安田(あまのやすだ)・天平田(あまのひらた)・天邑田(あまのむらあわせた))に比べ痩せた土地だったため、妬(ねた)んで姉の田に害を与えた、とある。日神は最初は咎めず、常に穏やかに許していた、とあるが結局、天石窟に籠るのである<ref group="私注">天照大神も須佐之男も共に'''農耕神'''であることが分かる。'''農耕神'''とは、特に水稲耕作では'''治水神'''も兼ねる。</ref>。
その為、神々は[[天児屋命|天兒屋命]]を遣わして祷らせることにした。以降が神々のとった行動である。その為、神々は天兒屋命を遣わして祷らせることにした。以降が神々のとった行動である。* 天兒屋命:天香山の榊を掘り起こす。([[興大産霊]](こごとむすひ)の子)天兒屋命:天香山の榊を掘り起こす。(興大産霊(こごとむすひ)の子)* [[イシコリドメ|石凝戸邊]](いしこりとべ):作った八咫鏡を上の枝にかける。([[天糠戸]](あめのぬかど)の子)石凝戸邊(いしこりとべ):作った八咫鏡を上の枝にかける。(天糠戸(あめのぬかど)の子)* [[玉祖命|天明玉]](あめのあかるたま):作った八坂瓊之曲玉を中の枝にかける。([[イザナギ|伊弉諾尊]]の子)天明玉(あめのあかるたま):作った八坂瓊之曲玉を中の枝にかける。(伊弉諾尊の子)* [[天日鷲命|天日鷲]]あめのひわし):作った[[木綿]](ゆふ)を下の枝にかける。天日鷲あめのひわし):作った木綿(ゆふ)を下の枝にかける。
* 太玉命:榊を持ち、広く厚く称える言葉によって祷る。
後、素戔嗚尊は「神々は私を追い払い、私はまさに永久に去ることになったが、どうして我が姉上に会わずに、勝手に一人で去れるだろうか」と言い天に戻る。すると天鈿女命がこれを日神に報告する。
日神は、「我が弟が上って来るのは、'''また'''好意(よきこころ)からではないはず。きっと我が国を奪おうとしているのだ。我は女だが逃げるほどでは無い」と言って[[武装]]した、とある。そして二神で[[アマテラスとスサノオの誓約#日本書紀|誓約]]が行われる運びになる。好意(よきこころ)からではないはず。きっと我が国を奪おうとしているのだ。我は女だが逃げるほどでは無い」と言って武装した、とある。そして二神で誓約が行われる運びになる。
この一書は、話の筋立てが他とは異なり、思兼神が登場しないなど大きな特徴がある。
=== 世界の神話 ===[[インドネシア]]・[[タイ]]・[[トルコ]]・[[モンゴル]]・[[雲南省|中国南部]]・[[サハリン]]などアジアには広く射日神話・招日神話が存在する。特に中国南部の少数民族に天岩戸と似た神話が多い。インドネシア・タイ・トルコ・モンゴル・中国南部・サハリンなどアジアには広く射日神話・招日神話が存在する。特に中国南部の少数民族に天岩戸と似た神話が多い。<ref>荻原真子 『北方諸民族の世界観 - アイヌとアムール・サハリン地域の神話・伝承』 草風館、1996年2月。ISBN 978-4-88323-086-0。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26))''</sup></ref><ref group="私注">太陽女神は太陽神としての性質を失って他の性質の女神になっていたり、民間伝承化すると人間の形態をとったりするので、太陽に関する神話だけで研究を行うのは逆に偏った結果を招く一因にならないだろうか、と思う。</ref>
[[ミャオ族]]は、九個の太陽と八個の月が一斉に出てきた。弓矢で八個の太陽と七個の月を刺し殺す。残った一つずつの日月は隠れてしまった。天地は真っ暗。知恵者を集めて相談しオンドリを鳴かせる。オンドリは翼を叩いて三度鳴くと日月が顔を出した。<ref>百田弥栄子 『中国神話の構造』 三弥井書店、2004年6月。ISBN 978-4-8382-3131-7。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26))''</sup></ref>
[[プーラン族]]は、太陽の九姉妹と月の十兄弟は、揃って天地の間にやって来て一斉に照りつける。八個の太陽と九個の月を射落し、さらに残った月も射殺そうとした。逃げ出した太陽と月は洞窟に隠れ夫婦になった。世界が真っ暗になったので、オンドリを遣わし太陽と月を洞窟から出るよう説得させる。一人は昼もう一人は夜に別々に出てくること、ただし月の初めと終わりには洞窟の中で会っていいとした。月と太陽が洞窟から出ようとしたとき大きな岩が邪魔をして出られない。そこで力自慢のイノシシが岩を動かして入口を開け太陽と月を外に出してやった。プーラン族は、太陽の九姉妹と月の十兄弟は、揃って天地の間にやって来て一斉に照りつける。八個の太陽と九個の月を射落し、さらに残った月も射殺そうとした。逃げ出した太陽と月は洞窟に隠れ夫婦になった。世界が真っ暗になったので、オンドリを遣わし太陽と月を洞窟から出るよう説得させる。一人は昼もう一人は夜に別々に出てくること、ただし月の初めと終わりには洞窟の中で会っていいとした。月と太陽が洞窟から出ようとしたとき大きな岩が邪魔をして出られない。そこで力自慢のイノシシが岩を動かして入口を開け太陽と月を外に出してやった。<ref>吉田敦彦他 『世界の神話伝説 総解説』 [[自由国民社]]〈Multi 自由国民社〈Multi book〉、2002年7月。ISBN 978-4-426-60711-1。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26))''</sup></ref>
[[ペー族]]には、天地が離れ始めた頃、天に十個の太陽と一個の月が昇った。子供の太陽たちは昼夜を分かたず天を駆ける。そのため地上は焼けるような熱さで、蛙と鶏の兄弟は太陽を追って槍で九個の太陽を刺し殺してしまう。両親である母・太陽と父・月は恐れて天眼洞の奥深くに隠れてしまい世は真っ暗闇。そこで蛙は天を、鶏は地を探した。鶏が声を放って呼ぶと太陽と月は天眼洞から顔を出し、こうして大地に日月が戻った。人々は太陽を呼び出した鶏に感謝して、赤い帽子を与えた。ペー族には、天地が離れ始めた頃、天に十個の太陽と一個の月が昇った。子供の太陽たちは昼夜を分かたず天を駆ける。そのため地上は焼けるような熱さで、蛙と鶏の兄弟は太陽を追って槍で九個の太陽を刺し殺してしまう。両親である母・太陽と父・月は恐れて天眼洞の奥深くに隠れてしまい世は真っ暗闇。そこで蛙は天を、鶏は地を探した。鶏が声を放って呼ぶと太陽と月は天眼洞から顔を出し、こうして大地に日月が戻った。人々は太陽を呼び出した鶏に感謝して、赤い帽子を与えた。<ref>[[百田弥栄子]] 『中国神話の構造』 三弥井書店、2004年6月。ISBN 978-4-8382-3131-7。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26)''</sup></ref>
漢民族には、十個の太陽は、東の神さま帝夋とその妻である羲和のあいだに出来た十人兄弟だった。彼らは扶桑の木から六頭の竜がひく車に乗って一日一人ずつ空を駆けた。でも繰り返される日々に飽き飽きした十人兄弟は勝手に十人一緒に空を駆けてしまう。地上の草木は熱さで枯れた。これに困ったのが地上を治めていた帝堯。帝堯は弓の名手である[[漢民族羿]]には、十個の太陽は、東の神さま(ゲイ)に頼み十人兄弟を射落とさせようとする。羿は一つの太陽を残し九つの太陽を射落とす。こうして地上にはめでたく太陽は一個だけになったとさ。これには続きがあるんだけれど、それはあなた自身で調べてみたほうがいい。この[[帝俊|帝夋射日神話]]とその妻であるは後漢時代に書かれた「楚辞」の解釈書に記述されている。太陽の中にすむという3本足のカラス。《史記》や《淮南子(えなんじ)》には,10個の太陽を毎日一つずつ背にのせて空を渡るとあるほか,[[西王母]]の使いともされる。馬王堆漢墓出土の帛画,画像石に作例あり([[羲和西王母]]のあいだに出来た十人兄弟だった。彼らは扶桑の木から六頭の竜がひく車に乗って一日一人ずつ空を駆けた。でも繰り返される日々に飽き飽きした十人兄弟は勝手に十人一緒に空を駆けてしまう。地上の草木は熱さで枯れた。これに困ったのが地上を治めていた帝堯。帝堯は弓の名手である羿ゲイに頼み十人兄弟を射落とさせようとする。羿は一つの太陽を残し九つの太陽を射落とす。こうして地上にはめでたく太陽は一個だけになったとさ。これには続きがあるんだけれど、それはあなた自身で調べてみたほうがいい。この射日神話は後漢時代に書かれた「楚辞」の解釈書に記述されている。太陽の中にすむという3本足のカラス。《史記》や《淮南子(えなんじ)》には,10個の太陽を毎日一つずつ背にのせて空を渡るとあるほか,西王母の使いともされる。馬王堆漢墓出土の帛画,画像石に作例あり。参照)。
その他の少数民族にもさまざまなパターンで存在する。中には太陽と月を射殺した者が逃れて隠れた太陽と月に色々捧げてなんとか外に出て来てもらう神話や、美声を使って出て来てもらう神話もある。<ref>村松一弥編訳 『苗族民話集 - 中国の口承文芸2』 [[平凡社]]〈[[東洋文庫 (平凡社)|東洋文庫]] 平凡社〈東洋文庫 260〉、1974年。ISBN 978-4-582-80260-3。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26)''</sup></ref><ref>萩原秀三郎 『稲と鳥と太陽の道 - 日本文化の原点を追う』 [[大修館書店]]、1996年7月。ISBN 大修館書店、1996年7月。ISBN 978-4-469-23127-4。{{要ページ番号|date=<sup>''(要ページ番号, 2016-09-26}}26)''</sup></ref>
中国北方の馬の文化では太陽を男性とみなし、南方の船の文化では太陽が女性として信仰されていた。<ref>[[福永光司]] 『「馬」の文化と「船」の文化 - 古代日本と中国文化』 [[人文書院]]、1996年1月。ISBN 人文書院、1996年1月。ISBN 978-4-409-54050-3。</ref>シベリアでもナナイ族やケト族など太陽を女とみる少数民族が多い。<ref>[[斎藤君子]] 『シベリア民話集』 [[岩波書店]]〈[[岩波文庫]]〉、1988年12月。ISBN 岩波書店〈岩波文庫〉、1988年12月。ISBN 978-4-00-326441-6。</ref> ギリシア神話ではヘーラーが[[ゼウス]]と結婚する前に洞窟に隠れていた、という話もある([[ゼウス]]の項参照)。 朝鮮神話では檀君神話の[[熊女]]は洞窟に籠もって修行し、人間となる。
== 天岩戸と呼ばれる場所 ==
{{出典の明記|section=1|date=<sup>''(出典の明記, 2016年9月26日 (月) 13:18 (UTC)}}<div class="floatright">[[ファイル:Amano-iwato 02.jpg|none|thumb|恵利原の水穴]])''</divsup>[[ファイル:Amanoiwato-west-shrine.jpg|thumb|天岩戸神社西本宮(宮崎県高千穂町)]]
天岩戸説話は天上界の出来事であるが、「ここが天岩戸である」とする場所や関連する場所が何箇所か存在する。
=== 天の岩戸 ===
* 滋賀県米原市弥高 - 平野神社。
* 京都府[[福知山市]][[大江町 (京都府)|大江町]] 京都府福知山市大江町 - 皇大神宮(元伊勢内宮)、岩戸神社。* [[滋賀県]][[高島市]] [[滋賀県高島市 白鬚神社]] - 岩戸社。* [[奈良県]][[橿原市]] 奈良県橿原市 「天岩戸神社」 - [[天香久山]]の南麓。天香久山の南麓。* [[三重県]][[伊勢市]] [[伊勢神宮]]外宮 三重県伊勢市 伊勢神宮外宮 - 「[[高倉山 (伊勢市)|高倉山古墳]]」。昭和時代に入山が禁止された。高倉山古墳」。昭和時代に入山が禁止された。* 三重県[[伊勢市]]二見町[[二見興玉神社]] 三重県伊勢市二見町二見興玉神社 - 「天の岩屋」* 三重県[[志摩市]][[磯部町恵利原]] 三重県志摩市磯部町恵利原 - [[恵利原の水穴]]* [[岐阜県]][[各務原市]]「手力雄神社」「史跡めぐり」岐阜県各務原市「手力雄神社」「史跡めぐり」* [[兵庫県]][[洲本市安乎町]] 兵庫県洲本市安乎町 - 岩戸川の河口北。* [[兵庫県]][[洲本市]][[先山]] 兵庫県洲本市先山 - 岩戸神社。* [[岡山県]][[真庭市]][[蒜山 (地名)|蒜山]] 岡山県真庭市蒜山 - 茅部神社の山の上方。* [[徳島県]][[美馬郡]][[つるぎ町]] 徳島県美馬郡つるぎ町 - 天の岩戸神社の神域にある。* [[山口県]][[山口市]]秋穂二島岩屋 山口県山口市秋穂二島岩屋 - 塩作りの海人の在住地、防府市の玉祖命の神社に近い。* [[宮崎県]][[西臼杵郡]][[高千穂町]]大字岩戸 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸 - [[天岩戸神社]]の神域にある。同神社西本宮の背後、岩戸川を挟んだ対岸の岸壁にあり、社務所に申し込めば案内付きで遥拝所へ通してくれる。周辺には[[天安河原]]など、日本神話、特に岩戸隠れ神話にまつわる地名が多く存在する。天岩戸神社の神域にある。同神社西本宮の背後、岩戸川を挟んだ対岸の岸壁にあり、社務所に申し込めば案内付きで遥拝所へ通してくれる。周辺には天安河原など、日本神話、特に岩戸隠れ神話にまつわる地名が多く存在する。* [[沖縄県]][[島尻郡]][[伊平屋村]]「クマヤ洞窟」 沖縄県島尻郡伊平屋村「クマヤ洞窟」 - 全国に数多ある「天の岩戸伝説」の中で最南端地。
*岐阜県高山市 - 位山。
=== 岩戸 ===
* [[千葉県]][[袖ケ浦市]]坂戸市場 [[坂戸神社 (袖ケ浦市)|坂戸神社]]。天岩戸のかけらという伝承の岩、天磐戸の石碑がある。千葉県袖ケ浦市坂戸市場 坂戸神社。天岩戸のかけらという伝承の岩、天磐戸の石碑がある。* [[長野県]][[長野市]]戸隠 [[戸隠神社]]には、岩戸が落下してきた伝承がある。長野県長野市戸隠 戸隠神社には、岩戸が落下してきた伝承がある。* [[岐阜県]][[郡上市]]和良町 [[戸隠神社 (郡上市)|戸隠神社]]。天岩戸のかけらという伝承の岩がある。岐阜県郡上市和良町 戸隠神社。天岩戸のかけらという伝承の岩がある。* [[奈良県]][[奈良市]]柳生 [[天石立神社]]。この地まで飛ばされてきたという岩がある。奈良県奈良市柳生 天石立神社。この地まで飛ばされてきたという岩がある。
== その他 ==
* [[ニワトリ|鶏]]<ref group="注釈">『古事記新講』18頁、[[次田潤]]の注釈によると常世之長鳴鳥は鶏のこと『古事記新講』18頁、次田潤の注釈によると常世之長鳴鳥は鶏のこと</ref>を集めて鳴かせたことから、[[伊勢神宮]]の内宮では「神苑」という庭園に「神鶏」と呼ばれる鶏を放し飼いにしているを集めて鳴かせたことから、伊勢神宮の内宮では「神苑」という庭園に「神鶏」と呼ばれる鶏を放し飼いにしている<ref>{{Cite web |url=https://www.kankomie.or.jp/special/iseshima/about/ |title=, お伊勢参りのいろは |work=, 伊勢神宮の歩き方 |publisher=, 三重県観光連盟 |accessdate=, 2016-09-26 }}</ref><ref>{{Cite news |url=http://www.47news.jp/localnews/mie/2016/06/post_20160614055755.html |title=, 保存会が神鶏奉納 内宮神苑で放し飼い |newspaper=[[, 中日新聞]] |publisher=, 47NEWS |date=, 2016-06-14 |accessdate=, 2016-09-26 }}</ref>。* [[太平洋戦争]]末期の[[沖縄戦]]において[[首里城]]地下に構築された司令部壕はこの故事に準えて「天ノ巌戸戦闘指令所」と呼ばれた。太平洋戦争末期の沖縄戦において首里城地下に構築された司令部壕はこの故事に準えて「天ノ巌戸戦闘指令所」と呼ばれた。<ref>{{Cite book|和書|title=沖縄戦75年 戦火の記憶を追う|year=, 2020|publisher=, 高文研|page=48|author=, page48, 琉球新報社編集局}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/result?DB_ID=G0000101EXTERNAL&DEF_XSL=default&ON_LYD=on&IS_INTERNAL=false&IS_STYLE=default&IS_KEY_S1=%E5%A4%A9%E5%B7%8C%E6%88%B8&IS_TAG_S1=InD&IS_MAP_S1=&IS_LGC_S1=&IS_KIND=detail&IS_START=1&IS_NUMBER=1&IS_TAG_S18=eadid&IS_KEY_S18=M2011112915145092574&IS_EXTSCH=F2006083118101851446%2BF2006090108075391350%2BF2007112018355501105%2BF2006090108080391485%2BF2011112915144892540&IS_ORG_ID=M2011112915145092574 |title=, 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110037100、天ノ巌戸闘司令所取締に関する規定(防衛省防衛研究所)」 |access-date=, 2020/04/27 |publisher=, JACAR(アジア歴史資料センター)}}</ref>。
== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author=Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%B2%A9%E6%88%B8 天岩戸](最終閲覧日:22-09-26)** 戸部民夫|authorlink=, 戸部民夫|others=, 神谷礼子画|title=, 日本神話 - 神々の壮麗なるドラマ|origdate=, 2003-10-26|accessdate=, 2009-12-06|edition=, 初版|publisher=[[, 新紀元社]]|series=[[, Truth In Fantasy]] 63|, isbn=:978-4-7753-0203-3|ref=, 戸部民夫 『日本神話』}}* {{Cite book |和書 |others=[[大林太良]]、[[吉田敦彦]]監修 |editor=* 大林太良、吉田敦彦監修, 青木周平ほか|editor-link=, 青木周平|title=, 日本神話事典 |publisher=[[, 大和書房]] |date=, 1997-06 |, isbn=:978-4-479-84043-5 |ref= }}:** {{wikicite |ref=* 佐佐木 1997 |reference=, 佐佐木隆 「天の岩戸」、26-27頁。}}** {{wikicite |ref=* 寺川 1997 |reference=, 寺川真知夫 「天石屋戸神話」、27-29頁。}}
== 関連項目 ==
* [[天羽槌雄神織女]]* [[岩戸景気棄老]]* [[卑弥呼#天照大神説|天照大御神=卑弥呼説西王母]]:「季節型豊穣神」の項参照。
== 注釈 ==
{{デフォルトソート:あまのいわと}}
[[Category:日本神話]]
[[Category:天照大神]]
[[Category:馬]]