「エロース」を編集中

ナビゲーションに移動 検索に移動

警告: ログインしていません。編集を行うと、あなたの IP アドレスが公開されます。ログインまたはアカウントを作成すれば、あなたの編集はその利用者名とともに表示されるほか、その他の利点もあります。

この編集を取り消せます。 下記の差分を確認して、本当に取り消していいか検証してください。よろしければ変更を保存して取り消しを完了してください。

最新版 編集中の文章
1行目: 1行目:
[[File:Eros_bobbin_Louvre_CA1798.jpeg|thumb|350px|「エロースが描かれたボビン」、前470-450年、赤像土器、高さ2.6cm、直径11.8cm、ルーヴル美術館]]
+
'''エロース'''('''Ἔρως''',Erōs)は、ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神である。ギリシア語で性的な愛や情熱を意味する動詞「ἔραμαι」が普通名詞形に変化、神格化された概念である。[日本語では長母音を省略して'''エロス'''とも呼ぶ。
[[File:Red-figure_hydria_with_Poseidon,_Amymone,_Eros_and_Satyr_(4th_cent._B.C.)_in_the_National_Archaeological_Museum_of_Athens_on_11_September_2018.jpeg|thumb|280px|ポセイドン、アミモネ、サテュロスの間のエロスの水瓶(紀元前375-350年)、赤絵の土器、アテネ国立考古学博物館蔵]]
 
[[File:Ascoli_Satriano_Painter_-_Red-Figure_Plate_with_Eros_-_Walters_482765.jpeg|thumb|350px|エロースを描いた皿;前340-320年 赤像テラコッタ;5 × 24.4 cm;ウォルターズ美術館(アメリカ、ボルチモア) ]]
 
 
 
'''エロース'''('''Ἔρως''',Erōs)は、ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神である。ギリシア語で性的な愛や情熱を意味する動詞「ἔραμαι」が普通名詞形に変化、神格化された概念である。日本語では長母音を省略して'''エロス'''とも呼ぶ。
 
 
 
ギリシャ神話では、エロース(UK: /ˈɪərɒs, ˈɛrɒs/, US: /ˈɛrɒs, ˈɛroʊs/<ref>[http://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/american_english/eros ''Oxford Learner's Dictionaries:'' "Eros"]</ref>;古代ギリシャ語: Ἔρως, ローマ字表記: Érōs: Érōs, lit. 愛、欲望」)は、ギリシア神話の愛と性の神である。ローマ時代にはクピードー(「欲望」)と呼ばれた<ref name=Lar>''Larousse Desk Reference Encyclopedia'', The Book People, Haydock, 1995, p. 215.</ref>。最古の記述では原初の神であり、後の記述ではアフロディーテとアレースの子供の一人とされ、いくつかの兄弟とともに、翼を持つ愛の神々であるエロテス(Erotes)の一人であったとされる。
 
  
 
== 概説 ==
 
== 概説 ==
12行目: 6行目:
  
 
=== 古代の記述 ===
 
=== 古代の記述 ===
ヘーシオドスの『神統記』では、[[カオス]][[ガイア]][[タルタロス]]と同じく、世界の始まりから存在した原初神 (Greek primordial deities)である。'''崇高で偉大で、どの神よりも卓越した力を持つ神であった'''。またこの姿が、エロースの本来のありようである。
+
[[ヘーシオドス]]の『[[神統記]]』では、[[カオス]][[ガイア]][[タルタロス]]と同じく、世界の始まりから存在した原初神 ([[:en:Greek primordial deities|Greek primordial deities]])である。崇高で偉大で、どの神よりも卓越した力を持つ神であった。またこの姿が、エロースの本来のありようである。
 
 
後に、軍神[[アレース]]と愛の女神[[アプロディーテー]]の子であるとされるようになった。またエロースは[[アプロディーテー]]の傍に仕える忠実な従者とされる<ref>松村一男/監修 『知っておきたい 世界と日本の神々』44頁。</ref>。
 
 
 
古代においては、若い男性の姿で描かれていたが、西欧文化では、近世以降、背中に翼のある愛らしい少年の姿で描かれることが多く、手には弓と矢を持つ(この姿の絵は、本来のエロースではなく、アモールあるいはクピードーと混同された絵である)。黄金で出来た矢に射られた者は激しい愛情にとりつかれ、鉛で出来た矢に射られた者は恋を嫌悪するようになる。
 
 
 
エロースはこの矢で人や神々を撃って遊んでいた。ある時、[[アポローン]]にそれを嘲られ、復讐としてアポローンを金の矢で、たまたまアポローンの前に居た[[ダプネー]]を鉛の矢で撃った。アポローンはダプネーへの恋慕のため、彼女を追い回すようになったが、ダプネーはこれを嫌って逃れた。しかし、いよいよアポローンに追いつめられて逃げ場がなくなったとき、彼女は父に頼んでその身を[[ゲッケイジュ|月桂樹]]に変えた(ダプネー daphne とはギリシア語で、月桂樹という意味の普通名詞である)。このエピソードが示す寓意は、強い理性に凝り固まった者は恋愛と言う物を蔑みがちだが、自らの激しい恋慕の前にはその理性も瓦解すると言う事である。
 
 
 
== 語源 ==
 
ギリシャ語で「欲望」を意味するἔρως は、語源が不確かなἔραμαι 「欲望する、愛する」に由来している。R. S. P. Beekes は前ギリシャ語起源を示唆している<ref>R. S. P. Beekes, ''Etymological Dictionary of Greek'', Brill, 2009, p. 449.</ref>。
 
 
 
== カルトと描写 ==
 
古代ギリシャの資料には、エロースはいくつかの異なる装いで登場している。最古の文献(宇宙元記、最古の哲学者、神秘宗教に言及した書物)では、宇宙の誕生に関与した原初の神の一人であるとしている。しかし、後世の文献では、エロースはアフロディーテの息子とされ、神々と人間の問題にいたずらに介入し、しばしば不正な愛の絆を形成させる、とされている<ref group="私注">北欧神話のロキのような一面といえようか。</ref>。結局、後世の風刺詩では、目隠しをした子供の姿で表現され、ぽっちゃりしたルネサンスのキューピッドの前身となる。一方、初期のギリシャの詩や美術では、エロースは性的な力を体現する若い成人男性、そして深遠な芸術家として描かれている<ref name = Theoi /><ref>"Eros", in S. Hornblower and A. Spawforth, eds., ''The Oxford Classical Dictionary''.</ref>。
 
 
 
古典期以前のギリシアにもエロス崇拝は存在したが、アフロディーテのそれに比べるとはるかに重要度は低かった。しかし、古代末期、テスピアイの豊穣信仰によってエロースは崇拝されていた。アテネではアフロディーテと並んで人気が高く、毎月4日はヘーラークレース、ヘルメース、アフロディーテと並んで聖日とされた。<ref>Mikalson Jon D., The Sacred and Civil Calendar of the Athenian Year, 2015, Princeton University Press, isbn:9781400870325, page186, https://books.google.com/books?id=d4p9BgAAQBAJ&pg=PA186</ref>
 
 
 
エロースは、ヒメロスやポトスなどとともに、男性同士の同性愛のパトロンとされることもあるエロテスの一人である<ref>Cassell's Encyclopedia of Queer Myth, Symbol and Spirit, Conner, Randy P. , Sparks, David Hatfield, Sparks, Mariya, 1998, Cassell, UK, isbn:0-304-70423-7, page133</ref>。また、エロースは、ヘーラークレース、ヘルメースとともに、ホモセクシャルな関係において役割を果たした三神の一人であり、それぞれ美(と忠誠)、力、雄弁の資質を男性の恋人に授けたという。<ref>Cassell's Encyclopedia of Queer Myth, Symbol and Spirit, Conner, Randy P., Sparks, David Hatfield, Sparks, Mariya, 1998, Cassell, UK, isbn:0-304-70423-7, page132</ref>
 
 
 
テスピアの人々は、エロスの祭りを意味するエローティディア(Erotidia、古代ギリシャ語:Ἐρωτίδεια)を祝っていた<ref name="Athenaeus 13.12 GR">[https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=urn:cts:greekLit:tlg0008.tlg001.perseus-grc2:13.12 Athenaeus, ''Deipnosophistae'', 13.12 - Greek]</ref><ref name="Athenaeus 13.12 EN">[https://topostext.org/work/218#13.78 Athenaeus, ''Deipnosophistae'', 13.12 - English]</ref><ref name="Pausanias 9.31.3 EN">[https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Paus.+9.31.3 Pausanias, ''Description of Greece'', 9.31.3]</ref>。
 
 
 
== 神話 ==
 
=== 始原神として ===
 
ヘシオドスの『神統記』(紀元前700年頃)によると、エロース(愛の神)は、カオス、ガイア(大地)、タルタロス(深淵)に続く4番目の神として登場した<ref>Hesiod, ''Theogony'' [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Hes.+Th.+116 116–122].</ref>。
 
 
 
ホメロスはエロースについて言及していない。しかし、ソクラテス以前の哲学者の一人であるパルメニデス(紀元前400年頃)は、エロースをすべての神の中で最初に誕生した神としている<ref>"First of all the gods she devised Erōs." (Parmenides, fragment 13.) (The identity of the "she" is unclear, as Parmenides' work has survived only in fragments.</ref>。
 
 
 
オルフェウス神話やエレウーシア神話では、エロースは夜(ニュクス)の子供であるため、原初的な神とまでは言えないが、非常に独創的な神として登場した<ref name = Theoi>See the article [http://www.theoi.com/Protogenos/Eros.html Eros] at the Theoi Project.</ref>。アリストファネス(紀元前400年頃)は、オルフィズムの影響を受け、エロスの誕生を描いている。
 
 
 
:最初は「混沌」「夜」「暗黒のエレバス」「深淵のタルタロス」しかなかった。地も空も天も存在しない。まず、黒翼の夜がエレバスの無限の深淵の懐に無精卵を産み、そこから長い年月を経て、大嵐の旋風のように速い黄金の翼を輝かせた優美なエロスが誕生したのである<ref group="私注">「長い時をかけて卵がかえる」という筋書きはインド神話のガルーダの誕生を彷彿とさせる。</ref>。彼は深いタルタロスで、自分と同じ翼を持つ暗黒のカオスと交尾し、こうして我々の種族が誕生し、最初に光を見ることになった<ref>Aristophanes, ''Birds'' [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0026%3Acard%3D685 690–699], translation by Eugene O'Neill Jr., at the Perseus Digital Library.</ref><ref group="私注">同性愛的な表現とはいえないだろうか。</ref>。
 
 
 
=== アフロディーテとアーレースの息子として ===
 
後世の神話では、エロースはアフロディーテとアレスの息子とされている。エロスは竪琴や弓矢を携えて描かれることが多い。また、イルカ、笛、雄鶏、バラ、松明などを伴って描かれることもあった<ref name=connereros>Conner, p. 132, "Eros"</ref>。
 
  
* [ヘラはアテナに語りかける]
+
後に、軍神[[アレース]]と愛の女神[[アプロディーテー]]の子であるとされるようになった。またエロースはアプロディーテーの傍に仕える忠実な従者とされる<ref>[[松村一男]]/監修 『知っておきたい 世界と日本の神々』44頁。</ref>
: 「私達はアフロディーテと話をする必要があります。私たちは一緒に行って、もし可能なら、彼女の少年[エロス]を説得し、アイーテスの娘、多くの呪文のメデアに矢を放ち、彼女がジェイソンと恋に落ちるようにしましょう......。」(アルゴナウティカ<ref>Apollonius of Rhodes, Argonautica, 3.&nbsp;25&nbsp;ff – a Greek epic of the 3rd&nbsp;century&nbsp;BCE</ref>
 
  
* 「彼(エロス)は未知の熱で乙女の胸を打ち、まさに神々が天を離れ、借り物の姿で地上に住まうことを命じたのです。」(パエドラref>Seneca, Phaedra, 290&nbsp;ff</ref>)
+
古代においては、若い男性の姿で描かれていたが、西欧文化では、近世以降、背中に[[翼]]のある愛らしい少年の姿で描かれることが多く、手には弓と矢を持つ(この姿の絵は、本来のエロースではなく、アモールあるいはクピードーと混同された絵である)。黄金で出来た矢に射られた者は激しい愛情にとりつかれ、[[鉛]]で出来た矢に射られた者は恋を嫌悪するようになる。
  
* 「あるとき、ヴィーナスの息子(エロス)が矢筒をぶら下げて彼女にキスをしていたとき、知らぬ間に突き出た矢が彼女の胸をかすめていた。彼女は少年を突き飛ばした。最初は気づかなかったが、実はその傷は見た目以上に深かった。 そして彼女は一人の男(アドニス)の美しさに魅了された。」(メタモルフォーゼ)<ref>Ovid, Metamorphoses, at:10.&nbsp;525&nbsp;ff</ref>。
+
エロースはこの矢で人や神々を撃って遊んでいた。ある時、[[アポローン]]にそれを嘲られ、復讐としてアポローンを金の矢で、たまたまアポローンの前に居た[[ダプネー]]を鉛の矢で撃った。アポローンはダプネーへの恋慕のため、彼女を追い回すようになったが、ダプネーはこれを嫌って逃れた。しかし、いよいよアポローンに追いつめられて逃げ場がなくなったとき、彼女は父に頼んでその身を[[ゲッケイジュ|月桂樹]]に変えた(ダプネー daphne とはギリシア語で、月桂樹という意味の普通名詞である)。このエピソードが示す[[アレゴリー|寓意]]は、強い[[理性]]に凝り固まった者は[[恋愛]]と言う物を蔑みがちだが、自らの激しい恋慕の前にはその理性も瓦解すると言う事である。
  
* 「エロスは矢の美味な傷でディオニューソスを少女[アウラ]に狂わせると、翼を曲げて軽々とオリンポスへ飛んで行った。そしてディオニューソスはより大きな(恋の)火で炙られた丘の上を歩き回った。」 (ディオニシアカ)<ref>Nonnus, Dionysiaca, at:48.&nbsp;470&nbsp;ff – a Greek epic of the 5th&nbsp;century&nbsp;CE</ref>。
+
== 「愛と心の物語」 ==
 
+
[[File:L'Amour et Psyché (Picot).jpg|thumb|250px|left|[[フランソワ=エドゥアール・ピコ]]の1817年の絵画『アモルとプシュケ(愛と心)』。]]
=== 友愛と自由の神として ===
+
ヘレニズム時代になると、甘美な物語が語られるようになる。それが『愛と心の物語』である。地上の人間界で、王の末娘[[プシューケー]]が絶世の[[美人|美女]]として噂になっていた。母アプロディーテーは美の女神としての誇りからこれを嫉妬し憎み、この娘が子孫を残さぬよう鉛の矢で撃つようにエロースに命じた。
アテナイオスの『デイプノソフィスタエ』の登場人物であるニコメディアのポンティアヌスは、シティウムのゼノンがエロースを友情と自由の神だと考えていたと主張している<ref name="Athenaeus 13.12 GR"/><ref name="Athenaeus 13.12 EN"/>。
 
 
 
エルキシアス(Ἐρξίας)は、サミアン人が競技場をエロースへ奉献したと書いている。エロースを称える祭りは、「自由」を意味する「エレウテリア(Ἐλευθέρια)」と呼ばれた<ref name="Athenaeus 13.12 GR"/><ref name="Athenaeus 13.12 EN"/>。
 
 
 
ラケダエモン人は戦いの前にエロースに生贄を捧げ、安全と勝利は戦いに並んで立つ者たちの友情によってもたらされると考えた。さらにクレタ人は戦場でもエロースに生け贄を捧げた<ref name="Athenaeus 13.12 GR"/><ref name="Athenaeus 13.12 EN"/>。
 
 
 
=== エロースとプシューケー ===
 
エロースと[[プシューケー]]の物語は、アプレイウスのラテン語の小説『黄金の驢馬』で文学化される以前から、古代ギリシャ・ローマ世界の民話として長い伝統があった。小説自体はピカレスク・ローマンスタイルで書かれているが、エロースやアフロディーテがラテン語名(クピードーやウェヌス)で呼ばれても、[[プシューケー]]はギリシャ名を保っている。また、クピードーは太った翼のある子供(プット・アモリーノ、putto amorino)ではなく、若い大人として描かれている<ref>Apuleius, Cupid and Psyche, The Golden Ass, Penguin Classics</ref>。
 
 
 
この物語は、エロスと[[プシューケー]]の愛と信頼の探求を描いたものである。アフロディーテは、人間の王女[[プシューケー]]の美しさに嫉妬し、男たちが彼女の祭壇を不毛の地にして、ただの人間の女を崇拝するようになったので、愛の神である息子のエロースに命じて、[[プシューケー]]をこの世で最も醜い生物と恋に落ちさせるようにした。しかし、代わりにエロースは自ら[[プシューケー]]に恋をして、彼女を自分の家へと連れ去った。しかし、[[プシューケー]]の嫉妬深い姉たちが現れ、[[プシューケー]]は夫の信頼を裏切ることになる。傷ついたエロースは妻のもとを去り、[[プシューケー]]は失われた愛を求めて地上をさまよう。やがて彼女はアフロディーテに近づき、助けを求める。アフロディーテは[[プシューケー]]に一連の困難な課題を課し、[[プシューケー]]は超自然的な援助によってそれを達成することができる。
 
 
 
これらの課題を成功させた後、アフロディーテは譲歩し、[[プシューケー]]は不老不死となり、夫のエロースと一緒に暮らすようになった。二人は娘ヴォルプタスまたはヘドネ(肉体的快楽、至福の意)をもうけた。
 
 
 
ギリシャ神話では、[[プシューケー]]は人間の魂を神格化したものである。古代のモザイク画では、蝶の羽を持つ女神として描かれていた(サイケは古代ギリシャ語で「蝶」の意味もあるため)。ギリシャ語のpsycheは、文字通り「魂、精神、息、生命、生気」を意味する。
 
 
 
グノーシス主義の『世界の起源』では、宇宙創成期のエロースは、カオスのすべての生き物の中に散在し、光と闇、天使と人間の中間的な存在であったとされている。その後、[[プシューケー]]がエロスに自らの血を注ぎ、地上に最初のバラを芽生えさせ、その後、あらゆる花や草木を芽生えさせる<ref>cite book, James M., Robinson, James M. Robinson, 2007, 1st&nbsp;publ.&nbsp;1978, On the Origin of the World, The Nag Hammadi Scriptures, HarperCollins , isbn:9780060523787, http://gnosis.org/naghamm/origin-Barnstone.html</ref><ref group="私注">エロースと[[プシューケー]][[薔薇]]と関連づけられるところは「[[美女と野獣]]」に類似している。この場合は[[薔薇]]が世界樹の役割も果たしているようである。</ref>。
 
 
 
==== 「愛と心の物語」 ====
 
ヘレニズム時代になると、甘美な物語が語られるようになる。それが『愛と心の物語』である。地上の人間界で、王の末娘[[プシューケー]]が絶世の美女として噂になっていた。母アプロディーテーは美の女神としての誇りからこれを嫉妬し憎み、この娘が子孫を残さぬよう鉛の矢で撃つようにエロースに命じた。
 
  
 
だがエロースはプシューケーの寝顔の美しさに惑って撃ち損ない、ついには誤って金の矢で自身の足を傷つけてしまう。その時眼前に居たプシューケーに恋をしてしまうが、エロースは恥じて身を隠し、だが恋心は抑えられず、魔神に化けてプシューケーの両親の前に現れ、彼女を[[生贄]]として捧げるよう命じた。
 
だがエロースはプシューケーの寝顔の美しさに惑って撃ち損ない、ついには誤って金の矢で自身の足を傷つけてしまう。その時眼前に居たプシューケーに恋をしてしまうが、エロースは恥じて身を隠し、だが恋心は抑えられず、魔神に化けてプシューケーの両親の前に現れ、彼女を[[生贄]]として捧げるよう命じた。
  
晴れてプシューケーと同居したエロースだが、神であることを知られては禁忌に触れるため、'''暗闇でしか'''プシューケーに会おうとしなかった。姉たちに唆されたプシューケーが灯りをエロースに当てると、エロースは逃げ去ってしまった。
+
晴れてプシューケーと同居したエロースだが、神であることを知られては[[タブー|禁忌]]に触れるため、暗闇でしかプシューケーに会おうとしなかった。姉たちに唆されたプシューケーが灯りをエロースに当てると、エロースは逃げ去ってしまった。
  
エロースの端正な顔と美しい姿を見てプシューケーも恋に陥り、人間でありながら姑アプロディーテーの出す難題を解くため[[冥界]]に行ったりなどして、ついにエロースと再会する。この話は、アプレイウスが『黄金の驢馬』のなかに記した挿入譚で、「愛と心」の関係を象徴的に神話にしたものである。プシューケーとはギリシア語で、「心・魂」の意味である。
+
エロースの端正な顔と美しい姿を見てプシューケーも恋に陥り、人間でありながら姑アプロディーテーの出す難題を解くため[[冥界]]に行ったりなどして、ついにエロースと再会する。この話は、[[アプレイウス]]が『黄金の驢馬』のなかに記した挿入譚で、「愛と心」の関係を象徴的に神話にしたものである。プシューケーとはギリシア語で、「心・魂」の意味である。
  
 
プシューケーとの間にはウォルプタース(ラテン語で「喜び」、「悦楽」の意。古典ギリシア語ではヘードネー)と言う名の女神が生まれた。
 
プシューケーとの間にはウォルプタース(ラテン語で「喜び」、「悦楽」の意。古典ギリシア語ではヘードネー)と言う名の女神が生まれた。
  
=== ディオニューソス関連(ディオニューシアカ) ===
+
== 参考書籍 ==
[[ディオニューソス]]関連の神話には、エロースが2回登場する。 1つ目は、エロースが若い羊飼いのヒムヌスを美しいナイアスのニカイアに恋させるというもの。ニカイアはヒムヌスの愛情に応えることはなく、自暴自棄になった彼は彼女に自分を殺してくれるよう頼んだ。彼女は彼の願いを叶えたが、ニカイアの行動に嫌気が差したエロースは、ディオニューソスに恋の矢を放って彼女に恋させた。ニカイアがディオニューソスを拒絶したため、ディオニューソスは彼女が飲んでいた泉に葡萄酒を満たした。ニカイアが酔いつぶれ、休息したところを、ディオニューソスが無理矢理襲った。その後、ニカイアは復讐のためにディオニューソスを探し求めたが、結局見つからなかった<ref>Nonnus, ''Dionysiaca'' [https://archive.org/details/dionysiaca01nonnuoft/page/516/mode/2up?view=theater 15.202][https://archive.org/details/dionysiaca02nonnuoft/page/28/mode/2up?view=theater 16.383]</ref>。また、アルテミスの乙女ニンフの一人アウラは、アルテミスの官能的で豊かな姿に対して、処女の体を持っていることで自分の女主人より優れていると自慢し、アルテミスの処女性を疑わせた。怒ったアルテミスは、復讐と報復の女神ネメシスに仇討ちを依頼し、ネメシスはエロースに命じてディオニューソスをアウラに恋させた。その後、ディオニューソスはアウラを酔わせ、レイプするというニカイア神話と同じような物語が続く<ref>Nonnus, ''Dionysiaca'' [https://archive.org/stream/dionysiaca03nonnuoft#page/442/mode/2up 48.936]–[https://archive.org/stream/dionysiaca03nonnuoft#page/490/mode/2up 992]</ref>。
+
* [[ヘシオドス]]『神統記』[[廣川洋一]]訳、[[岩波文庫]](1984年)
 
+
* [[アプレイウス]]『愛と心の物語』[[呉茂一]][[国原吉之助]]訳注、[[岩波書店]](2013年、『黄金の驢馬』の作中話として挿入されている)。
== 私的考察 ==
+
* 呉茂一『ギリシア神話 上巻』、[[新潮社]](1956年)
エロースは本来は始原的な神でありながら、次第にその地位が低下して「恋情を起こさせる弓矢」を用いて、どちらかといえば悪さをするような少年神へと変化した神と思われ、経緯が興味深い神といえる。エロースがプシュケーを[[人身御供|生贄]]に求めているように、本来は[[人身御供|生贄]]、特に「'''花嫁としての生贄'''」を求める上位の神だったことが窺える。日本神話には、[[高御産巣日神]]という始原神が[[天若日子]]という神に特殊な弓矢を与えて地上を平定させようとした、というエピソードがあるが、個人的には本来のエロースの姿が[[高御産巣日神]]であり、時代を経てその神としての地位が低下したものが[[天若日子]]であって、この2神がエロースの姿の全てを網羅しているように思う。弓矢が登場する神話は、[[羿]]神話のように「相手が神霊であっても、人に禍をもたらすものを倒すもの」と、[[ニムロド]]のように天に対して反逆の意を示すものに「天の側から天罰を与えるためのもの」の2種類が大きく分けて存在するように思うが、エロースの矢も「天から放たれる矢」に分類されるように思う。日本神話では、[[高御産巣日神]]が「木の神」でもあり、そこから作られた弓矢には特別な霊性が宿るとされたのであろう。エロースも同様に本来は「木の神」でもあり、彼の弓矢はエロースの霊性を顕現するためのものだったのが、時代が下るにつれて、エロースの権威が低下したので、縁むすび的な恋愛や性愛に関する弓矢に性質が特化されるようになったものと思われる。
+
* [[高津春繁]]『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)
 
+
* [[松村一男]]監修『知っておきたい 世界と日本の神々』、[[西東社]](2007年)
そのためか、アフロディーテ、アルテミスの神話、ディオニューシアカを見ても、エロースの矢は「人々の恋愛成就のため」の矢というよりは、通常では起きえないような異質な恋情を引き起こし、関係者の立場を悪くするような、一種の「天罰」としての性質が強いように思う。おそらく、エロースの神話は[[ニムロド]]型の神話が独自の形で変化し発展したものであろう。また、「エロースの矢」は、それに当たっても人は死ぬことはないが、そのために起きた恋情には「欲望」が強く伴っており、射られたものは恋愛に誠実さを示すのではなく、自らの欲望をかなえることを優先するようである。このように、「エロースの矢」には、標的とされた人間の運命を変えてしまうような、いわば「トリックスター」的な面があるように思う。子音構成からいっても、エロースは北欧神話のロキと関連する神なのではないだろうか。類似した子音構成としては、ガリア神話の[[エスス]]、ゲルマン神話の[[エオステレ]]等がいる。おそらくこれらの神々の起源は[[紅山文化]]にあるのであり、彼らの前身は[[紅山文化]]の太陽女神であって兎子(Tùzǐ)ではないかと思う。[[紅山文化]]では太陽女神の[[玉兎]]は木に吊されて祀られた、とされており、これは[[エスス]]の[[人身御供]]と共通する思想のように思う。[[エオステレ]]は春の女神でもあり、兎の女神でもある。また、兎に関する神話では、特に男性神の場合、「賢い神(悪賢い神)」「叡智の神」といった、良くない性質での賢さを示す神で現されることが多いように感じる。その性質は北欧神話のロキとも共通する。「エロースの矢」が性的な欲望を見境なく惹起する点は、兎が春の性的欲望と多産の神とされたことと関連すると考える。
 
 
 
特に[[ディオニューソス]]が関連するものは、酒による酩酊の上でのレイプという側面が強いようである。[[ディオニューソス]]は明確な植物神であり、狂乱を伴って、残虐なやり方で生贄を求める明確な神話がある神である。[[ディオニューソス]]自身が酒による酩酊で人を操る存在だが、ディオニューシアカではその[[ディオニューソス]]を非日常的な狂乱へ導くスイッチのような役割をエロースが担う。そして、おそらく「生贄を酒で酩酊させてレイプする」とは、メソポタミア神話のエンリルとニンリルの神話のように、「花嫁としての生贄」の神話が変化したものと思われる。エンリルは冥界でニンリルを騙して交わい子供を生ませるが、ディオニューシアカではそれが「酔いによる酩酊」へと書き換えられているように思う。全体から見れば、「男性形の植物神が再生のために妻という名前の[[人身御供|生贄]]を求める神話」で[[人身御供|生贄]]を求める側の男性神がエロースと[[ディオニューソス]]で二重に分けられた物語といえる。また、[[ディオニューソス]]の機能を'''影で操る'''存在としてエロースが存在している、という点が興味深い。日本神話と比較すれば、[[高御産巣日神]]が[[天若日子]]の機能を調節しているのであり、調節がうまく果たされなければ下位の[[天若日子]]が罰を受けて死ぬことになる。[[ディオニューソス]]も[[天若日子]]も、死にたくなければ上位の神の「調節」に従うしかないのである。本来、権威ある始原神であったエロースの姿が窺える神話である。例えば「レイプされるニンフ」が元は下位の女神ではなく、各地方の「太母」であったとするならば、エロースと[[ディオニューソス]]の仕事は、まさに太母の権威を低下させて殺し、支配し征服する神話の変形ともいえると考える。
 
 
 
類話として、フランスの民話「[[美女と野獣]]」があるが、[[美女と野獣]]の「野獣」と比較すれば、エロースの方が植物神としての性質が弱められ、その分女神の能力による再生を必要としない「絶対的」な存在と考える。[[美女と野獣]]の方が、古くからの母系の伝統的な「再生を司どる女神」の性質が多く含まれているように感じる。エロースそのものは、当初は絶対的な始原神で、しかも男性の友愛を強調した父系的な神であったものが、ギリシア神話に取り込まれて、母系的な要素と習合する中で、太母的な女神アプロディーテの子神とされ、その神話が更にガリア方面に伝播すると、より母系色の強い思想に取り込まれて、「[[美女と野獣]]」へと変化したものかと思う。
 
 
 
== 参考文献 ==
 
* Wikipedia:[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9 エロース](最終閲覧日:22-12-13)
 
** ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫(1984年)
 
** アプレイウス『愛と心の物語』呉茂一・国原吉之助訳注、岩波書店(2013年、『黄金の驢馬』の作中話として挿入されている)。
 
** 呉茂一『ギリシア神話 上巻』、新潮社(1956年)
 
** 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)
 
** 松村一男監修『知っておきたい 世界と日本の神々』、西東社(2007年)
 
* Wikipedia:[https://en.wikipedia.org/wiki/Eros Eros](最終閲覧日:22-12-20)
 
** Aristophanes, ''Birds''. ''The Complete Greek Drama.'' ''vol. 2''. Eugene O'Neill, Jr. New York. Random House. 1938. [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0026 Online version at the Perseus Digital Library.]
 
** Aristophanes, ''Aristophanes Comoediae'' edited by F.W. Hall and W.M. Geldart, vol. 2. F.W. Hall and W.M. Geldart. Oxford. Clarendon Press, Oxford. 1907. [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0025 Greek text available at the Perseus Digital Library].
 
** Caldwell, Richard, ''Hesiod's Theogony'', Focus Publishing/R. Pullins Company (June 1, 1987). ISBN, 978-0-941051-00-2.
 
** "Eros." ''Cassells's Encyclopedia of Queer Myth, Symbol and Spirit Gay, Lesbian, Bisexual and Transgender Lore'', 1997.
 
** Gantz, Timothy, ''Early Greek Myth: A Guide to Literary and Artistic Sources'', Johns Hopkins University Press, 1996, Two volumes: ISBN, 978-0-8018-5360-9(Vol. 1), ISBN|978-0-8018-5362-3 (Vol. 2).
 
** Hard, Robin, ''The Routledge Handbook of Greek Mythology: Based on H.J. Rose's "Handbook of Greek Mythology"'', Psychology Press, 2004, ISBN, 9780415186360. [https://books.google.com/books?id=r1Y3xZWVlnIC&printsec=frontcover Google Books].
 
** Hesiod, ''Theogony'', in ''The Homeric Hymns and Homerica with an English Translation by Hugh G. Evelyn-White'', Cambridge, Massachusetts, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1914. [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0130%3Acard%3D1 Online version at the Perseus Digital Library].
 
** Smith, William; ''Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology'', London (1873). [https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.04.0104%3Aalphabetic+letter%3DE%3Aentry+group%3D6%3Aentry%3Deros-bio-1 "Eros"]
 
** Nonnus, ''Dionysiaca''; translated by [[W. H. D. Rouse|Rouse, W H D]], I Books I-XV. Loeb Classical Library No. 344, Cambridge, Massachusetts, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1940. [https://archive.org/stream/dionysiaca01nonnuoft#page/n7/mode/2up Internet Archive]
 
** Nonnus, ''Dionysiaca''; translated by Rouse, W H D, II Books XVI-XXXV. Loeb Classical Library No. 345, Cambridge, Massachusetts, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1940. [https://archive.org/stream/dionysiaca01nonnuoft#page/n7/mode/2up Internet Archive]
 
** Nonnus, ''Dionysiaca''; translated by Rouse, W H D, III Books XXXVI-XLVIII. Loeb Classical Library No. 346, Cambridge, Massachusetts, Harvard University Press; London, William Heinemann Ltd. 1940. [https://archive.org/stream/dionysiaca03nonnuoft#page/n5/mode/2up Internet Archive].
 
** The Greek Anthology. with an English Translation by. W. R. Paton. London. William Heinemann Ltd. 1916. 1. [https://topostext.org/work/532 Full text available at topostext.org].
 
 
 
== 外部リンク ==
 
* [https://iconographic.warburg.sas.ac.uk/vpc/VPC_search/subcats.php?cat_1=5&cat_2=167 Warburg Institute Iconographic Database - Amor]
 
* [https://www.theoi.com/Protogenos/Eros.html EROS (PRIMORDIAL) from The Theoi Project]
 
* [https://www.theoi.com/Ouranios/Eros.html EROS (OLYMPIAN) from The Theoi Project]
 
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
* [[美女と野獣]]
 
* [[プシューケー]]
 
 
* [[アプロディーテー]]
 
* [[アプロディーテー]]
 
* [[カーマ (ヒンドゥー教)]] - エロースと同じく、矢で射たものに恋情を引き起こす愛の神。
 
* [[カーマ (ヒンドゥー教)]] - エロースと同じく、矢で射たものに恋情を引き起こす愛の神。
* [[オェングス]]:ケルト神話のエロース。
 
* [[イユンクス]]:エロースと関連すると思われる愛の神。
 
* パネース:オルペウス教の始原神。
 
 
== 私的注釈 ==
 
<references group="私注"/>
 
  
 
== 参照 ==
 
== 参照 ==
142行目: 46行目:
 
[[Category:松明]]
 
[[Category:松明]]
 
[[Category:類星神]]
 
[[Category:類星神]]
[[Category:闇の神]]
 
[[Category:イルカ]]
 
[[Category:雄鶏]]
 
[[Category:薔薇]]
 
[[Category:類兎]]
 

Bellis Wiki3への投稿はすべて、他の投稿者によって編集、変更、除去される場合があります。 自分が書いたものが他の人に容赦なく編集されるのを望まない場合は、ここに投稿しないでください。
また、投稿するのは、自分で書いたものか、パブリック ドメインまたはそれに類するフリーな資料からの複製であることを約束してください(詳細はBellis Wiki3:著作権を参照)。 著作権保護されている作品は、許諾なしに投稿しないでください!

取り消し 編集の仕方 (新しいウィンドウで開きます)