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ページの作成:「'''ヘカテー'''('''Ἑκάτη''', ''Hekátē'')は、ギリシア神話の女神である。'''ヘカテイア'''とも呼ばれる<ref>セルジュ・ユタン,…」
'''ヘカテー'''('''Ἑκάτη''', ''Hekátē'')は、ギリシア神話の女神である。'''ヘカテイア'''とも呼ばれる<ref>セルジュ・ユタン, 2017, p36</ref>。日本では長音を省略して'''ヘカテ'''とも表記される<ref name="グラント">『ギリシア・ローマ神話事典』(グラント & ヘイゼル)454頁。</ref>。

「ヘカテー」は、古代ギリシア語で太陽神[[アポローン]]の別名であるヘカトス({{翻字併記|grc|Ἑκατός|Hekatós|N}}「遠くにまで力の及ぶ者」、または「遠くへ矢を射る者」。陽光の比喩)の女性形であるとも、古代ギリシア語で「意思」を意味するとも([[ヘーシオドス]]の用法より)言われている<ref>Hesiod's Cosmos, p. 135.</ref>。また、[[エジプト神話]]の多産・復活の女神[[ヘケト]]に由来するとも言われている<ref>倉本四郎『妖怪の肖像 稲生武太夫冒険絵巻』([[平凡社]]、[[2000年]]([[平成]]12年))、335頁。</ref><ref>[[田中純 (思想史学者)|田中純]]『都市の詩学 場所の記憶と徴候』([[東京大学出版会]]、[[2007年]](平成19年))、176頁。</ref>。

「死の女神」、「女魔術師の保護者」、「霊の先導者」、「ラミアーの母」、「死者達の王女」、「無敵の女王」等の別名で呼ばれた<ref>『[[#魔法事典|魔法事典]]』244頁。</ref><ref name="guilland">『[[#ギリシア神話(参考文献)|ギリシア神話]]』(ギラン)254頁。</ref>。「[[ソテル|ソーテイラー]](救世主)」の称号でも呼ばれる<ref>{{Cite journal|last=Jim|first=Suk Fong|title=Can Soteira be named?: the Problem of the Bare Trans-Divine Epithet|journal=Zeitschrift für Papyrologie und Epigraphik|year=2015|volume=195|page=p. 2}}</ref><ref>{{Cite book|last=Mueller|first=Mark|title=Hypsistos Cults in the Greek World During the Roman Imperium (Doctoral dissertation)|year=2014|page=52}}</ref>。また、[[江戸時代]][[日本]]の文献では「ヘカッテ」と表記された<ref name=西洋雑記>{{Cite book|和書|author=山村才助|authorlink=山村才助|year=1848|title=西洋雑記|volume=巻2|publisher=文苑閣|page=15|url=http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko11/bunko11_a1834/bunko11_a1834_0002/bunko11_a1834_0002.pdf#page=18}}</ref>。

[[古代ローマ]]においては'''[[トリウィア]]'''({{lang|la|Trivia}}、「十字路の」の意)という形容語を付けて呼ばれた<ref>『[[#ギリシア・ローマ神話事典(参考文献)|ギリシア・ローマ神話事典]]』(グラント & ヘイゼル)376頁。</ref>。

[[トリカブト]]や[[イヌ|犬]]、[[オオカミ|狼]]、[[牝馬]]、[[ヘビ|蛇]](不死の象徴)<ref name="世界の神話伝説図鑑">『[[#世界の神話伝説図鑑|世界の神話伝説図鑑]]』41頁。</ref>、[[松明]](月光の象徴)<ref name="世界の神話伝説図鑑" />、[[ナイフ]](助産術の象徴)<ref name="世界の神話伝説図鑑" />、窪みのある[[天然石|自然石]]<ref name="Y">『悠久なる魔術』152頁。</ref>等がヘカテーの象徴とされる。

== 古代ギリシア以前 ==
元は[[アナトリア半島]]の[[カリア|カーリア]]や<ref name="グラント" />、[[トラキア|トラーキア]]で信仰された女神で、それらを通じてギリシアに入ってきたと考えられている<ref name="ギラン">『[[#ギリシア神話(参考文献)|ギリシア神話]]』(ギラン)253頁。</ref>。

== 古代ギリシア ==
[[ファイル:Hecate Chiaramonti Inv1922.jpg|thumb|190px|3面3体の姿をしたヘカテーの像([[バチカン美術館|キアラモンティ美術館]]所蔵)]]
[[ペルセース]]と[[アステリアー]]の娘で(そのため、「ペルセースの娘」を意味する「ペルセーイス」とも呼ばれる<ref name="ギリシア・ローマ神話辞典">『[[#ギリシア・ローマ神話辞典|ギリシア・ローマ神話辞典]]』(高津春繁)227頁。</ref>)[[ティーターン]]神族の血族に属する(他にも[[コイオス]]と[[ポイベー]]、[[ゼウス]]や[[デーメーテール]]の娘という説もある)。[[狩猟|狩り]]と[[月]]の女神[[アルテミス]]の従姉妹。月と[[魔術]]、豊穣、幻や幽霊<ref>[[エウリピデス]]『エウリピデス全作品集 II』([[内山敬二郎]]訳、[[グーテンベルク21]]、[[2014年]](平成26年))。</ref>、夜と暗闇<ref>[[澁澤龍彦]]『澁澤龍彥全集』第2巻([[河出書房新社]]、[[1993年]](平成5年))、517頁。</ref>、浄めと贖罪<ref name="guilland" />、出産<ref name="世界の神話伝説図鑑" />を司るとされる。冥府神の一柱であり、その地位は[[ハーデース]]、[[ペルセポネー]]に次ぐと言われる<ref>『地獄』141頁。</ref>。

ヘーシオドスの『[[神統記]]』{{efn|ヘーシオドスの叙事詩{{sfn|橋本隆夫|2017|p=「『神統記』」}}。[[ホメーロス]]の[[ヒーロー|英雄]][[叙事詩]]で断片的・個別的に歌われていた個々の[[神話]]・[[伝説]]を、『神統記』は神々・世界・人間の[[歴史]]という観点から整理統一し、巨大な[[世界観]]を示している{{sfn|橋本隆夫|2017|p=「『神統記』」}}。「後世のギリシャの神話体系が『神統記』の枠を超えることができなかった点からも、この作品のもつ意義はきわめて大きいといわざるを得ない」とされている{{sfn|橋本隆夫|2017|p=「『神統記』」}}。この作品の主題は神々や神霊に加え、[[海]]・[[山]]・[[天]]・[[星]]辰(せいしん)、さらに[[苦痛]]・労苦・[[飢餓]]・[[争い]]等、人間に強く影響する無数の神々の[[発祥|起源]]と[[系譜]]を(つまり[[宇宙]]の始原から[[社会秩序|秩序]][[世界]]成立の全過程を)歌い、語り、説き明かすことだった{{sfn|廣川洋一|2017|p=「神統記」}}。この作品は神々の生成論(テオゴニアー)であり、宇宙生成論(コスモゴニアー)としての一面をも持ち、後の[[ギリシア哲学]]の形成においても重要である{{sfn|廣川洋一|2017|p=「神統記」}}。また詩人の独創的思索力と同時に、「古代東方思想の影響も多い」とされている{{sfn|廣川洋一|2017|p=「神統記」}}。}}では、ゼウスによって[[海|海洋]]、[[地上]]、[[天界]]で自由に活動できる権能を与えられているとされ、[[人間]]にあらゆる分野での成功を与え<ref name="ギリシア・ローマ神話辞典" />、神々に祈る際には先にヘカテーに祈りを捧げておけば御利益が増すとまで書かれており、絶賛されている。これはヘーシオドスの故郷である[[ボイオーティア]]において、ヘカテーの信仰が盛んであったためと考えられている<ref name="グラント" />。そして、ヘカテーは[[ホメーロス]]の著作には一切登場しない<ref name="グラント" />。

同じ[[地母神]]にして冥府神でもあるペルセポネーやデーメーテールとの関係からか、ハーデースによるペルセポネー誘拐の話に登場し、デーメーテールにハーデースがペルセポネーを連れ去ったことを伝えている(ここでは同じくペルセポネーの行方を尋ねられた太陽神[[ヘーリオス]]と対になっており、ヘカテーの月の女神としての性格が強調されているとも言える<ref name="ギラン" />)。また、[[ヘーラクレース]]誕生の際に[[トカゲ]](または[[イタチ]])に変えられてしまった[[ガランティス]]を憐れみ、自分の召使の聖獣としている<ref>『[[#ギリシア・ローマ神話辞典|ギリシア・ローマ神話辞典]]』(高津春繁)102頁。</ref>。さらに[[ギガントマキアー]]にも参加しており、[[ギガース]]の1人[[クリュティオス]]を[[たいまつ|松明]]で倒している<ref group="注釈">ギガントマキアー自体は数多くの神々が参加した総力戦だったが、実際にギガースの1人を倒しているのは[[オリュンポス十二神|オリュムポス十二神]]の神々以外ではヘカテーと[[モイラ (ギリシア神話)|モイライ]]のみであり、ここでも別格の扱いを受けている。</ref>。[[アルゴナウタイ]](アルゴナウテースたち)の物語では、[[コルキス]](現在の[[ジョージア (国)|ジョージア]]西部)の守護神とされ、王女[[メーデイア]]にあつく信奉されており、メーデイアと[[イアーソーン]]はヘカテーを呼び出してその助力により魔術を行っている。『[[変身物語]]』では[[キルケー]]が[[ピークス]]の従者達を動物に変えた際に、ヘカテーに祈願して魔術を行っている<ref>[[オウィディウス]]『変身物語(下)』[[中村善也]]訳、[[岩波書店]]2009年、271頁。</ref>。ヘーシオドスの『{{仮リンク|名婦列伝|en|Catalogue of Women|label=名婦列伝}}』では、[[イーピゲネイア]]が生贄として殺されようとした際にアルテミスに救い出されて神となり、ヘカテーと同一になったとされている<ref>『[[#ヘシオドス 全作品|ヘシオドス 全作品]]』261頁。</ref><ref>『[[#ギリシア・ローマ神話辞典|ギリシア・ローマ神話辞典]]』([[高津春繁]])54頁。</ref>。

後代には、3つの体を持ち、松明を持って地獄の犬を連れており、夜の十字路や三叉路に現れると考えられるようになった<ref name="ギリシア・ローマ神話辞典" /><ref name="guilland" />。十字路や三叉路のような交差点は神々や精霊が訪れる特殊な場所だと考えられ、古代人は交差点で集会を開き神々を傍聴人とした<ref name="堕天使">『[[#堕天使(参考文献)|堕天使]]』116頁。</ref>。中世においても交差点のそばに犯罪者や自殺者を埋葬している<ref name="堕天使" />。また、この3つの体を持つ姿はヘカテーの力が天上、地上、地下の三世界に及ぶことや、新月、半月、満月(または上弦、満月、下弦)という月の三相、または[[処女]]、[[婦人]]、[[おばあさん|老婆]]という[[女性]]の三相や、[[過去]]、[[現在]]、[[未来]]という時の三相を表している。新月や闇夜の側面はヘカテーが代表することが多かった<ref>『[[#図解 ギリシア神話|図解 ギリシア神話]]』97頁。</ref>。また、月と関連づけられたヘカテーの三相一体の具現形態は、天界では「月神」の[[セレーネー]]、地上では「女狩人」のアルテミス、冥界では「破壊者」のペルセポネーだった<ref>『[[#神話・伝承事典|神話・伝承事典]]』303頁。</ref>。また、貞節な[[ディアーナ]]であると同時に、冥界の地獄の側面を表象するヘカテーであるという二元性を表すとも考えられた<ref>青井紀子『源氏物語・後の思い』([[武蔵野書院]]、2000年(平成12年))、332頁。</ref>。[[カール・ケレーニイ]]はヘカテーの三形態は、母神デーメーテール、少女神コレー・ペルセポネー、冥界の月神ヘカテーを意味し、少女神を囲む二柱の母神を表すものであると述べている<ref>[[秋山さと子]]『母と子の深層』([[青土社]]、[[1990年]](平成2年))、43頁。</ref>。古典後期になると亡霊の女王としてあらゆる[[魑魅魍魎]]を操る、恐ろしい物凄い形相の女神と考えられた<ref>[[呉茂一]]『ギリシア神話』([[新潮社]]、[[1994年]](平成6年))、348頁。</ref>。

三つ辻に道の三方向を向いた3面3体の像が立てられ、毎月末に卵、黒い仔犬、黒い牝の仔羊、幼女、魚、玉葱、蜂蜜といった供物が供えられ、貧民の食とする習慣があった<ref name="ギリシア・ローマ神話辞典" /><ref name="ヴァンパイア">『ヴァンパイア 吸血鬼伝説の系譜』184頁。</ref><ref name="堕天使" />(通常神への生贄とする動物は肌が白いものが良いとされたが、ハーデース等の冥界神へは黒い動物が捧げられた<ref>『マンガ ギリシア神話5』154頁。</ref>)。また、供物として家の戸口に鶏の心臓と蜂蜜入りの菓子を供える習慣もあった。さらに[[ヘルメース]]と同じく[[道祖神]]のように道に祀られたヘカテーの像は、旅人によって旅の安全を祈願された。出産を司る女神でもあるため、陣痛の痛みを和らげるために祈られることもあった<ref name="世界の神話伝説図鑑" />。また、[[テッサリア]]ではヘカテーを崇拝する女魔術師たちが変身用の軟膏([[媚薬#散薬、塗布薬など|魔女の軟膏]])を作り、ハエや鳥に変身して空を飛んだといわれる<ref>『[[#魔法事典|魔法事典]]』245頁。</ref>。

眷属として、女神[[エリーニュス]]たち<ref>『[[#ビジュアル選書 ギリシャ神話|ビジュアル選書 ギリシャ神話]]』44頁。</ref>、[[ランパス]]たち<ref>『[[#ギリシア合唱抒情詩集|ギリシア合唱抒情詩集 アルクマン他]]』46頁。</ref>や[[エンプーサ]]、[[モルモー]]といった魔物を従えている<ref name="ヴァンパイア" />。

夜と魔術、月の女神としてアルテミスやセレーネーと同一視、混同された<ref name="ギリシア・ローマ神話辞典" />。ペルセポネーと同一視される場合もある<ref>[[松村一男]]、[[森雅子 (神話学者)|森雅子]]、[[沖田瑞穂]] 編『世界女神大事典』([[原書房]]、2015年(平成27年))、320頁。</ref>。

== ヘレニズム・ローマ期 ==
=== 魔術パピルス文書 ===
[[ファイル:Hecate, Greek goddess of the crossroads by Stéphane Mallarmé.jpg|thumb|230px|ヘカテー・トリモルポス]]
ヘカテーは[[ヘレニズム]]末期エジプトの<ref>[[大貫隆]]・[[筒井賢治]]編訳 『新約聖書・ヘレニズム原典資料集』 (東京大学出版会、[[2013年]](平成25年))、186頁。</ref>『{{仮リンク|ギリシア語魔術パピルス|en|Greek Magical Papyri}}』(以下PGM){{efn|『ギリシア語魔術パピルス』 (''Papyri Graecae Magicae'', '''PGM''') とは、前2世紀から後5世紀頃までのエジプトの魔術パピュルス文書群を学者が命名したもの{{sfn|Betz|1996|p=xli}}。}}に頻出する神格の一人である{{sfn|Betz|1996|p=xlvi}}。{{仮リンク|ミシェル・タルデュー|fr|Michel Tardieu (historien)}}によれば、魔術パピルス文書のそこかしこに現れるヘカテーの背景には、女神に付随する象徴的意味の広がりや、他の神々と結びつけたり同一視する[[シンクレティズム]]の体系がある{{sfn|タルディユ|持田 (tr.)|2001|pp=770 - 771}}。そこではヘカテーは月の女神[[アルテミス]]や[[セレーネー]]、[[冥界|陰府]]の女神である[[ペルセポネー]]やバビロニアの[[エレシュキガル]]と同一視されている{{sfn|Betz|1996|p=xlvi}}。PGMの英訳を編纂した{{仮リンク|ハンス・ディーター・ベッツ|en|Hans Dieter Betz}}はこれに関して、PGMの表出するヘレニズム的シンクレティズムはそれまでのエジプトやギリシアの伝統宗教よりも冥府神を重視する傾向が顕著であると指摘している{{sfn|Betz|1996|p=xlvi}}。

PGMにおいても、古典期ギリシアの[[伝承]]と同様に「三形態のヘカテー」(ヘカテー・トリモルポス)は[[交差点|道の交わるところ]]の女神(ヘカテー・トリオディティス=三叉路のヘカテー<ref>[[呉茂一]] 『ギリシア神話 上』([[新潮社]]([[新潮文庫]])、1998年(平成10年))、186頁。</ref>)であり、道路の守護神であった{{sfn|タルディユ|持田 (tr.)|2001|p=770}}。古代の城市外の三岐路は魔術に適した場所と考えられており、そこは冥界の女神ヘカテーや[[コレー]]が夜に出そうなところであった{{sfn|Luck|2006|p=140}}。

=== 神働術 ===
『{{仮リンク|カルデア神託|en|Chaldean Oracles}}』{{efn|『カルデア神託』とは、後2世紀の「カルデア人ユリアノス」、もしくはその息子「神働術者ユリアノス」が神の啓示を記した神託集で、完本は失われているが他の著述家に引用された断片が残っている。これもヘレニズム的シンクレティズムの特徴を有しており、[[イアンブリコス]]や[[プロクロス]]といった[[新プラトン主義|新プラトン主義者]]らによって聖なる書として重んじられた<ref>[[伊藤博明]]「ルネサンスの呪力魔術」『ルネサンスの知の饗宴』 ([[佐藤三夫]]編、[[東信堂]]、[[1994年]](平成6年))、70頁。</ref>。}}においては、ヘカテーは[[世界霊魂]]であり、父と知性を媒介する「力」(デュナミス)としての女性原理である<ref>{{cite book|和書|author=堀江聡|authorlink=堀江聡 |others=新プラトン主義協会編、水地宗明監修 |year=1998 |title=ネオプラトニカ: 新プラトン主義の影響史 |chapter=『カルデア神託』と神働術 |page=104}}</ref>。

後4世紀のローマ皇帝[[フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス|ユリアヌス]]は、カルデアの神学と[[テウルギア|神働術]]を取り入れたイアンブリコス派新プラトン主義の影響を受け、神働術のヘカテーに捧げた『神々の母への賛歌』を著した<ref>[[中西恭子]]『ユリアヌスの信仰世界』慶應義塾大学出版会、[[2016年]](平成28年)、20頁。</ref>。ユリアヌスは「神々の母」としての神働術のヘカテー、即ち冥界と地上を結ぶ女神を、ローマ帝国の各地で信仰されていたさまざまな月の女神や地母神と同一視した<ref>[[中西恭子]]『ユリアヌスの信仰世界』([[慶應義塾大学出版会]]、2016年(平成28年))、208頁。</ref>。後5世紀アテナイの新プラトン主義者プロクロスは、かれの後継者マリノスの『プロクロス、あるいは幸福について』(通称『プロクロス伝』)によれば、ヘカテーの光り輝く姿を幻視したという<ref>E. R. ドッズ 『ギリシァ人と非理性』([[岩田靖夫]]、[[水野一 (哲学者)|水野一]]訳、[[みすず書房]]、[[1972年]]([[昭和]]47年))、367頁。</ref><ref>[[堀江聡]]・西村洋平「プロクロス」・『新プラトン主義を学ぶ人のために』([[水地宗明]]・[[山口義久]]・[[堀江聡]]編、[[世界思想社]]、[[2014年]](平成26年))、194頁。</ref>。

タルデューの論述によれば、これら『カルデア神託』の註釈を書いたと伝えられる新プラトン主義者たちの受け継いだヘカテー観は、魔術パピルス文書のあらわすシンクレティズムから汲み上げられた養分によって肉付けされているという{{sfn|タルディユ|持田 (tr.)|2001|p=771}}。

=== グノーシス文書 ===
後期[[グノーシス主義]]の一文書として知られるアスキュー写本、通称『{{仮リンク|ピスティス・ソフィア|en|Pistis Sophia}}』にもヘカテーの名が登場する。それによると、ヘカテーはヘイマルメネー(星辰による運命)を定める黄道十二宮の天球の下にある中間界を支配する360人の頭領たちを統率すべく[[デミウルゴス#グノーシス主義|イェウー]]によって任命された5人の[[アルコーン (グノーシス主義)|アルコーン]]の一人である{{sfn|タルディユ|持田 (tr.)|2001|p=770}}。同書の悪霊論においてアルコーンの(2番目の{{efn|同書137-138章ではクロノスから始まるアルコーンの五つ組、139-140章ではパラプレークスから始まるアルコーンの五つ組についての言及があり、ヘカテーは後者に属する (G. R. S. Mead英訳 ''[http://www.bibliotecapleyades.net/mistic/pistis_sophia/ps000.htm Pistis Sophia]'' 参照)。}})五つ組の第3位を占めるヘカテーは、3つの顔を有し、その配下には27人の悪霊がいる{{sfn|タルディユ|持田 (tr.)|2001|p=770}}。

== 中世以降 ==
[[ファイル:Maxmilián Pirner - HEKATE (1901).jpg|thumb|230px|{{仮リンク|マクシミリアン・ピルナー|en|Maximilian Pirner}}の[[1901年]]の絵画『ヘカテー』。[[個人]]蔵。]]
[[ファイル:Hecate (Detail of Gustave Moreau's Jupiter and Semele).jpg|thumb|230px|[[ギュスターヴ・モロー]]の1894年 - 1895年頃の絵画『[[ユーピテル|ユピテル]]と[[セメレー|セメレ]]』に描かれたヘカテー(左下の細部)。[[ギュスターヴ・モロー美術館]]所蔵。]]
[[中世]]においては魔術の女神として[[魔女]]と関連付けられた<ref name="Y" />。

また、[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]によって書かれた[[戯曲]]『[[マクベス (シェイクスピア)|マクベス]]』に登場するヘカテーは、マクベスに予言を行った3人の魔女たちの支配者として描かれている<ref>『[[#シェイクスピア選集|研究社 シェイクスピア選集7 マクベス]]』124頁。</ref>。

[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]による『[[ファウスト 第二部|ファウスト]]』の中では、ディアーナ、[[ルーナ]]、ヘカテーという三つの名と姿を持つ女神として言及されている<ref>ゲーテ『ファウスト』([[小西悟]]/訳、[[大月書店]]、[[1998年]](平成10年))、293頁。</ref>。

そして、[[現在]]では[[ウイッカ]]の実践者たちの間で信仰されている<ref>『[[#実践 悪魔学入門|実践 悪魔学入門]]』105頁。</ref>。

== 日本への紹介 ==
[[江戸時代]]の地理学者[[山村才助]]が著した『西洋雑記』では、「ヘカッテ(ヘカテー)」についての言及がある<ref name=西洋雑記/>。
{{quotation|{{Interp|中略}}歳星の女を「[[ディアーナ|ヂアナ]]」といふ。世に是を猟神と称す。此神神通廣大にして。一體三名あり。天に在りては「[[ルーナ|マーン]]」(月輪を云)と現じ。世界にありてハ「ヂアナ」と称し。地獄にありてハ「ヘカッテ」と號す。<ref name=西洋雑記/>}}

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|25em}}

== 参考文献 ==
=== 日本語文献 ===
<!-- この節には、記事本文の編集時に実際に参考にした書籍等のみを記載して下さい。
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* {{Cite book |和書 |author=フィリップ・ウィルキンソン |title=世界の神話伝説図鑑 |publisher=[[原書房]] |date=2013年 |isbn= |ref=世界の神話伝説図鑑 }}
* {{Cite book |和書 |author=バーバラ・ウォーカー|authorlink=バーバラ・ウォーカー |title=神話・伝承事典 失われた女神たちの復権 |publisher=[[大修館書店]] |date=1988年 |isbn= |ref=神話・伝承事典 }}
* {{Cite book |和書 |author=大場建治|authorlink=大場建治 |title=研究社 シェイクスピア選集 7 マクベス |publisher=[[研究社]] |date=2004年 |isbn= |ref=シェイクスピア選集 }}
* {{Cite book |和書 |author=フェリックス・ギラン |title=ギリシア神話 |publisher=[[青土社]] |edition=新装版 |date=1991年 |isbn= |ref=ギリシア神話(参考文献) }}
* {{Cite book |和書 |author=草野巧|authorlink=草野巧 |title=地獄 |publisher=新紀元社 |date=1995年 |isbn= |ref= }}
* {{Cite book |和書 |author=楠瀬啓 |title=実践 悪魔学入門 |publisher=[[二見書房]] |date=1998年 |isbn= |ref=実践 悪魔学入門 }}
* {{Cite book |和書 |author=マイケル・グラント |author2=ジョン・ヘイゼル |title=ギリシア・ローマ神話事典 |publisher=[[大修館書店]] |date=1988年 |isbn= |ref=ギリシア・ローマ神話事典(参考文献) }}
* {{Cite book |和書 |author=里中満智子|authorlink=里中満智子 |title=マンガ ギリシア神話5 英雄ヘラクレス伝説 |publisher=[[中央公論新社]] |date=2000年 |isbn= |ref= }}
* {{Cite book |和書 |author=高津春繁|authorlink=高津春繁 |title=ギリシア・ローマ神話辞典 |publisher=[[岩波書店]] |date=1960年 |isbn= |ref=ギリシア・ローマ神話辞典 }}
* {{Cite book |和書 |translator=[[丹下和彦]]|title=ギリシア合唱抒情詩集 アルクマン他 |publisher=[[京都大学学術出版会]] |date=2002年 |isbn= |ref=ギリシア合唱抒情詩集 }}
* {{Cite book |和書 |translator=[[中務哲郎]] |title=ヘシオドス 全作品 |publisher=京都大学学術出版会 |date=2013年 |isbn= |ref=ヘシオドス 全作品 }}
* {{Cite book|和書|author=橋本隆夫|authorlink=橋本隆夫|chapter=神統記|title=デジタル版 集英社世界文学大事典|publisher=JapanKnowledge|year=2017|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|author=廣川洋一|authorlink=廣川洋一|chapter=神統記|title=日本大百科全書(ニッポニカ)|publisher=JapanKnowledge|year=2017|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|author=ミシェル・タルディユ(持田明子訳) |others=イヴ・ボンヌフォワ編|translator=金光仁三郎ほか|year=2001|title=世界神話大事典:Dictionnaire des Mythologies|chapter=ヘカテ ギリシアの秘教 |publisher=大修館書店|isbn=978-4469012651|ref={{SfnRef|タルディユ|持田 (tr.)|2001}}}}
* {{Cite book |和書 |author=松島道也|authorlink=松島道也 |title=図説ギリシア神話 【神々の世界】篇 |publisher=[[河出書房新社]] |date=2001年 |isbn= |ref= }}<!-- 2011年11月17日 (木) 05:11 (UTC) -->
* {{Cite book |和書 |author=松村一男監修|authorlink=松村一男 |title=図解 ギリシア神話 |publisher=[[西東社]] |date=2011年 |series=歴史がおもしろいシリーズ! |isbn=978-4-7916-1817-0 |ref=図解 ギリシア神話 }}
* {{Cite book |和書 |author=真野隆也|authorlink=真野隆也 |title=悠久なる魔術 |publisher=新紀元社 |date=1990年 |isbn= |ref= }}
* {{Cite book |和書 |author=真野隆也 |title=堕天使 悪魔たちのプロフィール |publisher=新紀元社 |date=1995年 |isbn= |ref=堕天使(参考文献) }}
* {{Cite book |和書 |author=森野たくみ|authorlink=森野たくみ |title=ヴァンパイア 吸血鬼伝説の系譜 |publisher=新紀元社 |date=1997年 |isbn= |ref= }}
* {{Cite book|和書|author=山村才助|year=1848|title=西洋雑記|volume=巻2|publisher=文苑閣|url=http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko11/bunko11_a1834/bunko11_a1834_0002/bunko11_a1834_0002.pdf#page=18}}
* {{Cite book|和書|author=セルジュ・ユタン|translator=小関藤一郎|year=2017|title=[[文庫クセジュ]]199:秘密結社[改訂新版]|publisher=JapanKnowledge|ref=harv}}
* {{Cite book |和書 |others=[[山北篤]]監修 |title=魔法事典 |publisher=[[新紀元社]] |date=1998年 |isbn= |ref=魔法事典 }}
* {{Cite book |和書 |title=ビジュアル選書 ギリシャ神話 |publisher=[[新人物往来社]] |date=2010年 |isbn= |ref=ビジュアル選書 ギリシャ神話 }}

=== 非日本語文献 ===
* {{Cite book |last=Clay |first=Jenny Strauss |title=Hesiod's Cosmos |publisher=Cambridge University Press |locate=Cambridge |year=2003 |isbn=0521823927 |ref= }}
* {{Cite journal|last=Jim|first=Suk Fong|title=Can Soteira be Named?: the Problem of the Bare Trans-Divine Epithet|journal=Zeitschrift für Papyrologie und Epigraphik|year=2015|volume=195|pages=pp. 1-19}}
* {{Cite book|last=Mueller|first=Mark|title=Hypsistos Cults in the Greek World During the Roman Imperium (Doctoral dissertation)|year=2014}}
* {{Cite book|author=Hans Dieter Betz (ed.) |year=1996 |title=The Greek Magical Papyri in Translation, Including the Demotic Spells, Volume One: Texts |edition=Paperback |publisher=The University of Chicago Press |ref={{SfnRef|Betz|1996}}}}
* {{Cite book |last=Luck |first=Georg |year=2006 |title=Arcana Mundi - Magic and the Occult in the Greek and Roman World |publisher=The Johns Hopkins University Press |edition=2nd. |ref=harv}}

== 関連項目 ==
* [[PGM ヘカートII]]

{{DEFAULTSORT:へかてえ}}
[[Category:ギリシア神話]]
[[Category:夜の神]]
[[Category:月神]]
[[Category:死神]]
[[Category:豊穣神]]
[[Category:道祖神]]
[[Category:運命の神]]
[[Category:女神]]

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