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1,433 バイト追加 、 2022年6月28日 (火) 01:43
== 私的考察 ==
[[五十猛神]]になぞらえれば、'''武五百建命'''(たけいおたけ)は'''「タケ(木)」+「五百」+「タケ(木)」'''となり、「500本の木の神」となり「タケ」が2つ重ねられているので、'''「木の神」であることを強調している'''のではないか、と思う。あるいは「そ」音と「お」音に交通があると仮定すれば、[[五十猛神]]と武五百建命は'''同じ神'''であるといえる、とも思う。そうすると、「林業の神」、「木工芸の神」等とされて、「子孫に祀られていない」とされる[[五十猛神]]と、多くの現存の氏族の先祖とされる武五百建命は、「同じ神」でありながら性質によって名前を少し変えている神である、ともいえる。武五百建命と[[五十猛神]]が同じ神であるとするならば、武五百建命は須佐之男の子孫でもある、と'''暗に示している'''ともいえる。では、神八井耳命とは何なのか、ということになる。
 
 
その前に、健磐龍命(たけいわたつのみこと)との比較であるが、「同じ神」であるとすると、「イオ」と「イワ」という音には交通がある、ということになる、「タツ」、「タケ」、「タテ」も同様である。阿蘇(あそ)という言葉を「ア」+「ソ」とすると、「ソ」は何なのか、ということになるであろう。武五百建命は須々木水神社に祀られている。「須々木」とは古語で「進木(すすき、あるいはすすぎ)」と言われた「'''杉'''」のことと思われる。「スギ」という言葉が「ス(ス)」+「キ」に分けられるのであれば、「阿蘇」の「蘇(ソ)」は「ス」と交通がある音で「杉」のことと指すとは受け取れないだろうか。熊本県は少なくとも中世にまで遡って植林が行われ、林業のための木が植えられたことが分かっている。[[五十猛神]]は自然木の神というよりは林業のための植林の神といえ、[[五十猛神]]、武五百建命、健磐龍命(別名阿蘇神)がいずれも名前が同じ神であるとすれば、これらはまた「植林の神、主として「杉の神」として性質も共通しており、名前の点からも性質の点からも「'''同じ神'''」と結論づけて良いのではないだろうか。
== 祀る神社 ==

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