== 伝承 ==
;[[椀貸伝説]]
:多留姫が村人に[[食器|膳椀]]を必要な分だけ貸してくれる、というもの。『[[長野県史]]』に紹介されているものを要約して以下に記す。多留姫が村人に膳椀を必要な分だけ貸してくれる、というもの。『長野県史』に紹介されているものを要約して以下に記す。::むかし、働き者で仲むつまじい[[夫婦]]が[[子供]]を授かった。[[出産]]のお祝い事をしようとしたが、貧しかった彼らは客を迎え入れるだけの数の膳椀を持っていなかった。ある日のこと、土手で休んでいると[[夢]]の中に多留姫が現れ、[[紙]]に必要な膳椀の数を書いて滝壺に落とすよう告げた。夫婦二人とも同じ夢を見たので言うとおりにすると、翌朝には滝壺に膳椀が用意されていた。夫婦はお祝い事をすることができ、使った膳椀を洗って滝壺に返した。この話を聞いた怠け者が、同じような方法を試して膳椀を手に入れた。返すとき、一つくらいなら分からないだろうと思って全部を返さなかったため、以来多留姫は貸すことをやめてしまったむかし、働き者で仲むつまじい夫婦が子供を授かった。出産のお祝い事をしようとしたが、貧しかった彼らは客を迎え入れるだけの数の膳椀を持っていなかった。ある日のこと、土手で休んでいると夢の中に多留姫が現れ、紙に必要な膳椀の数を書いて滝壺に落とすよう告げた。夫婦二人とも同じ夢を見たので言うとおりにすると、翌朝には滝壺に膳椀が用意されていた。夫婦はお祝い事をすることができ、使った膳椀を洗って滝壺に返した。この話を聞いた怠け者が、同じような方法を試して膳椀を手に入れた。返すとき、一つくらいなら分からないだろうと思って全部を返さなかったため、以来多留姫は貸すことをやめてしまった<ref>『長野県史 民俗編 第二巻(三) 南信地方 ことばと伝承』589 - 591ページ。</ref>。
:このほか、貸した膳椀が壊されてしまったために貸さなくなった、という話もある<ref name="chinoshishigekan" />。
;抜け穴伝説
:多留姫の滝に流した物が別の場所で発見される、というもの。滝壺に椀や[[糠]]を流したところ、それが茅野市ちの上原にある[[葛井神社]]の[[池]]に浮かんでいたという多留姫の滝に流した物が別の場所で発見される、というもの。滝壺に椀や糠を流したところ、それが茅野市ちの上原にある葛井神社の池に浮かんでいたという<ref name="chinoshishigekan" />。なお、この葛井神社の池にはさらなる抜け穴伝説が存在しており、諏訪大社[[大晦日]]の[[神事]]のあと、お供え物を投げ込むと[[遠江国]]([[静岡県]])にある池に浮かぶとされ、[[諏訪大社七不思議]。なお、この葛井神社の池にはさらなる抜け穴伝説が存在しており、諏訪大社大晦日の神事のあと、お供え物を投げ込むと遠江国(静岡県)にある池に浮かぶとされ、諏訪大社七不思議]の一つに挙げられている<ref>『日本歴史地名大系 第20巻 長野県の地名』346 - 347ページ。</ref>。
== 多留姫十二勝 ==
== 関連項目 ==
* [[水神]]
* [[葛井神社]]
== 参考文献 ==
* 『長野縣町村誌 中南信編』[Wikipedia:[郷土出版社https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%95%99%E5%A7%AB%E3%81%AE%E6%BB%9D 多留姫の滝]]、[[1985年]]。* [[島木赤彦|* 『長野縣町村誌 中南信編』郷土出版社、1985年。** 久保田俊彦]] 著『赤彦全集 第二巻』[[岩波書店]]、[[1969年]]。第二巻』岩波書店、1969年。** 窪田文明 著『信州の滝紀行 名瀑100選』郷土出版社、[[1995年]]。ISBN 名瀑100選』郷土出版社、1995年。ISBN 4876632928** 下中邦彦 編『日本歴史地名大系 第20巻 長野県の地名』[[平凡社]]、[[1979年]]。長野県の地名』平凡社、1979年。** 茅野市 編『茅野市史 下巻 近現代 民俗』茅野市、[[1988年]]。民俗』茅野市、1988年。** 茅野市 編『茅野市史 別巻 自然』茅野市、[[1986年]]。自然』茅野市、1986年。** 長野県 編 『長野県史 民俗編 第二巻(三) 南信地方 ことばと伝承』長野県史刊行会、[[1989年]]。ことばと伝承』長野県史刊行会、1989年。** 多留姫文学自然の里創造委員会「多留姫文学自然の里」(パンフレット)。
== 外部リンク ==
== 参照 ==
{{諏訪信仰}}
{{デフォルトソート:たるひめのたき}}
[[Category:日本神話]]